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アートな女子旅 vol.1 小淵沢(後編)

NEWS

2017年6月29日


アートな女子旅 vol.1 小淵沢(後編)


 

 

前編はこちらをクリック 「アートな女子旅」2日目。

 

部屋から八ヶ岳、そして南アルプスを臨む朝はなんとも贅沢すぎて、もう2日目になってしまったのが惜しい。テラスに出てみると、天気は前日以上の快晴。山々の稜線や残雪が昨日よりくっきりと見えた。

 

 

 

 

平日よりゆっくり朝食をとってから、本日ひとつめの目的地へと向かう。

 

森に包まれた、ポップでビビッドな”光と影”の世界
       中村キース・ヘリング美術館

 

穏やかな木立のなかに突然、直線的なフォルムと、赤・青のアクセントを纏った建築が姿を現す。

 

 

ここは、1980年代に活躍した米ストリートアートの旗手、キース・ヘリングの作品のみを展示する世界で唯一の美術館(2007年設立)

 

外観の大半をコンクリートの薄いグレーが占めているが、ゆるやかな坂を下り入り口に近づくと、内部の壁や天井を埋め尽くすポップでカラフルな色合いがちらりと目に入る。

 

 

 

 

いまにも外の森へと溢れ出そうな、建物内部に詰め込まれたエネルギー。内部と外部の力の均衡がぎりぎりで保たれているかのような印象を受ける。それは一種の緊張感のようにも感じられ、周囲の森のゆるやかな空気とのギャップになんとも不思議な感覚を覚えた。

 

 

 

 

入館すると、受付上部に輝くのは鮮やかなネオン。
右手にあるのは「これぞキース・ヘリング!」と言わんばかりのグッズがひしめく「ポップショップ」。彼と親交の深かったアンディ・ウォーホルのグッズも並び、さっきまで静けさに満ちた朝の高原を散策してきたのが嘘のような、ビビッドで賑やかな異世界が広がる。

 

 

 

その奥には併設のカフェがあるが、こちらも”ポップ”そのもの(手前のキッズスペースの椅子がまたなんとも可愛い)!

 

 

 

 

形や質感がとことんそぎ落とされたエレメントを一目見るだけで、「キースの作品だ」とわかる強烈な個性とアイデンティティ。シンプルなモチーフでも、どこか根源的で、プリミティブな波動のようなものが、地響きのようにこちらに伝わってくる。
若くして世を去りながら、確かな痕跡を今に残す彼の凄みを、改めて実感する。

 

 

●キース・ヘリングという人物●

 

 

ストリート・アートの先駆者 キース・ヘリングは、1958年、アメリカに生まれた。
1980年、ニューヨークの地下鉄構内で、使われていない広告板にチョークで描いた「サブウェイ・ドローイング」が通勤客から人気を集め(彼のシンプルで明快な描線とリズミカルな構成が、日々の通勤を楽しいものにしたことは想像に難くない)、翌年ウェストベス画廊で初個展が開催されたのを皮切りに、彼の活動の幅と知名度は一気に広がりを見せた。

 

 


キース・ヘリング≪無題(サブウェイ・ドローイング)≫ 1981年~1983年、白墨/紙/板、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

その活動は、舞台デザインやアニメーション、グッズを販売する「ポップショップ」の展開、世界各地での個展のみならず、壁画など公共作品制作も多く、日本でも1987年にパルテノン多摩(東京都多摩市)での子どもたちとの壁画制作を行っている。

 

また、恵まれない子供たちへの基金をはじめ、自身もHIV感染者だった彼はエイズ撲滅活動にも参加しHIV/AIDS予防啓発のための財団を設立。社会貢献に積極的に取り組んだ
1988年にエイズの診断を受けたのち、1990年に31歳で夭逝したキースだが、彼が残した作品も、行った活動も、いまだ広く世界に影響を与えている。

 

 


手前から:キース・ヘリング≪イコンズ5(笑う顔)、イコンズ4(飛ぶ人間)、イコンズ3(天使)、イコンズ(ドッグ)、(イコンズシリーズのラディアント・ベイビー)≫1990年、シルクスクリーン/型押し、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

…私たちの世代だと、某服飾ブランドのTシャツやトレーナーにプリントされたキースの作品が馴染み深いかもしれない。私も、彼の作品とのファーストコンタクトは子どもの頃に友人が着ていた洋服だった。

 

当時、その目の覚めるような原色使いと潔い輪郭線、人やモチーフがもぞもぞと蠢くグルーヴ感に鮮烈な印象を受けた事をはっきりと覚えている。他の友人がどんな服を着ていたかはほとんど記憶にないのに、これだけは、着ていた友人の顔や背格好と併せて、はっきりと思い出せるのだ。

