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「あやしい絵」への誘い

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2021年4月23日


「あやしい絵」への誘い


「あやしい絵」への誘い

 

 退廃的。エロティック。グロテスク。

 そのように形容されるものたちは、何故、人を惹き付けるのでしょうか?

 例えば、目を背けたくなる凄惨な場面。

 あるいは、美しい中にも魔性を感じさせる、蠱惑的な女性の微笑み。

 他にも、この世のものではない、異形の生き物たちなど。

 それらは、時に見る側の神経を逆撫でし、不安を掻き立てる一方で、一度前に立ったら、 しばしその場から離れられなくなる、不思議な力を持っています。

 それは、中毒性を備えた「毒」にも例えられるでしょう。

 現在、国立近代美術館で開催中の「あやしい絵」展には、明治以降、近代の日本で生み出された、「毒」を含んだ数多くの作品が集められています。

 単に「綺麗」なものとは異質な、あやしい「美」の世界、覗いてみませんか?

 

 

①微笑む女性―――甲斐庄楠音<横櫛>

甲斐庄楠音《横櫛》大正5(1916)年頃、京都国立近代美術館、通期展示

 

壁には、牡丹を描いた大きな絵。

 その前に佇む、黄色い着物に身を包んだ美しい女性。右肩から羽織がずり落ちているのが、どことなく艶かしくもあります。

 しかし、彼女の顔を見た時、特に視線がぶつかり合った時、背筋に冷たいものを感じてしまうことでしょう。

 彼女は、確かに微笑んではいます。

 しかし、鮮やかな紅を乗せた唇が、緩やかに弧を描いている一方、黒い目には光がなく、冷ややかです。しかも、こちらを見据えたまま、微動だにしません。

 見られている側が目を逸らそうと、後退りしようと、変わらず彼女はそこに佇み、見つめ続けるのでしょう。その口許に笑みを浮かべたまま。

 

 それにしても、この美しいながらも、冷たく、妖気さえ漂わせる女性は、一体何者なのでしょうか?

 実はこの絵は、作者・甲斐庄音の義姉・彦子をモデルに、彼女が歌舞伎『切られお富』(原題は『処女翫浮名横櫛』(むすめごのみうきなのよこぐし))の主人公・お富を真似ている姿を描いたものなのです。

 お富は、本来は純情可憐な女性でしたが、愛する男のために金を用意すべく、あらゆる犯罪に手を染めていきます。

 その根っこにあるのは、全身切り傷だらけという凄まじい姿になりながらも、自分にできる「手段」でもって、恋人の役に立とうとする、純粋で一途な「恋心」です。

 

 また、「微笑」の表現に関しては、レオナルドの《モナ・リザ》から着想を得ています。

確かに、横櫛の「微笑み」と、ミステリアスで、数百年前に描かれたとは思えないほどの生々しさを湛えた、《モナ・リザ》のそれとは、こうして比べてみると相通ずるものがあるでしょう。

 しかし、黒衣に身を包み、全体の色数も抑えられた《モナ・リザ》に対し、《横櫛》での着物の黄色と紫の組み合わせや、牡丹図などの色彩の豊かさは、美しくはありますが、同時に毒々しさも感じられます。

 さらに、底流にある「切られお富」のキャラクターを考えれば、。

この《横櫛》は、日本の伝統的な歌舞伎の世界、そしてヨーロッパの名画、東西にルーツを持つ、二つの要素が出会い、溶け合った中から生まれた、と言えるのではないでしょうか?

 

 

 

②蠢く心の闇―――上村松園《

上村松園《》大正7(1918)年、東京国立博物館(展示終了) 

 

どんな人の心にも存在する「闇」。

 中でも、自分でも抑えがたい烈しい感情―――「情念」は、普段は心の奥深くに押し込められているからこそ、小さなきっかけで増殖していきます。

 そして、制御できないレベルに達したそれが外へと噴き出した時、他人も自分自身も傷つけずにはおかないのです。

 上村松園のは、まさにそのような「情念」を描き出した作品です。

 白地に藤の花と蜘蛛の巣という、不思議な取り合わせを描いた打掛を纏い、半身をひねって振り返る、一人の女性。

 気品のある佇まいからも、身分の高さが伺えますが、その表情は哀しげで、髪を一房噛みしめている様子もただ事ではなさそうです。

 

 この女性は、『源氏物語』の登場人物の一人・六条御息所です。

 彼女は、光源氏の恋人の一人でしたが、その身分の高さから来るプライドや、源氏より年上であることから来る引け目などから、素直に想いを伝えることができませんでした。

 源氏の方でも、そんな彼女に息苦しさを覚え、心が離れていき、それが彼女をより苦しめることになります。

「行かないで」

「私だけを見て」

 そう願いながらも、その一言を口に出すことができないもどかしさ。

 他の女性たちに対する嫉妬。

 それらは、内に抑え込まれることで、より膨らみ続け、ついには生霊となって、源氏の正妻・葵上を憑り殺すに至ってしまいます。

 その数年後には、六条自身もこの世を去りますが、源氏に対する想いから解放されることはなく、死霊となって現れ、源氏に恨みごとを述べています。

 

 『あやしい絵』展には、このとよく似た構図の作品もありました。

 江戸時代の絵師・我蕭白の《美人図》です。

 

曾我蕭白《美人図》江戸時代(18世紀)、奈良県立美術館(展示終了)

 

