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グラフィックデザインの天才―「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」

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2017年3月7日

グラフィックデザインの天才―「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」


グラフィックデザインの天才―「カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命」  

 

筆者自身が、これまでものすごく憧れながらも、絶対になれないと思ってきた職業がある。

 

それは、PRすべきものの良さや必要な情報を短いセンテンスにぎゅっと詰め込み、わかりやすく、且つ印象深く伝える「コピーライター」という仕事だ。

 

けれど今回ある展覧会に足を運んだことで、それと同じく、「ポスターデザイン」「グラフィックデザイン」の持つインパクトと訴求力に大きな衝撃を受けた自分がいた。

  

 

一瞬の視覚情報で、観る者に「伝えきる」力。

商品の狙いやPRの方向性にもよるが、やはり「ポスター」においては、やんわり伝える、想像させる、暗示する、ニュアンスを感じとらせるというのでは足りない。対象の魅力や情報を、一目で「伝えきる」必要があるのだ。

 

 そしてそれは、突き抜けた才能とアイディア力、斬新な感覚を以てこそやっと成立するものなのだと、今回の展示を通し実感した。

 

そんな能力に長けた一人の天才が生んだ、いつまでも新しく、どの時代に目にしてもモダンなポスターたちを観に。

 

 今回は、埼玉県立近代美術館で開催中のカッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命についてご紹介したい。

   

  

「カッサンドル」?

 

その名前にピンと来なかった方は、”婚活リップ”でも話題の、あのブランドを思い出して頂きたい。YSLのアルファベットが簡潔に、けれど美しく配されたロゴが特徴的なそう、イヴ・サンローラン!

 

あのあまりに有名なロゴのデザインは、実はカッサンドルによるもの。ゆえにこのロゴには、「カサンドラ・ライン」という呼び名もあるという。

 

そんなカッサンドル (本名:アドルフ・ジャン=マリー・ムーロン、1901-1968年、ウクライナ出身)は、フランスで活躍したグラフィックデザイナー。

 

舞台芸術やオリジナルフォント(タイプフェイス)の考案、絵画なども手掛けたが、やはり彼の真骨頂は192030年代にかけてキャリアの絶頂期を迎えた、広告・ポスター制作であろう。

 

ファッションブランド「BA-TSU」の創業者兼デザイナーの故・松本瑠樹氏のコレクションから、今回は、上記のような一度は目にしたことのあるポスターをはじめ、その原画までもが複数出展されている。

 

パソコンを使えばさくっと文字を打つことができ、線も正確にさっと引けてしまう今の時代だからこそ、当時の「手描き」ならではの味や推敲のあとが窺える原画は必見だ。

いざ、展示室へ!

 

Chapter 1 : 街頭の視覚革命―鮮烈なデビュー】

 

普段、簡単に印刷物やWEB上で観ることのできてしまう「ポスター」を、こうして美術館で実際に鑑賞することのメリット―それは、展示室に入るとすぐにわかる。

 

 

 

 

 

 

そう、この「サイズ感」!

 

ゆとりを持って配置された、かなり大き目サイズのポスターたち。今でこそ技術の発達で宣伝方法は多様化しているものの、あの時代、街中で目に留めてもらうには、やはり物理的な「大きさ」というのは相当重要な要素だったのだろう。

 

それが何点も並んでいる様はなんとも壮観で、サイズに圧倒される感覚が心地よい。この時点ですでに、「あぁ、足を運んでよかった」と思う自分がいた。

 

 

カッサンドルが最初期に手掛けたパスタのポスター「ガール」(1921年)では、なかばホラーがかった不気味なキャラクター(髪の毛はどうやらパスタでできている)が不敵な笑みを浮かべながらパスタの畑を刈り取っている。その姿はなかなかインパクト大。

 

初期の作品とはいえ、斧の持ち手の直線や刃の曲線、勢いのある画面構成からは、その後のカッサンドルの幾何学的なデザインやダイナミックな作風の片鱗が窺える。

同時に、同作品は当時活躍していた先輩ポスター作家・カッピエルロの影響の強い作風でもある。

 

そうして先人や同時代の事象・人物の影響を受けて咀嚼し、自分のものにしていくのはごく自然なこと。カッサンドルもバウハウスなどの影響を受けながら、独自の幾何学的センスを織り交ぜてその後活躍していくわけだが、実は彼ののちの人生に、そうした「他者からの影響」が影を落とすことにもなる。

 

さて、ここからの展示は、彼がその才能をバリバリ発揮し、ポスター界の寵児としてその名を轟かせることになった作品のオンパレード。

 

 

この壮観な横長のサイズ感!

