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~ロシア絵画を旅しよう~ Bunkamura ザ・ミュージアム『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』 内覧会レポート

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2018年12月11日


~ロシア絵画を旅しよう~ Bunkamura ザ・ミュージアム『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンテ


イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

~ロシア絵画を旅しよう~ Bunkamura ザ・ミュージアム『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』 内覧会レポート

 

 

 

「ロマン」、あるいは「ロマンティック」ーーーこの言葉に、貴方は何を思い浮かべますか?心躍るロマンーーーここではない場所や出来事への憧れ、心を底の底から掻き立てて、胸を熱くする「感動」。そういったところでしょうか。そんな「感動」体験ができる場所が、今渋谷にあります。
Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』です。

 

19世紀後半、文学ではドストエフスキーやトルストイ、音楽ではチャイコフスキーやラフマニノフが活躍した時代、美術でも、若い才能が動き始めていました。

 

保守的なアカデミズムに反旗を翻(ひるがえ)し、ありのままの現実を正面から見据えて描くことを目指した「移動派」の若い画家たち。その中心になった人物画家クラムスコイ。 クラムスコイの友人で風景画を手がけたシーシキン。

 

二人を含め、若い画家たちの根本にあったのは、祖国ロシアへの「愛」でした。彼らの作品は、見る者を時空を超えて、19世紀、帝政時代のロシアへと連れて行ってくれます。そんな彼らの作品が、今回の展覧会には72点来日、出展されています。絵を通して体験できる、心躍る「旅(トリップ)」、その見所をご紹介しましょう。

 

 

 

①広大な大地への誘い

 

 

 

会場に足を踏み入れた時、私たちを出迎えてくれるのはこの一枚です。

 

 

 


アレクセイ・サヴラーソフ 《田園風景》 1867年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

 

ロシアというと冬の過酷さがイメージされますが、ここに描かれているのは、その冬の後にようやく訪れた「再生」の季節である春、モスクワ郊外の風景です。なだらかな起伏を見せる丘の斜面に咲き乱れる白いリンゴの花。日本ではあまり馴染みのない花ですが、風に枝をそよがせ、花びらを散らすその様は、早春の爽やかな大気を感じさせてくれます。

 

この絵に続き、第一章ではロシアの自然を主題にした作品が季節の順にしたがって並べられて、それぞれの季節が持つ美しさ、魅力を堪能させてくれます。 

 

柔らかな色彩と、軽やかな明るさの春。
瑞々しい緑の夏。
黄金の秋。
そして雪の降る長く厳しい冬。

 

展覧会の出品作のうち半数近くの33点がこの第一章に充てられています。

 

 

 


イワン・シーシキン 《正午、モスクワ郊外》 1869年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 


ワシーリー・バクシェーエフ 《樹氷》 1900年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

 

絵の前に立った時、まず圧倒されるのが絵の中に広がる大地のスケールの大きさです。彼方まで広がる大地。そしてその真中を、奥へ奥へと誘うかのように伸びて行く道。見つめていると、風の気配や、水や緑の匂い、木のこすれ合う音までもが肌で感じられるような気さえしてきます。

 

絵を見ている、というよりも、自分が絵の中に入り込んでしまったかのように。もしも気になる一枚があったなら、しばし絵の前に佇んで、その感覚に委ねてみてはいかがでしょう。

 

 

 

②ロシアならではの風物

 

 

 

旅の醍醐味の一つは、その土地ならではの文化、建物や風習に触れられることです。ロシアならではの物をモチーフにした作品をご紹介しましょう。

 

 

 


ニコライ・グリツェンコ 《イワン大帝の鐘楼からのモスクワの眺望》 1896年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

 

こちらのグリツェンコの作品に描かれているのは、古都モスクワの中心であるクレムリン(要塞)の聖堂群の一部です。先端が尖ったドーム屋根、いわゆる「玉ねぎ屋根」は、ロシア建築といえばお馴染みのもので、「クーブ」「ルーコヴィッツァ」などとも呼ばれています。聖堂の屋根をドーム型にするのは、もとはビザンツ帝国からギリシア正教と共に導入したものです。

 

ですが、このように独特な形をしている理由については、「雪が落ちやすくするため」、また「蝋燭の炎を象っており、聖霊の働きを表している」など諸説あります。

 

そしてもう一つ、ご紹介したいのが「トロイカ」です。トロイカとは3頭立てのソリで、雪のない時には馬車に仕立てます。頑丈で、重い荷物を運び、悪路をも進むことのできる、ロシアの長い冬には欠かせない乗り物です。民謡のモチーフとしてもよく知られています。実際にトロイカに乗った外国人たちは、「トロイカより速い乗り物はない」と語っています。

 

 

 


ニコライ・サモーキシュ 《トロイカ》 1917年頃 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery 

 

 

 

