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終わりなき色彩の探求と実践「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」

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2023年8月20日

終わりなき色彩の探求と実践「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」


終わりなき色彩の探求と実践「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」

 

千葉県・佐倉市のDIC川村記念美術館では、2023年7月29日(土) 〜 11月5日(日)まで、「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」が開催されている。本展は、ジョセフ&アニ・アルバース財団の協力を得て実現した、アルバースを芸術家と教師の両側面から迫る日本初の回顧展だ。国内初公開作品を含む絵画や関連資料など、アルバースの作品と彼の授業をとらえた写真・映像、学生による作品とともに約100点を紹介し、会場内にはアルバースの出した課題に挑戦できるワークショップ・スペースも併設している。

 

ドイツで生まれのジョセフ・アルバース(1888–1976)は、画家、デザイナーであると同時に、バウハウスなどの美術学校で教鞭を振るった教師としても有名だ。アルバースは、ヴァルター・グロピウスが設立した美術造形学校バウハウスで学び、その後同校の教師となって基礎教育を担当。1933年にナチスドイツによりバウハウスが閉鎖された後に渡米し、先進的な教育を行っていたブラックマウンテン・カレッジや、イェール大学で長年にわたって教師として従事した。ロバート・ラウシェンバーグなど、戦後アメリカにおける重要な芸術家の多くがジョセフ・アルバースに学んでいる。

 

アルバースは授業の目的を、「目を開くこと」だという。ただ知識を教えるのではなく、学生に課題を与え、とにかく手を動かして考えることを重視した。学生自らが試行錯誤して答えを探究する過程で、色彩や素材のもつ新しい可能性を発見させようと促したのだ。そしてアルバース自身もまた、生涯にわたり探究者の姿勢を貫いた。「ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室」展では、芸術家と教師、それぞれの面が相互に強く結びつくアルバースの、作品と教育活動それぞれに焦点を当てた4章+ワークショップの構成となっている。各章の詳細をご紹介しよう。

 

1章 バウハウス―素材の経済性 (1920–1933)

展示風景より、《上に向かって》(1926頃) ジョセフ&アニ・アルバース財団 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

1章では、若き日の具象絵画から、ガラスを用いた作品、家具などの初期のアルバース作品を展示。また、バウハウスの教師として、造形のための基礎演習で「素材の性質を把握し、効率よく扱うこと」を重視したアルバースの教育をよく示す、紙を用いた演習に関する展示もある。

 

本展担当学芸員の亀山氏は、アルバースの授業について、

「有名な授業に、“1枚の紙から何かを作る”というものがある。学生が船や城といった具体的なものを制作すると、彼はあまり良くないと言う。なぜなら、それらは紙ではなくても作れるもので、紙の特性を活かしたとはならないから。一方で、アルバースが評価した学生の作品は、紙を折りたたんで立ち上げ、強度を高めたものなどだった。アルバースは“2+2=5”にするべきだと語った。素材の“経済性”、つまり最小の素材や加工によって最大の効果を生み出すことの重要性を説いたのだ。」と説明する。

 

展示風景より、学生の作品 紙による構成 [水谷武彦の図面に基づく] 制作年不詳 ミサワホーム株式会社 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

 

2章 ブラックマウンテン・カレッジ―芸術と生 (1933–1949)

展示風景より、リーフ・スタディ Ⅰ(1940頃) ジョセフ&アニ・アルバース財団 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

2章では、バウハウス閉鎖後にブラックマウンテン・カレッジから招聘を受け、アメリカに移住した後の作品が並び、約15年在籍した同校での教育的実践と、その後につながる絵画の新たな展開が紹介されている。リベラルアーツ教育を目指し、芸術をカリキュラムの中心に位置づけていた同校で、アルバースは自然物を素材として課題に用いるなど、より先進的な課題を授業に取り入れていく。

またこの頃、アルバースは色彩課程という色に関する授業を本格的に始めている。“美術の基礎教育が、生きていく上でどう役立つか”を思考していたアルバースに関して、異種素材を組合せた作品とともに、その教育方法を解説する展示となっている。

 

展示風景より、《テナユカ Ⅰ》(1942) ジョセフ&アニ・アルバース財団 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

 

3章 イェール大学以後―色彩の探究 (1950–)

展示風景より、左から《正方形讃歌:持たれた》(1959) 東京国立近代美術館、《正方形讃歌のための習作:秋の光》(1958) ジョセフ&アニ・アルバース財団 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

