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「君の名は。」はどうやって生まれた? 新海誠展 ―「ほしのこえ」から「君の名は。」まで―

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2017年12月8日


「君の名は。」はどうやって生まれた? 新海誠展 ―「ほしのこえ」から「君の名は。」まで―


 

「君の名は。」はどうやって生まれた? 

新海誠展 ―「ほしのこえ」から「君の名は。」まで―

 

 

大ヒットしたアニメーション映画「君の名は。」の劇場公開から一年。すれ違う瀧(たき)と三葉(みつは)の制服姿や、RADWIMPSの主題歌「前前前世」が頭に残っている人は多いでしょう。

 

 

「君の名は。」場面カット
© 2016「 君の名は。」製作委員会

 

 

現在、監督・新海誠のデビューから15年間の軌跡を辿る「新海誠展 ―『ほしのこえ』から『君の名は。』まで―」が全国巡回中。東京・六本木の国立新美術館では、東京会場限定の特別展示を含む約1000点が展示されています。

 

絵コンテやコンセプトシートなど貴重な制作資料を始め、本編の抜粋映像、劇中に登場する物の再現など盛りだくさん。商業デビュー作「ほしのこえ」から最新作「君の名は。」まで、時系列に沿って各作品の制作背景が紹介されており、新海監督のファンはもちろん、「君の名は。」しか観たことがない人も楽しめる充実した内容となっています。

 

また、新海作品の重要なテーマの1つでもある「自分の思いを誰かに伝える」ことについて、改めて考えるきっかけをくれる展覧会でもあります。SNSで誰とでも簡単に繋がれる(ように見える)現代の私たちにこそ、大切なことを思い出させてくれる本展。監督・新海誠とその作品について紹介しながら、展示内容のレポートをお届けします。

 

 

 

© 2016「 君の名は。」製作委員会
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films
©Makoto Shinkai/CMMMY

                         

 

 

監督・新海誠ってどんな人?

 

 

 

「君の名は。」の監督を務めた新海誠は、1973年長野県小海町出身。故郷の自然豊かな景色は、美しい風景描写に活かされています。ゲーム開発会社に勤めた後、2002年に短編アニメーション「ほしのこえ」をたった1人で完成させ、第6回文化庁メディア芸術祭特別賞他、多数の賞を受賞しデビュー。その後、「雲のむこう、約束の場所」、「秒速5センチメートル」、「星を追う子ども」、「言の葉の庭」、そして「君の名は。」まで、平均3年に1本のペースで監督作品が公開されてきました。日本国内だけでなく、アジア、ヨーロッパ各国での評価も高く、今後が注目される気鋭のアニメーション監督です。

 

 


 

僕が作りたいのは、10年後も15年後も見てもらえる作品ではなくて、今の観客に「これは自分たちの物語だ」と感じてもらえる映画です。

〔朝日新聞記念号外 新海誠監督インタビューより〕

 


この言葉を反映するように、「ほしのこえ」では携帯電話のメール、「君の名は。」ではスマートフォンアプリのLINEなど、時代を象徴するコミュニケーションツールが重要な役割を果たしています。本展で新海作品の15年を辿ることによって、SNSが急速に発展した時代の流れを感じることもできるでしょう。

 

また、「君の名は。」のヒットに監督自身も「驚いています」と語っていますが〔※〕、もともと新海誠の作風は大衆に受け入れられる王道のものではありませんでした。

〔※新海誠個人サイト「Other voices -遠い声 -」への投稿「『あなた』へ、2016年のこと。」(2016年12月31日)より〕

 

たとえばディズニーの勧善懲悪、ジブリの自然と人間の賛美、あるいは「ワンピース」の感動的な友情。そうした誰もが「すばらしい」と思わざるを得ないもの、そう思うことが「正しい」と信じられているものとは違い、心のもっと弱くて脆い部分に寄り添うような物語が、新海作品の特徴であり大きな魅力の1つです。

 

拠り所のなさも孤独も受け入れた上で、それを肯定的に描く必要があるのだと思っている。

〔展覧会公式図録より〕

 


そう語る監督の人柄を、資料に残された手書きのコメントや影響を受けた書籍などの展示物から、感じ取ることができるでしょう。

 


作品紹介&各章の見どころをチェック!