このサモーキシュの《トロイカ》を御覧ください。雪を蹴散らし、目を血走らせた三頭の馬、そして手綱を握る赤ら顔の馭者。血走った目や、鼻や口から吹き出す白い吐息がリアルで、今まさにこちら側へと飛び出してきそうです。王侯貴族の騎乗姿を描いた肖像や歴史画など、馬が登場する絵や彫刻作品は少なくありません。ですが、この《トロイカ》ほど迫力のある、エネルギッシュな姿を描き出した作品が他にあるでしょうか。

 

 

「動きがなければ私もいない」 

 

 

作者のサモーキシュは、このように語るほど、動きの表現を特に重視していました。教鞭をとっていた美術アカデミー附属高等美術学校の戦争画クラスでも、しばしば学生を競馬のレースや騎兵隊学校に連れて行ったり、写真機や映画カメラを活用して筋肉の状態を観察させるなど、教育にも力を入れています。  

 

作家ゴーゴリは、作品『死せる魂』の中でこう述べています。

 

 

「橇を思い切り飛ばすことを好まないロシア人がいるだろうか。…(中略)橇を思い切り飛ばせば、なにやら歓喜に溢れるたぐいまれなものが聞えてくるというのに、どうしてそれを愛さずにいられるだろう?」(※)

 

 

厳しく長いロシアの冬。
それと戦い、生き抜いてきたロシアの人々。
そんな彼らの剛胆な魂、寒さのなかでより熱く燃え立つ生命力と情熱とに触れられる、そんな一枚です。

 

 

 

 

③《忘れえぬ女(ひと)》

 

 

 

最後に、肖像画のセクションから一枚、本展覧会の注目作であるクラムスコイの《忘れえぬ女(ひと)》を紹介しましょう。ロシア絵画の中でも良く知られているこの作品は、今回が8回目の来日となります。

 

舞台はサンクトペテルブルクのネフスキー通り。吐く息も白く凍りそうな冬、靄に包まれた街を、幌をあげた馬車に乗って一人行く美しい女性。帽子の羽飾りやコートのファー、睫毛の一本一本まで精緻に描き込まれた女性の姿は、シルエットのようにぼんやりとした街並みを背にしている事で、よりくっきりと印象的に浮かび上がります。

 

 

 


イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

 

流行の服をまとっていることや、全体から漂う気品を見ても、上流階級の女性であることは確かです。前に立つと、彼女の美しさに感嘆すると同時に胸がしめつけられるような不安も感じさせられます。

 

 

彼女は一体、何者なのでしょうか。

 

 

何故このように憂いを湛えた眼差しをこちらに向けているのか。心の内に、どんなものを抱えているのでしょう。

 

 

その答えは、ありません。

 

 

作者であるクラムスコイも、この絵についてはただ、「見知らぬ人」と記しているのみで、その言葉がそのままロシア語のタイトルとして採用されています。一説には、この絵が描かれるよりも10年前に出版された、トルストイの『アンナ・カレーニナ』の主人公を描いたとも言われています。

 

 

「貴女は誰?」

 

 

そう問いかけてみても、彼女は黙って見つめるだけです。馬車を降りてくることも、口を開く事もないまま、そのまま滑るように視界から去っていきます。おそらくは数秒にも満たない出会い、再会するということもない相手でしょう。ですが、あの冷やかな気品と憂いをたたえた表情はしっかりと焼き付いています。それは時間が経つと共に、結晶となって心に残り続けていくもの、と言えるかもしれません。

 

 

 


イワン・シーシキン 《雨の樫林》 1891年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery

 

 

いかがでしたでしょうか。

 

 

ロシアの絵画は、私たち日本人にとって、印象派など西洋の絵画にくらべて馴染みが薄いかもしれません。ですが、そのスケールの大きな風景画や、美しい色彩、ロシア独自の文化モチーフなど、他にはない魅力がたっぷり詰まっています。ここに紹介したのは、ほんの氷山の一角に過ぎません。「旅」は、やはり自分で足を運んでこそのもの。続きは、是非御自身の目で見てみてください。

 

 

 

※ガリーナ・チュラク、「ロマンティック・ロシア」、『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』(展覧会カタログ)、p.16 より引用

 

 

 

テキスト Verde

 

 

 

【展覧会概要】
Bunkamura 30周年記念 国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
開催期間:開催中~2019年1月27日(日)
     ※12月18日(火)、2019年1月1日(火・祝)のみ休館
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)、毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
入館料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学・小学生700円
    前売・団体 一般1,300円、大学・高校生800円、中学・小学生500円(消費税込)
    ※学生券は要学生証提示(小学生は除く) 
主催:Bunkamura、日本経済新聞社、電通
お問合せ:ハローダイヤル 03-5777-8600(8:00~22:00)
ホームページ:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_russia/

 

 

 

 

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イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883年 油彩・キャンヴァス © The State Tretyakov Gallery








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