音楽キュレーターのアートなおしゃべり vol.1
「視覚 vs 聴覚?」
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触角――人間の五感のうちどの感覚に敏感か、考えたことはありますか?
音楽ライターである私は、なんといっても聴覚派です。日常的にiPodを濫用しちゃうし、たとえば映画を観ていても、なにげない音楽やセリフばかりが耳に残ります。反対に、たとえばマンガ編集者である友人は完全なる視覚派。一緒に観た映画の、私が気にも留めなった映像の一コマを切り取り微分解析するように説明してくれるので、すごくトクした気分になります。
一般的に男性は視覚に、女性は聴覚に敏感であると言われていますよね。鳥のメスが、オスの鳴き声でつがいを選ぶように、ガールズトークの中で「あの男性の声、いいよね」なんていう評価軸があるのもそのためだとか。私はもちろんこの手のメスタイプ(笑)ですが、「声なんかより見た目でしょ!」という女子が多いこともよーく知っています。
そう、女の子は、視覚だけでも聴覚だけでも満足できない。全部ほしいのが女子のサガ。それならば、アートだって音楽だって、一緒に楽しんじゃうのが女子流だと思うのです!
この命題にあらためて気づかせてくれたのが、先週まで国立新美術館で開かれていた「貴婦人と一角獣」展でした。パリのクリュニー中世美術館からやってきたタピスリー(室内装飾用の織物)は、西暦1500年頃、名門貴族ル・ヴィスト家のために制作されたもの。「触角」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」という人間の五感を表す5枚と、「我が唯一の望み」の6連作。
会場に入るとまず、天井の高い巨大なホールに6連作がずらり。とある事情で音声ガイドを使用していた私は、その入り口で一面に広がった千花模様(ミル・フルール)と、耳元で流れ出したデュファイのシャンソンに、鳥肌が立つほど感動しました!
Play music♪ http://ml.naxos.jp/album/8.553458
デュファイは、タピスリーと同時代のフランスで活躍した、天才シンガー・ソングライター。ブルゴーニュ宮廷のきらびやかな貴族趣味にのっとりながらも、現代の私たちにも通じるような甘やかでせつないメロディをたくさん残しました。しかも、演奏はアンサンブル・ユニコーンとあって、この展覧会のために制作されたかのような音楽だったのです!
展覧会というと、いつも本を読むように解説文とにらめっこしてしまう、というひとも多いかと思います。かといって画一的な音声ガイドに誘導されるなんていやだし、私もこれまでガイドを使用したことがありませんでした。
でも、それは完全なる思いこみ!
音声ガイドは、解説を耳(聴覚)で補う分、目(視覚)をぞんぶんに美術品にそそぐことができる。現代の洗練されたナレーションと、考え抜かれた音楽が流れれば、空間全体が巨大なプラネタリウムのよう! 音楽が、「鑑賞」をじゃまするどころか典雅な貴婦人の時代に誘ってくれたのです。もう、ほんとうに、うっとりしました!
タピスリーを堪能した後は、そこに描かれた貴婦人のドレスや動物や植物などのモチーフを、同時代の装身具や彫刻、ステンドグラスなどで読み解くことができます。とくにおもしろかったのが、大きなスクリーンに写された動画によってモチーフを解体する小部屋。「あ、こんな動物もいたんだ!」といった「知る楽しみ」と、美しい映像を「感じる楽しみ」が同時に味わえる。なんともバランスがよくて、すばらしい展示でした。
以前から、美術館で行われるミュージアム・コンサートのような試みは多かったのですが、鑑賞自体をスペクタクルにしてしまう今回の体験にまさる感動を受けたことはありません。こういう潮流がもっともっと広がるように、音楽の側からもどんどん働きかけていきたい。いろんなアートとともに、女の子がうっとりするための音楽をキュレーションしていきたい――このコラムで、そんな愉しみを分かち合えたら幸いです。
■「貴婦人と一角獣」展
7/27(土)~10/20(日)まで、国立国際美術館(大阪・中之島)で開催予定