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この人の脳内を覗きたい!篠田太郎さんにインタビュー(後編)

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2017年6月23日

この人の脳内を覗きたい!篠田太郎さんにインタビュー(後編)


この人の脳内を覗きたい!篠田太郎さんにインタビュー(前編)

では、アーティストになった流れや、お人柄について書きました。

 

ここからは過去の作品にも触れながら、篠田氏が作品を生み出すまでの思考回路を少しでも解明できればと思います!また最後には読者の皆さんへのメッセージも頂きました。
早速、インタビュー続編です!

 

girls Artalk編集部:
作品を拝見していると”宇宙”について考える機会が多いのですが、篠田氏の作品のテーマは何ですか?

 

篠田氏:
宇宙は何もわからないから面白いですよね。自分が”こうだ!”と思うことを覆すような…。考えるゲームとして面白い。
例えば宇宙人がいるいないの議論ってナンセンスだと思っていて。何故なら、いない訳がない。何千何万という星があり、その中で我々だけがインテリジェンスかというと違うと思う。
むしろかなり原始的だと思っていて…。世界に目を向ければまだ戦争や殺し合いをしていて、医療にしろ宗教に対する価値観にしろ、”知性とは何か”というものは限定されてないし…。どちらかというと野蛮な生き物だと思っています。
私は美術という領域で”インテリジェンス”に近づこうとしています。科学と美術は諸刃の剣ではあるけれど、より美術の方がジャッジが難しい。
今やっていることが100年後になってやっと理解されるかもしれないし、されないかも知れない。それでも僕としては人類がインテリジェンスを獲得することをテーマにして、作品を作っていこうとしています。
僕が表現したいものって僕自身も知らない可能性があって…。というのも安部公房が過去に小説について僕の考えに近いことを言っていたんですが、
”もし書きたいことというのが定まっていたら、そのままそう書けばいい。小説として書くものは、地図や航空写真のようにそこに無数の情報を詰め込んで、観る人(読者)に欲しい情報を読み取ってもらうようなものである。” 僕の作品もそうであると…そうであって欲しいと思っています(笑)。

 

girls Artalk編集部:
工場の廃材でものを作っていたときは”これが作りたい”とかではなく作品を作っていた(前編参照)と仰っていましたが、やはりプロになってからはコンセプトに重きを置かれているのですね。

 

篠田氏:
今では作品自体はあくまで媒体にすぎなくて、コンセプトというか、考えが重要だと思っています。
作品単体だったらバリューもないと思うし、サインしないことも多いくらいです。
去年久々にコマーシャルギャラリーに出したんですが、普段は売るっていうことをあまり意識したことがなかったので、「売るんだ、残るんだ、名前を書かなきゃ」って(笑)。
しかも、最初やりたいと思ったものは「それは売りにくいんで却下で」ってなったりもして…。
「売る」ということも30%くらいは入れなきゃいけないんだなーって思いましたよね(笑)。

 

girls Artalk編集部:
以前、篠田さんが「銀閣寺のような庭を作りたかったけど、今の時代だと色々な制限(法律)があってできない。例えば池には手すりをつけなきゃいけない。思っている庭の設計は難しい」というようなことを仰っていた記事をを拝見したのですが、今もやはり”制限”はあるのですね…。

 

篠田氏:
制限っていうのはどんな世界でもどんな時代でもあったはずで、それを乗り越えるのはテクニックだし、知性だと思うんですよね。
”売れる作品”という制限だけではなく、例えば大がかりなインスタレーションとかやると必ずその国の消防法とか、パブリックな場所での展示に関する法律が出てくるんです。
例えば以前、アボリジニの村に滞在した時のアイディアで作ったこの作品なんかもそうです。”壁が1mを超えたらレールを作らなければいけない”というレギュレーションがあるから99㎝にしたこともありました(笑)。

 

 

girls Artalk編集部:
制約の中で工夫し、イメージを壊さないように制作しているのですね。
この作品、一見するとお茶室のように見えますね。これはどういう思いで作られたのですか?

 

篠田氏:
最初はオーストラリアの原住民の皆さんから星空に関する神話が聞きたくて取材に行きました。例えば日本で言うなら”織姫と彦星”のような。自分たちとは異なる空を見ている彼らの話しを聞いて、南半球と北半球の話しを合わせれば面白いアイディアが生まれるかなって。 でも、(オーストラリア原住民の)話しを聞いても全然理解できなくて、とても混乱してしまって…。よく考えると彼らも混乱しているんです。
いきなり白人が来て、土地を盗られて、人間ではない扱いを受けて…。まぁ、そういう全く違う生き方をしているし”文化の違い”というと一言ですが、彼らのものの考えるストラクチャが違うから会話が成り立たないんです。
彼らもペインティングするんですけど、使う材料はだいたい白い土、黒い石、赤い土を砕いたものなので、それらを一つの部屋の壁に塗っていったんです。層になっています。

 

 

それが時間の経過で徐々にはがれていく。それは僕の困惑であり、彼らが白人と出くわした困惑でもあり、現在のエネルギーや政治的な困惑であったり…。そういったものを表現しています。

 

茶室のようにしたのは、様々な問題を”考える場”にしたかったからです。

 

時間の経過と共に徐々に変わるアート。(ちなみに、この時は3か月間という会期の間)この空間の中に入って静かに考える時間が持てたら素敵ですよね。篠田さんご自身、実際にインタビューを通して感じた困惑や浮かんだ思いを作品にしていることが取材を通してわかり、”なんかカッコイイ”と思っていたこの作品を観る目がまた変わりました。

 

さて、最後に私の中で一番印象に残った読者の皆さんへのメッセージをお届けします。

 

 

girls Artalk編集部:
アートに興味があるんだけど、なかなか踏み出しづらいという読者の皆さんになにかメッセージをお願いします!

