アートオタクな天使のスパルタ鑑賞塾 ~原美術館編~
アートを勉強中の“まる”は、アートオタクな天使こと“ぷさ”に出会い、さらにアート鑑賞に熱が入る。少しずつ距離を縮める2人だが…。 今回は、現代美術のコレクションが充実している東京・品川の原美術館へ。
【過去のスパルタ鑑賞塾はこちら♪】
第1話:国立博物館編
第2話:東京国立近代美術館編
第3話:横浜美術館編
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西洋モダニスム建築のおしゃれな邸宅美術館
今日は原美術館にやってきました。毎回違う表情を見せてくれるお庭や素敵な建築が大好き!るんるんっ。
お、今日はずいぶん浮かれてるな。この原美術館は個人の邸宅として使われていた建物をそのまま美術館にしていて、コンテンポラリーアートでは重要な作家の作品がたくさ、、、
雨の日の美術館もしっとりした素敵な雰囲気だわ。はあ、うっとりしちゃうな~。
って、聞いてない!オレは雨が苦手なんだよ。なんか飛びにくいし。
あれ、お庭の虫かと思ったらぷささん。こんにちは。何か言ってました?
そんな調子でうっとりしていたら作品もちゃんと見れないだろ!?
そんなことないもーん。あれ、ぷささん、新種のトンボみたい。ぷぷぷ!
もう秋だしね♡って違う!天使!て・ん・し! 浮かれてばかりで建築のことも知らないだろう?しょうがない、教えてやろう。この邸宅を設計したのは、、、
設計は、同じ1938年にオープンした東京国立博物館の現・本館を手がけた渡辺仁(1887-1973)ですよね。「
第1話 国立博物館編」で勉強しましたから!
原美術館外観
美術館としての開館は1979年ですが、もともとは原邦造さんの私邸として1938年に建てられたんですよね。
モダニズムを取り入れた造りで、中庭を包みこむように緩やかな円弧を描いた空間デザインが本当に素敵!そうそう、ちなみに1930年代の欧風邸宅を美術館に再生した例としては、目黒の東京都庭園美術館と並ぶものといえますよね。
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ナルシシズムのねじれを覗く 森村泰昌『輪舞(ろんど)』
今日は原美術館の隅々まで覗いてみよう。スパルタ塾らしく最初からビシビシいくぞ!
覗く…? あ、ぷささんは虫みたいに小さいから隙間とかも覗けますよね!
そう、虫サイズは便利…って違うっ!天使!エンジェル! この美術館の醍醐味は、もともと人が住んでいた展示室を覗くことにあると思う。いろんな趣向が凝らしてあるから見落とすなよ!
なるほど。では、さっそく階段下の小さなこの部屋は・・・
森村泰昌さんといえば、ご自身が作品の中の人物になりきる写真作品が有名ですよね。ベラスケスやゴッホの有名な絵画に描かれた人物になりきったり、マリリン・モンローやウォーホルのポートレート写真を自分で演じて撮るっていう独特な作品。
この作品は、めずらしく森村本人がモデルなんだ。しかも自分自身を型取りしてマネキンにしている。
あ、本当だ!いつも違う人になりきっているから森村さんご本人の顔が分からなかった!
森村泰昌『輪舞』1994年 撮影者:木奥惠三
ズボンを下ろした作家自身のマネキンが股を開いているね。
それが作家の狙いだ。ちなみにこのトイレは実際に使用できるよ。(※鑑賞者は使用できません)
そうなの?!もしこのトイレを使うなら森村さんと向かい合わなきゃいけないですね。想像するだけで恥ずかしい・・・
しかも全面鏡張りだから強制的に森村の股に放尿・排便している自分の姿を見ることになるわけ。
ということは、鑑賞者が覗いているのは、森村さんではなく自分の恥ずかしい姿なんですね。
鋭い!自分がトイレにいる姿ほど見たくないものはない。セックスしている姿はさらに見たくない。でも、ナルシシズムの絶頂は、見たいけれど見たくないという自己愛のねじれを、他者に受け入れられたときに訪れる。そういう、ナルシシズムのねじれは森村作品の醍醐味だと思う。とてもストレートにコンセプトが見える作品だ。
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鈴木康広『募金箱 「泉」』
はい、これはアート作品でもあり募金箱でもあるんですよね。
お金を入れると中で映像が流れるんですよ。原美術館の敷地の中を撮影した風景の映像だそうです。やってみましょう!
お金を入れると「ぽちゃ〜ん」と音がする! 泉にお賽銭を投げ込んだみたいな感じでおもしろい。
でもさ~、募金箱とか賽銭箱を覗くのってなんとなく不謹慎な気がする。
そんなことないですよ。わぁ、きれい! なんだか募金が風景に溶け込んでいくみたいな不思議な感覚ですよ。原美術館の風景を募金してくれた鑑賞者と一緒に作っていくってことなのかしら。
まるのくせに深読みしすぎだろ。オレにも早く見せろ!
ええっ、見せて!ついでに募金するから人間界のお金貸して!