確かな軸を持ちながら、毎回新しい課題を設定し、常に進化を見せてくれる新海作品。「『君の名は。』で初めて新海誠を知った」、「『君の名は。』しか観たことがない…」という皆さんのために、各作品の紹介を織り交ぜながら展示の見どころをご紹介します。

 

※決定的なネタバレはないよう気をつけていますが、物語の内容に多少触れる部分があります。ご了承の上、ご覧ください。

 

 

第1章 ほしのこえ(2002年公開、本編約25分)


私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。

 

 

 

〈あらすじ〉 2047年、国連が組織する異生命体調査団の選抜メンバーとなったミカコ。仲の良かった同級生ノボルが高校に進学する一方で、宇宙へと出発する。地球と宇宙で携帯メールをやりとりする2人だが、何光年もの距離がひらくにつれ、送信から受信までの時間が長くなっていく。

 

新海誠のデビュー作である「ほしのこえ」は、当初会社勤めをしていた監督が、自宅のPCを使いたった1人で作り上げた作品。下北沢トリウッドで上映したところ、47の座席はすぐに満席になり、追加上映が決定しました。最新作と比べれば荒削りではありますが、とても個人制作とは思えない完成度の高さです。

 

 


「ほしのこえ」場面カット
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 

次の作品からはキャラクターデザインや美術監督に他のスタッフが加わりますが、今作はストーリーから音響にいたるまで全て新海誠の手によるもの。原画や絵コンテからは、完成した映像からさらに遡って監督の原点を知ることができます。

 

会場には、当時監督が使用していたPC、Power Mac G4 (400MH2/メモリ1GB)や、主人公・ミカコが使っている携帯電話538G(1998年発売)の展示も。この15年間でデジタル環境がいかに急速に発展したかを実感することができました。

 

 

第2章 雲のむこう、約束の場所(2004年公開、本編約91分)


あの遠い日に僕たちは、かなえられない約束をした。

 

 

 

〈あらすじ〉 舞台は戦争により南北分断された日本。少年ヒロキとタクヤの夢は、自分たちで組み立てた小型飛行機で謎の「塔」まで飛ぶこと。憧れの少女サユリを連れていく約束をした2人だが、その後別れ別れになったまま3年の月日が流れた。

 

監督にとって初の長編アニメーション。前作「ほしのこえ」が男女2人の物語だったため、今作では3人の物語に挑戦したそうです。プロのアニメーションスタッフが多数加わった他、キャストには俳優の吉岡秀隆と萩原聖人を迎えました。

 

 


「雲のむこう、約束の場所」場面カット
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 


美術背景チームはデジタル制作未経験のスタッフばかりで構成されましたが、時刻によって変化に富んだ空など、美術背景の数々は息を飲むほどの美しさでした。スタッフは増えましたが、ほぼ全ての雲の描写に新海監督自身が手を加えているとのこと。ヒロキとタクヤの飛行機「ヴェラシーラ」の約1/4再現モデルも展示されており、塔に向かうヴェラシーラを見送っているような気分を味わえます。

 

 

第3章 秒速5センチメートル(2007年公開、本編約63分)


どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。

 

 

 

〈あらすじ〉 3本の連作短編集。雪のせいで進まない列車で初恋の少女に会いにいく「桜花抄」、実らない片想いに胸を痛める「コスモナウト」、昔の女性の面影から逃れられない「秒速5センチメートル」で、1人の少年を軸に「距離」にまつわる物語が描かれる。

 

SF的要素の強かった過去2作と違い、現実の日常を舞台にした作品。そのために徹底的なロケハンが行われ、東京や種子島のリアルな風景が描かれています。また、後に監督自身が、映画で伝えきれなかったことを補うために「小説・秒速5センチメートル」を執筆。さらに清家雪子により漫画化されるなど、その世界が映画の外に広がっていった作品でもあります。

 


「秒速5センチメートル」場面カット
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 


会場では、監督がこだわって行ったロケハンの写真も見ることができます。また、美術背景とキャラクターそれぞれのレイヤー構造を説明しているコーナーも。展示されている背景レイヤーは35枚ですが、実際には50枚以上使われているとのこと。美しい映像が完成するまでにどれほどの労力がかかっているのか実感することができます。

 

 

第4章 星を追う子ども(2011年公開、本編約116分)

 

それは、“さよなら”を言うための旅。

 

 

 

〈あらすじ〉 ある日出会った少年シンを捜す少女アスナと、亡き妻との再会を願う男モリサキ。2人は、死者の復活がかなうという伝説のある地下世界アガルタを旅し、世界の果てフィニス・テラを目指す。

 

自分が得意とする手法ばかりでなく、日本の伝統的なアニメーションの手法で制作することを課題にした作品。前作までに比べファンタジー要素が強く、絵柄にも変化があったため、観客層が広がった一方で既存のファンからは賛否両論の声があがりました。これまでの作品の中で最長の116分という長編で、新海作品の新たな可能性を見せてくれる作品です。