 

篠田氏:
そうですね…。
60年代、70年代、80年代後半くらいまでって映画がすごく面白かったと思うんですよ。
それは”ある層”に向けて映画を作れた時代だったからですよね。
今は製作費に莫大な資金がかかるから、興行収入で回収するためにはある程度(ターゲットを広げて)お年寄りから子供までに人気が出そうなものにしなければいけない。そうなってくるとストーリーがある程度、単純化してしまう。いわゆるヒーローもののように”善が勝つ”みたいな。でも善とは何か、悪とは何かって一概には言えなくて複雑に入り組んでいて…。善の中に悪があったり。

 

昔の映画は観る者にある程度の知識を要求するというか、理解を委ねていて、
”自分にとってこれは何を意味していて、これはどういうストーリーなんだろう?”って考えることを要求されることが多かったと思うんです。
ところが今は観たまま、というか鑑賞者の考え方や感じ方を挟む余地があまりなくなっている気がする。

 

去年の夏に僕は公園にセミを撮りに行ってたんです。夕方になるとセミが穴から出てきて、脱皮をするので新しい機械で撮影しようと思って。夕方に行って、穴から出てきたセミを撮りやすい木の枝とかに移しておいたら夜に撮影できると。
この場合、セミがいつ出てくるのか、どうやって脱皮するのかという知識がないと(用意して撮影することが)できない。

 

一方で同じ公園では多くの人が”pokemon G0!”をやりにきていたんです。リアルなセミには見向きもしないでゲームの中でポケモンを獲っている…。すごく興味深いなあって思いました。
この2つの大きな違いはというと、知識を積み重ねなくてもゲームはできるんです。そして、ゲームっていうのはそれを作った人の想定範囲内でしか物事が展開しない訳です。
でも、生きているセミと対峙するには、不特定多数の予想しないことが起こりうるし、ある程度、経験というか知識がないとできない。

 

美術もそうで、ある程度のインテリジェンスを要求されるし、
物事の考え方だったり、自分の意見を持っている観客が観て、自分で価値観を見出すことを要求しているものですよね。
僕のビデオは僕がどういう思いで作ろうが、鑑賞者は地図から情報を受け取るときと同じで何か目的だったり”どういう情報が欲しいか”、っていうものがないと僕の作品や航空写真なんてなんの意味もない訳です。
逆に”なんのストーリーもなく、解説もないから(アートは)考えることが難しい”と感じてしまうのは世の中が今、そういう仕組みになっていないからでしょうね。
与えられた範囲内にすべての要素があって、自分の考えや概念を対峙させる必要がない。対峙させなくても欲求や感情が満たされてしまうものが多い。

 

かといって、アートは例えば”歴史上にこういうアーティストがいて、こういう現象があったからその延長線上にこの作品がある”なんていう知識は要らないと思っています。
ただ、考えるべきだと思うんです。そうすると”私にとって大きく影響する”というものにも出会えると思います。

 

美大の問題もそうなのですが、皆さん教育の過程で小学校からずっと問題を解くことは特訓されている。でも、それは美大生に限った話ではないと思うけど、一番重要なのは問題を作るということなんですよ。解くことはできるけどそれはできない(人が多い)。

 

美術を鑑賞するにあたっても同じことが起こる訳です。
作者の意図を100%理解することなんて…。もっと言えば10%だって理解できなくて良くて、”作品と鑑賞者の関係性をどう構築するか”に限ると思うんです。

 

つまらなかったらつまらないで良いんです。作品も良い作品ばかりが存在する訳じゃないし。見た目がかっこよくても全然情報がつまっていないというか…。そういうものもあるし、一見かっこよくなくても無限に情報や考えが詰まっているものもある。
作り手も鑑賞者も”良い、悪い、面白い、つまらない”を判断できるようになることは課題でもありますね。これは日本の教育の課題でもある。

 

まずは観て、どう感じるかを考えてみてください。

 

 

 

以上、篠田太郎さんへのインタビューを2本立てでお送りしました。

 

”脳の中を覗いてみたい!”と思って飛び込んだインタビューでしたが、そこは海どころか宇宙のよう。思考回路がどこまでも広がり、アートだけではなく 科学や政治、教育まで…。
何事にもきちんと自分の意見をお持ちで、それを上手に例え話を用いて解説してくださるので自分事化しやすく、あっという間に時間が過ぎてしまいました。

 

実は次回作や今後の活動(かなりグローバル!)についてもお話ししてくださった篠田氏。
今後の活躍から目が離せません。

 

今回のインタビューに盛り込んでいない作品も是非チェックして、”考える””自分と作品を対峙してみる”ことを実践してみて頂ければ嬉しいです。

 

 

 

文:山口 智子
写真:新井 まる・篠田氏ご提供画像

 

 

 

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Writer

山口 智子

山口 智子 - Tomoko Yamaguchi -

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幼いころから書道・生け花を始めとする伝統文化を学び、高校では美術を専攻。時間が許す限り様々な”アート”に触れてきました。

そして気づいたのは、”モノ”をつくることも大好きだけれど、それ以上に”好きなモノを伝える”ことにやりがいを感じるということ。

現在、外資系IT企業に勤めながらもアートとの接点は持ち続けたいと考えています。

仕事も趣味も“わくわくすること”全てに突き動かされて走り続けています。

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