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「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」、石岡瑛子の世界 

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2020年12月11日

「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」、石岡瑛子の世界 


石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」、石岡瑛子の世界 

 

  2008年の北京オリンピック開会式、そして2012年に公開された映画『白雪姫と鏡の女王』。

 これらのイベントで衣装デザインを手掛けた日本人女性をご存知でしょうか?

 彼女の名は石岡瑛子(1938~2012)。

 資生堂のグラフィックデザイナーからスタートし、やがてニューヨークを拠点に、映画や演劇のセットや衣装デザインなど、幅広く活躍。グラミー賞(1987)をはじめ様々な賞も受賞しています。

 そんな彼女の初の大回顧展が東京現代美術館にて開催中、話題を呼んでいます。

 今回は、内覧会の報告と共に、展覧会の魅力をご紹介しましょう。

 

映画『白雪姫と鏡の女王』(ターセム・シン監督、2012年)の展示風景より

第1章「Timeless:時代をデザインする」展示風景より

 

1. 化粧品広告の中に「爆弾を仕掛ける」―――原点・資生堂での仕事

 

 今回の展覧会では、石岡瑛子の約50年にわたる仕事ぶりが、時系列順に、3つのセクションに分けられて、紹介されています。

例えば、第一セクションで紹介されているのは、石岡のキャリア初期にあたる1960~70年代、彼女の原点ともいうべき日本での「広告」の仕事です。

 

資生堂 ホネケーキの広告の仕事より

 

「デザインとは、社会に対するメッセージである」

1960年に開かれた、世界デザイン会議でのデザイナーたちのこの発言をきっかけに、石岡はグラフィックデザインの道を志すようになります。

翌年、彼女は資生堂に入社。「宣伝部」のメンバーとして、雑誌の広告ページやポスターを手掛けていきます。

 

 

資生堂 サマーキャンペーンの仕事より

 

「化粧品広告という極めて通俗的な表現の枠の中に爆弾を仕掛ける」

石岡は、自らの初期の仕事についてこのように表現しています。

彼女は、それまでの広告で主流だった「楚々とした人形のような」美人像とは異質な、「受け身」ではない、「意志的」で自立した女性像を打ち出していきます。

右下のポスターでは、青空をバックに、小麦色の肌をした女性の存在感、眼差しの強さが印象的です。

そのイメージは、入社時の面接で、「男性と同じ仕事と待遇を」主張した石岡自身とも重なってきます。

現代なら当たり前と思えるこの発言内容も、男女差別が激しかった1960年代という時代を考えると、画期的です。「爆弾」にも等しかったでしょう。

が、そのような彼女だからこそ、「女性の新しい生き方」を提示する、強いメッセージ力のあるポスターを作り上げられたのではないでしょうか。

 

パルコ ポスターの仕事より

第1章「Timeless:時代をデザインする」展示風景より

味の素AGF インスタントコーヒー「マキシム」の仕事より

 

 

2. 世界を舞台に羽ばたく―――1980年代~ 衣装デザインの仕事

 

1960年代の資生堂での、化粧品広告。

1970年の独立後に手掛けた大阪万博のポスター、パルコや角川書店での装丁の仕事。

それらを通して、石岡が身に着けたのは、写真やコピーなど、様々な要素を「一つのメッセージ」へ、「ひとりの人間の声」に聞えるようまとめ上げ、磨き上げていく表現の手法でした。

 それは、彼女の根幹として、その後の仕事をも支えていきます。

 

 1980年、彼女は「すべてをゼロに戻したい」という思いから、日本を出て、ニューヨークへと拠点を移します。

 そこで待っていたのは、マイルス・デイヴィス、フランシス・フォード・コッポラなど名だたる表現者たちとの出会い、そして彼らとの新たな仕事でした。

 これまで日本で培った経験を土台に、彼女は舞台や映画の美術、衣装など、新たなジャンルの仕事へと乗り出していきます。

 

アルバム・パッケージ『TUTU』(マイルス・デイヴィス作、1986年)の展示風景より

アルバム・パッケージ『TUTU』(マイルス・デイヴィス作、1986年)の展示風景より

 

 例えば、1988年、『M.バタフライ』の衣装や小道具のデザイン。

 

ストレートプレイ『M. バタフライ』の展示風景より

ブロード・ウェイでの初めての仕事となった、この仕事で、彼女はニューヨーク批評家協会賞を受賞します。

 

