命への静謐な賛歌 髙橋賢悟さんの工芸の世界
ボーダーレスな活躍が増えている現代のアートシーンにおいて、ジャンル分けに意味はないのかもしれませんが、一口に「アーティスト」と言っても、デザイナーやイラストレーター、ミュージシャンなど、携わっている領域によって醸し出す雰囲気が異なるように思います。
今回、お話を伺う髙橋賢悟さんは、今まさに注目を浴びている気鋭の工芸作家。工芸というと、寡黙な職人といったイメージを伴うでしょうか。一方で、髙橋さんが生み出す作品は、ヤモリや植物など、一見本物そっくりながら、金属の持つ滑らかさと無時間性を内在させており、工芸らしい技術力と思想性の高さの両方を備えています。
話の中で垣間見えたのは、髙橋さんの過去に学ぶ真摯な姿勢と、「今」を意識し大切にする誠実さ、そして未来にも通用することを目指す創造性でした。
◆驚きの製造方法
まずは東京藝術大学内のアトリエをご案内いただきました。最新作は花冠を戴く牛の頭蓋骨。素材はアルミで、遠目に粒々がくっついているように見える骨の部分は、小さくも可憐な花々が連なって構成されています。
gA編集部(以下、gA):骨の部分は、何のお花ですか?
髙橋賢悟さん(以下、髙橋):これはワスレナグサで、形が40種類くらいあります。
gA:とても小さいですね…。
髙橋:花の大きさは5ミリくらいで、薄さは0.5〜0.1ミリ程度です。
gA:薄さ0.1ミリ?!
髙橋:はい。2~3ミリ程度なら手動でも何とか作れるんですが、0.1ミリで製造するには真空加圧鋳造機の導入が必要でした。
gA:この牛の作品を作るために、花はいくつぐらい使ったんでしょうか。
髙橋:今回、花は…10万個はいかないでしょうけど、それに近いくらい必要でした。
製造方法を説明いただきました。 制法としては、ロウで作った原型を耐火石膏で埋没して鋳型を作ってロウを溶かして抜き、鋳型に金属を流し込むロストワックス法で行われているとのこと。
まずワスレナグサを大量生産するためのゴム型を作り、ゴム型にロウを流し込み、ロウのワスレナグサを量産します。
小さなロウのワスレナグサはワックスペンでくっつけて、牛の頭のパーツの形にします。花が小さく薄いので、接着するのも相当な器用さと注意深さを要します。
組みあがったワックスのパーツに石膏を注いでワックスを包んだ状態にし、高温で焼くとワックスが溶け出し、鋳型が出来上がります。鋳型を真空加圧鋳造機にかけて金属を注ぎ、金属が充填された鋳型を取り出した後、鋳型からアルミのパーツを取り出します。
鋳型は金属を取り出す時に壊すので1回しか使えませんし、パーツを構成するワスレナグサはアルミホイル程度の薄さしかありません。鋳型の強度や温度、金属の温度、金属を流し込むための道である「湯道」のつけ方など、さまざまな条件が揃って初めて成功する、まさに技術の粋といえるでしょう。
頭蓋骨はもともと骨と骨のパーツで組み合わさってできているので、制作では継ぎ目と継ぎ目をつなぎ合わせ、継ぎ目が開いている部分は金属の溶接で繋ぐなど、少しでも自然に見えるように組んでいるとのことです。
◆制作のきっかけと過去からの影響
ワスレナグサの作品は、牛の頭蓋骨のほか、人や犬の頭蓋骨などがあります。薄さ0.1ミリもの部品から、これだけたくさんの過程を経て大きな作品をつくるのは前例がなく、実現するか分からないところから手探りで始めたそうです。乗り越えるべきハードルがたくさんある状況で、何が髙橋さんを突き動かしたのでしょうか。
gA:今の作品をつくろうと思ったきっかけは何ですか?
