坂本龍一の革新的な芸術世界を包括的に紹介する大規模個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」3/30(日)まで
タイトル画像:展示風景より、坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662(2024)
連日多くの人が来場している話題の展示、「坂本龍一|音を視る 時を聴く」が、東京都現代美術館で3/30(日)まで開催されている。
坂本龍一は2023年に71歳で逝去するまで、常に革新的な創造性を追求し続けたアーティストであった。1978年の「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」結成で世界的な注目を集め、その後もソロ音楽家として、また映画音楽家として輝かしい功績を残し、その創造性は音楽の枠に留まることはなかった。
1990年代に入ると、当時まだ新しかったデジタル技術を積極的に取り入れ、従来の音楽ライブの概念を覆すような斬新なパフォーマンスを次々と展開。2000年代に入ってからは、その表現領域をさらに拡大し、様々なアーティストとのコラボレーションを通じて、音を空間に立体的に配置する実験的なインスタレーション作品の制作に意欲的に取り組んでいった。
本展は、昨年惜しまれつつ世を去った坂本の芸術世界を包括的に紹介する日本初の大規模個展。生前坂本が東京都現代美術館のために遺した展覧会構想を軸に、坂本の創作活動における長年の関心事であった音と時間をテーマに、未発表の新作を含む没入型・体感型サウンド・インスタレーション約10点(+スペシャルコラボレーション、アーカイヴ特別展示)を美術館屋内外で展開。美術館の内外の空間を贅沢に使用し、半世紀以上にわたり多様な表現活動を通じて時代の最先端を走り続けてきた坂本独自の音響世界へと誘う。
さらに、特別なコラボレーション作品の展示や、坂本の創作活動を紐解くアーカイブ資料の特別展示も用意されており、これらを通じて音楽家としてだけでなく、メディアアーティストとしての坂本の姿も浮き彫りとなるだろう。
展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)
本展の中核をなすのは、坂本龍一と高谷史郎による6点のコラボレーション作品だ。両者は1999年の『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』以来、四半世紀近くにわたって創作活動を共にしてきた盟友。
彼らの作品群においての特徴は、水や霧を重要な要素として用いていることだ。その代表作《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)は、坂本のオペラ『LIFE』のサウンドに包まれた空間に、9つの水槽を中空に配置したインスタレーション。明滅する水槽が地面に様々な景色を映し出し、鑑賞者はその空間をゆっくりと歩むことで、独特の時空間の広がりを体感できる。リズムや旋律を持たない謎めいた音が、霧と光と映像と完璧にシンクロし、まるで音の生き物の胎内にいるかのような没入感を生み出している。
坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)部分
新作《async–immersion tokyo》(2024)は、2017年に発表された坂本のアルバム『async』を進化させた作品である。巨大スクリーンに映し出される自然や坂本のスタジオの映像は、無数の細い横線へと変換され、音楽とは非同期で変化を続ける。この音と映像の意図的な乖離が、独特の体験を生み出している。
展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》(2024)
もう一つの新作《TIME TIME》(2024)は、2021年初演の舞台作品《TIME》を基に本展用に再構築されたものである。「夢幻能」のフォーマットを採用し、宮田まゆみの笙の音色と田中泯の映像を組み合わせ、水を舞台装置として用いながら、時間の本質を探究する幻想的な世界を展開している。
これらの作品群は、坂本と高谷が長年追求してきた音と映像による空間表現の集大成といえる。音を視覚化し、時間を空間化する彼らの試みは、従来の芸術表現の境界を超えた新たな体験を私たちに提示している。
アルバム『async』の存在は、坂本龍一のインスタレーション作品にとって、重要な転換点となった。その代表的な作品の一つが、Zakkubalanとの《async–volume》(2017)である。この作品では、『async』制作時の坂本の生活空間であるニューヨークのスタジオ、リビング、庭などが断片的な映像として切り取られ、各場所の環境音とアルバムの音素材が絡み合う。24台のiPhoneとiPadを壁面に配置するという斬新な展示方法を採用し、鑑賞者はそれぞれの「小さな光る窓」を通して、まるで坂本の内面世界を覗き込むような体験をすることができる。
タイの映画監督・アーティストであるアピチャッポン・ウィーラセタクンとの《async–first light》(2017)では、異なるアプローチが試みられた。「デジタルハリネズミ」と呼ばれる小型カメラを知人たちに配布し、彼らが撮影した日常的な映像を素材として用いている。坂本は本作のために「Disintegration」「Life, Life」の2曲を特別にアレンジ。低解像度ならではの粗い質感と独特の色調が、親密な日常の断片を温かみのある光景として浮かび上がらせている。
これら一連の『async』関連作品群は、音楽アルバムという従来の形式を超えて、音響と映像による空間芸術という新たな領域を切り拓いた坂本の先見性を如実に示している。それは同時に、多様なアーティストとの協働を通じて、表現の可能性を広げ続けた彼の創造的精神の証でもある。
また、本展の特別展示として注目を集めているのが、坂本龍一と岩井俊雄による《Music Plays Image × Images Play Music》(1996-97/2024)。本作は1996年に水戸芸術館で初演された作品を再構築したもの。「アルスエレクトロニカ97」での坂本の演奏データと坂本の全身映像、MIDIデータとして記録された指の動き、そして坂本愛用のピアノを組み合わせることで、まるで坂本が目の前で演奏しているかのような錯覚を鑑賞者に与える。さらに、岩井が開発したプログラムにより、ピアノから奏でられる音が瞬時に視覚的な要素として変換され、空間へと放たれていく。
展示風景より、坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Images × Images Play Music》(1996-97/2024)
そのほかに、2002年以降「アルヴァ・ノト」名義で坂本と音楽制作を重ねてきたカールステン・ニコライも、本展に参加。ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』に着想を得た長編映画『20000』の脚本から2章を映像化し、初めて公開している。
本展の最後のハイライトとして、「霧の彫刻家」として世界的に知られる中谷芙二子とのスペシャル・コラボレーションがある。中谷は1970年の大阪万博でペプシ館を人工の霧で包み込んで以来、世界各地で革新的な霧のプロジェクトを展開してきたアーティスト。
展示風景より、坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662(2024)
坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎による《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻#47662(2024)は、東京都現代美術館のサンクンガーデンを舞台に、霧と光と音が融合した幻想的な空間を創出している。この作品は、不死の水が湧き出ると伝えられる枯れ井戸で、その水を待ち続けた老人の物語からインスピレーションを得ているという。霧の動きは即座に音へと変換され、鑑賞者は文字通り「音を視る」という特異な体験に導かれる。濃密な霧の中を歩み、時に陽光が差し込む瞬間を体験することで、人生の縮図のような深い思索へと誘う。
本展に展示された多様な作品群は、坂本龍一がいかに先駆的で実験的な創作に挑み続けたかを雄弁に物語っている。それは時代や空間を超えて、私たちに新たな創造と体験の地平を開き続けている。
最後に、来場にあたっては、本展は連日多くのファンで賑わっており、週末や休日にとても混みあうため、平日を強くおすすめする。
文=鈴木隆一
写真=新井まる
【展示会概要】
坂本龍一 | 音を視る 時を聴く
会期|2024年12月21日~2025年3月30日
会場|東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ほか
住所|東京都江東区三好4-1-1
電話番号|050-5541-8600
開館時間|10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日|月、12月28日〜1月1日、1月14日、2月25日(1月13日、2月24日は開館)
料金|一般 2400円 / 大学生・専門学校生・65 歳以上 1700円 / 中高生 960円 / 小学生以下 無料