 

いつ、どんな年齢や立場で目にするかで受け取る印象やメッセージは異なるかもしれないが、それでもあの唯一無二の明快な描線・形態と、音さえ聞こえてきそうなリズミカルな躍動感は、誰の心にも直球で入ってくるのではなかろうか。

 

 

●”光と影”の展示室へ●

 

 

同館のコレクションは、創設者の中村和男氏が1987年より蒐集した約190点のキース作品により構成されている。

 

老若男女、誰が見てもわかりやすく明快な希望に満ちた作品もあれば、時代を反映した社会問題を暗に示したり、ときにそれらに鋭く切込む作品もある。同館は、そんなキースの作品に八ヶ岳の森に包まれた静かな地でじっくり対峙できる、世界的にも珍しい空間だ。

 

さらに、魅力はその空間自体——建築にもある。
私が訪れた際に開催されていた「キース・ヘリングと日本:Pop to Neo-Japonism」展でのコレクションとキースの人生に沿いながら、早速その内部を見ていこう。

 

 

 

 

北川原温氏の設計による建物は、「キース・ヘリングの世界 〜混沌から希望へ〜」という同館のテーマを”光と影”の建築により体現している(2015年にはリニューアルも行われた)。

 

 

展示は、下図の細い回廊「闇へのスロープ」から始まる。これからどんな作品や空間が待っているのか…一歩下るごとに期待が高まっていく。

 

 

 

 

回廊を抜けた先には、本当に一寸先も見えないような真っ暗な世界「闇の展示室」が広がる。

 

 

 

 

暗闇に浮かび上がるキースの画業初期の作品たち(下図作品は1980年12月~翌1月にかけて描かれたオリジナルのドローイングのブループリントをもとに1990年に制作された版画)は、カラフルな色合いこそ持たないが、人間や犬など、キースらしい形態のモチーフが次々登場し、私たちを彼の世界へと引き込んでいく。

 

 


キース・ヘリング≪ブループリント・ドローイング≫1990年、シルクスクリーン、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

ここには前述の、彼の人気の起爆剤となったサブウェイ・ドローイングも展示されている。

 

 


キース・ヘリング≪無題(サブウェイ・ドローイング)≫ 1981年~1983年、白墨/紙/板、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

足どりもおぼつかない闇のなかで、キースの原点ともいえる作品たちがぽっと光を放ち、来館者の足元を照らして導いてくれる空間。

この闇は、当時の社会の暗部や大都市の喧騒・混沌を思わせる。時代の”影”や問題に潔く切り込んだキースが、確かに当時(そう、”まだ”3、40年前のことだ)この世にいて、その混沌の中を歩み出していたのだということを実感する。

 

…そのまま暗闇を進むと、先に光が見えた。

 

 

 

 

歩みを早め、「グローイングの間」に足を踏み入れると一気に視界の明度が上がり、床から天井までキース一色の、ポップでビビッドな空間と作品に包まれた。

 


キース・ヘリング≪ポップショップⅢ(マシーン)/ポップショップⅡ(連結した頭)/ポップショップⅥ(連結した腕)ポップショップⅡ(ストレッチング)/ポップショップⅥ(5本指)≫1988-1989年、シルクスクリーン、中村キース・へリング美術館蔵

 

 


キース・ヘリング≪アンディ・マウス(1‐4)≫1986年、シルクスクリーン、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

上図、誰かに似ていると思ったら、やはりキースと親交のあったアンディ・ウォーホルが某ネズミのキャラクターに扮した作品。カラフルな色彩や賑やかな背景に対し、無表情のウォーホルがまたいい味を出してユーモアとアイロニーを覗かせる。

 

次に続くのは、きっと誰もが頭上を見やって感嘆するであろう空間。
闇からでてきた私たちを、開放感に満ちた天井高と、頭上から降り注ぐ柔らかな光、まぶしいほどにシンプルな白い壁が迎える。

 

その大空間に付けられた名は「希望の展示室」。

 

 


写真中央:キース・ヘリング≪無題(踊る2人のフィギュア)≫1989年、アルミニウムにペイント、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

どう形容したらいいだろう、カラフルで、根源的で、リズミカルで、可笑しくて、愉快で、ポップで、シンプルで、明快で、躍動感があって、ときにシニカルで。そんな、これまで挙げてきたキース作品に関するワードを全部並べ立てて、全部を詰め込んだおもちゃ箱をひっくり返したような、あるいはその中に入り込んだような。大小、立体・平面、素材と、さまざまな表情を持った作品の間を縫うように鑑賞する。

 

