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育ち続ける回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」

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2022年3月11日

育ち続ける回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」


育ち続ける回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」

 

これまで17年間にわたり、私たちにインパクトを与えてきたアーティスト・コレクティブChim↑Pom(チンポム)。これまでのラディカルな活動の全体像を見渡せる展示が、2022年5月29日まで開催されている。

 

卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀の6名によって2005年に結成されたChim↑Pom(チンポム)。これまで、都市や消費主義、原爆、震災、公共性、感染症や疫病患者に対する差別や偏見など、さまざまなテーマを作品に取り上げ、現代社会の課題に対し強いメッセージ性を持つ作品を世界各地で発表してきた。そこには、ユーモアや皮肉が織り混ざっているのも特徴的だ。その独創的なアイデアと卓越した行動力による問題提起は、私たちを驚かせながら、思考や議論を生み出すきっかけを与えてくれる。

 

 

Chim↑Pom展_展示風景_《パビリオン》(2013年-)

 

 

今回初となる大回顧展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」では、今年で結成17周年を迎えるChim↑Pomの初期から近年までの代表作と新作、およそ150点を一挙に紹介しながら、プロジェクトの全貌を検証している。会場は10のセクションと共同プロジェクト・スペースで構成され、展示空間の演出もChim↑Pomが手がけた。また、子育て中の人々が積極的に美術館を利用し、アートに触れる機会を増やすことを目的に、会場内に託児所を開設。「静謐であるべき場所」としての美術館に、子供の遊び声や泣き声が響き渡ることにより、社会全体における子育て環境への問題提起を試みる、新たなアート・プロジェクトだ。このように、一般的な回顧展とは異なる特異な会場構成となっている点も、本展の注目したいポイントだ。そんなみどころ満載の本展の一部を紹介する。

 

 

 

都市と公共性

会場に入ると、美術館とは思えないほど天井が低い。まるで地下空間のようなこのセクションでは、都市を舞台に展開する多数のプロジェクトが展示されている。

 

会場風景

 

まず目に飛び込むのは、金色に輝く《スーパーラット ハッピースプリング》(2022)。Chim↑Pomを象徴するスーパーラットといえば、《スーパーラット(千葉岡君)》(2006年)だが、本展示会場内では展示できず、虎ノ門の別会場、ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース(※)に展示されている。

 

会場風景_《スーパーラット ハッピースプリング》(2022)

 

また19世紀のコレラ流行の際、「ビールは生水よりも安全」とみなされたことから着想を得た「酔いどれパンデミック」プロジェクト(2019-2020)、2012年にパルコミュージアムで開催された個展で発表された、中に人が入れるゴミ袋型の巨大なバルーンの立体作品《ゴールド・エクスペリエンス》(2012/2022)なども展示。薄暗い会場内は、テキストを読むのも一苦労だ。迷路のような動線で行ったり来たり。自分自身も地下を這うネズミのように感じられる。

 

会場風景_「酔いどれパンデミック」プロジェクト(2019-2020)

《ピス・ビルディング(「酔いどれパンデミック」プロジェクトより)》(2019-2020)

※本展実現までのプロセスにおいて、作家と美術館の間でさまざまに生じた立場や見解の相違をきっかけとし、多様な観点からの議論を発展的に深めることを目的とした場所。

 

 

 

最初の展示室は二層構造になっている。所々に上層に登れる階段があり、それを登るとアスファルトで舗装された「道」が現れる。この大規模なサイトスペシフィック・インスタレーション空間は、自由で開かれた空間として、会期中に行われるイベントやハプニングのプロジェクトスペースとして機能し、鑑賞者と共に育っていくという。

 

会場風景_上層

会場風景_《道》

西尾康之《稲岡展示居士》(2009)

 

 

 

Don’t Follow the Wind

会場を移動すると、一転して東京の風景を背景にモニターだけがぽつんと置かれた空間が現れる。これは、2015年から現在まで、東京電力福島第一原子力発電所の事故により放射能で汚染された福島県の帰還困難区域内で開催されている、Chim↑Pomが発案した“観に行くことができない”展覧会を紹介するもの。その静かな空間で、いまだ人が立ち入れない福島の今に思いを馳せる。

 

 

展示風景_《Don’t Follow the Wind》(2015-)

 

 

 

ヒロシマ

Chim↑Pomの活動は、社会にインパクトをもたらすと同時に、大きな論争が巻き起こることもしばしばある。その際たる例が、2008年に広島の原爆ドーム上空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いた作品《ヒロシマの空をピカッとさせる》(2009年)だ。「“平和”という現代日本社会の基盤への無関心の蔓延を漫画的に可視化する」という作者の意図に反し、誤解や憶測を呼び、被爆者とその関係者に対して事前告知の不徹底を謝罪。その後もChim↑Pomはプロジェクトを継続し、対話を重ね、時に共働しながら作品を制作し続けている。その一連の経緯から、Chim↑Pomの取り組みの姿勢のあり方を知ることができるはずだ。

 

展示風景 《パビリオン》(2013-)

《ノン・バーナブル》(2019) 鶴を折り戻すエリイ

会場風景_《ノン・バーナブル》 折り戻された紙から、また鶴を折ることができる

 

 

 