一方、こちらはフランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』(1992年)の衣装です。

 

映画『ドラキュラ』(フランシス・F・コッポラ監督、1992年)の展示風景より

 

 ドラキュラといえば、ホラー映画のスター的存在。思い浮かぶのは、鋭い牙と黒いマントでしょう。

 が、石岡が作ったのは、そのイメージを打ち破り、ドラキュラを、新たなキャラクターとして作っていくデザインでした。

 ドラキュラの赤いローブ。

 爬虫類をモチーフにしたドレスや、むき出しの筋肉を思わせる鎧。

それらは、まさに「誰もみたことがないもの」という言葉がふさわしいでしょう。

 一緒に展示されているデザイン画とも併せて見ることがお勧めです。

 

ミュージックビデオ『ビョーク:コクーン』の展示風景より

ミュージックビデオ『ビョーク:コクーン』の展示風景より

コンテンポラリー・サーカス 『ヴァレカイ』 (シルク・ドゥ・ソレイユ、2002 年)の展示風景より

映画『ミシマ―ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』(ポール・シュレイダー監督、1985年)の展示風景より

 

 

3. 言葉

 

 展覧会のみどころは、衣装やポスターなど、華やかな「作品」だけではありません。

 展覧会会場で流れている彼女のインタビュー音声。

 そして、解説パネルや、壁に印刷された彼女の「言葉」にもまた注目してみましょう。

 

 

 

1960年の、原点とも言うべき言葉「デザインとは社会に対するメッセージである」。

そして、石岡自身も、後にデザインについて、「自己を語る言語である」と定義しています。

他にも会場に散りばめられた言葉からは、同じような物事の繰り返しを嫌い、限界を、そして未経験の領域を恐れず、「デザイン」と、「表現する」ことと、常に真摯に向き合い続けた、彼女の情熱が伝わってきます。

 

これらを読み、再び展示作品に向き合うことで、世界を舞台に「誰も見たことのないもの」を次々と作り上げて行った、石岡瑛子の世界がより奥深く広がってくるでしょう。

 

 広告からスタートして、衣装や舞台のデザインへ。日本から世界へ。

 未知や未経験の領域を恐れることなく、血や汗、涙―――「感情」を「表現」することに挑み続けたデザイナー石岡瑛子。

 彼女の「表現」は、一つ一つ経験を重ねるごとに、より大きく広がっていくようにも見えます。

 今回の展覧会では、そんな彼女の「作品」の一つとも言える生き方に、そしてその底に流れる情熱にどっぷりと浸かることができます。

 是非、直に接して、肌で感じてみてください。

 

石岡瑛子 1983年 Photo by Robert Mapplethorpe ©Robert Mapplethorpe Foundation. Used by permission.

 

文=verde

写真=新井まる

 

【展覧会情報】

石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか

会期:2020年11月14日~2021年2月14日

会場:東京都現代美術館

住所:東京都江東区三好4-1-1

開館時間:10:00~18:00 ※展示室入場は閉館の30分前まで 

休館日:月(11月23日、2021年1月11日は開館)、11月24日、12月28日~2021年1月1日、1月12日

料金:一般 1800円 / 大学生・専門学校生・65歳以上 1300円 / 中高生 700円 / 小学生以下無料

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

 



Writer

verde

verde - verde -

美術ライター。
東京都出身。
慶応義塾大学大学院文学研究科美学美術史学専攻修了。専攻は16~17世紀のイタリア美術。
大学在学中にヴェネツィア大学に一年間留学していた経験あり。

小学生時代に家族旅行で行ったイタリアで、ティツィアーノの<聖母被昇天>、ボッティチェリの<ヴィーナスの誕生>に出会い、感銘を受けたのが、美術との関わりの原点。
2015年から自分のブログや、ニュースサイト『ウェブ版美術手帖』で、美術についてのコラム記事を書いている。
イタリア美術を中心に、西洋のオールドマスター系が得意だが、最近は日本美術についても関心を持ち、フィールドを広げられるよう常に努めている。
好きな画家はフィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、カラヴァッジョ、エル・グレコなど。日本人では長谷川等伯が好き。

「『巨匠』と呼ばれる人たちも、私たちと同じように、笑ったり悩んだり、恋もすれば喧嘩もする。そんな一人の人間としての彼らの姿、内面に触れられる」記事、ゆくゆくは小説を書くことが目標。

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