また、天井の一角から落ちる光は、ある日の八ヶ岳の日の出の明るさに照度を合わせているという。燦々と注ぐ陽光を思わせるその照明には、まさに”希望”という言葉が似合う。

 

…とはいえ、作品のバックボーンはすべてが”希望”に満ちているわけではない。
下図の作品は、1988年にキースがエイズと診断されたのち、最後の個展に向けて制作した作品のうちの1つである。

 

 


キース・ヘリング≪無題 1988年8月15日(トライアングル)≫1988年、アクリル/キャンバス、中村キース・へリング美術館蔵

 

 

”苦悩”や”痛み””絶望”をそのままに表現することは、他の人間にだってできるかもしれない。彼はそれらを、自身の才能はもちろん、色彩や構成の計算を駆使することにより、私たちにただ負の感情を伝えるだけでない、美しく、驚くほどに”ポップ”で、心を揺り動かすものへと昇華させてみせた。
作品にあたる自然光をみて、生きること、作品を生み続ける事への”希望”すら感じる。この作品が、深刻な背景を持ちながらもこの部屋に展示されている意味が、分かる気がした。

 

「希望の展示室」を出ると、屋上「空のステージ」へと続く階段がある。迷わず登ると、澄み切った青色が見えた。

 

 

 

 

きっと普段、都心で屋上やテラスに出ると、私たちは眼下に広がる景色を眺め、下を見下ろす。けれどこの自然のなかにあっては、自然と首が更に上を向く。
さえぎるもののない広い空を、こうもまじまじと眺めたのはいつぶりだろうか。最後に空と自分だけの一対一で、こうもまっすぐに対峙したのはいつだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

自分の背の高さに視線を戻すと、建物を取り囲む豊かな森が広がる。1年のなかで、春の桜や秋の紅葉、冬の雪景色が美しいのは百も承知だけれど、私は初夏に新緑が日に日に鮮やかさを増すときが一番好きだ、と改めて思う。

 

建物内に戻り「自由の回廊」を進んだ先の「自由の展示室」には、前述のパルテノン多摩において、キースが日本の子供たちと共作した作品が展示されていた。

 

 


左3点:キース・ヘリング≪平和Ⅰ−Ⅳ≫1987年、水彩/木板
右:キース・ヘリング≪マイ・タウン1−4≫1987年、水彩/木板、どちらも公益財団法人多摩市文化振興財団蔵

 

 

今にもコマ送りの動画のようにわさわさと動き出しそうな”自由”な人間たち。この姿を、公共作品として、そして子供たちと描き上げたことには、きっと大きな意味がある。

 

最後の回廊を抜けると「ミュージアム・シアター」と呼ばれる広場に出た。

 

 

 

 

稲妻のようにギザギザした大胆な凹凸のある壁、何層もの円が重なる地面。これだけダイナミックな建物が、自然のど真ん中にあるというのが面白い。展示を見て、感じて来たものや得てきたエネルギーが、この円の中心に収斂されていくようだ。

 

床や壁、天井どこかしら傾斜が見受けられた同館の建築は、ただ「展示室を歩く」というよりは、その造りに合わせて、自分の置かれた場所の形状をしっかり足で把握しながら進むという感覚。

 

「何の気なしに」「なんとなく」歩むのではない、自分が今、意識的に地面を「歩いている」、ひいては「生きている」という感覚がじわじわと立ちのぼってくるような、そんな空間。個人的に同館は、「生命」のエネルギーをしっかり内包しているように思えてきたのだ。

 

闇への細いスロープを下り、真っ暗な空間でぽっと浮かぶ作品に導かれていくとうっすら光が見え、さらに進めば、自然光の射し込む大空間で、鮮やかな色彩を纏った作品たちが出迎えてくれる。屋上への階段を登れば、八ヶ岳の大自然と青空が待っている。

 

建物そのものでひとつのドラマが描かれたようでもある。それは「人の一生」を表現しているようでもあり、もっと、大きな何か――何もないところから生命体が生まれ、進化・発展していくかのような――根源的で壮大な地球の歴史にさえも感じてしまう。

 

最後に屋外の広場にたどり着くのも、何かから解放され、或いはリセットされて、何も持たずにもう一度スタート地点に立つような、そこからまた、闇、希望、自由へという営みを始めていく輪廻のように思えて来て、妄想は巡る。それらは、キース作品のプリミティヴな波動と通じるところなのかもしれない。

 

 

 

 

ここ、中村キース・ヘリング美術館には、キース・ヘリングという一人の人間/アーティストの生涯と彼の生きた時代の空気感、そして”生”のエネルギーが、しかと封じ込められているのだ。

 

 

●これからの展示●

 