May, 2020, Tokyo

2020年、新型コロナウイルス感染拡大により、緊急事態宣言が発令され、私たちはステイホームを余儀なくされた。その最中である同年5月に本プロジェクトは行われた。青焼き写真の感光液を塗ったビルボードを、東京都心部の各所に設置。文字部分である「Tokyo 2020」、「新しい生活様式」以外は、人の激減した街で青く焼き付き、“2020年の東京の明るい未来像”とパンデミックの現実の間で起こった奇妙にズレている感じを思い出した。

 

「May, 2020, Tokyo」セクションの展示風景

展示風景_《ラブ・イズ・オーバー》(2014/202)

 

 

 

エリイ

捉えどころのない存在感を示すChim↑Pomのメンバー、エリイ。彼女を考察する本セクションでは、ポップアイコンとしても捉えられる一方で、文芸誌で文学作品を連載するなど、その多様な活動の全体像を見ることができる。インスタレーション作品《サン》(2022)では、2022年1月に上梓された「はい、こんにちは―Chim↑Pomエリイの生活と意見―」(エリイ/著)にあるテキストを読み上げる音声が流れ、その前後関係からまるで胎内めぐりをするような感覚が得られた。

 

 

展示風景_《サン》(部分)(2022)

 

 

 

ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース

展覧会実現までの間、作家と美術館の間では、さまざまな立場や見解の相違が生じたという。ここでは、森美術館で展示できなかった作品に加え、アーティストと現代美術館の関係、現代美術の可能性と限界の歴史、表現の自由や美術館の芸術的独立性など美術にまつわる課題からその背景にある幅広い社会課題まで、多様な観点からの議論を発展的に深めるトークプログラムが開催される予定だ。

 

過去を振り返るだけでなく、未来に向かって育ち続ける「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」。会期中も動向を見守りながら、変化する瞬間を見届けたいものだ。

 

文=宇治田エリ

写真=新井まる

 

 

 

 

【Chim↑Pomプロフィール】

2005年東京で結成。メンバーは、卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀。世界各地の展覧会に参加するだけでなく、自らもさまざまなプロジェクトを企画する。2015年、アーティストランスペース「Garter」を東京、高円寺にオープン。また、東京電力福島第一原子力発電所事故による帰還困難区域内で、封鎖が解除されるまで“観に行くことができない”国際展「Don’t Follow the Wind」(2015年3月11日~)の発案と立ち上げを行い、作家としても参加。同年、プルデンシャル・アイ・アワードで大賞を受賞。近年の主な個展に「また明日も観てくれるかな?」歌舞伎町商店街振興組合ビル(東京、2016年)、「ノン・バーナブル」ダラス・コンテンポラリー(米国、2017年)、「平和の脅威(広島!!!!!!)」アート・イン・ジェネラル(ニューヨーク、2019年)、グループ展に、「第29回サンパウロ・ビエンナーレ」(2010年)、「アジア・アート・ビエンナーレ2017」国立台湾美術館(台中、2017-2018年)、「グローバル・レジスタンス」ポンピドゥー・センター(パリ、2020年)、「今、ここ、ルートヴィヒ美術館にて:共に歩み、共に挑む」(ケルン、2021-2022年)などがある。 

  

 

 

【展覧会情報】

Chim↑Pom展:ハッピースプリング

会期:2022年2月18日〜2022年5月29日

会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)ほか

開館時間:10:00~22:00(最終入館 21:30)

※火曜日のみ17:00まで(最終入館 16:30)

※ただし5月3日(火・祝)は22:00まで(最終入館 21:30)

休館日:会期中無休

料金:[平日]一般 1800円 / 大学生・専門学校生 1200円 / 4歳~中高生 600円 / 65歳以上1500円

[土日祝]一般 2000円 / 大学生・専門学校生 1300円 / 4歳~中高生 700円 / 65歳以上1700円

※本展は、事前予約制(日時指定券)を導入しています。専用オンラインサイトから「日時指定券」をご購入ください。

 

託児所《くらいんぐみゅーじあむ》事前予約

アートプロジェクト《くらいんぐみゅーじあむ》では、展覧会場内に託児所を開設します。専用ウェブサイトから事前に予約をしてください。

 

ミュージアム+アーティスト共同プロジェクト・スペース

会場:東京メトロ日比谷線「虎ノ門ヒルズ駅」徒歩約10分/森美術館より移動時間約30分

開場時間:11:00~17:00

入場料:無料

※ただし、「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」の入場者のみ入場可能

予約方法:当日予約のみ。森美術館特設カウンター( 六本木ヒルズ森タワー53階)にて申し込み受付。完全入替制。 ご予約の方には入場予約券と地図をお渡しします。

※完全予約入替制

 

最新情報は、美術館または展覧会ウェブサイトにて要確認

 



Writer

宇治田 エリ

宇治田 エリ - ERI UJITA -

フリーランスライター

美術大学・大学院にてビジュアル・コミュニケーション・デザインを学ぶ。大学職員、グラフィックデザイナーを経て、ライターに転向。現在は、ライフスタイルやカルチャーを中心に、さまざまなWebメディアで執筆中。

 

アート情報や、作家の思いを伝えることで、若手作家がより活動しやすい環境を作ることができればと、 girls Artalkに参加した。

 

インスタレーション作品や庭園など、感覚の指向性が変化する瞬間を捉えられる作品が特に好き。

 

photo by NANAKO.Murayama