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魂が宿る建築への招待「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」

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2023年4月30日

魂が宿る建築への招待「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」


魂が宿る建築への招待「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」

 

六本木ヒルズ森タワー52階の東京シティビュー(屋内展望台)では、2023年6月4日(日)まで、「へザウィック・スタジオ展:共感する建築」が開催されている。本展は、トーマス・ヘザウィック率いる世界的なデザイン集団「ヘザウィック・スタジオ」の主要28プロジェクトを、東京を見渡すパノラマ空間で紹介する日本初の機会となる。

 

トーマスが幼い頃から抱いていた「なぜ新しい建物は無表情で退屈で、古いものより人間味がないのか?」という疑問、さらには20世紀の巨匠建築家であるルイス・サリヴァンが説いた「形態は機能に従う」とする機能主義に対する、「“感情”の機能が欠落しているのではないか?」という指摘。本展では、それらに基づく、常に革新的なデザインで人々を魅了するへザウィック・スタジオの仕事を、6つのセクションで紹介している。

 

イントロ(入口) 展示風景

 

 

セクション1「ひとつになる」

「全体」は数々の「部分」によって構成されている。1994年のスタジオ設立以来約30年間、ニューヨーク、シンガポール、上海、香港など世界各地でプロジェクトを実現させてきたヘザウィック・スタジオ。綿密に考案された細部に宿る魂を集め、有機的で力強いひとつのデザインへと昇華してきた。このセクションでは、人の心を動かす大空間を創出しようとするスタジオの姿勢を垣間見ることができる。

 

《上海万博英国館》 2010年 展示風景

 

《上海万博英国館》 2010年 展示風景

 

例えば、2010年の上海万博でパビリオン・デザイン部門の金賞を受賞した、《上海万博英国館 (種の聖殿)》では、世界に存在する種子の25%を収集するイギリスのプロジェクト「ミレニアム・シードバンク」にインスパイアされ、先端に種子が埋め込まれた長さ6.7mのアクリルの棒が6万本以上使用。日中はアクリル棒を通じて内部に光が満ち、夜間は内部の照明の光が外に漏れる幻想的な建築を出現させた。

 

また、50年続くロンドンの二階建ての市バス(ルートマスター)の新デザインでは、完全バリアフリー、乗降時間の最短化、化石燃料使用率40%削減、かつ妥当な価格帯という条件下で、可能な限り軽く効率的なハイブリッド車両を開発。シンプルな色調と材料、オーダーメイドで統一された細部によって、新しく落ち着きと調和のある内装を実現させた。本展では、天井高11m、展望台吹き抜けの大空間を活かし、高さ4mを超える原寸大模型(部分)を展示している。

 

《上海万博英国館》2010年 展示風景

 

《上海万博英国館》2010年 展示風景

 

 

セクション2「みんなとつながる」

《グーグル・ベイ・ビュー》 2022年 展示風景

 

人々が自然に集い、会話が始まるような開放的な空間。ヘザウィック・スタジオのデザインには、閉鎖的になりがちな空間を開き、隣接する空間と繋げていくことで、自然の光や空気に触れながら、人と人が自ずと出会えるような意匠的配慮がみられる。

 

アメリカのカリフォルニア州に、同じく世界的な建築集団であるビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)と共同で設計した《グーグル・ベイ・ビュー》は、巨大なテントのような構造をしている。働く人だけでなく地域コミュニティの人々にも開かれ、カフェやサイクリングロードもある柔軟な空間となっている。

 

《シンガポール南洋理工大学ラーニング・ハブ》では、オンラインでのコミュニケーション中心になりがちなデジタル世代のために、従来の工業的な壁や天井で覆われ自然光も入らない一般的な大学の廊下を、24時間開かれて教師や学生が頻繁に出会う空間へと作り変えた。正面や角のない柔らかいデザインと手作りの粘土細工のようなコンクリートの仕上げは、空間に温もりをもたらしている。

 

 

セクション3「彫刻的空間を体感する」

セクション 3 展示風景

 

ヘザウィック・スタジオの特筆すべき特徴のひとつは、彫刻的な造形だ。インドの階段井戸から着想を得て、2019年にマンハッタンのハドソン・ヤードにオープンした、8階建(中間層を含めると16階)、高さ約45mの《ヴェッセル》は、膨刻がそのまま大きくなったような空間が立ち上がっている。ハドソン・ヤードは、ニューヨーク史に残るであろう最も野心的な巨大都市開発のひとつ。元々は車両基地や倉庫街だったが、2005年の区画整理によって開発が進む、広さ約1,580,000㎡、約2兆数千億円のビッグ・プロジェクトだ。

 

《ヴェッセル》はその中央に位置し、逆円錐形階段状フレーム(果物を包むネットが想像に易い)で、2,465段のステップと80の踊り場で構成されている。ひとつの踊り場には、下から上がってくる2本の階段と左右に上昇する2本の階段の計4本の階段が合流。幾何学模様の中を歩きながら変化するシークエンスを楽しみしながら最上階にたどり着くと、街や川の絶景が待っている。中を歩く人々の姿が、外からはっきり見えるのも特徴的だ。主な部材はスチールで、使用されたジョイントから手摺まで、個々のエレメントはすべて特注。75個の巨大な構造部材はイタリア・ベネチア(シモライ社)で製造され、3年がかりで6回に渡って輸送され現場で組み立てられた。

 

 

セクション4「都市空間で自然を感じる」

ヘザウィック・スタジオ《サウザンド・ツリーズ》2021年 上海 撮影:ジュウ・チンヤン

 