 

同館では、平成29年7月1日(土)より一部新たな展示「パトリシア・フィールド  アート・コレクション:パトリシア・フィールドの世界」(〜平成29年11月19日(日))がスタートする。

 

 


Untitled(Monkey Talk)by Unknown Artist

 

 

”パトリシア・フィールド”——girls Artalk読者の皆さんは、一度はこの名前を聞いたことがあるかと思う。
『セックス・アンド・ザ・シティ』や『プラダを着た悪魔』など、世界中の女子がそのキラキラした世界に憧れを抱き(同時に憧れだけでは通用しない甘くない世界だということも痛感したり)、主人公が仕事に恋に奮闘する姿にきゅんとしたりハラハラしたりしてきた作品の、くるくる変わる衣装を手がけたデザイナー/スタイリストである。

 

 

 

 

『プラダを着た悪魔』が公開されたのは私が高校生のときだったけれど、当時映画館へ観に行ったことをよくよく覚えている。主演のアン・ハサウェイのファッションが見事に洗練されてゆき、それにつれて人としての魅力もぐんぐん増していくさまにはただ憧れだけでなく、身につけるものひとつで(もちろん他の要因もあるのだけれど)こうも心持ちが変わり、自信に満ちた表情で颯爽と歩けるようになるのかと、改めてファッションの影響力に気付かされたものだ。

 

そんな魅力的な衣装デザイン、スタイリングを手がけるパトリシア・フィールドが、キース・ヘリングとも交友があったことはご存知だろうか。

 

彼女が1966年にオープンしたブティック『PATRICIA FIELD』は、ファッショニスタに限らず、あらゆるミュージック・カルチャーシーンの人々が交錯する場であった。同時に、約300点に及ぶ彼女のアートコレクションが、あらゆる形でブティックを彩っていた。そこにおいて、「ファッションは着るアート」だという彼女と「アートはみんなもの」と考えたキースのコラボにより、彼がペイントしたTシャツが販売されたのだ。

 

ブティックは2016年に閉店するが、彼女のアートコレクションの主要作品約190点が、この中村キース・ヘリング美術館の所蔵品と相成った。

 

 


Untitled by Martine

 

 

この夏は、その新たな所蔵品を堪能できるチャンス。彼女のブティックを華やかな衣装とともに彩ったアートコレクションを通し、パトリシア・フィールドという一人の女性の起源を追い、さらに、彼女がその感性を以て蒐集した”作品個々”の魅力、個性をじっくりと体感できるだろう。

 

 

 

 

さて、「中村キース・ヘリング美術館」をあとにしたら、折角の高原リゾート、ハイキング気分で道の駅まで歩いてみることに。
天気は快晴だが風は涼しく心地よい。2、30分ほど歩いて日頃の運動不足を痛感した頃、地元の食材や体験工房、温泉施設まで揃った道の駅エリアに到着した。

 

 

 

 

都心とは比べ物にならない地元野菜のお買い得さや、焼きたてのパンに惹かれたりしながら、タクシーに乗り込み次の目的地へ向かう。

 

懐かしの”社会科資料集”の世界!平山画伯と巡る古今東西の旅
       平山郁夫シルクロード美術館

 

突然ながら、みなさんは学校では世界史選択だっただろうか、日本史選択だっただろうか(ちなみに私は世界史選択で、1番好きな教科でもあった)。

 

世の中では”歴女”が絶賛頭角を現し中だけれど、まさにそうした”歴女”の皆さん、さらにこうしてアート好きな女子の皆さんに、是非とも足を運んでみて頂きたいのがこちら、「平山郁夫シルクロード美術館」だ。

 

 

 

 

小淵沢駅の隣駅、「甲斐小泉」駅のすぐ目の前(小淵沢駅からは車で10分)。整備された公園を歩くと、早速シルクロード感満載のラクダが3頭並んで迎えてくれる。

 

 

 

 

●平山郁夫とシルクロード●

 

 

日本を代表する画家・平山郁夫(1930〜2009年)。
生涯画家として第一線を貫きながら、東京藝術大学で教鞭をとり後進を育て(のちに学長に就任)、1998年には文化勲章を受章した。

 

 


平山郁夫≪八雲立つ 出雲路古代幻想≫1998年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

風光明媚な日本の風景や仏教画はもちろんだが、”日本文化の始まりである仏教伝来の道をたどること”を当初の目的として幾度も旅に出て、シルクロード諸国の文物を蒐集し、各地の風景や文物を描いたことで知られる。

 

 

同館では、平山画伯の絵画作品、および平山夫妻が蒐集した約1万点に及ぶ所蔵品をもとに年に2〜3回の展示替えをしながら展覧会を開催している。

 

