竹内栖鳳の猫に会いに行こう!
「動物を描けば、その体臭まで描ける」
自らそう語ったのは、近代日本美術の大家の一人、竹内栖鳳です。
彼は写生を重んじる円山・四条派をベースとし、狩野派など他の技法も貪欲に学び、30代で京都画壇の中心的存在になります。
1900年の渡欧後は、西洋美術の技法も取り入れつつ、それまで学んだ水墨画など東洋の伝統的表現も加味しながら、特に動物画において、独自の境地を切り開いていきました。代表作の《班猫》も、そんな中で生まれた一枚です。
山種美術館では、そんな彼の没後80年を記念した特別展が開催中です。
今回は、その見どころを紹介しましょう。
①猫好き必見!《班猫》
竹内栖鳳 《班猫》【重要文化財】1924(大正13)年 絹本・彩色 山種美術館
今回の展覧会の一番の見どころを挙げるとすれば、栖鳳の代表作であり、ポスターにも使われているこの《班猫》でしょう。
毛づくろいの途中で、こちらの気配に気づいたのでしょうか。ポーズはそのままに、目だけをこちらに向けています。
ふわふわした柔らかそうな毛並みや、やや上目遣い気味に、こちらを伺っているような表情を見ていると、「描かれた存在」であるという事を忘れ、思わず、手を伸ばして触れてみたくなるほど。
猫が好きな人、その生態を見慣れている人ほど、この猫はよりリアルに感じられるのではないでしょうか?
栖鳳が、絵のモデルになった猫に出会ったのは、旅先の沼津でのことでした。
荷車の上で寝ていた猫を見た瞬間、「描きたい」という思いが強く湧き上がるのを感じた彼は、飼い主に交渉して猫を譲り受け、京都の自宅に連れて帰ります。
そして、写真撮影や写生を何度も繰り返し、ついには《班猫》を完成させたのです。
毛描きや目に金泥を用いる表現は、江戸時代からみられる伝統的なものですが、「描かれた存在」であることを、一瞬でも忘れさせてしまうほどの存在感やリアリティは、「写生」と「観察」の積み重ねの賜物です。
この《班猫》こそは、まさに「体臭までも描ける」という栖鳳の自負を、体現した例の一つと言えるでしょう。
②猫だけじゃない、動物画の数々を見よ!
「写生」―――モチーフを直に見つめ、観察し、写し取ることは、円山・四条派の教えの根幹であり、栖鳳にとっても、常にベースにあったものです。
(展示風景より)右:竹内栖鳳《蛙と蜻蛉》1934(昭和9)年 山種美術館
例えば、《蛙と蜻蛉》(写真右)の制作にあたっては、「写生」に取り掛かる前に、約10日間にわたって、地面にしゃがんで蛙の生活をひたすら見つめ続けた結果、腰を痛めることにもなりましたが、蛙の雌雄の区別までもわかるようになったと言います。
竹内栖鳳 《みゝづく》 1933(昭和8)年頃 絹本・彩色 山種美術館
このエピソードからも、「写生」に対する栖鳳の並々ならぬ熱意が伝わってきます。
また、どんな生き物であれ、「描く」と決めた生き物には強い思い入れを抱き、彼らがそれぞれに持つ「良さ」を見出さずにはいられなかったのではないでしょうか。
会場に展示されている他の作品―――《鴨雛》や《みゝづく》の前に立ち、しばし見つめていると、まるで今にも動き出しそうにも思えると共に、描かれた生物たちへの愛しさのようなものが湧き上がってくるのを感じます。
竹内栖鳳 《鴨雛》 1937(昭和12)年頃 絹本・彩色 山種美術館
ただ、目に見える「形」を写し取るだけでは、こうはならないでしょう。
では、一体どうして、そのようなことが起きるのか。
その秘密の答えは、栖鳳自身の次の言葉からうかがえるのではないでしょうか?
「自然のもの、画家が、鷺にしても、兎にしても、鶏にしても、見る度び毎に異っていろいろのものが新たに見えてくる。写生することによって新らしいいい発見が出来る」
(村松梢風「竹内栖鳳論―栖鳳画伯の印象―」、『中央公論』51巻7号 昭和11年7月、『山種美術館所蔵 竹内栖鳳作品集』p.46)
「写生したものが皆絵になるものではない。写生は絵になるものを捜す手段だ」(神崎憲一
「栖鳳語録」、『国画』2巻9号 昭和17年9月、同上)
③栖鳳の教え子たち
栖鳳は、後進の育成にも力を注いでいました。
若い頃から、京都府画学校(現・京都市立芸術大学)をはじめ、京都市美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で教鞭を取っただけではなく、自ら画塾・竹杖会を開き、上村松園や土田麦僊、橋本関雪ら、多くの弟子を育てました。
今回の展覧会の後半には、彼らの作品が集められています。
(上村松園の作品は、展示されていませんが、彼女の息子で、花鳥画で名高い上村松篁の作品《白孔雀》を見ることができます。)
西山翠嶂 《狗子》 1957(昭和32)年 絹本・彩色 山種美術館
西村五雲 《白熊》 1907(明治40)年 絹本・彩色 山種美術館
中でも見逃せない一枚が、村上華岳の《裸婦図》です。
村上華岳 《裸婦図》【重要文化財】1920(大正9)年 絹本・彩色 山種美術館
青い空の下、薄布をまとった女性がゆったりと座っています。
「風景の中の裸婦」というモチーフは、どちらかと言うと、西洋美術の伝統を思い起こさせます。
が、彼女の顔立ちや、そっと指先同士をくっつけて輪を作る仕草、優美で流れるようなボディライン、種々のアクセサリーなどは、東洋の菩薩像に通じるものがあります。
艶かしくも、同時に清らかで、包み込むような優しさや気高さも感じられる、不思議な一枚です。
作者・華岳は、この絵について、次のように語っています。
人間の美に対する憧憬ーーーそれを象徴する「久遠の女性」として、この絵(《裸婦図》)を描いた、と。
ご紹介した中で、気になる作品は見つけられたでしょうか。
ならば、是非、その作品に会いに行ってください。
直接向き合ってこそ、見えてくるもの、感じられるものがあります。
文=verde
【展覧会情報】
【特別展】没後80年記念 竹内栖鳳
会期:2022年10月6日(木)〜12月4日(日) ※会期中に一部展示替えあり
[前期 10月6日(木)〜11月6日(日) / 後期 11月8日(火)〜12月4日(日)]
会場:山種美術館
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日
入館料:一般 1,300円、大学生・高校生 1,000円、中学生以下 無料(付添者の同伴が必要)
※障がい者手帳、被爆者健康手帳の提示者、およびその介助者(1名)は一般1,100 円、左記いずれかのうち大学生・高校生900円
※きもの特典:きものでの来館者は、一般200円引き、大学生・高校生100円引き(複数の割引・特典の併用不可)
※入館日時のオンライン予約が可能(詳細については山種美術館ウェブサイトを確認)
※会期や開館時間などは変更となる場合あり
https://www.yamatane-museum.jp/exh/2022/takeuchiseiho2022.html
トップ画像:竹内栖鳳 《班猫》【重要文化財】1924(大正13)年 絹本・彩色 山種美術館