個展「神秘的な風景」の神秘を探る
河原シンスケ氏インタビュー
数々の著名な国際的な企業や団体とのコラボレーションを行ってきたアーティスト河原シンスケ氏の20年ぶりの日本での個展「Paysages Mysterieux 神秘的な風景」(代官山のALにて2/1まで開催中)にてその制作過程や作品への思いについて話を聞いた。
河原シンスケ氏は、パリを拠点とし、これまでのキャリアの中で平面から立体、ビデオなど様々な手法の作品を制作してきたほか、プロダクトデザインやレストラン、ホテルのなどのアートディレクションなども幅広く手掛けてきた。
取材を通して浮かび上がったのは、自身を時に「アニマル」と称しつつも時代や国、作品のジャンルや手法にとらわれず自然体で鋭い感性を武器に、エレガントかつ遊び心に富んだ作品を意欲的に創作するウサギのように自由な魂を持った作家の姿だった。
girls Artalk(以下G):日本で個展を開催するのは今回20年振りということだが、開催までにどのような経緯があったのか。
河原氏:80年代初頭にフランスに拠点を移して以来30年近く、主にフランスや英国で活動をしてきた。そんな中、身近な外国の友人らが様々な日本の魅力を語るの聞き、実際に日本を久しぶりに訪れると、改めて母国である日本の良さをまるで外国人の旅行者のように観察し再認識できた。この経験から、日本人としてのアイデンティティを大事にした作品を制作し、作家としてあらためて日本での再スタートを切りたい、と昨年より考えるようになった。
具体的には昨年の札幌芸術祭で、ルイ・ヴィトンのサポートによるオフィシャル・ディナーのインスタレーションと、ディナーのプロデュースをしたことが今回の帰国、滞在するきっかけとなった。その後、自分自身で再出発にふさわしい活動は何か、と考えた際に最初にアーティスト活動の基礎となった絵画をメインにした展覧会を開催しようと思った。
G:どのようにアーティストとしての活動をスタートし、現在のような多岐にわたるキャリアに発展していったのか。
河原氏:現代のようにインターネットもなく、海外の情報を得るのが難しかった80年代、20代初めでフランスに渡り、Figaroの編集部に直接絵を数点持ち込んだのがきっかけでELLEやMarie Claireといったファッション誌から次々と仕事の依頼が入るようになった。
そのころはまだ若く自信も経験もなかったので、とにかく無我夢中で描きたくて描いた絵を見せていただけではあったが、これが現在のキャリアのスタート地点となった。その後、ヨーロッパのハイブランドとコラボをしたり活動の幅を広げていったが現在でもその時点で作りたい作品をつくる、という制作のスタンスはあまり変わっていないし、この制作方法しかできない、と思う。
そういった意味で今何をやりたいのか、というのをはっきりとさせるために周囲に常にアンテナを張り複数の引き出しを持つようにしている。そんな中、最近気にになっていた食べること、環境などの身近なトピックを自分らしい切り口で表現したいと考え今回のテーマに辿りついた。
変な表現になるが、僕は自分を「アニマル」だと思っている。なぜなら、人間は動物なので食べることなしでは生きていけない、それなのに動物であるということを忘れている人が多い気がする。しかし食べるというのは根源的な力になる行為だから、動物としての人間という着眼点から作品を作ってみようと自分自身に課題を与えることが多い。
頭に浮かんだ課題やアイディアを元に実際に一度作品をつくってみると、予想外のものが出来あがり自分が驚かされることもあるのが面白い。
G:作品制作の際には、下絵や習作を何度も描くというよりは、アイディアをまず形にしてから作品の方向性を考えることが(一度で作品を完成させることが)多いのか?