なお、この蒐集は平山画伯が絵の題材としての側面と、もうひとつ、各国の歴史を伝える貴重な文化財を保護する側面もある。平山画伯は昨今の世界において、自然の猛威や戦争による破壊・略奪の危機にさらされている文化遺産や文化財を保護・救済すべく「文化財赤十字活動」を提唱、自ら現地に赴くほか、文化財保護振興財団の設立にも積極的に取り組んだ。

 

こうした平山画伯の尽力あって守られた遺産、そして、残念ながら今はもう立ち入れなかったり失われてしまった遺産を、画伯の作品を通して今日の私たちは目にする事ができているのだ。

 

 

●”日本で1番シルクロードを感じられる”美術館●

 

 

そんな平山画伯の文化財への思いが詰まった「平山郁夫シルクロード美術館」。
学生時代に社会科の授業で開く(そしてだいたいロッカーに入れたままにしていて先生に怒られる)資料集で目にしたような貴重な文化財が惜しみなく展示されているのが同館の魅力!なかには、世界に1つしか無い逸品(!)まである。

 

「これ、見たことある…!」と”歴女”なら感激で震えかねない貴重な品々が目白押し。それをいくつか観てみよう。

 

 


展示室4「平山郁夫シルクロード美術館所蔵のシルクロードの名宝」

 

 

✔️ 世界で1枚のコイン

 

 

 

 

ずらりと並んだ貴重な各国の古いコインのなかに、現在世界で1枚しか発見されていない≪カニシュカ1世金貨≫(クシャン朝、2世紀前半、金)がある。
アネモス(風神)の姿が刻み込まれたこちらのコイン。是非、俵屋宗達や尾形光琳の風神雷神図への伝播の可能性に思いを馳せながらじっくり見てみて頂きたい。

 

ちなみに”クシャン朝”は1〜3世紀頃に中央アジア〜北インドで栄えた王朝(な、懐かしい…!盛衰激しい各王朝の勢力図を何度ノートに書いた事だろうか)。この金貨のほかにも、プトレマイオス1世(銀貨)、セレウコス1世(銀貨)、アントニウスとクレオパトラ7世(銀貨)など、世界史の記憶が一気に呼び起こされる名が勢揃い!歴史ファンとしてはもう堪らない。

 

 

✔️ 約1300年前の古代中央アジアの靴下

 

≪赤地双鳥円文緯綿襪≫中央アジア、7〜8世紀、絹、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

一見クリスマスカラーの文様が可愛らしい一品は、なんと今から約1300〜1400年前のソグド人(ウズベキスタン・サマルカンドをを拠点としたイラン系民族)の靴下!この鴨と連珠円文については、当時の中央アジアで広く好まれたもので、シルクロードを象徴する文様だそう。当時の人々も、なかなかファッショナブルなものだ。

 

 

✔️ 見覚えのある土偶

 

 


≪遮光器土偶≫日本、縄文時代晩期、土、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

日本史ファンの方々、お待たせ致しました。
こちらは縄文時代晩期に東北地方で多く作られた、まさに教科書や資料集等でおなじみの土偶!イヌイットが着用する遮光器に似ているため、この名で呼ばれているそう。この顔に見覚えのある方、かなり多いのではないだろうか。奥にはちゃっかり、埴輪も待機している。

 

…今挙げた3点だけでも、東は日本から、中央アジア、インドを通り、西はクレオパトラのいたエジプトまで古今東西の宝物にお目にかかれてしまった。まさに、世界各国を旅した気分になれてしまう美術館である。

 

 

●あなたは誰派?”イケメン仏”を探す●

 

 

さて、これまでは”歴女”の皆さんにおすすめをご紹介してきた訳だけれど、実は他にも注目して頂きたい方々がいる。

 

近年、阿修羅像がブームになったり、半跏思惟像のイケメンぶりも話題となるなどして、ついに仏像をこよなく愛する”仏女”(ぶつじょ)という言葉までもが誕生した。そう、この”仏女”の皆さんにも全力でお勧めしたいのが、こちらの展示室だ。

 

 

 

 

ガンダーラやインド、中国、そして日本の仏像までもが並ぶ、圧巻のコレクション展示。ここでもまた、見どころをご紹介したい。

 

 

✔️ 細かな装身具に注目!

 

 


≪菩薩立像≫パキスタン  ガンダーラ、2〜3世紀、灰色片岩、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

こちらの菩薩立像、胸元の首飾りよく見ると、一対の天使とおぼしき装飾がみえる。こちらはギリシャの神エロスであるが、菩薩に神様の組み合わせというのがなんとも興味深い。また、耳飾りはライオンを象っている。
こうした細かな装身具に注目し、それが生まれた経緯や意味合い、込められた願いなどを考えることも楽しみ方のひとつだ。

 

 

✔️ これぞ”イケメン仏像”!