 


「星を追う子ども」場面カット
© Makoto Shinkai / CMMMY

 


異世界を舞台としたファンタジーのため、他の作品に比べ多くの小道具やキャラクターが登場します。鉱石ラジオの再現モデルや、部屋の灰皿やタワシなど細かい物までデザインされた美術監督・丹治匠のコンセプトボードからは、いかに細かいところまで設定されているかが読み取れました。こうした背景があってこそ、架空の世界に現実味が生まれるんですね。

 

 

第5章 言の葉の庭(2013年公開、本編約46分)


“愛”よりも昔、“孤悲”のものがたり。

 

© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 

〈あらすじ〉 靴職人を目指す高校生タカオは、ある雨の日、公園でひとりビールを飲む謎の女性ユキノに出会う。2人は会うごとに心を通わせていき、タカオはユキノのために靴を作りたいと願うようになる。

 

前作の反響を受けた監督は、観客が観たいものと自分が描きたいもののマッチングを課題とし、作品内容だけでなくマーケティング戦略を含めた企画書を作成。結果として成功し、当初3週間の予定だった上映期間が延長されました。こだわり抜いた映像表現は、46分とは思えない満足感を与えてくれます。

 

 

「言の葉の庭」作画監督・土屋堅一による原画
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films



「『絆』を手に入れる遥か手前で、孤独に立ちすくんでいる人」〔※〕の不安定な心情と、多彩な雨の表現とがリンクした映像美を誇る作品。その特徴である「反射色」を使った色彩表現について、展示で知ることができます。タカオが作った靴の実物も見られちゃいますよ。履くのがもったいないくらい可愛らしいです。〔※新海誠「趣意書」より〕

 

 

第6章 君の名は。(2016年公開、本編約107分)

 

まだ会ったことのない君を、探している。

 

 

 

〈あらすじ〉 東京都心の高校に通う少年・瀧と、田舎町に暮らす少女・三葉は、時々互いが夢の中で入れ替わっていることに気づく。戸惑いながらも楽しんでいた2人だが、ある日を境に入れ替わりが起きなくなる。瀧は三葉に会おうと、夢の記憶を頼りに出発する。

 

監督自身が「『ほしのこえ』からトライ・アンド・エラーを続けてきた、ひとつの集大成であり新しい一歩」と語り〔※〕、興行収入250億円、観客動員数1900万人を記録した大ヒット作。この作品をきっかけに、新海誠やRADWIMPSを知った人も多いのではないでしょうか。〔※展覧会公式図録より〕

 

「君の名は。」作画監督・安藤雅司によるレイアウト修正
© 2016「 君の名は。」製作委員会

 


作画監督・安藤雅司による作画資料では、瀧と三葉それぞれ、中身が男性の時と女性の時の動きの違いが比較されていました。同じキャラクターでも、腕の振り方や脚の開き方で男女の差が表現されています。映画では何気なく見える動作ひとつひとつも、細かい観察の末に決定されているんですね。

 

他にも三葉と妹・四葉が披露する巫女舞の実写映像や、OPシーンの街並みを立体的に再現した15枚のガラスボードなど、各場面を多面的に見せてくれる展示物がたくさん。コマ送りで映像を見返したくなります。

 

 

新海誠展はここに注目!


~現場の声が聞こえてくる!貴重な制作資料~

なんと言っても一番の見どころは、貴重な制作資料の数々。新海監督を始め、「君の名は。」でキャラクターデザイン・作画監督を務めた安藤雅司、同作や「星を追う子ども」の美術監督を務めた丹治匠、「雲のむこう、約束の場所」以降全ての新海作品に参加している西村貴世らによる、直筆の原画や絵コンテ、コンセプトボードなどが多数展示されています。

 

 


「星を追う子ども」美術監督・丹治匠によるコンセプトボード
© Makoto Shinkai / CMMMY

 

「雲のむこう、約束の場所」作画監督・田澤潮によるレイアウト修正
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films



展示されているのは膨大な資料の一部ですが、それでもかなりのボリューム。ひとつひとつの場面が、こだわりを持って丁寧に作られてきたことがうかがえます。

 

特に注目していただきたいのは、他のスタッフに向けられたメッセージ。胸を触ったことに怒る三葉に「スマン!!」と謝る瀧のカットに「(と言っておかねば!)くらいのノリです(笑)」と添えられていたり、「『何かに気づいてしまって、なんとか耐えている』というニュアンス」、「なんじゃこりゃ!!感を目一杯」と書かれていたり、キャラクターの心情を分かりやすく説明しようとする工夫が見られます。

