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手のひらに収まる小宇宙〜細やかで可愛い根付の世界〜作家 上原万征さんの工房へ潜入!

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2017年9月26日


手のひらに収まる小宇宙〜細やかで可愛い根付の世界〜作家 上原万征さんの工房へ潜入!


 

 

◆江戸時代に生まれた、根付って?

 

 下の写真の作品で、金属のだるまが中央におさまっているのは、コロンの小瓶。

 

「オーデコロン」 象牙、10金、銀 3.5×2.8×2.1cm

 

 なんのことかと思ったら、口に出して繰り返してみると分かります。…だるまのコロン、…だるまさんのコロン、…だるまさんがコロンだ。そう、ダジャレです。これは《オーデコロン》という現代根付の作品。江戸時代から作られてきた細密彫刻「根付(ねつけ)」は、動物や植物、十二支、仙人、妖怪、故事伝説など、さまざまな題材がモチーフになり、そこにダジャレを織り混ぜることもありました。

 

 「根付」は、江戸時代に普及した装飾品(アクセサリー)で、巾着や印ろう、煙草入れなどを腰から提げて持ち歩くために、紐を通して帯の内側から下に提げる際に、上に引っ掛けるストッパーでした。サイズは3㎝〜7㎝程度のものが多く、卓越した職人が手がけた古根付は熱心なコレクターがいるのです。そして着物を日常的に着用することが少なくなった今でも「現代根付」と呼ばれる作品が、作家の手によって作られています。

 

 

根付「無功徳」提物前飾り「蓮」 どちらも上原万征さん作

画像提供:ギャラリー花影抄

 

 先ほどご紹介した《オーデコロン》の作者である上原万征さんも、現代根付を制作している作家です。

 

 根付はいろいろな形があり、動物や人物などを立体的に彫る「形彫(かたぼり)根付」、名前の通りまんじゅうのような平べったい円形をしている「饅頭(まんじゅう)根付」、透し彫りをほどこした「柳左(りゅうさ)根付」、帯に差し込んで使う細長い「差(さし)根付」、牙彫や木彫の土台に金属のパーツを組み込んだ「鏡蓋(かがみぶた)根付」などに分類されます。

 

 その中で、万征さんは独自の展開をした根付を制作されているとか。工房にお邪魔して、万征さんの作品を見せて頂きましょう。

 

上原万征さん 持っているのは根付の素材になる鹿のツノ

 

 

◆万征さんの工房へ

 

 

 

 工房の中は、金工に使われる工具や機材が置かれています。「金工の作業は、伝統的な技法である『鍛金(たんきん)』や『彫金』に加えて、ワックスモデリングという方法も使っているそう。

 

 使用する機材がかぶることも多いことから、工房はナイフを制作している作家さんと二人で使っているとか。金属を叩いて加工する作業などもあるため、壁は防音です。

 

 「金工に使う金属は金、銀、銅、鉄など、作品に合う色に合わせて使います。イメージに合う色の素材がない場合は、金属を熱して溶かし合わせる合金を行うこともあります」

 

 専門的な作業の数々に金工の仕事ばかり気になってしまいそうですが、ここで万征さんの根付の特徴として着目したいのが、金工の技法と牙彫や木彫の技法、どちらもを作品に取り入れている点です。

 

 

万征流、進化系鏡蓋根付とは

 

 

 根付に使われる素材は多様で、鹿の角など動物の牙や角や歯、硬い木、金属、サンゴ、天然石……と、身に付けた時に破損しないような丈夫な素材であれば、あとは作家との相性、作品のイメージ、好みなどで選ばれるのでしょう。

 

鏡蓋根付の古いもの

画像提供:ギャラリー花影抄

 

 万征さんが制作しているのは全て「鏡蓋根付」と呼ばれるもの。先述した通り、古くからある鏡蓋根付は、饅頭型の牙彫や木彫で作った土台に、金属のパーツをはめ込んだものを指します。万征さんの根付を見ると、いわゆる「鏡蓋根付」のイメージに近いものもあれば、形彫根付のような立体的なデザインのものあります。これは鏡蓋根付をどのように再解釈したものなのでしょうか。

 

 「僕は鏡蓋根付の持つ特徴に注目して、新しい鏡蓋根付を追求しています。通常、金属でアクセサリーなどを作る時、身につけるものに尖ったデザインは避けます。ですが、土台にはめ込んでしまえば使えるものになるはずです。細密な金工作品でも鏡蓋根付のように囲うことができれば、根付のデザインにできると思いました」