 

 

さて、これだけ各国の仏像が一堂に会していれば、いわゆる”イケメン”もいらっしゃるはず…というわけで、”2大イケメン仏像”をばっちり教えて頂いた。

 

 


≪弥勒菩薩交脚坐像≫パキスタン ガンダーラ、2〜3世紀、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

彫りが深く、落ち着いた顔立ち。なんとも忍耐強そうな表情である。脚を珍しい形でクロスしているが、この”交脚”ポーズは、北方の遊牧騎馬民族の王の坐り方を採り入れたもので、貴重な姿だという。

 

 


≪菩薩半跏思惟像≫パキスタン ガンダーラ、2〜3世紀、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

こちらは昨今のブームしかり、安定してイケメン率の高い「半跏思惟像」。やはりこのどこかアンニュイな空気を醸し出しているところが、世の女子の心をくすぐるのだろうか。目尻は下がり、とても穏やかで優しい表情に癒される。

 

みなさんはどちらがお好みだっただろうか?

 

他にも色々な地域、時代の仏像が展示されているので、ぜひあなた好みの”イケメン仏像”を探しに行ってみてはいかだだろうか。

 

 

●平山郁夫の生涯と旅路を追う●

 

 

ここまで平山画伯と夫妻が蒐集したシルクロードコレクションについてご紹介してきたが、ここからは平山画伯の自伝的素描シリーズ≪道遥か≫及び、≪大シルクロード・シリーズ≫、その他展示を中心に、画家・平山郁夫自身の作品を鑑賞していきたい。

 

 

✔️ 広島での被爆経験

 

 

1930年、平山郁夫は広島県の生口島(現・尾道市瀬戸田町)に生まれた。
中学3年生だった1945年8月6日、原爆爆心地から3キロの場所で被爆。下図は、戦況が嘘のように感じるほど好天だったという”その日”を回想し描いたものだ。

 

 


手前:平山郁夫≪昭和二十年八月六日 午前八時十五分 広島上空にてB29から落下傘投下を目撃する≫1991年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

マットに色が乗せられた、本当に雲1つない、晴天の真っ青な空。その真ん中を飛ぶB29から、ぽと、ぽと、とこぼれ落ちるように描かれた落下傘。この平穏そのものの空の色から逆に言い知れない恐怖を感じてしまうのは、その数秒後の惨劇を知っているからかもしれないし、この妙に晴れ渡った空と飛行隊の組み合わせとタッチ自体に、平山画伯の画力が不穏さを込めたからかもしれない。

 

その後、大叔父で彫金家の清水南山のもとへ疎開し、彼の指示で東京美術学校(現・東京藝術大学)の日本画科へ進学。安田靫彦、小林古径、前田青邨(錚々たる顔ぶれ…!)のもとで学び、何を描くべきか悩んだのちに、奈良をはじめとする日本の古都の風景が深く印象に残っていく。

 

 


平山郁夫≪法隆寺≫1997年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

✔️ 仏教、そしてシルクロードへの関心

 

 

平山画伯は、東京五輪の聖火がギリシャからシルクロードを通り日本へ来るかもしれないという新聞記事を目にしたのをきっかけに、仏法を求め砂漠を行き来した玄奘三蔵の苦労に自らの状況を重ね合わせ、下図の作品を描いた。

 

 


平山郁夫≪仏教伝来(小下図)≫1959年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

この作品以降、平山画伯は、仏教にまつわる作品、そして仏教が日本に伝わる過程で辿って来た「シルクロード」に関心をもち、各国へと旅を重ねるようになった。

 

 

✔️ ≪流水間断無(奥入瀬渓流)≫のスケッチと大作

 

 


平山郁夫≪流水間断無(奥入瀬渓流)≫1994年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

上図は、後遺症に苦しみながらの東北写生旅行にて描いたスケッチをもとに、何度か奥入瀬渓流の取材旅行を経て描いた7メートルを超える大作。
作品名の由来となった「流れる水は片時も留まらず、絶える事無く流れ続ける」という禅の言葉が、まさにそのまま延々と続く渓流の流れと、その真っ白な飛沫となって体現されている。

 

数年前、私も夏の奥入瀬渓流を訪れたのだが、このときほど、”水が片時も留まらず流れ続ける”という事実を実感したことは無かった。岩の間をすり抜け、時に表面を撫で付けるように流れる水は、そのあまりの透明度と”流れ続ける”事実ゆえに、逆に静止しているかのようにさえ見えた。細かな飛沫は真っ白で、絶えず聞こえる水の音も含め、すべてが恐ろしいほどの美しさを以て時を止めていた。