河原氏:作品によってそれは異なるが、何度も書き直した作品よりも、一回で描きたい気持ちに沿って描いた作品の方が最終的には気持ちがばっと表現されていて、力が反映されているような気がする。
G:長年フランスで活躍してきての感想や良かったことなどは。
河原氏:渡仏した当時は、日本や日本人に対する理解があまり深くなかった時代だった。それにもかかわらず僕と言う存在を自由に受け入れていくれたフランスの方々のキャパシティの広さ、オープンさというのは、改めてすごい。例えば、 HERMÈSの前社長のデュマさんから依頼された仕事を僕が早々に進めていたら、あせらなくてもアイディアが湧いたときに作品を出せばいい、と言ってくれた時はこんなぽっと出の若造の才能を信頼してくれ自由に仕事をさせてくれること、チャンスがあったことがとても嬉しかった。年齢や性別にこだわらず、個人を尊重してくれるという文化には感謝している。
G:今回展覧会のは「神秘的な風景」というタイトルだが、特にこのテーマを強く意識した作品はあるか。
河原氏::茶色い楕円形の枠に囲まれた一連の作品は、19世紀のナポレオン三世時代のアンティークのフレームを利用している。キリスト教美術において古来より主要なテーマの一つである受胎告知をモチーフにしており、大天使ガブリエルがリスなどの動物に質問をするシーンが含まれる「pomme」(りんご)や「Noyer」(くるみ)なども神秘的な風が風景が描かれている。また、比較的大型の作品「La nuit Veret」(緑の夜)という作品は、静かな森の夜の風景が描かれている。しかし、よく見ると細部には得体のしれない生き物が潜んでる。この日常と隣り合わせの不気味さが共存する光景がテーマの世界感に通じている。
G:食と環境、というのは本展覧会のテーマである、また自身でもレストランを経営していたこともある河原氏にとって「食」は特に関心が高いテーマの一つだと思うが、それが色濃く反映されている作品は?
「Kaki et Chenille」(柿と毛虫)や「Fraise et Chenille verte」(いちごと青虫)といった果実と虫が描かれた一連の作品では、食やそれを取り巻く環境に対する意識というようなテーマに比較的直接的に触れている。
G:ちなみに、展示作品の中で特にお気に入りの作品は?
河原氏:最後に描きあげた、大型の作品「La nuit Vert」(緑の夜)は、かなりお気に入りの作品の一つだ。
G:作品から感じられる日本人らしさ、や日本古来の美術からの影響というのは海外で作品を制作・発表してきた中で意識的に出しているものなのか。
河原氏:意識しているつもりはないが、自分がやはり日本人なので、自然とにじみ出るものではないかと思う。あとは遊び心や子供がおもちゃで遊ぶような感覚を大事にしている。以前、部屋の中に家を作ってみる、という遊び心から(フランスで)住んでいた天井の高い18世紀台の建物の中すっぽりと収まる二畳ほどの屋根付き和室部屋を造ったことがある。こういうことをやってみたいという気持ちは創作の上で必要だし、忘れたくないと思う。
G:影響をうけたアーティストは。
河原氏:色々な作品を鑑賞しに展覧会へはよく行く。特に展覧会へ行って帰ってきてすぐ、自分も作品を制作したくなるような刺激を受けるアーティストの作品が好き。アート作品に限らず衣食住のすべてにおいて人間の動物的な側面を忘れずに自分の感性を通して見るのが大事だ。つまりは、自分で感じること、が大事だ。
G:ハイブランドとのコラボが多いのはなぜか。
河原氏:本当に面白いことを企画・実現する余裕というのがヨーロッパでは、ハイブランドに集中しがちのようだ。そのため、最終的にプロジェクトのオファーがハイブランドから来ることが多い。例えば、主なところでは、シルバーウエアメーカのクリストフルや、エルメスとオークション用ピースなどをコラボレーションしている。
G:制作以外の時間にはどんなことをしているのか。
河原氏:スポーツはかなり好き。特に自転車に乗ったらモンペリエの山を越えて一日100キロぐらいは走ることもある。(アートという価値基準が)あやふやな世界で生きてきたから、結果がはっきりしているスポーツをすることがとてもいい頭の切り替えになる。
同様に、食べ物もとても大事にしており、食事の中にも自分なりの規則を設けてちゃんと体をコントロールをしている。
旅行へも頻繁に行く。朝起きて突然思いつきでベルギーへふらりと行ったりすることもある。お気に入りの町はロンドンやアフリカなど多数ある。それに比べて、まだ日本には訪問していないエリアが多いのでこれから日本各地を旅したいと思う。民芸などにも興味があるので田舎へも積極的に行ってみたい。
G:多くの作品でウサギをモチーフにするのはなぜか?
