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幻の遺跡『ポンペイ』を紐解く

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2022年3月2日

幻の遺跡『ポンペイ』を紐解く


幻の遺跡『ポンペイ』を紐解く

西暦79年、イタリア半島南部カラブリア地方で、一つの都市が、火山の噴火によって消えました。

都市の名はポンペイ。

火山から噴出された大量の火山灰と軽石の中で、約1700年にわたって眠り続け、今もなお発掘が続くポンペイは、まさに「古代ローマの世界」をそのままに閉じ込めた、「タイムカプセル」とも言えます。

東京国立博物館では、この古代都市に焦点を当てた特別展『ポンペイ』が話題を呼んでいます。

発掘された遺物の数々が展示されるだけではなく、邸宅の一部が会場内に再現され、より深く古代ローマの世界を体感できる内容になっています。今回は、その見どころをご紹介しましょう。

 

 

 

①古代都市ポンペイと都市生活

 

ポンペイが存在したのは、現在のナポリの南西にあたります。

ヴェスヴィオ山にも近く、土壌が果物の栽培に向いていたため、オリーブ油やワイン作りも盛んに行われていました。

その事実は、下の壁画からも伺えます。

 

 

杖を持ち、ブドウの実を衣服のようにまとった男性は、ワインの神バッス(ディオニュソス)。ポンペイでは、都市の守護神である美の女神ヴィーナスと並んで、人気を集める存在でした。

その右側に聳えるのはヴェスヴィオ山。

噴火は何世紀もの間起こっておらず、当時は頂上までブドウ畑が広がっていました。

恵みをもたらす存在として、身近に慣れ親しんだこの山が、後にとんでもない災厄を自分たちにもたらすなど、人々は夢にも思わなかったでしょう。

 

都市の内部を見て行きましょう。

都市の中心をなすのは、「フォルム」と呼ばれる公共広場です。広場をコの字型に取り囲むように建てられた建物の中では、市場が立ち、選挙の投票や裁判なども行われていました。

市内には、他にも、劇場や、剣闘士の試合が行われる円形闘技場、体育施設(パラエストラ)が併設された浴場も建てられていました。

 

例えば、こちらのフレスコ画は、<パン屋の店先>の風景を描いたものです。

 

噴火当時、ポンペイでは少なくとも30軒のパン屋が活動していた他、テイクアウトができる料理屋(テルモポリウム)もあり、家に台所がなかった庶民たちによって利用されていました。

そして、画中に描かれているパンの実物がこちらです。

 

 

炭化してしまっていますが、分けやすいよう、放射状に切れ目が入れられているのが認められます。

 

ショッピングを楽しんだり、様々な用事を済ませられる広場(繁華街)。

テイクアウトが出来る食べ物屋。

スパ(浴場)付きのスポーツジムに、エンターテイメントを提供してくれる施設。

 

こうして並べて見ると、約2000年前のポンペイでの生活は、現代の私たちのそれとほとんど変わらないものだったと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

②見どころその1:発掘された遺物たちが語るもの

 

ポンペイの遺物の多くは、約2000年前の状態を留めたままで、発掘されています。

例えば、こちらのアンフォラ(両取っ手付きの壺)は、小さな墓から見つかったものです。

 

 

深い青色のガラスの上に、カメオ・ガラスの技法によって描き出されているのは、クピドたちによるブドウ摘みの様子です。ワイン産業が盛んだったポンペイらしいモチーフと言えるでしょう。

他にも、金のネックレスなどのアクセサリー類、凝った装飾が施された家具や食器の数々は、上流階級の人々がどれほど豪奢な生活を送っていたかを雄弁に物語ってくれます。

 

 

 

 

しかし、見どころは、こうした道具類だけではありません。

邸宅を飾っていた、フレスコ画やモザイク画に注目して見ましょう。

 

例えば、こちらのフレスコ画は、ボッティチェリの<春(プリマヴェーラ)>にも登場する三美神。

(参考図版)サンドロ・ボッティチェリ<春(プリマヴェーラ)>(部分)(パブリックドメイン)(典拠:wikipedia) *展覧会には出品されていません

一方、こちらのモザイク画は、当時上演されていた喜劇の一場面を描いたものと推測されています。

 

 