3章では、1950年のイェール大学着任後のアルバースの色彩への取り組みや当時の学生らが作った色彩演習を紹介している。アルバースの色彩課程の授業では、さまざまな色の錯覚を作り出すことが求められ、学生たちは試行錯誤しながら課題と向き合うことで、色彩をより正確に見て、選び出す経験を積んだ。

 

一方、アルバース自身も62歳になったこの年から20年以上にわたり絵画シリーズ〈正方形讃歌〉を制作し続け、生涯で2000点以上生み出した。〈正方形讃歌〉は、正方形の決まったフォーマットに3つないし4つの異なる色の組み合わせで描き分けられた作品で、中間部分には隣接する色の中間色を配している。これにより、画面には半透明のフィルムや色ガラスが上から彼せられたかのような、複数の色面を横断する色の帯が発生しているように見える。

 

アルバースは、絵画について過去に以下のように語っている。

科学は物理的な事実を扱いますが、芸術は心理的な効果を扱っています。これをもって、私は提言したいと思います。芸術の原理ということに関して言えば、それは物理的事実と心理的効果とのあいだの不一致(discrepancy)のなかにあるのです。※1

 

展示風景より、ジョセフ・アルバース 《正方形讃歌》 1952-54年 DIC川村記念美術館 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

展示風景より、左から《正方形讃歌》(1969) 大原美術館、《正方形讃歌:森の静寂》(1967) 福岡市美術館、《正方形讃歌のための習作:グローイング》(1968) DIC川村記念美術館 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

ジョセフ・アルバースは、色彩が単体で成り立つと同時に、他との関係において現れることを「独立性」、「相互依存性」という二極として捉え、同一形態が並列的に反復されるのではなく、複数の正方形が、スケールを拡大・縮小しながら反復する〈正方形讃歌〉では、色の膜がフィルムのように透けて見える知覚的な透明性を、感覚のレベルで生じさせた。色彩を移ろいやすいものと考え、そのはたらきを動的に捉えようとするアルバースの探究が、ここに反映されている。

 

本章では、画家としての彼を一躍有名にしたこのシリーズとともに、アルバースの書籍『色彩の相互作用』(邦題:『配色の設計』)にも使われた学生の作品を展示することで、アルバースの色彩への取り組みを再考するものとなっている。

 

 

4章 版画集〈フォーミュレーション:アーティキュレーション〉 (1972)

4章では、1972年にアルバースが過去に制作した作品をもとに出版した、集大成ともいえる版画集〈フォーミュレーション:アーティキュレーション〉から15点を紹介している。各作品にはアルバース自身のテキストが付されており、あわせて読むことで、彼の造形に対する思考や色彩への探求をより身近に理解することができる。

 

展示風景より、『フォーミュレーション:アーティキュレーション』第Ⅰ集の1《階段》(1972)  東京国立近代美術館 © The Josef and Anni Albers Foundation

 

 

アルバースの授業に挑戦 !

 

各章でアルバースの思考の軌跡をたどったあとは、彼の課題に挑戦できる常設のワークショップ・スペースへ。実際に手を動かし挑戦してみることで、色の不思議さや楽しさを体験することができる。ヒントとなる解説カードや動画も用意されているので、勉強しながら楽しめる内容となっている。アルバースの教え子たちを夢中にさせた彼の授業を、ぜひ体験していただきたい。

 

課題1 色のマジック:1つの色が2つに見える

課題2 3色の世界:同じ色から違う世界が生まれる

課題3 透明のトリック:透けていないのに透けて見える

課題4 ひだ折りの練習:しなやかな紙が立ち上がる

 

ワークショップ・スペース

 

ワークショップ・スペースより、「課題3 透明のトリック:透けていないのに透けて見える」作成例 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

【展覧会概要】

展覧会名|ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室

会期|2023年7月29日(土) 〜 11月5日(日)

会館時間|9:30-17:00(入館は16:30まで)

休館日|月曜(ただし9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)

https://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition-past/2023/albers/

講演会やギャラリートーク、ラーニング等の関連イベント情報は公式HPにてご確認ください

 

 

※1:Fesci, Oral history interview with Josef Albers, https://www.aaa.si.edu/collections/ interviews/oral-history-interview-josef-albers-11847#:~:text=There%20science%20is%20dealing%20with%20physical%20 facts.

 

Top画像:展示風景より、「3章 イェール大学以後―色彩の探究(1950–)」 © The Josef and Anni Albers Foundation



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

ブログ:暮らしのデザインレビュー
Instagram:@mt.ryuichi

 

【好きな言葉】

“言葉と数字ですべてを語ることができるならアートは要らない”

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