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原美術館に残る邸宅の面影を感じて
『田原桂一「光合成」with 田中泯』展 展示風景
この展示室は今はひと続きになっていますが、もともとは書斎、居間、食堂に分かれていたそうです。この展示室のフローリングは当時のままの床板を使っているんです。味わい深いですね。
杉本博司「アートのほうき かえりな垣」2012年
この出窓のあるは半円形の部屋は、朝食ルームだった場所。昔はなんと、ここから品川の海が見えたんですって。ロマンテッィク~!
杉本博司『アートのほうき かえりな垣』
おい、まる!目を覚ませ、スパルタ塾再開だ!この窓から作品が見えている。どれか分かる?
杉本博司の『アートのほうき かえりな垣』という作品があるぞ。
そうだ! 杉本博司は『海景』『劇場』シリーズなどの白黒写真で著名なアーティストだ。東京都写真美術館リニューアルの個展が記憶に新しいね。 じつはこの作品は、杉本が2012年に原美術館で個展をしたときの作品をそのまま設置しているんだ。
庭に設置されていた室外機を隠すために制作されたんだよ。庭にほうき、という作品だから、ぱっと見作品だと気づかないひとが多いらしい。
落ち葉が積もったりして完全に庭に溶け込んでますね。隙間から室外機がチラリと見えます。
その隙間があるから庭に馴染んでいるとも言えるね。たとえば、コンクリートの壁だったら、そこに作品がある!とか、何かを隠してるぞ!とか気づくけど隙間だらけのほうきなら気づかないだろ。
ところが、いざ気づくとなんとか隙間から向こう側を覗きたくなる。アーティストが作った粋な目隠しだね。
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緑溢れるアートな中庭へ
待て待て。オレも読者もお前のハイテンションについていけてないぞ。
あら、みなさんついて来てね! 中庭には6点の屋外展示作品があるんです。いくつかご紹介しましょう。
三島喜美代『Newspaper-84-E』
三島喜美代『Newspaper-84-E』1984年
三島喜美代「土の新聞シリーズ」だな。彼女は、“本や新聞など紙でできたものを陶器で作る”という作品を作り続けている作家だよ。陶器にシルクスクリーンで、新聞の記事がプリントされている。
日本の技術力で作られた陶芸に、シルクスクリーンという手法で世界的なニュースの記事をプリントしている。複数の要素を組み合わせて、日本的であることによってグローバルに突き抜けていく作品だね。海外の人にも受け入れられやすいと思う。
この作品が制作された1984年当時、三島さんはそれほど注目されていた時期ではなかったと思う。それでも常設作品として設置した原美術館の鑑識眼の高さには驚くよ。
アーティスト本人と原美術館の館長やスタッフが直接コミュニケーションをとりながら、その場にあったサイトスペシフィックな作品を常設している。私立美術館だからできることだね。素晴らしい。
ちなみにこの新聞は、1984年8月31日のニューヨークタイムス。アポロの月面着陸のことが書かれていますよ!
モノの関係性の中に飛び込んでみる「もの派」
李禹煥『関係項』
李禹煥『関係項』1991年
李禹煥らしい作品だね。彼は韓国生まれの韓国育ちだけど、日本大学の哲学科で勉強した「もの派」を代表するアーティストだね。
木や石などの自然物と、紙や鉄材などをほぼ未加工のまま提示することで「もの」との関係を探ろうと試みた一連の作家を指して「もの派」というんだ。1960年代末から70年代初頭にかけて現われた日本美術史の重要な動向だぞ。
モノそれ自体ではなく、その”あいだ”にある関係性が作品の中心となる。
そう。この作品は、石と鉄の幾何学的な配置から違和感を持たせるというだけでもモノの強さを感じるね。
まるも成長したことだし実践してみよう。この作品をオレに説明してみろ。
レベルアップ!えっと、真ん中に正方形の鉄板があって、そのまわりに4つの石が置かれています。
それだけなんだけど・・・。えーと、鉄板は人工物で、まわりの石はどうやら自然のものだと思われます。それを幾何学的に配置しています。
えーと(汗)、ただそれだけの作品なんだけど、じっと見てたらなんだかどこまでが人工物で、どこまでが自然か分からなくなってきちゃった…。
まるにしてはよく考えたな。 本来ならあり得ない物質の組み合わせとその配置によって、モノに対する人間の認識に新たな関係性を生む。だから、モノ(鉄)とモノ(石)の関係性だけでなく、モノ(鉄や石=無機物)とモノ(人間=有機物)の関係性もまたその中に巻き込まれていく。
そう。だから、この作品は鑑賞している人を含めて観察するともっと楽しめる。さっきから、オレはまるとこの作品との関係性を観察してたんだ。
関根伸夫『空相』
関根伸夫『空相』1980年
李禹煥がものの静謐さにフォーカスしたとすれば、モノが持っている存在の重厚さにフォーカスしたのが関根伸夫だ。
正面玄関の前庭にあった作品ですね。関根さんも、もの派なんですね。
李禹煥の作品は地面に置かれていたけど、関根の作品は巨大な金属が、立っていて、その上に明らかに金属とは異質の巨大な石が、乗せられているね。
大丈夫。上に人間が乗ってもまったく問題ないらしい。実際に作家自身が上に立っている写真もあるくらいだからね。もの派は観念的な作品群に見えるけど、かなり大胆でもある。じっと観賞するよりも、関根さんのように彫刻の上に立って見るくらいのほうがいいのかもしれないね。
そう。つまり、関係性を外部から観察するのではなく、関係性の中に飛び込むことが大切なんだ。
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再び、美術館に入って2階へ。 階段の踊り場のドアを入ると、1階の展示室が見下ろせます。邸宅として使われていたころは、ここから1階の部屋の壁に映像を投影して、ホームシアターを楽しんでいたそう。
須田悦弘『此レハ飲水ニ非ズ』
須田悦弘『此レハ飲水ニ非ズ』2001年
須田悦弘の花の彫刻が、壊れかけた配管から育ったかのように設置されているね。
花や草などの自然物をとても繊細な木彫で制作しているアーティストだよ。この作品も本物と見間違えるくらいリアルだ。
”This water unfit for drinking”
この水は飲めません
じつはタイトルの『此レハ飲水ニ非ズ』は、ここからきているんだ。
そうだったんだ!この建物は、戦後GHQへ引き渡され、その後はセイロン大使館として使われていたこともあったそうです。その他にも宿舎や外国人の住宅として使われた時期もあったらしいですが、この部屋はもともとなんだったのかな?