 

また、「〇〇のラストのアップです。なにとぞよろしくお願いいたします!」というようなコメントからは、キャラクターへの思い入れが感じられました。

 

 

「秒速5センチメートル」作画監督・西村貴世による原画
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 


そして、細やかな指示の中に「よろしくお願いいたします!」「ありがとうございます!」「すばらしい!」といったコメントも目立ちます。スタッフみんなで協力して良いものを作ろうという情熱や、お互いを思いやる気持ちが垣間見え、胸が熱くなりました。

 

手書きの文字からは、デジタル技術を駆使した映画の背景にある作り手の思いを感じることができます。ほぼ1人きりで完成させた「ほしのこえ」の頃から続く新海監督の世界観が、長編になっても失われていないのは、物語への愛情と人間的で密なコミュニケーションがあるからこそかもしれません。

 

新海作品が扱っているテーマにも通じますが、SNSが普及してコミュニケーションが手軽になったように見えても、実際には伝えたいことがうまく伝わらなかったり、ズレが生じてしまったりするのはよくあること。監督の頭の中にあったプライベートな世界観が、映像作品としてパブリックに公開されるまでのプロセスは、「伝えるって、こんなに大変なことなんだ」と改めて気づかせてくれます。

 

 

映画の世界を体験!フォトスポット&カフェの“あの席”



 

 

東京会場の国立新美術館は、「君の名は。」の劇中で瀧が訪れる場所でもあります。展示の最後には場面を再現したフォトスポットが。映画をご覧になった皆さん、どのシーンか分かりますか?

 

さらに、ARフォトブースでは「言の葉の庭」の世界に入り込んだかのような美しい写真が撮れるんです!スタッフのサポート付きのオート撮影なので、1人で行っても大丈夫。男女とも1人で撮っている人がたくさんいたので、恥ずかしくありませんよ。できあがった高画質の画像は、QRコードを読み込めばスマホで受け取ることができます。

 

ちなみに私はスーツ姿にトートバッグを持って、雪野先生になりきりました。皆さん、ぜひタカオとユキノのコスプレで記念撮影してきてください(笑)

 


「言の葉の庭」場面カット
© Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 


会期中は2階のカフェ「サロン・ド・テ ロンド」の“あの席”を予約することができるので、サンドイッチを食べて登場人物と同じ行動を体験することも可能でしたが、予定枚数終了してしまいました。

 

サロン・ド・テ ロンド

https://www.hiramatsurestaurant.jp/nacc-rond/

 


同じく劇中に登場した六本木ヒルズの展望台「東京シティビュー」も近いので、聖地巡りもできちゃいますね。

 

 

 

 

興味が湧いたら行ってみよう!


バラエティーに富み充実した展示内容で、新海作品のファンはもちろん、詳しくない人でも楽しめる展覧会。アニメーション映画が完成するまでの多くのプロセスを知ることもできます。

 

特に東京会場では、劇中に登場する国立新美術館だからこその展示が楽しめます。アニメーション映画の舞台になった場所が展覧会場となり、物語と現実の交差を体験できる機会はなかなかありません。

 

新海作品を観て予習してから行ってもよし、展覧会に行ってから復習してもよし。ぜひ会場に足を運んで、物語の世界に思いを巡らせてみてくださいね。

 


文・写真 稲葉 詩音

 

 

【概要】

国立新美術館開館10周年 「新海誠展 ―『ほしのこえ』から『君の名は。』まで―」

会場:国立新美術館 企画展示室 2E

会期:2017年11月11日(土)〜 12月18日(月)

開館時間:10:00~18:00 ※入場は閉館の30分前まで (毎週金曜日・土曜日は20:00まで)

休館日:毎週火曜日

観覧料:一般1600円、大学生1200円、高校生600円他

展覧会公式サイト:http://shinkaimakoto-ten.com/tokyo/

新海誠個人サイト「Other voices -遠い声 -」:http://shinkaimakoto.jp/

 

 

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Writer

稲葉 詩音

稲葉 詩音 - Shion Inaba -

イタリア留学を経て、東京大学で表象文化論修士号取得。得意分野はヨーロッパ近代絵画。
10ヶ国語以上学んだ語学オタクでもあり、現在は海外映画・ドラマの字幕翻訳ディレクターを務める。

好きなものはアートと言葉。
好奇心を大切に、旅するように暮らしたい。
特別な思い入れのある芸術家は、美術ではセガンティーニ、文学では安部公房、音楽ではきのこ帝国。






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