 

「ティーカップうさぎ」 象牙、水牛角、銀 3.1×3.1×2.4cm(皿は径3.1cm)

 

 なるほど。鏡蓋根付の「金属のパーツを土台で囲う」というシステムを抽出しているので、饅頭型にこだわる必要はないわけです。

 

 形の多様さだけでなく、テーマも和風や洋風、可愛い動物まで幅広いようですが、題材はどのように選んでいるのでしょうか。

 

 「落語やことわざ、歌舞伎、能など僕が今関心のある、作ってみたいものを選んでいます。そのイメージを鏡蓋根付のデザインに落とし込んでいきます。その時、『なぜ鏡蓋根付にしたのか』という必然性も大切だと思っています」

 

 

挑戦し続ける 新しい鏡蓋根付を模索する理由は

 

「倶利伽羅」 鹿角、925銀、へご 8.0×5.0×4.5cm 2016年制作

画像提供:ギャラリー花影抄

 

 「なぜ鏡蓋根付なのか」と意味を持たせることを、意識するようになったきっかけについて伺いました。それは根付制作を習った頃に遡るそうです。

 

 万征さんはジュエリー作家を目指して上京してからしばらくは、アルバイトをしながらジュエリーを制作する日々だったといいます。根付は前々から興味があり、新宿のカルチャースクールに「現代根付教室」があることを知ったことで訪れます。

 

 「当時はお金がなかったので、授業料を払うのも厳しく、半年しか通えませんでした。ここで教わったことの中では特に、根付彫刻に使う彫刻刀『左刃』の使い方を聞けたことが大きかったです」

 

 そこで初めて作った根付も鏡蓋根付でした。その作品は受講して展示会があり、声がかかったことですぐに出品することになったのだとか。

 

 「1作目の鏡蓋根付は最初、木の幹にカエルがいて虫を狙っている構図でした。これを見た講師の駒田柳之(こまだりゅうし)先生に『この図の意味は?』と聞かれました。僕はそういう風景を絵図として取り入れただけなので、意味はなかったんですね。先生に問われたことで、初めて意味について考えました。アクセサリーのデザインに近い考え方だったかもしれません」

 

 そこで「ヘビとカエルとナメクジが睨み合う、『三すくみ』にしてみたら」というアドバイスが柳之先生からあったそうです。

 

 「助言をもとに、元の根付をどう『三すくみ』にするか考えました。ナメクジは真鍮(しんちゅう)で作り、カエルは外せるようにして、お腹に鋳造して作ったヘビをつけました」

 

上原万征さん

 

 一貫して鏡蓋根付を制作する理由は、作品を見て「ああ、これは万征さんの根付だね」と言われるようになるため。

 

 「それには、まず鏡蓋根付を作り続け、万征流鏡蓋根付を完成させることです。野望としてはウィキペディアの『根付』の項目の『鏡蓋根付』の欄に『万征根付』と載ることですね(笑)」

 

 

 

万征根付の新作3点を解説

「闇、咲く光」

「闇、咲く光」 象牙、10金、銀、ダイヤモンド 径4.8×20cm

 

 象牙には花を敷き詰めた洋風の文様が彫刻された《闇、咲く光》。花の部分の彫りのボリュームを出すために、土台の象牙は大きめに取ってあります。丸い金属板には女性の細工。聞くと「今、気になっている女優さんの中でイメージに合う人を選んだ(笑)」とか。

 

 「最初、透かしのカバーはなかったんです。でも象牙と金属の色の違いを見て、何かが違う気がしました。そこで格子の向こうに女性がいるイメージで、カバーを加えることにしたんです」

 

 新作の中でも、力を入れた作品の一つだそうです。

 

 

「龍馬の鉄砲」

「龍馬の鉄砲」 鹿角、銀、黄銅 8.5×3.9×1.8cm

 

 「銃の一部の機構がうまく動かず苦労した」という《龍馬の鉄砲》。発想の転換をして完成させたそうです。

 

 「坂本龍馬が寺田屋事件で撃ったとされる銃『スミス&ウエッソン モデル2 アーミー』の根付です。土台には龍馬にあやかり龍を彫っています。以前制作した火縄銃もそうなのですが、引き金を引き、撃つとカチッと音がする機構はそこまで難しいものではありません。難しかったのは回転するシリンダーです」

 

 万征さんが悩まされたのは、シリンダーが回るためのパーツ、「バネ」だったそうです。

 

 「機構の設計は頭の中にあります。その設計図の通りに作ってみると、シリンダーがうまく回らないんです。バネをコイル状にするとスペースに入らない。板状にしたバネだと曲がってしまう。なかなかこれだというものが見つからず、個展も近かったのに一度作業場を離れて、1日家で過ごしたんですね。でもこの時は思いつかなかったんです」

 

 それで、どうなったんですか?

