「イサム・ノグチ 発見の道」彫刻とはなにか、を問い続けたアーティスト
イサム・ノグチと聞いて皆さんは何を思い浮かべますか。ライトやコーヒーテーブ等の家具を作ったプロダクトデザイナーに、万博公園の噴水をデザインした建築家……、私達の身近にあるおしゃれなデザインを作った人、そんなイメージの方も多いのでは。デザインの領域でもイサム・ノグチは非常に大きく足跡を残した人物ですが、彼は生涯を通じて彫刻家であり続けました。
東京都美術館で開催中の「イサム・ノグチ 発見の道」では、彫刻家としての彼のアイデンティティの輪郭と歩んだ道を垣間見ることができます。「彫刻の宇宙」「かろみの世界」「石の庭」の3章だてとなっており、彼の彫刻作品とそれらを取り巻く3つの世界観を体感することができます。まるで3つの別の展覧を見るような、そんな彼のもつ魅力を味わえる見ごたえたっぷりの展覧会。本稿にてその一部をご紹介しましょう。
ノグチは「彫刻を見るだけでなく、触って感じること。五感で感じることでもっと深く感じて欲しい」という言葉を残しています。今回の展覧会は、彼の生涯で伝えたかった想いを、まさに「感じる」ことのできる展示となっています。気になった方は足をお運びいただき、五感でイサム・ノグチを感じていただければ幸いです。
《フリーフォームソファ、フリーフォームオットマン》
「彫刻の宇宙」
入り口から歩みを進めると大きなインスタレーションとコントラストのある作品が目に飛び込んでくる。凹凸のある光の変化と重厚感のコントラストが美しい円形の作品が《黒い太陽》だ。この力強さと美しさが共存する「太陽」を前にすると、イサム・ノグチの「宇宙」に一歩踏み込んだ私達の視線と心をぐっと掴まれてしまいます。この作品はノグチが後世を過ごした香川の牟礼における記念碑的作品です。
《黒い太陽》 1967-69年 国立国際美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
《黒い太陽》の背景にある、本展のハイライトの1つとも言えるインスタレーションが、彫刻家ながらもプロダクトデザイナーとも呼ばれる所以の1つの代表作でもある《あかり》です。このフロアの中央に存在し、大きな展示ながら圧迫感は全く無く、主役の展示でありながらむしろ他の作品を回遊する際にやさしい光で照らす存在とも感じる……。眺めていると吸い込まれるような、母の子宮にまで戻ったような懐かしさと恍惚感で私達を包み込むような感覚になりました。
実は《あかり》も彫刻家ノグチ・イサム氏にとっては「光の彫刻」でした。
ノグチ自身はこう付け加えています。「あかりも自分にとっては彫刻。彫刻は高いからなかなか皆が買うことはできないが、あかりなら誰でも買えるようになるから嬉しい」と。ノグチは自分の作品が広く届く喜びを思い描きながらこの《あかり》を制作していたのです。本作品の下を歩けるようになっているため、皆さんにもノグチが私達に届けようとした想いを浮かべながら、この彫刻の宇宙の真ん中を散策していただけたらと思います。
「あかり」インスタレーション
このフロアには見どころのある作品が他にも多数あります。《ヴォイド》もその1つ。ヴォイドとは英語で「空白」を意味します。ノグチはこの「空」、仏教で言うと「虚空」と呼ばれる、「何も妨げるものがなく、すべてのものの存在する場所としての空間」という意味からインスパイアされた表現をしました。意味を知ってからこの作品を眺めると、シンプルなモダンアートながら抽象的な神を表現しており、より興味深く鑑賞できます。
《ヴォイド》 1971年(鋳造1980年) 和歌山県立近代美術館蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
「かろみの世界」
かろみとは何か?日本文化の諸相からインスピレーションを受けた、”かろみ(軽み)”を取り入れた世界観のこと。このフロアではその世界観を感じることができます。
彼が伝統工芸の岐阜提灯にアートの息吹を加えたのが「あかり」ですが、このフロアでは、「彫刻の宇宙」でのインスタレーション《あかり》に続き、色々なシリーズを楽しむことができます。やわらかい光とかたちが1つ1つが違った表情を見せてくれる優しい印象を受けました。