髙橋:いろいろ模索している時、三井記念美術館の「超絶技巧!明治工芸の粋」展を見たんですね。あの展示があった2014年時点では、ワスレナグサは生まれていませんでした。
gA:そこから試行錯誤があったんですね。
髙橋:なかなか思うようにいきませんでした。ある時、温度調整に失敗して偶然うまくいったんです。
材料になるアルミは700°もの温度になるとのこと。すさまじい高温での作業は危険を伴うでしょうし、これだけ繊細な作品であれば、製造過程でのトライ&エラーも相当な数だったはず。それにしても、数知れぬ失敗が成功につながったとは、なんともドラマチック。
gA:髙橋さんが影響を受けた作家はいますか?
髙橋:鈴木長吉(※)ですね。明治時代に活躍した鋳造の工芸作家で、彼も蝋真土鋳造法というロストワックス法に近い技法で作っています。日本に残っている作品は少ないのですが、万国博覧会などに出品して高い評価を受けました。僕はイギリスで展示していた時、ヴィクトリア&アルバート博物館で「孔雀大香炉」を見て衝撃を受けたんです。
「孔雀大香炉」は、ブロンズ製で孔雀が香炉を見上げている大型の鋳金作品。パリ万国博覧会で金賞を受賞したというこの像は、高さ228.6cmもある大作ですが、今のような新型の機械もない状況で、羽の細かい部分など、どうやって鋳造したのか想像もつきません。制作方法も細かくところまでははっきりしたことは分かっておらず、細かい部分は推測するしかないとのお話でした。
(※) 鈴木長吉[1848~1919]
鋳金家。帝室技芸員。本名嘉幸(かこう)、長吉は通称。岡野東流斎に師事。明治時代に活躍、海外博覧会に出品して数々の賞を受ける。特に猛禽類の置物を得意とした。
◆技巧の根幹にあるコンセプト
髙橋さんの工芸は技巧だけではなく、それが表現している世界観も含めて唯一無二の存在です。作品に込められた思いを伺いました。
gA:今回の作品のコンセプトを教えてもらえますか。
髙橋:僕はもともと、鋳造にしかできない三次元の表現を追っていて、「真実の愛」という花言葉を持つワスレナグサを選びました。その上で、作品が100年、200年たっても通用することを目指していて、「命の尊さ」をテーマにしています。
gA:モチーフである「頭蓋骨」に反映されていますね。
髙橋:屠殺場へ見学に行ったりもしました。死は身近なものなのに、今の時代は表面に出ないようにしている。にも関わらず教育現場では、難しいとは思うのですがこの仕組みや命の大切さを教えた結果、ショッキングな伝え方になってしまいトラウマになる子供も出たりと、不自然な伝わり方をしている気がするんですね。
gA:段階を踏んで伝えていない感じがしますね。
髙橋:僕は、見る覚悟ができてから伝わるようにしたいんです。こっちの小さい骨は、もともとペットだった犬の遺骨です。現代社会においては、いろいろなことが都合のいいように死を加工されているけれど、社会はそんなに完璧じゃないし、命は加工できない。取りこぼされがちな命を改めて見直すことになるきっかけになればという思いがあって制作していますね。
gA:頭蓋骨の上にあるのは菊ですか?
髙橋:はい、これは仏花なんです。色も白に統一しています。
小さなワスレナグサと、それが構成している骨、手向けられた仏花。それらの一つ一つに、日常における生と死、限られた命と無数の愛といった深い意味がこもっているのです。形作られているのは頭蓋骨という死のイメージですが、ワスレナグサが愛を謳い、仏花の花冠が詩的な風情を与えています。
髙橋:きれいな形の菊をつくりたかったので、一時期花屋さんには頻繁に通いました。
gA:花屋さんは、髙橋さんが何に花を使っているのか知っていたんですか?