絵画ジャンルで言うなら、「風俗画」と言うべきでしょうか。

ここに見られる通り、当時の演劇は、仮面をつけた俳優たちによって演じられていました。

彼らの衣の襞や、地面に落ちる影までもが表現されているのも印象的ですが、これは

モルタルの上にあらかじめ下絵を描き、その上に一辺がわずか数ミリメートルの石片(テッセラ)を埋め込んでいく、「オプス・ウェルミクラトゥム」と呼ばれる技法によるものです。

つまり、わずか1cm四方あたりに、15から30もの石片が緻密に並べられて、作られているのです。想像するだけで気の遠くなりそうな作業ですが、そのおかげで、微妙な色の変化による、立体感や現実感を画面に付与できているのです。

 

 

③見どころその2:古代ローマの邸宅の再現

 

今回の展覧会の最大の見どころは、会場内にポンペイの邸宅の一部が、実物大で再現されていることでしょう。

 

例えば、こちらは、ポンペイ最大の邸宅ファウヌスの家談話室を再現しています。



(参考図版)<アレクサンドロス大王のモザイク>(全体図)、ナポリ国立考古学博物館所蔵 

*今回の展覧会には来ていませんが、原寸大の8K高精細映像を観ることができます。

 

 

床にモザイクで描き出されているのは、マケドニアの若きアレクサンドロス大王と、ペルシアのダレイオス三世とがぶつかり合った、戦闘場面です。

(この絵を、歴史の教科書で見たことがある人は多いでしょう)

先ほどご紹介した〈辻音楽師〉同様、「オプス・ウェルミクラトゥム」によって、数百万枚ものパーツを使って描かれた、迫力あるスペクタクルは、映画のワンシーンを、スクリーンで見ているかのようです。

 

一方、こちらは、邸宅の玄関から広間へとつながる廊下です。

手前の床にご注目ください。

 

 

 

縄に繋がれた大きな黒い犬がいます。

歯を剥き出した表情も毛並みもリアルで、唸り声すら聞こえて来そうです。

その下には、ラテン語で「猛犬注意」の注意書きも見えます。

何気なく下を向いて、この犬が目に入ったら、さすがにびっくりしますね。

訪問者に番犬がいることを注意喚起しています。

二千年前、ポンペイにあったのは、21世紀に生きる私たちのそれと、ほぼ変わらない生活がありました。

笑い、泣き、日々の仕事をこなし、時には娯楽施設や市場に出掛けて楽しい時間を過ごしたり・・・

そんな日々が続くことを住人たちは疑っていなかったでしょう。

今の私たちと、同じように。

 

今回の展覧会は、発掘の数々をただ並べるのみならず、邸宅の一部再現や、音声ガイドなど、古代ローマの世界をより深く、身近に体感できる工夫が数多く凝らされています。

是非、足を運んでみてください。

 

文=verde

写真=新井まる

【展覧会情報】

特別展『ポンペイ』

 

東京会場

会期 : 2022年1月14日(金)~4月3日(日)

会場 : 東京国立博物館 平成館

開館時間 : 午前9時30分~午後5時 ※3月 4日 以降 の金・土・日・祝日は 午後 6時 まで

休館日 : 月曜日、3/22(火)

※ただし、3/21(月・祝)、3/28(月)は開館

アクセス : 東京国立博物館[平成館] 東京都台東区上野公園13-9

https://pompeii2022.jp

※本展は事前予約(日時指定券)を推奨します。詳細は展覧会公式サイトをご確認ください。



Writer

verde

verde - verde -

美術ライター。
東京都出身。
慶応義塾大学大学院文学研究科美学美術史学専攻修了。専攻は16~17世紀のイタリア美術。
大学在学中にヴェネツィア大学に一年間留学していた経験あり。

小学生時代に家族旅行で行ったイタリアで、ティツィアーノの<聖母被昇天>、ボッティチェリの<ヴィーナスの誕生>に出会い、感銘を受けたのが、美術との関わりの原点。
2015年から自分のブログや、ニュースサイト『ウェブ版美術手帖』で、美術についてのコラム記事を書いている。
イタリア美術を中心に、西洋のオールドマスター系が得意だが、最近は日本美術についても関心を持ち、フィールドを広げられるよう常に努めている。
好きな画家はフィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、カラヴァッジョ、エル・グレコなど。日本人では長谷川等伯が好き。

「『巨匠』と呼ばれる人たちも、私たちと同じように、笑ったり悩んだり、恋もすれば喧嘩もする。そんな一人の人間としての彼らの姿、内面に触れられる」記事、ゆくゆくは小説を書くことが目標。

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