 

なかでも「オ・ビュシュロン」(1923年、1926年)は家具屋の広告で、木を切る場面をダイナミックに描くことにより、上質な材料で家具が作られていることを強いインパクトを以て表現している。

 

最早アメコミかと言いたくなるような(この時代にこんな画風だったことがすでに新しい!)力強いキャラクターの描写と、印象的なV字の構図の斬新さたるや!

 

カッサンドルは同作により現代装飾美術・産業美術国際博覧会でグランプリを受賞し、一躍その名が知れ渡るようになる。

 

さらに、ポスターとしての面白味は別にもある。

 

同ポスター(1926年版)が、当時どこでどんな風に掲示されていたのかを写した写真を見ると、建物の壁一面に、このV字構図が反復するように何枚も貼られていた。パッと見は、ゆるやかなV字の連続がヘリンボーン柄のよう。このサイズのポスターが柄を成しながら壁を覆い尽くすのだから、そのインパクトは相当なものだっただろう。

 

こういった掲示方法による効果も計算して作られるというのが、ポスター特有の面白さかもしれない。

 

Chapter 2 :ポスターの頂点へ―時代の寵児として】

 

さて、皆さんは、沢木耕太郎の名作「深夜特急」をご存じだろうか?

 

過去にお読みになった方も、書店で見かけたことのある方も多いはず。

実はその表紙に、カッサンドルの鉄道広告の作品が使用されている。彼の作品の持つモダンなセンスとインパクトを思うと、それが名作の表紙に選ばれるのも合点がいく。書店でもさぞ目を引いたことだろう。

 

他にもタバコやお酒などあらゆる広告を手掛けた彼だが、ここではそんな「鉄道」の広告に注目して観てみよう。

彼の鉄道広告からひしひしと伝わるのは、まずその「スピード感」

 

前述の「深夜特急」の表紙を飾った「ノール・エクスプレス」(1927年)では、画面全体に、火花を散らしながら進む特急の車輪が描かれている。猛烈な速さで進む特急全体を金属的なクールトーンでまとめた中で、真っ赤に描かれた火花はかなりのインパクトを残す。

 

フォント(タイプフェイス)にもこだわった彼は、同作品では、横方向の疾走感を表現すべく、文字の縦線を見えにくいチャコールグレーで塗り、横線を白で目立たせるなどの工夫を加えている(ちなみに今回の展覧会名のロゴも、彼が考案したフォントである)。

 

そもそも、鉄道広告と言われて”車輪のみ”をクローズアップするという発想は、今でこそままあるかもしれないが、当時はかなり斬新だったのではないだろうか。

 

また、原画の中には、手描きならではのコンパスの針あとも見える。印刷物には見られない色むらも興味深い。こうしたものをじっくり見られるという意味でも、原画が複数展示されている本展の貴重さがわかる。

 

同時に、この時代は鉄道だけでなく、道路の開通や飛行機などの交通網も飛躍的に発達した。カッサンドルのポスターには、そうした時代性も反映されている。

 

そんな数ある公共交通ポスターの中で、筆者個人のお気に入りは「エトワール・デュ・ノール」(1927年)。画面手前から遠く地平線へと連なる線路が、シンプルに描かれた作品だ。

 

車輪のフィーチャーから、今度は線路のフィーチャーへ。鉄道の名前にかけて、線路の先に輝くのは北極星。とてもシンプルな構図ながら、消失点の先の星がぱっと目を引き、ポップで可愛らしい。

 

瞬時にちゃんと、「鉄道の広告である」ことと「鉄道会社がどこなのか」が伝わる。これこそやはり、一目で情報を「伝えきる」力と言えるだろう(ちなみにこの作品も「深夜特急6」の表紙を飾っている)。

 

そしてこれらの陸路や空路と同様に、この時期に国の威信をかけて製造されていたのが、大型船。

 

続いては、最早カッサンドルの代名詞とも言える作品、「ノルマンディー」(1935年)がお目見えする。

 

しかしこの作品については、実際に作品を目にしてみて、いい意味で予想を裏切られた。

 

ポスターが、想像より「小さい」のだ。

 

このノルマンディー号のポスターは、これまであらゆる媒体で目にする機会があった。その度に、下から煽って見上げる形でドデンと描かれた豪華客船の巨大さが、十分すぎるほどに伝わってきていた。

船体のなだらかなグラデーション、船の左下に点のように描かれた小さな鳥の群れとの比較効果もあいまって、威風堂々とした客船の、ゴゴゴとものすごい音を立てて動くのであろうすごみと臨場感が、船を間近で見たかのようにひしひしと感じられたのである。

 