 

それが、今、目の前の平山画伯の作品内で、見事に再現されている。私が見た奥入瀬そのものが、ここで流れているのだ。
湿って一層鮮やかさを増した草木、深い木立、艶やかな岩。それぞれがひとつひとつ細かに描き込まれているかというと、そうではない。さっとぼかされていたり、ぺたりと色が乗っていたり、やんわりと形や輪郭が取られた部分も多いのに、なぜか、あのとき見た奥入瀬の光景が、そのままに、現実以上の現実としてそこにあった。

 

下図は、この作品のもととなったスケッチ。スケッチと大作を見比べる事ができるのも、同館の魅力だ。

 

 

 

 

✔️ これを見ずして帰れない!圧巻の大シルクロード・シリーズ

 

 

そして、いよいよ同館のハイライトと言える展示室に足を踏み入れてみよう。
ここに展示されているのは、シルクロードを行き交う人々や風景、文物をつぶさに見つめて来た画伯が描き上げた集大成ともいえる大連作。

 

一歩足を踏み入れると、まずその壮観な光景に圧倒される。

 

 

 

 

描かれているのは、シルクロードの砂漠を行くキャラバン。
私自身、平山画伯の名を聞くと真っ先に頭に浮かぶのは、やはりこの砂漠とキャラバンの幻想的な組み合わせで、ついにこの光景に出会えたと、絵の前でしばらく言葉を失った。

 

この展示室は、入口手前から奥へとキャラバンが進み、その先にシルクロードの西の終着点であるローマの風景を描いた作品が展示されるという、臨場感を生む配置となっている。向かって右手には日に照らし出された砂漠、左手にはほの暗い月光のもと浮かび上がる砂漠をゆくキャラバンの様子が描かれる。

 

 


平山郁夫≪アフガニスタンの砂漠を行く・日≫2007年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

空をオレンジに染め上げるほどじりじり照りつける陽光には、こちらまで目を細め、暑さにひるんでしまいそうな感覚を得る。遥か遠くまで幾重にも重なる砂の山に気が遠くなりそうになるが、その道を昼も夜も淡々と進むキャラバンのシルエットを思うと、どこか安堵感さえ覚える。

 

 


平山郁夫≪アフガニスタンの砂漠を行く・月≫2007年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

月光に浮かび上がる夜の砂漠。その神秘性は言うまでもなく、空、遠景、近景それぞれの巧みな青の変化と濃淡には、そのまま吸い込まれそうな気さえして、長らく見入ってしまった。平山画伯の得意としたこの美しい”青”を存分に愉しめるよう、この作品については絵画と鑑賞者とを隔てるガラスは設置されていない。その心遣いも嬉しい。

 

 


平山郁夫≪古代ローマの遺跡 フォロ・ロマーノ≫2008年、紙本彩色、平山郁夫シルクロード美術館蔵

 

 

シルクロードの終着点、ローマ。ここでも目の覚めるような鮮やかな青が遺跡の姿を引き立たせ、「全ての道はローマに通ずる」と言わしめた在りし日の文化、政治、交通の要所の堂々たる姿を思わせる。

 

1枚1枚の作品とじっくり対峙しても、全体をキャラバンと共に歩む臨場感とともにシルクロードの旅に思いを馳せながら鑑賞しても、平山画伯晩年の大作を全身で感じることのできる展示室。まさにこれを見ずして帰れない、必見の連作である。

 

 

✔️ 時を止めたアトリエ

 

 

館内には、平山画伯のアトリエを再現したコーナーも。生前使用していた絵筆や絵の具、パレットが並び、それらひとつひとつに画家の息づかいが感じられる。

 

 

 

 

イーゼルに立てかけられているのは、未完の遺作。

 

 

 

 

描かれているのは病室からの景色と花瓶の花。
多くの国々を歴訪し、広大な砂漠や巨大な文化遺産、日本の風光明媚な風景を描いて来た平山画伯が、目の前の花瓶に活けられた小さな花と向き合い、最期まで制作を続けたこと…小さなもの、身近なものにも命と希望が宿っていることを改めて実感する作品だ。

 

 

●その他施設も充実●

 

 

館内はミュージアムショップはもちろんのこと、大きなラクダが目印のカフェ「キャラバンサライ」をはじめ、絵手紙等を描いたり、サリー等シルクロード諸国の民族衣装を着ることのできる体験コーナーなど、展示室以外の施設も充実している。

 

 


カフェ「キャラバンサライ」

 