「あかり」インスタレーション
ノグチ曰く「日本はアートと工芸品の境界線が曖昧。アートを人々の生活の中に置くことに関心がある。家具のデザインと彫刻のデザインには違いを見ない。どちらにも価値がある」と。つまり、石の彫刻も、《黒いシルエット》のようなアルミを折り紙のようにした作品も、《あかり》のような人々の生活のそばにあるものも全てアートであり、彫刻なのです。それを理解して彼の作品に触れると、より彼の想いが伝わってくるようですね。
ノグチは1950年代にニューヨークで活動をしていた際に、その街並みを見て、石は合わないと思い、アルミを素材にした作品に臨んだのだそう。1枚のアルミを折り曲げて、まるで折り紙のように制作されたようなその作品群は、和と洋それぞれのアイデンティティを持つノグチらしい作品となっています。
《座禅》1982-83年 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵 ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
フロアの真ん中に際立つ赤い《プレイスカルプチュア》も非常にシンボリックな作品の1つ。ノグチは生涯を通じて遊園地の建設プランを持っていたそうで、自ら手がける空間で子どもたちが無心に遊び、「世界との出会い」ができること、それは自身の彫刻が負うべき使命とすら考えていた。この《プレイスカルプチュア》という作品が展示室の中央にあると、まるでここが遊び場になったような感覚になってきます。
《プレイスカルプチュア》 1965-80年頃(製作2021年) 鋼鉄 茨城放送蔵
「石の庭」
「地球は全部石です。土も石。つまり人は石に帰るんです。だから石に興味がある」
ノグチの言葉通り、彼の彫刻の原点であり回帰点でもあるのが牟礼町にある「石の庭」。彼の晩年の制作拠点である香川県高松市牟礼町のアトリエは現在はイサム・ノグチ庭園美術館として石の彫刻群を展示しています。
「自然石と向き合っていると、石が話を始めるのですよ。その声が聞こえたら、ちょっとだけ手助けをしてあげるのですよ」と話すノグチ。お気づきでしょうか?アーティストは内なる自分の声を、表現するキャンバスとして対象物を選びますが、ノグチは自ら素材となる石の声を聞いて、その手助けをしているだけなのだという。ここにイサム・ノグチの真骨頂があるような気がしました。
《ねじれた柱》 1982-84年 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
《フロアーロック(床石)》 1984年 イサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)蔵(公益財団法人イサム・ノグチ日本財団に永久貸与) ©2021 The Isamu Noguchi Foundation and Garden Museum/ARS, NY/JASPAR, Tokyo E3713
終わりに
「社会にとって有益な彫刻を作りたい」。そのノグチの言葉を3つの章立てされたフロアの1つ1つの作品、そしてその連続性からもそれを感じ取るのことできる、力強さと優しさに満ちた展覧会となっています。「彫刻とは」を問い続けたイサム・ノグチの生涯を通じて、不安定で曖昧なこの時代に生きる皆さんのエネルギーになる何かを感じ取っていただけるのではと感じました。
文=水上洋平
写真=新井まる
【展覧会情報】
特別展 イサム・ノグチ 発見の道
会 期 2021年4月24日(土)~8月29日(日)
休室日 月曜日※ただし、7月26日(月)、8月2日(月)、8月9日(月・休)は開室
開館時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
観覧料 一般 1,900円 / 大学生・専門学校生 1,300円 / 65歳以上 1,100円(高校生以下は無料)
※本展は日時指定予約を推奨します。詳細は特設WEBサイトをご覧ください
https://isamunoguchi.exhibit.jp/