Interviewこの人に会いたい!
昔の自分といまの自分が紡ぐ、奇跡の響き!
中島ノブユキ『clair-obscur』
「音」の生起に耳を澄まし、響きが通いあう場所に、 過ぎ去った時間の、未生の音楽を呼び覚ます――。作曲家、ピアニストの中島ノブユキさんによるピアノソロ・アルバム『clair-obscur(クレール・オブスキュア)』が注目を集めています。
2013年に福島・会津を舞台に、幕末・明治を生きた主人公、八重を綾瀬はるかが演じて話題となった大河ドラマ『八重の桜』や、写真好きの瀬戸内の女子高生たちの姿を描いた癒し系アニメ『たまゆら』のサウンドトラックを手がけた事でも知られる中島ノブユキさん。女優であり歌手としても知られるジェーン・バーキンのワールドツアーに音楽監督、ピアニストとして参加するなど、広くその才能が評価される音楽家です。
これまで、明晰な和声へのアプローチと、エレガントなアレンジワークにより、色彩豊かな情景を描くことを得意としてきた中島さんですが、ピアノソロとして2枚目となる本作『clair-obscur』は、20年前に自らが紡いだ音楽が時を経て今の自分に影響を及ぼすという作品です。過去の自分と向き合った時にどんな音が呼び覚まされたのか。中島さんに『clair-obscur』や演奏スタイルの事などを、6月1日に行なわれた『clair-obscur』リリース・コンサートの会場で
あるスパイラルホールでお話をうかがいました。
――まず、最新アルバムの『clair-obscur』についてお話をお聞かせください。
中島:
『clair-obscur』はピアノソロとしては2枚目の作品です。以前、アンサンブルで全国ツアーを行なったときに新しいテイストのいろんな曲が生まれ、今回はそのときと変わって、過去の自分と向き合っているといいますか。
『clair-obscur』のアルバムの準備をしているときに、初めは前のアルバム(ピアノソロ・アルバム『Cancellare』)の延長、つまり古今東西の良い曲と自作曲を取り混ぜて、という形で制作していたのですが、偶然20年ほど前に作曲した楽譜が古い楽譜棚から見つかって“こういうスタイルの作品はあの時だけのものだ”と感じて、アルバムの方向性を転換しました。昔の自分であるピアノ弾きに今の自分が出会ったらどうなるだろうと。
6月に行なったリリース・ピアノソロ・ツアーでは、初めて九州にも行ったのですが、ツアーのファイナルである東京公演では、ピアノを会場に2台入れて演奏しました。前述の発見された連弾曲は「clair-obscur」だったのですが、これは一人で演奏していた地方ツアーでは演奏できなかった曲なのです。今回のアルバムや公演の方向性を決めてくれた曲ですので、キチンとオリジナル通りに演奏してみようと思ったのです。
――ピアノ自体もこだわって(1台は)アップライトにしていらっしゃるんですね。これは中島さんのアイディアですか?
中島:
いつもお世話になっているピアノの調律師の狩野真さんが酔っ払ったときに出したアイディアだったかと(笑)。 「perpetuum mobile(ペルペトゥーム・モビーレ)」という曲はピアノを5回重ねている多重録音の曲で、コンサートでの再現方法について、狩野さんに相談したところ、 “それならもう1台良いピアノがあるよ!” と提案していただいたようで……。僕はそれが決まった場面は知らないです。
――なかなかアップライト・ピアノとグランド・ピアノでの組み合わせをやっていらっしゃる方少ないですよね。連弾も全くないわけでは無いですが……。
中島:
もしピアノ2台の音色のバランス、音圧とか音量とかを考えたら、この形は無かったと思います。
今回は、例えば『clair-obscur』の楽曲をきちんと再現するためにピアノを2台用意していただいたけれども、せっかくなのでバンドネオンやギターとか弦楽器といった編成で演奏してきた曲を、ピアノ連弾に編曲し直して演奏するのにいい機会だなと思って。
その場合、逆にピアノ2台が全く同じ音色、同じ音質で用意されているより、音色的にカラフルな方が、面白いものができると思ったし、自分にとっても新しい試みだと感じています。
――中島さんは作曲家としてテレビドラマの劇伴にも関わっていらっしゃいます。何の先入観もなしに聴いた時に、空間の広がりを意識されているのかな? と感じたのですが。音自体がクラシックを聴いているというより、空間的に広がりを持たせる間のとりかただとかを意識していらっしゃるのかなと。
中島:
今回は特にそうですね。単に楽曲を伝えるというのではなく、ピアノの音色に、もう一度着目したいと思って制作したアルバムだったので。過去の作品にもその意識はあったと思いますが、今作はスタジオでなく初めてコンサートホールで録音したので、ホールの空間はピアノに一体化している不可欠なものですし、それを音として記録し、部屋で聴いてくださるみなさんにもその空気感を感じてもらいたいなと思います。
――大きめの音量でヘッドフォンで聞くといい感じがしそうですね
中島:
それは嬉しいですね。
――スタジオ録音だとあまり空間的な感じがしないのですが、中島さんは空間的だと思います。テレビの音楽をやって、そういうのを意識したのでしょうか?