 


民族衣装体験コーナー

 

 

その他「シルクロード検定」の主催や化石発掘体験など、子どもから大人まで、シルクロードを肌で感じて楽しめるイベントや工夫が満載(詳細は公式サイト参照)。

 

平山画伯の美しい作品のみならず、珍しい文物を手がかりに古今東西を旅できる「平山郁夫シルクロード美術館」。”歴女”も”仏女”も、そしてなにより”アート好き”な皆さんも、日本にいながら”シルクロードを最も近くに感じられる美術館”へ、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

 

 

ローカル線と、ちょっと寄り道
    帰途へ

 

 

美術館をあとにして、甲斐小泉駅から単線のローカル電車・JR小梅線(本数がとても少ないので、利用の際は時刻表チェックを忘れずに!)で帰途につく。ホームも待合室も、駅名の看板もレトロでほっこり。

 

 

 

 

小淵沢駅でJR中央線に乗り換えたら、甲府駅で途中下車してちょっぴり寄り道。定番の信玄餅をお土産に購入し、駅周辺でさくっと夕ご飯。
選んだのは、山梨B級グルメ「鶏もつ煮」!濃いめの甘辛い味付けがとても美味しい。蕎麦粉を使ったプリンも頂いて、大満足の旅の締めくくりとなった。

 

 

 

 

帰りの特急では疲れてぐっすり、かと思いきや、昨夜のカードゲームの続きに始まり、早速旅の写真を見返して笑ったり、お土産をもう食べ始めてしまったり。
同行者とはかれこれ10年来の付き合いだが、こうして女子旅で見るもの、出会うもの、触れるものひとつひとつを全力で楽しめることだけは、ずっと変わらない。それが少し、嬉しい。

 

 

都心から2時間ほどで出会える自然と、個性豊かな美術館の数々。新緑のなかでリフレッシュして、美味しいものを食べて、なにより思う存分アートに触れられた、心も身体も癒される「アートな女子旅」。次はどこへ行こうかと考えるだけで、また明日から頑張れる気がした。

 

 

・・・

 

 

今後も、首都圏から1泊2日や日帰りで気軽に足を運べるアート旅をご紹介できたらと思います。「日常からほんの少し離れて、アートに触れて、また頑張れる」…そんなサイクルの、小さなきっかけになれたら嬉しいです。

 

 

 

写真・文 : haushinka

 

 

 

施設情報

 

 

【中村キース・へリング美術館】
 住所:〒408-0044 山梨県北杜市小淵沢町10249-7
 電話番号:0551-36-8712
 開館時間:9:00~17:00
 休館日:会期中無休(展示準備期間中は休館)
 入館料:一般 1000円、シニア(65歳以上)900円、障がい者 800円、大学生 700円、13~18歳 500円、小学生未満 無料
  アクセス:「小淵沢」 I.C.から車で約6分
     JR「小淵沢」駅から車で約8分
  JR「小淵沢」駅より八ヶ岳高原リゾートバスで約13分(季節運行。詳細は八ヶ岳高原リゾートバスのWEBサイト参照)
  URL:http://www.nakamura-haring.com/

 

 

【平山郁夫シルクロード美術館】
 住所:〒408-0031 山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6
 電話番号:0551-32-0225
 開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
 休館日:展示替え期間、冬季(年末~3月中旬) ※詳しい日程は要問合せ
 入館料:一般 (18歳以上) 1200円、
                    高・大学生(専門学校含む) 800円、 小・中学生 無料
     ※ 70歳以上の方、20名様以上の団体は100円割引
     ※ 学校教育・学習活動等での利用の場合、入館料の全部(一部)を
                        免除する    制度有り(詳細は公式サイト「入館料免除制度」参照)
  アクセス:中央高速道路「小淵沢」インターより約10分
        JR小海線「甲斐小泉」駅前すぐ、JR中央線「小淵沢」駅より車で10分
  URL:http://www.silkroad-museum.jp/

 

 

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Writer

haushinka

haushinka - haushinka -

関西出身、関東在住。慶應義塾大学法学部政治学科卒。

子供の頃から絵を描くのも観るのも好きで、週末はカメラ片手に日本全国の美術館を巡るのがライフワーク。美術館のあるところなら、一人でも、遠方でも、島でも海でも山でも足を運ぶ。好きな美術館はポーラ美術館、兵庫県立美術館、豊島美術館、豊田市美術館など。

作品はもちろん、美術館の建築、空間、庭園、カフェ、道中や周辺観光も含めて楽しむアート旅を綴ったブログを2014年より執筆中。

 

ブログ『美術館巡りの小さな旅』
http://ameblo.jp/girls-artrip






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