 ボロボロに破かれた手紙の端を、まだ足りない、と言わんばかりに噛みしめ、振り返る女性。肉厚の唇は微かな笑みを浮かべているようにも見えます。

 裾からは、襦袢がこぼれ出ており、血を思わせるその真紅は、着物の水色に対し、己の存在を禍々しいまでに主張しています。

 しかし、その足はしっかりと地面を踏みしめており、「生きた人間」であることは確かです。

 ひんやりとした冷たさを漂わせる、既にこの世のものでない存在を描いた

 あくまで地に足のついた、生身の女性のおどろおどろしいまでの内面を感じさせる<美人図>。

 

 

③モノクロームの世界―――小村雪岱「邦枝完二『お傳地獄』挿絵原画「刺青」」

 

小村雪岱《刺青(邦枝完二「お傳地獄」挿絵原画(『名作挿画全集』のための))》昭和10(1935)年、埼玉県立近代美術館(展示終了)

 

 

 最後は、これまでとは方向を変えて、モノクロームの作品をご紹介しましょう。

 

 こちらは、実在の人物で、「明治の毒婦」と呼ばれた高橋お伝をモデルにした新聞連載小説『お傳地獄』の挿絵原画の一枚です。

 描かれているのは、主人公・お伝が背中に刺青を彫ってもらうシーンです。

 注目ポイントは、肌脱ぎになって、寝そべるお伝の体の描写。

 ほつれた毛が幾筋もかかるうなじ。

 そして、肩からゆるやかなカーブを描く線―――このたった一本の曲線で表された背中は、女性らしい体のしなやかさ、肉の柔らかさや、肌の白さ、なめらかささえも、見る側に想像させます。

 このカーブの角度が少しでもずれていたら、印象もきっと変わってしまっていたことでしょう。

 この背中に刺青を彫っている最中の刺師(櫓の次郎)の表情は見えませんが、お伝の白く輝く肌を間近に見、直に触れて、感嘆の意を覚えたのは確かでしょう。彼は「己の魂を刺り込むかの覚悟」で作業に打ち込んでいきます。

 彼の袖から覗く、二の腕にも着目して見ましょう。その堅い直線的なラインは、お伝の腕が描く柔らかな曲線とは、まさに対照的です。

 この「コントラスト」があるからこそ、画面はより引き立ち、同時に、小説本文が描き出す「世界」の中へと読者を誘っていくのでしょう。

 縦約22㎝、横約32㎝の小さな画面、そしてモノクロームという「制約」があるからこそ、生まれてくるエロティシズム。

 それは、絵師の卓越した技と、想像力の賜物と言えるのではないでしょうか。

 

 「美しさ」と一口に言っても、それはあらゆる性質、あらゆる形があります。

 ここで紹介した作品は、「あやしい美の世界」のほんの氷山の一角にすぎません。

 展覧会には、まだまだ多種多様な「美」の形が集められており、前期と後期での展示替えも予定されています。

 是非、足を運んでみてください。

 

文=verde

写真=新井まる

 

※東京国立近代美術館では、緊急事態宣言の発令及び政府からの要請を受け、新型コロナウイルス感染症の感染予防・拡散防止のため、2021年4月25日(日)より5月11日(火)まで、臨時休館いたします。それに伴い「あやしい絵展」は開催を休止いたします。

なお、5月12日(水)以降の予定につきましては、あらためてお知らせいたします。

 

【展覧会概要】

あやしい絵展

 

会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー

東京メトロ東西線竹橋駅 1b出口より徒歩3分 〒102-8322 千代田区北の丸公園3-1

会期:2021年3月23日(火)~5月16日(日)

休館日:月曜[ただし5月3日は開館]、5月6日(木)

開場時間:9:30-17:00(金・土曜は9:30-20:00、4月25日以降の祝日、日曜日は20:00

*入館は閉館30分前まで

*本展会期中に限り9:30開館(ただし「MOMATコレクション」、コレクションによる小企画「幻視するレンズ 」は10:00開場)

観覧料:

一般 1,800円

大学生 1,200円

高校生 700円

*いずれも消費税込。

*中学生以下、障害者手帳をお持ちの方とその付添者(1名)は無料。それぞれ入館の際、学生証等の年齢のわかるもの、障害者手帳等をご提示ください。

*本展の観覧料で入館当日に限り、所蔵作品展「MOMATコレクション」(4-2F)、コレクションによる小企画「幻視するレンズ 」(2F ギャラリー4)もご覧いただけます。

https://www.momat.go.jp/am/exhibition/ayashii/

 



Writer

verde

verde - verde -

美術ライター。
東京都出身。
慶応義塾大学大学院文学研究科美学美術史学専攻修了。専攻は16~17世紀のイタリア美術。
大学在学中にヴェネツィア大学に一年間留学していた経験あり。

小学生時代に家族旅行で行ったイタリアで、ティツィアーノの<聖母被昇天>、ボッティチェリの<ヴィーナスの誕生>に出会い、感銘を受けたのが、美術との関わりの原点。
2015年から自分のブログや、ニュースサイト『ウェブ版美術手帖』で、美術についてのコラム記事を書いている。
イタリア美術を中心に、西洋のオールドマスター系が得意だが、最近は日本美術についても関心を持ち、フィールドを広げられるよう常に努めている。
好きな画家はフィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、カラヴァッジョ、エル・グレコなど。日本人では長谷川等伯が好き。

「『巨匠』と呼ばれる人たちも、私たちと同じように、笑ったり悩んだり、恋もすれば喧嘩もする。そんな一人の人間としての彼らの姿、内面に触れられる」記事、ゆくゆくは小説を書くことが目標。

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