中島:
どうでしょうね。自分はあまり意識していなかったというのが正直なところです。テレビドラマや映画の音楽というのは、単に音色や質感の物珍しさに偏りすぎて目立ってしまうと、映像と乖離してしまう部分があるのかなと思っています。ですから、ある意味でニュートラルな視点も必要かと思いますが、そういう点では、今回の『clair-obscur』はそれとは違う方向に向かえたのかなと感じています。
――映画とか大劇場があう感じがしました。スケール感の広いところで演奏しているイメージが浮かぶんです。映像的ということですが。
中島:
なるほど。それはすごく嬉しいです。ただ、自分では映像的なものを想像して曲を書いたりしないです。この風景を描写したいとか、こういう情景に出会ったからこの曲が生まれた、とかは、実はほぼ無いタイプで。音がこう来て、こう繋がっていくと旋律としてハーモニーとして、今の自分にしっくりくるな、と、そういう視点で曲を作ります。
でも、それ故になのか、曲を聴いてくださる人の多くがそのような映像を感じてくれることがあるのは不思議です。不思議で、言い換えればすごく嬉しいです。なぜかというと、その人が見ている映像は、僕は絶対見ることができない、そしてその人にしか見ることのできない映像を見えるように焚き付けたというか、トリガーになれたのだ、と思うととても嬉しいです。
――クラシックってグルーヴ感はありませんよね。なのに中島さんの音楽からは、グルーヴ感というか、中島式グルーヴというようなものを感じます。
中島:
グルーヴやビートを感じる音楽が好きですからね。ダンス・ミュージックとかファンクもめちゃくちゃ好きだったし。今でも好きだし。それこそ昔はクラバーで、毎週踊りに行っていたし、レゲエも好きですし。
――中島さんの音楽からは他のジャンルのものを感じます。ロックだとか、いろんなジャンルのものを感じるんです。
中島:
すごく嬉しいです。 例えば「バンドネオン組曲」(『MELANCOLIA』収録曲)という、弦楽器とバンドネオンによる編成の曲なのですがアルバムの録音で、一番重要視したのはグルーヴだったんです。伴奏の弦楽器は音形的には8分音符の簡単なものですが。
――やっぱりそういう影響ってあるんですね!
中島:
あると思います。自分自身が仮に無意識であっても、例えばギタリストと演奏する、また違う楽器の演奏者と共演する、誰々と一緒に演奏する、というとやっぱりその音色が好きなわけだし、その楽器の持つ音楽的な背景や音色が好きというのもあるのだけど、その楽器の持つピアノとは違ったグルーヴ的なものが好きで、演奏をご一緒にするのをお願いするということも多いですね。単にハーモニーの流れとかメロディの流れというだけではなくて、音楽の流れの一つにグルーヴは重要なものとしてあるのかもしれないです。
――中島さんの音楽に対する姿勢の一端を垣間みれたように思います。今日はありがとうございました。
5th Album 『clair-obscurクレール・オブスキュア』
【収録曲】
01. lost corner
02. perpetuum mobile
03. reflection #1
04. prologue epilogue
05. aria
06. reflection #2
07. clair
08. obscur
All Composed by Nobuyuki Nakajima
【アルバム情報】
中島ノブユキ《clair-obscur》
品番 : XQAW-1106
発売日 : 2014. 2.19
定価 : ¥2,857(税別)
レーベル : SPIRAL RECORDS
関連サイト:
「clair-obscur」特設サイト
http://clair-obscur.jp/
中島ノブユキ(作曲家/ピアニスト)
http://www.nobuyukinakajima.com/
プロフィール:中島ノブユキ
東京とパリで作曲を学ぶ。作・編曲家/ピアニストとして様々なフィールドで活動。菊地成孔、持田香織、畠山美由紀、ゴンチチ、熊谷和徳らの作品に参加する。ソロ・アルバムとして《ETE,Palma》《Passacaille》《MELANCOLIA》《Cancellare》を発表。映画「人間失格」(荒戸源次郎 監督作品)、アニメーション「たまゆら」(佐藤順一 監督作品)の音楽を担当。また「旅のチカラ」(NHK-BSプレミアム)のテーマ音楽を作曲する。近年はJane Birkinのワールドツアー《Jane Birkin sings Serge Gainsbourg via Japan》に音楽監督/ピアニストとして参加、世界数10ヶ国を回る。Jane Birkinと制作した作品《une petite fille》(Jane Birkin + Nobuyuki Nakajima 名義)を2012年8月発表。2013年にはNHK大河ドラマ「八重の桜」の音楽を担当した。
執筆:橋本佳奈
取材コーディネート:丸山順一郎
記事監修:チバヒデトシ
撮影:洲本マサミ・荒田仁史