多彩な技法で紡がれる、ピカソの情熱の数々「ピカソ―ひらめきの原点―」
2022年 6月19日(日)まで東京・港区のパナソニック汐留美術館で「イスラエル博物館所蔵 ピカソ― ひらめきの原点 ―」が開催中だ。800点あまりのピカソ・コレクションを有するイスラエル博物館から、版画を中心に、油彩やドローイングが彼の生涯を追うようなかたちで年代順で展示されている。
Ⅰ 1900-1906年 初期 ― 青の時代とバラ色の時代
バルセロナ時代の作品《夜のキャバレー》からは当時の風俗の様子がうかがえる。ピカソは当時の親友であるカサへマスと共にカフェやバー、娼館を練り歩いていたという。画中の白い帽子の男がカサへマスだ。
彼と共に渡ったパリで、ピカソは芸術活動に没頭。しかし、恋人とのいさかいによって親友は命を絶つこととなる。こうして、ピカソの作風は青の時代に突入する。
写真右の《村の闘牛》でも、全体的にブルーグレーが使われており、青の時代の発露が見て取れる。牛やのちに登場するミノタウロスは、ピカソの作品においては重要なモチーフであり、特に情緒不安定な時代に描かれているとされている。
青の時代の集大成と言われる《貧しい食事》は本展覧会の目玉の1つ。1904年~1905年の〈サルタンバンク・シリーズ〉は、青の時代からバラ色の時代への変遷を追うことのできる版画シリーズだ。親友の死をきっかけに、社会の周縁に位置する人々を描くようになったピカソは、痩せた男女の物悲しく、暗い表情をエッチングで捉えた。
一方で、このシリーズでは《サーカス》や《水飼い場》など、明るいモチーフも見られ、バラ色の時代への突入を匂わせる。
Ⅱ 1910-1920年 分析的キュビスム、総合的キュビスム
20世紀の美術における重要な分岐点、キュビスム運動はさらに分析的キュビスムと総合的キュビススムに分けられる。
分析的キュビスムは、ピカソがジョルジュ・ブラックと共に追求したものを指し、3次元の物体をいくつかの平面に分解させて描いていく。
総合的キュビスムは、そんな分析的キュビスムの対象を再構築する手法は取り入れつつも、断片的ではなくより大きな面で捉え、さらに文字や紙など物質を用いたコラージュを利用した、現実でありながらも抽象的な表現方法だ。
《コップ、バスの瓶、新聞》でも、“Jou”は、パリの日刊紙「Le Journal」とフランス語で遊ぶを意味する“Jouer”の、遊び心のあるダブルミーニングが隠されている。
Ⅲ 1920-1936年 新古典主義、シュルレアリスム、〈ヴォラール連作〉
1930年代の作品では、ピカソが友人アンドレ・ブルトンやポール・エリュアールからの影響を受け、シュルレアリスムへ傾倒していったことが垣間見れる。
彼の重要なミューズの一人である、マリー・テレーズの姿も《顔(マリー・テレーズ)》のような陰影のはっきりとした横顔をそのまま写し取ったものから、ヴォラール連作のような抽象的な姿にまで変容し描かれている。
ヴォラール連作は、エッチング、ドライポイントといった銅版画技法を駆使した傑作。モチーフから、画家とモデルの関係が描かれる「彫刻家のアトリエ」、ピカソの分身である「ミノタウロス」などいくつかの分類ができる。
《盲目のミノタウロス》が描かれた年、ピカソは最初の妻オルガとマリー=テレーズ、両者との関係で葛藤があったという。そんな迷い、揺れ動く様子をミノタウロスの表情からは感じ取ることができた。
Ⅳ 1937-1953年 戦時期 ―ドラ・マール、フランソワーズ・ジロー
ピカソと言えば、かの大作《ゲルニカ》を思い浮かべる人も多いだろう。《フランコの夢と嘘Ⅰ、Ⅱ》は、ピカソにとって初めての政治的な風刺画であり、ゲルニカの予告としても知られ、登場するモチーフも重なるものがある。ファシズムに対するアンチテーゼである本作品は、作中のフランコ将軍はおぞましい怪物となって登場する。漫画のように展開するストーリーは、果たしてどんな意味を孕んでいるのか、ぜひ考察してみてほしい。
《肘掛け椅子に座る女》と《座る女》のように、ピカソは同じモチーフを繰り返し描いていた。会場ではそれぞれ異なる手法で描かれた3つの作品を見比べることができる。モデルとなったのは、のちに2人の子どもをもうけることとなる、年の差40歳のフランソワーズ・ジロー。彼女の顔が簡略的に描かれているものもあれば、彼女の特徴的な大きい瞳とまっすぐな鼻を捉えたものまで、ピカソが反復したモチーフを一度に3作品も比較できるというのは、なんとも贅沢である。
Ⅴ 1952-1970年 晩年 ― ジャクリーヌ・ロック、闘牛、バッカナリア、画家とモデル、〈347シリーズ〉
50~60年代にかけて、ピカソは印刷工アルネラの工房で版画技法リノカットへの興味を、膨大な数の作品に起こしていった。
この章では2番目の妻で最後のミューズ、ジャクリーヌ・ロックをモデルとした作品が並ぶ。《花飾りの帽子》でも、彼女はピカソお得意のダブル・フェイスで描かれている。カラー・リノカットならではのパキッとした色使いが、伸びやかな線と相まって自由でうららかな気持ちにさせてくれる。
また、ピカソはリノカットで、愛してやまない闘牛をモチーフに作品を展開した。午後の時間に行われる闘牛を想起させる茶・ベージュ・黒で構成された世界は、シンプルでありながらも、牛と闘牛士の勇ましく流動的な動きがより際立つ。多彩な表現で捉えられた闘牛の姿は、両者の緊張感や躍動感をまざまざと感じさせてくれる。
晩年まで、その尽きることのない芸術に対する情熱を作品に残し続けたピカソ。改めて、この展覧会を通して、膨大な作品数、多彩な芸術表現と技法に驚かされた。まるでグループ展のような迫力だが、展示作品に共通する爆発的なエネルギーは、ひたむきに芸術と向き合い続けたピカソにしか生み出せないものだと確信できた。
文=荒幡温子
写真=新井まる
【展覧会概要】
「イスラエル博物館所蔵 ピカソ― ひらめきの原点 ―」
会期:2022年4月9日(土)~6月19日(日)
開館時間:10:00~18:00(ご入館は17:30まで)
※5月6日(金)、6月3日(金)は20:00まで開館(ご入館は19:30まで)
休館日:水曜日
※5月4日と5月18日(国際博物館の日)は開館
会場:パナソニック汐留美術館
〒105-8301 東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル 4階
入館料:一般 1,200円/65歳以上 1,100円/大学生 700円/高校生 500円/中学生以下 無料※障がい者手帳をご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/22/220409/