ここはもともと写真をプリントするための暗室として使われていたらしい。たぶん水道管がダメになってたんだろうな。水を飲まないように誰かかが貼ったんだろう。
ここの水は人間にunfitだ。それに、配管に花という組み合わせもunfitだ。だから、この作品は『此レハ花ニ非ズ』ということかな。
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宮島達男『時の連鎖』
デジタルカウンターが0〜9までの数字を繰り返しているんだ。
宮島達男はこのデジタルカウンターを使った作品で世界的に知られるアーティストだ。
宮島達男『時の連鎖』1989年/1994年
暗い部屋に入ると、赤と緑のデジタルカウンターが、目の高さと膝の高さくらいに、二列に設置されている。
部屋が半円を描くように湾曲しているから、入ってすぐには出口が見えせないんだ。まるで地平線が横になったように、空間が永遠につづくように錯覚さられる。
この部屋だけ異世界のようです。数字がアートになるんですね。
0〜9だけの数字だけど、この組み合わせで宇宙のさらに先、つまり空間の永遠の先まで想像できそうだ。
しかもデジタルカウンターはそれぞれ異なる速度で点灯しているから、鑑賞者が見る数字の組み合わせはそのとき、その瞬間しかないんだ。
その瞬間によって永遠を想像させるという作品なんだ。こういう、刹那と永遠を一致させる想像力は、もの派にも共通する、とっても日本的な感覚だと思う。
まぁな!ちなみにこの小さな回廊状の部屋はもともと何だったか知ってるか?知らないだろうなぁ〜どうしようかなぁ〜激レア情報だからなぁ〜しょうがないから教えてやるけど、ここは小さな男子用トイレだったんだ!どーだ、知らなかっただろ!
・・・あれ、まる?いない! あれ、ドアが開かない!
暗いのこわい~!助けて~!
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奈良美智『My Drawing Room』
ここは私の一番好きな展示室!奈良美智さんのアトリエのような空間になっているの。原美術館で奈良さんが個展をしたのと同じ時期に設置されて、その後もたまにご本人が来て、ものを増やしたりしているんだって。 あの犬の彫刻作品は、この前までなかったから新しく設置されたのかも!
まるに閉じ込められたからワープしたんだよ!消耗したぁ〜。
奈良美智 「My Drawing Room」 2004年8月~
飲み残したワインの空き瓶とか、CDとか、スケッチなどが雑然と並べられていて、ロックンロールのハチャメチャなパーティー感がある。
そうだな。奈良の作品はかわいいから、ゆるっとしたコンセプトに見えるけど、実はすごく反体制的だ。人に媚びる感じが全くない。アトリエ的な部屋だからこそ見えることだ。 常設展示である上に現在進行形で更新することが可能で、そこから常に作家の息遣いや、作品のリアリティを感じることができるよね。これが、コンテンポラリーの作家を常設で見れることの醍醐味だ。
…あれ~? またぷささんがいなくなっちゃった。まったくいつも勝手に出てきたり消えたりするんだから。 おーい、ぷささ~ん!
これから群馬県のハラ ミュージアムアークに行くのに電車の時間が来ちゃうから急がなきゃ。 ぷささんは・・・ま、いっか。ワープできるみたいだし。
文:五十嵐絵里子
写真:吉澤威一郎
出演:花房太一、新井まる
企画展の情報 『田原桂一「光合成」with 田中泯』
2017年9月9日(土)~12月24日(日)
会場:東京都 品川 原美術館
東京都品川区北品川4丁目7−25
時間:11:00~17:00(祝日を除く水曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は開館し、翌平日休)、展示替え期間、年末年始
料金:一般1,100円 大高生700円 小中生500円
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花房太一 HANAFUSA Taichi
美術批評家、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。 ウェブサイト:hanpausa.com