自然界にある新陳代謝のエコロジー。そこから生まれるエネルギーは、都市生活者の心に潤いや活気をもたらす。ヘザウィック・スタジオは、人々が親しみ、楽しむ場所をデザインし、心豊かで充実した体験を提供することで、持続的なプラス効果を生みだすことを常に目指している。

 

上海に建設された《サウザンド・ツリーズ》は住宅棟、商業店舗、遊び場、文化やアートといった機能を含む大規模な複合開発だ。1,000本の構造柱をあえて巨大なプランターとして視覚化し、アート街区、公園、川など隣接する環境と融合させている。ニューヨークに完成させた水上公園《リトル・アイランドル》でも、新しい浅橋(ピア)280本の杭に巨大なプランターの形状を採用。ニューヨークの気候に適した100種類以上の土着の木や植物が植えられ、生物多様性を促進している。

 

日本初のデザインとなる《麻布台ヒルズ/低層部》では、3棟のタワー、ショップ、住宅、学校などを繋ぐ低層部を担当。開発コンセプトである「緑に包まれ、人と人をつなぐ『広場』のような街―Modern Urban Village」に応答し、植物や昆虫の地下生態系が隆起したようなデザインで、連なり合う多様な空間をひとつに繋げている。

 

 

セクション5「記憶を未来へつなげる」

セクション 5 展示風景

 

歴史は人々の物語の蓄積。建築物にも、そこで時間を過ごした人々の記憶が宿っている。ヘザウィック・スタジオのデザインには、当初の役割を終えた建築物の記憶を、未来へと繋げる使命感が感じられるものがある。アフリカ初の現代美術館となった《ツァイツ・アフリカ現代美術館》は、取り壊される危機に直面していた、隣接するコンクリート造の穀物倉庫42棟の中央部分を、トウモロコシの粒のかたちにくり抜くことで新たな空間を創出。元の建物に内包されていた細胞状の奇妙な構造を露わにした。

 

くり抜かれたアトリウム空間には、螺旋階段やチューブ状のエレベーターが設置され、5フロアあるギャラリーを繋いでいる。元のデザインを活かしながら大胆な改装をする一方で、かつての状態へ修復・復元しようとするスタジオの姿勢がよく現れた建築だ。チューブ上部はレストラン階とホテルで、隣接する新設のビル上階と同じダイヤカット状の窓がコンクリートの外観に華を添えている。

 

 

セクション6 「遊ぶ、使う」

セクション 6 展示風景

 

ヘザウィック・スタジオのデザインは、遊び心に溢れている。円形から橋円に、楕円から円形に自由に形を変えることができる《拡張する家具(フリクション・テーブル)》は、人々のニーズに応じて家具に柔軟性を持たせるという大胆な発想によるもの。《スパン》と題された椅子は、駆刻作品のようにも見えるが、人が座ると弧を描きながら360度回転する。こうした柔軟で自由な発想の集積が、まさに建築という大きなスケールにも活かされていることがうかがえる。

 

各セクションには、完成模型や写真のパネルのみならず、試行錯誤を重ねた素材サンプルやパーツ、ドローイング、インタビュー映像が並んでおり、ヘザウィック・スタジオの共感をもたらす建築とは何かをじっくり知ることができる展示となっている。「魂のこもっていない、非人間的な場所をこれ以上許さない。調整したり、修繕したいと思わせるような建物となるべきでは?寿命40年の建物を建てるのはやめよう、寿命1000年の建物を作ろう!(参照元:The Case for Radically Human Buildings | Thomas Heatherwick | TED)」というトーマスの熱い思いに、あなたは共感しないでいられるだろうか。

 

 

文=鈴木 隆一

写真=新井 まる

 

 

【展覧会概要】

ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築

会期|2023年3月17日〜6月4日

会場|東京シティビュー(六本木ヒルズ森タワー52階)

住所|東京都港区六本木6-10-1

電話番号|050-5541-8600

開館時間|10:00〜22:00 ※入館は21:00まで

休館日|会期中無休

料金|[当日] 一般 2000円(2200円) / 高校・大学生 1400円(1500円) / 4歳〜中学生 800円(900円) / 65歳以上 1700円(1900円) ※()内は土日祝価格

https://www.mori.art.museum/jp

 

【作家プロフィール】

トーマス・ヘザウィック|Thomas Heatherwick (ヘザウィック・スタジオ創設者)

トーマス・ヘザウィックは、イギリスで最も数多くの作品を手掛けるデザイナーの一人。1994年にスタジオを設立。キャリアのなかで制作された多彩な作品群の特徴は、斬新さと独創性、人間味溢れるデザインにある。建築、都市計画、プロダクト・デザイン、インテリア・デザインといった従来の枠組みを取り払い、これらをひとつのクリエイティブ・ワークスペースに集約した。規模や場所、型式にとらわれることなく、さまざまな仕事を手掛け、現在ではクラフトマンシップとアイデアに溢れた200名のスタッフからなる、固定的なスタイルを持たないデザイン集団へと発展。定説や定論よりも体験を尊重し、環境への負荷を最小限に抑えつつ、人々の魂に訴えかけるような場所やモノを創り出している。トーマス・ヘザウィックの新著『Humanise』(ペンギン社)が、2023年に出版予定。

 

「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」展示風景

 

アイコン画像: 《スパン》 2007年- Courtesy: Magis



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

ブログ:暮らしのデザインレビュー
Instagram:@mt.ryuichi

 

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