髙橋:最初は花の絵を描いてると言ってたんですが、頻繁に買いすぎたので、結局本当のことを言いました。
gA:びっくりしたでしょうね。まさか全部灰になってるなんて(笑)
◆今後の方向性と読者に贈るメッセージ
髙橋さんの作品は、9月16日(土)から三井住友美術館で実施される「驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アート」展で3点展示され、また東京アートフェアの靖山画廊のブースで出品されるそうです。その後、ワスレナグサでつくる作品には一度区切りをつけ、新作の制作に入るとのこと。
gA:新作はどのような感じになるんでしょうか?
髙橋:盆栽をモチーフにして、アルミ青銅でつくります。4月に埼玉で行われた世界盆栽大会にも足を運び、盆栽関係の方にもいろいろなお話を伺いました。盆栽は空間芸術ですし、職人さんがいる伝統技法なので、鋳造との共通点があります。
制作中の作品を見せていただきました。見事な枝ぶりを見せる本物そっくりの盆栽は金属製で、ひっくり返すと香合に。技巧とユーモアが共存する、遊び心に満ちた作品です。
gA:面白いですね。
髙橋:ジェフ・クーンズ(※)のように、やりすぎ感を見せるのがいいなと思っています。
(※) ジェフ・クーンズ[1955~] アメリカ合衆国の美術家。キッチュなイメージを使った絵画・彫刻作品などで知られる。作品は熱狂と批判の両極端の評価を受け、かつ高額である。
gA:それでは最後に、ガールズ・アートークの読者にメッセージをお願いできますか。
髙橋:読者層である20~30代の女性に、もっとアートを身近に感じてほしいと思います。イギリスなどでは、カップルが気軽にデートで美術鑑賞してるんですよ。映画に行くような感じで、美術館にも気軽に足を運んでもらえるといいなあと思います。
gA:本当ですね。本日は、貴重なお時間をありがとうございました。
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編集後記
私たちは幼い頃、大きな夢や希望を持ちますが、大人になるにつれて叶えられそうな目的に絞って力を注ぎます。ですが今回拝見した作品は、マクロの世界観をミクロのパーツで構成し、生や死という事象を問い直すという壮大なもの。身近なことだけを追っていると、知らず知らずのうちに自分に制約を設けてしまうことを実感させられました。
「100年、200年たっても通用する」ことを目指すと言う髙橋さん。遠い未来を見据えてつくられた小さなワスレナグサたちの中には、過去と未来の粒子が閉じ込められている気がしました。アトリエには外界とは違う時間が流れているようで、とても貴重な体験だったと思います。
9月の三井記念美術館の展示も含め、髙橋さんの今後の展開がとても楽しみです。きっと想像もできないようなものを提示し続けてくれることでしょう。そして少しでも多くの人に驚きを感じていただけることを願ってやみません。
テキスト:中野昭子
取材:新井まる、中野昭子
撮影:吉澤威一郎
【プロフィール】
髙橋賢悟氏
1982年、鹿児島県に生まれる。
東京藝術大学美術学部工芸科卒業を修了し、現鋳金研究室非常勤講師。
卒業制作で「台東区奨励賞」受賞、修了作品にて「メトロ財団優秀賞」受賞、2012年に「大地の芸術祭 越後妻有トリエンナーレ」出品、2013年「第7回佐野ルネッサンス鋳金展 大賞」受賞 2015年「第8回佐野ルネッサンス鋳金展NHK宇都宮局長賞」受賞、2016年髙橋賢悟展(靖山画廊)開催 2017年 第46回伝統工芸日本金工展 新人賞受賞等。
鋳金に関し伝統的な技法から最新技術に至るまで習得、幅広い表現の可能性を追求している。
髙橋さんの作品がみれる!【展覧会情報】
特別展「驚異の超絶技巧!」明治工芸から現代アートへ
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index2.html
会期:2017年9月16日(土)〜12月3日(日)
会場:三井記念美術館
東京都中央区日本橋室町2-1-1 三井本館7階
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