【並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑—透明な黒の感性】
東京都庭園美術館で出会うロストテクノロジー!
明治時代、輸出用の工芸品として大人気だった七宝(※1)。
—明治工芸って最近人気みたいだけど、なにが魅力なの?
—そもそも七宝ってなにか知らないんだけど!
そう思っている方も多いはず。
東京都庭園美術館(東京都港区)で開催中の『並河靖之七宝展』はそんな方にこそおすすめ。その魅力をご紹介しましょう。
並河靖之 (部分)菊御紋章藤文大花瓶 並河靖之七宝記念館
並河工房 七宝下図「桜花蝶文皿」 並河靖之七宝記念館蔵
並河靖之(なみかわ・やすゆき、1845-1927)は、繊細な「有線七宝(※2)」という技術により明治工芸界の頂点を極めた七宝家です。没後90年を記念する本展は、初期から晩年までの作品を一堂に会する初めての回顧展。並河の生涯と作品を通じ、卓越した技術だけではなく彼の美意識を感じることができます。
並河は、息を呑むような細密な植線(金や銀の細い金属線)と豊かな色彩により、四季折々の花鳥風月を描いています。特徴は、独特の研ぎ澄まされた透明な黒い釉薬。
洗練された感性によって制作された七宝は、100年以上の時を経てなお私たちを魅了します。
※1 七宝(しっぽう)とは?
「七宝」または「七宝焼き」と呼ばれる、金属工芸技法のひとつ。
金、銀、銅、青銅など素地の上に釉薬(ゆうやく:ガラス質に顔料となる金属を加えてペースト状にしたもの)をおいて焼き、溶けた釉薬によってガラスのような質感の色彩を施す技法のこと。
ちなみに、英語ではenamel(エナメル)。今でもブローチや指輪などのアクセサリーがあるので、そう考えると七宝は意外に身近にあるんですね。
※2有線七宝(ゆうせんしっぽう)とは?
素地の上に銀線(銀を細いテープ状にしたもの)を立てて輪郭線を描き、その中に釉薬を流し込んで焼成したもの。
並河作品の銀線の間隔は、なんと0.5ミリ以下!驚きの細かさです!
並河靖之 藤草花文花瓶 並河靖之七宝記念館蔵
並河靖之 (部分)藤草花文花瓶 並河靖之七宝記念館蔵
明治時代、鎖国を解いた日本には、徐々に外国人観光客が訪れるようになっていました。彼らにとってステータスだったのが、京都の工芸家たちのお店や工房めぐり。
並河の工房にも外国からの文化人が多数訪れ、“京都並河”ブランドは新聞や雑誌を通して海外へと紹介されました。
明治29年(1896)、並河は当時の工芸家の最大の名誉ともいうべき帝室技芸員となり、当代一流の工芸家としての地位を確立します。
しかし大正期に入ると七宝業全体の生産額が落ち込み、並河も工房を閉鎖。その名は次第に忘れ去られていきました。
今ではどのように作ったのかわからず再現不能な技もたくさんあるそうです。
まさに一代限りのロストテクノロジー。そう思って見るとさらに興味が湧いてきますね。
◆引き込まれるような透明な「黒」
並河靖之 花鳥図飾壷 清水三年坂美術館蔵
並河作品の大きな特徴は「黒色透明釉薬」。艶やかな黒い地(背景)が、色彩あふれる花鳥のモチーフをぐっと際立たせます。また、この黒が透明になることで、空気感や奥行きが生まれています。
◆キラキラ輝く「茶金石(ちゃきんせき)」
ガラス質に酸化鉄や雲母片などの金属を混ぜ込むことで、褐色の地に金砂のようなキラキラとした輝きを作り出します。これをほんの少しだけ部分的に使うなど、並河の洗練された感性が光ります。
並河靖之 部分 菊紋付蝶松唐草模様花瓶 一対 泉涌寺
蝶の下羽部分や花びらなどに「茶金石」が施されている
並河靖之 菊紋付蝶松唐草模様花瓶 一対 泉涌寺蔵
ちらは、今回千枚以上におよぶ下図との照合作業の結果、並河靖之の作品であることが判明した本展の注目作品。
昭和天皇のご遺物として平成に入ってから京都の泉涌寺に下賜されたもので、菊の御紋が首部分両面に取り付けられています。
★ミュージアムスコープを片手にじっくり堪能!
会期中、本館1階のウェルカムルームで「ミュージアムスコープ(単眼鏡)」を無料で借りることができます。
細部のグラデーションや様々な色の釉薬で仕上げられた肉眼では見えない模様など、こだわりの細部をじっくり楽しみましょう。細部の配色の美しさや繊細な感性にきっと魅了されるはず!
貸出・返却場所:本館1階ウェルカムルーム
期間:2017年1月14日〜4月9日まで
料金:無料/先着50台まで
※貸出の際、身分証(免許証、健康保険証など)が必要です
※台数に限りがあり貸出できない場合がありますのでご了承下さい
並河靖之 (部分)龍文瓢形花瓶 ギャルリー・グリシーヌ
明治時代は100年以上が経過した今、現代の私たちにとって、過去というよりは、全く知らない異国のように感じられるのではないでしょうか。
特に並河の作品は9割が輸出用に作られたため、日本国内には多くは残っていません。 そのため日本の工芸品とはいえ、初めて出会うような驚きと新鮮な発見に溢れています。
並河靖之 菊唐草文細首小花瓶 並河靖之七宝記念館蔵
特に新鮮に感じられたのは、鮮やかなトルコブルーの地。花瓶のほかにもシガレットケースや香水ビンなど、小さな面に密度の濃い植線が施され、うっとりするような可愛さです。
並河靖之 蝶に花唐草文香水瓶(三種) 清水三年坂美術館蔵
こちらはモダンなデザインの香合(お香を入れておく容器)。わずかな植線のみで大きく雲の文様を表現しています。ブルーの雲に白のトリミング、鮮やなか朱色の配色が印象的ですね。
並河靖之 雲文香合 並河靖之七宝記念館
明治工芸がこんなにカラフルで乙女心をくすぐるものだったなんて!
並河靖之の七宝の世界にあなたもきっと魅了されるはず!
文:五十嵐絵里子
写真:新井まる
展覧会情報
会期:2017年1月14日(土)– 4月9日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館・新館)
休館日:第2・第4水曜日(1/25、2/8、2/22、3/8、3/22)
開館時間:10:00–18:00 (入館は閉館の30分前まで)
*3/24、3/25、3/26、4/1、4/2、4/7、4/8、4/9は夜間開館20:00まで(入館は19:30まで)
観覧料:一般:1,100(880)円
大学生(専修・各種専門学校含む):880(700)円
中・高校生・65歳以上:550(440)円
( )内は前売りおよび20名以上の団体料金。
小学生以下および都内在住在学の中学生は無料。
身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその介護者一名は無料。