河原氏:理由はいくつかあると思う。その一つは、初めて渡仏した際に、シャルル・ド・ゴール空港の古い飛行場の空き地一面に野ウサギが何匹も飛び跳ねているのを目撃し、その光景があまりにも印象的だったからだ。特にウサギを選んだことに深い意味付けがあるわけではないが、ウサギというのはどの時代にも世界中の国に昔から居る普遍的な動物であり身近な存在である。海外生活が長くもはやアイデンティティがはっきりしなくなっている不確かな存在の自分が自由に世界を駆け回る、というイメージや気分に飛び跳ねるウサギの存在が合致しているからだ。
G:最後にgirls Artalkの読者に向けてメッセージは?
河原氏:一方通行のメッセージを発信することや受け身の姿勢で何かを教えられるということは好きではない。僕は幅広い年齢層の友人がいて、それぞれの世代の人と付き合う良さがあると思っている。同様に読者のgirlsのみなさんにも、作品や人に接する際は、自分でしっかり感じて、他人の意見も聞きつつ、双方向のコミュニュケーションをとりながら意見が言えるようになって欲しい。自分のアイディアや意見だけで完結するのではなく、同時に他人の意見もきちんと聞けるようになって欲しい。頑なにならず、色々な人の意見を取り入れることを大事にして感性を磨いて欲しい。
G:現代美術を観賞するということに対してハードルが高いという声があるが?
河原氏:ジャンルにとらわれることなく色々な作品を鑑賞して欲しい。
例えば、展示作品の中の唯一のビデオ作品「FABERGE」(2009)は、ロシア皇帝ロマノフ王朝のジュエラーでヨーロッパ王侯貴族を中心にファベルジェ・エッグを軸に広がった。世界最大のコレクターはイギリス王室。バッキンガム宮殿のクイーンズ・ギャラリーでは当時の逸品を今も見ることができる。90年間扉を閉ざしていたブランドが、2007年新しいオーナーシップでスタート。2009年のリランチに辺り、この製作依頼が舞い込んだ。監督、脚本、原画、クリエーティブ・ディレクション全て任され、スタッフも集めチームを組んでわずか3分弱の作品に半年間かけて製作した。又このフィルムはポンピドゥー・センターでも上演された。僕の感覚では、いわゆる現代アートが盛り上がってきたのはここ15年ぐらいの間の出来事。だからこそビデオやインスタレーションと言った比較的新しいジャンルの美術作品にも、柔軟に触れて色々な作品を自分で直接「感じて」欲しいと思う。
<プロフィール>
河原シンスケ|Shinsuke Kawahara
武蔵野美術大学卒後、80年代初頭よりパリを拠点に活動を開始。フランスのフィガロ、エル、マリクレール、ヴォーグ等のイラストや、プランタンデパート、エルメス、バカラ等の広告を手掛けるほか、ルイ・ヴィトン「LE MAGAZINE」のクリエイティブ・ディレクション、La Rochelle のリゾートホテル「côté ocean」の総合デザイン及び、250㎡の天井画を完成させる。
2007年には、オーナー・デザイナーとして、サロンレストラン「usagi」のを総合プロデュース。また、アーティストとしてパレ・ド・トーキョーにて「ジャイアント・キモノ」や、国立ダンスセンターにて「逆さシャンデリア」など、数多くの作品を発表。2014年7月の札幌芸術祭で、ルイ・ヴィトンのサポートによるオフィシャル・ディナーのインスタレーションと、ディナーのプロデュースが記憶に新しい。 www.shinsukekawahara.com
<展覧会詳細>
河原シンスケ「Paysages mystérieux(ペイザージュミステリユーズ)神秘的な風景」展
2015年1月16日【金】~ 2月1日【日】 会期中無休 入場無料
AL, 東京都渋谷区恵比寿南3-7-17-1F
取材を終えて
取材前は、河原さんの豊富なキャリアに圧倒され緊張気味だったのですが、実際にはとても気さくに接していただき色々なお話を欲張って聞いてしまいました。特にウサギがモチーフとして描かれた作品は本当に繊細で愛嬌がありつつも日本昔話の世界のような奥ゆかしさがにじみ出ており、こんな作品をいつか買えたら、どこに飾ろうか、、、と思わず妄想してしまいました。河原さんの日本を舞台にした今後のさらなるご活躍が楽しみです。
インタヴュアー:ソウダミオ
写真撮影:石川奈菜