ゆえに筆者はこのポスター自体も、かなり大きなサイズであることを想像していた。

 

それが、初めて目にした実物のポスターは、ごくごく普通サイズのポスター。

 

このサイズのポスターで、あれだけの船の大きさと威厳を表現できるとは!カッサンドルの「見せ方」「伝え方」の才と、それを表現する技術は、当時どこまでも冴えわたっていたのであろう。

  

Chapter 3 : 見果てぬ夢―ポスターを超えて】

 

そんな稀代の売れっ子デザイナーとして過ごしたのち、カッサンドルは当時付き合いのあった画家バルテュスの影響もあり、もともと憧れていた「絵画制作」の道を模索し始める。

 

そして次第に、これまでのシンプルな直線や曲線を巧みに配したポスターとは異なる、シュルレアリスムの影響が強い画風に変化していくのである。

 

それが如実にわかるのが「パリ」(1935年)等の作品たち。そこにはまさに、ジョルジョ・デ・キリコなどの影響が窺えるのだ。

 

その頃彼が手掛けたアメリカの雑誌『ハーパーズ・バザー』の表紙絵もそれを反映していて、ダリやマグリットを彷彿とさせるモチーフや描法が多く見受けられる。

 

その後、彼はレコードジャケットのデザインや、終始興味を持ち続けていたオリジナルフォント(タイプフェイス)の考案など精力的に活動を続けるものの、ポスターデザイン絶頂期に冴えわたっていた彼独自のセンスと勢いは、少しずつ弱っていったようにも見える。

 

初期ポスター作品の部分で少し触れたように、彼が他から受けた影響が、彼の制作に少しずつ影を落とす形になっていったのかもしれない。

 

自分が本来進みたかった「絵画」の道と、自分が最も評価された「ポスターデザイン」の道。

 

商業的なものとしてある程度割り切って後者に取り組んできたはずの彼だが、その乖離や狭間での苦悩、もがきが後期の作品たちには滲んでいるような気がした。

 

とはいえ、今見ても「新しい」彼のグラフィック/ポスターデザインは、現在にいたるまで、後の広告・デザイン業界に多大な影響を与えている。

1936年にニューヨーク近代美術館で開催された彼の回顧展カタログの表紙には、真っ赤な画面に目を矢で射抜かれた人物が描かれていた。

 

まさにその通り、彼のポスターは、一瞬の視覚情報で、大きなインパクトと情報を観る者に与えることができる。当時の街中で、そしてこうしていま彼のポスターを観る人々は、まさに矢が目に刺さったかのごとく、その鮮烈なデザインに心を射抜かれていくのだ。

そんな彼のセンスが光る珠玉の作品の詰まった本展は、いつまでもモダンで新しいカッサンドルのデザインの変遷を追いながら、さまざまなサイズや商品の広告を楽しみ尽くせる展示だ。

時代性を如実に反映したポスターからは、商業、経済、歴史的なバックグラウンドや趨勢までもが窺い知れる。何より、これだけ保存状態の良好な個人コレクションと、その原画が見られるのは大変貴重な機会!

 

ぜひ皆さんも、その視覚的インパクトを受けに、足を運んでみて頂きたい。

 

文・写真 : haushinka

展覧会情報

『カッサンドル・ポスター展 グラフィズムの革命』

会期:2017211日 (土・祝) ~ 326日 (日)

会場:埼玉県立近代美術館

住所:〒330-0061 埼玉県さいたま市浦和区常盤9-30-1

電話番号:048-824-0111

開館時間:10:00 17:30 (入場は17:00まで)

休館日:月曜日 (320日は開館)

観覧料:一般1000円 (800円)、大高生800円 (640円)

      ※( ) 内は団体20名以上の料金。

      中学生以下、障害者手帳をご提示の方 (付き添いの方1名を含む) は無料。

      併せてMOMASコレクション (1階展示室) も鑑賞可能。

URLhttp://www.pref.spec.ed.jp/momas/



Writer

haushinka

haushinka - haushinka -

関西出身、関東在住。慶應義塾大学法学部政治学科卒。

子供の頃から絵を描くのも観るのも好きで、週末はカメラ片手に日本全国の美術館を巡るのがライフワーク。美術館のあるところなら、一人でも、遠方でも、島でも海でも山でも足を運ぶ。好きな美術館はポーラ美術館、兵庫県立美術館、豊島美術館、豊田市美術館など。

作品はもちろん、美術館の建築、空間、庭園、カフェ、道中や周辺観光も含めて楽しむアート旅を綴ったブログを2014年より執筆中。

 

ブログ『美術館巡りの小さな旅』
http://ameblo.jp/girls-artrip