 

 「3日前(取材日は19日)に、全く違う素材を使うことを思いついたんです。それを利用してバネの役割をさせました。どんな素材かは……秘密です(笑)」

 

 発想を変えたことで無事に完成。ちなみに他の機構についてどうやって調べたかというと、坂本龍馬が持っていた銃と同じタイプのモデルガンをバラバラにして、パーツを確認していったそうです。すごい!

 

 

「スベスベマンジュウネツケ」

「スベスベマンジュウネツケ」 銀、鯨歯、水牛角 5.7×4.7×2.9cm

 

 「スベスベマンジュウガニ」というカニの根付です。

 

 「自在置物を鏡蓋根付に落とし込むという最初の発想を形にすることに、初めて成功した作品です。外側の素材はクジラの歯。蟹は外に出したら、関節が動かせます」

 

 「スベスベマンジュウガニ」は名前は可愛いけれど、フグ毒で知られるテトロドトキシンなど数種類の毒を持っているそうで、根付の裏には、その中の2種類の毒の化学構造式が彫刻されています。でも見るとなぜか3種類の構造式が……。実は万征さんの銘(サイン)が潜ませてあるのだとか。

 

 

 

 最後にGirls Artalkの読者に向けて、今の女性に根付とどのように接して欲しいか伺いました。

 

 「ジュエリーのように使って欲しい。元々は実用品だった根付は、携帯して持ち歩いても大丈夫なようにできています。和服じゃなくてもベルトに提げれば根付は使えます。カバンにキーホルダーのようにつけている方もいます。使えるという点からも、根付に関心を持っていただきたいです」

 

「キング&クィーン」 鹿角、黄銅、10金、銀 4.6×3.3×2.5cm

ピスタチオが開き、中に入っているのはピスタチオを好んで食したというシバの女王。ピースしてタチウオを持っています。ピースとタチウオで「ピスタチオ」。出た、ダジャレ!

 

 

 さて、進化系鏡蓋根付の一つの答えとして、根津にあるギャラリー花影抄で、新作が並ぶ個展が9月23日から行われています。

 

 

 アートや工芸の展示を見に行くと、滅多に作品を手に取ることはありませんが、根付に限っては手の中で転がしながら鑑賞するのがスタンダードな見かたです。会場で手に取り、いろいろな角度から作品を見てみてください。

 

 「僕の根付は決して王道じゃない。脇道を外れているけれど、そのうち道が舗装される(進化とした形の一つとして認知される)かもしれないじゃないですか」

 

 作家が模索してきた進化系鏡蓋根付の一つの答えが見つかるかもしれません。

 

 

 

写真提供:ギャラリー花影抄

文・写真:石水典子

 

 

【展覧会情報】

「上原万征根付展」

会期:2017年9月23日(土)〜10月1日(日)

※25日(月)休廊

13:00~19:00(最終日〜18:00)

会場:ギャラリー花影抄

住所:東京都文京区根津 1-1-14 らーいん根津202

URL:http://www.hanakagesho.com

 

 

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Writer

石水 典子

石水 典子 - Noriko Ishimizu -

ライターです。

元々は作家志望でしたが、藝大受験で4浪し断念。予備校生時代に周囲にいた、アーティストの卵たちの言葉に影響を受けた10代でした。

今は、取材することで言語化されていない言葉を引き出し文章化するインタビュアーとして、アートの現場に関わりたいと思っています。

そして今、興味があることは場の活性化です。

 

好きなアーティストは、ヨーゼフ・ボイス、アンゼルム・キーファー、ダムタイプ、ナムジュンパイクなど。日本根付研究会の会員で、江戸時代から続く細密彫刻、根付(ねつけ)の普及に努めています。






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