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ミステリアスなグラフィティの世界に接近 Himbadインタビュー

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2018年9月2日

ミステリアスなグラフィティの世界に接近 Himbadインタビュー


 

ミステリアスなグラフィティの世界に接近 Himbadインタビュー

 

 

ニューヨークへ旅した折、さまざまなアートに出会った。

 

まずはMoMAでアンディ・ウォーホルやジャクソン・ポロックなどのビッグネームたちに挨拶してから、MoMA PS1でフェリックス・ゴンザレス=トレスの作品に対面した。メトロポリタン美術館(MET)でアンドリュー・ボルトンがキュレーションした華麗な展示会場に魅了され、MET分館ではグスタフ・クリムトとエゴン・シーレとパブロ・ピカソが共演しているさまを目の当たりにした。

 

目抜き通りにあるギャラリーのショーウィンドウからはジェフ・クーンズの作品が放つきらめきを垣間見、ビルの奥に潜む隠れ家的なギャラリーでは瞑想を体験しつつ、受付の青年にダミアン・ハーストの作品を見ることができる穴場を教えてもらった。

 

そして、ニューヨークの街を特徴づけるものの一つがグラフィティ(※)だった。路上や壁、信号機や消火栓などあらゆる場所を貪欲に埋め尽くすグラフィティは、記号や文字や具象などさまざまな形を取りながら、気ままで自由なエネルギーを発散していた。まるで多種多様な習慣・文化・価値観が交雑するこの街の生命力を支えているかのように。

 

この度、ガールズアートークでは、グラフィティアーティストのHimbadにインタビューする機会を得た。彼は世界中で活動しており、ニューヨークのグラフィティの街、ブッシュウィックでも描いた経験がある。一般にグラフィティの作家は匿名性が高く、基本的に顔を出すことはないため、なかなか接する機会に恵まれない。今回はそんなミステリアスなグラフィティに接近してみよう。

 

※グラフィティ…塗料を使って街に作品を描く行為や描かれた作品のこと。日本ではグラフィティアートやストリートアートとも呼ばれている。

 

 

 


Himbad。多くのグラフィティアーティスト同様、顔はお見せしていないので、取材を受ける時は顔を団扇で隠している。

 

 

 

アーティストとしての葛藤とグラフィティの喜び

 

 

 

 

 

 

girlsArtalk(以下、gA):アートはどうやって習得したのでしょうか?

 

Himbad(以下、H):マジック・ロック(魔法の石)っていうものを持っていて…。いや、それはもちろん冗談だよ(笑)。僕は子供の頃から絵をたくさん描いていて、周りの子供にライバル心を燃やして絵の競争をするようになったんだ。それでだんだん絵が上達していったかな。

 

 

 

 

 

 

gA:グラフィティは多くの場合、消されてしまう運命にあります。自分の絵が消えてしまうことに葛藤はないのでしょうか。

 

H:メリットとデメリットの両方があるね。メリットとしては、僕は過去の履歴が残らないとうまくなると思っている。あと、後で失敗したと感じる作品に関しては、むしろ他の人が自分の絵の上に重ねて描いてほしい(※)くらいだから、そういう時は消えてしまうのは長所だよね。

 

デメリットは、やっぱり作家としてのエゴはあるから、絵が消えてゼロになると自分もゼロになってしまう点だね。見る人にとって壁の絵が変わるのはいいことなんだろうけど、作家としては自分の絵がいつなくなるか分からないのはフラストレーションなんだ。自分がカゴの中で回し車をくるくるまわしているハムスターみたいだと感じているよ。

 

 

 

※重ねて描く…グラフィティ内の暗黙の了解として、他の人が描いた絵の上に重ねて描くときは、元の絵よりも完成度の高い絵を描かなければならないことになっている。

 

 

 


ニューヨークの3rd Ethos Galleryの外観。ここで個展を行った。

 

 

 

gA:グラフィティはどうやって描いているのでしょうか?

 

H:何も考えずに描き始めるよ。通行人としゃべりながら、アイディアが沸いてくるのを待って、まずは線から描いていくんだ。最初は自信を持って描いているんだけど、時間や他人と闘っているうちに、だんだん自信がなくなってくる。だけど後半になって全体像が見えてくると充実感が出てきて、ダンスのように派手なストロークで描いていくんだ。制約がある時や、禁止されているほどスリルを感じるように思う。

 

 

 


 

 


ロンドン東部のショーディッチにて。梯子などをかけられる場所ではなく、ローラーでの作業となった。

 

 

 

gA:街の壁以外で、描きたい場所やものはありますか。

 

H:カンバスに描くこともあるし、木の上に描くこともあるよ。木材を使う場合、全部板目が違っている等、それぞれの木の性質が僕にテーマを決めさせることもある。例えば年輪が波に見えて、ボートの絵が生まれたりするんだ。木の性質を活かすも無視するも自由で、自然発生的に何かが生まれるのを待って描いている感じかな。

 

 

 

インスピレーションの源と、アイデンティティについて

 

 

 

 

 

 

 

 

gA:好きなアーティストや、描く時によく思い浮かべるモチーフはありますか。

 

H:アーティストは、ヒエロニムス・ボスやアルブレヒト・デューラーが好きだね。絵を描く時は、その時のいたずらっぽい気持ちとか、ファンタジー的なメタファーを入れることもあるし、ギリシャ神話やケルト神話に基づいていることもある。好きな物語は中国の「西遊記」やギリシャの「オデュッセイヤ」、あとは「千夜一夜物語」等だね。漫画から影響を受けているわけではないな。あと、マスク(仮面)に惹かれるね。

 

 

 

 

 

 

gA:マスクに惹かれるというのは、どういうことなのでしょうか?もう少し詳しく教えていただけますか。

 

H:マスクの形や外見に興味があるということではないんだ。外見は、最終的には重要ではないと思っていて、強くて怖そうな人が優しいこともあるし、見た目が美しくても中身が腐っていることもある。僕は自分の顔は絶対に出さないけれど、アイデンティティをさらさないということは、マスクをしていることになるよね。

 

 

 

 

 

 

gA:あなたの作品には、特徴的な猫がしばしば登場します。あの猫はアイデンティティの一部なのでしょうか?

 

 

 


Himbadの作品にしばしば登場する猫。少し毒気があってユーモラス。

 

 

 

H:自分のサインは何種類か持っているよ。僕は自分をグラフィティアーティストだと思ったことはないんだけど、世間の人はそう思っている。グラフィティの世界ではタギング(※)でサインの一部を示すんだけど、何が描いてあるのかを認識してもらえないことがほとんどだから、猫を使っているんだ。

 

僕はサブリミナル広告に興味があって、人間は同じものを数回見ることや、自分だけが知っていると思うことで好きになる瞬間があると思っている。そういう感情に自分の作品を紐づけたいという気持ちがあるな。

 

 

※タギング…作家名や所属団体等を書いたものをタグといい、タグを記す行為をタギングという。作家本人しか読めないタグもしばしば存在する。

 

 

 


TシャツにもHimbadのサインが。漢字とルーン文字を組み合わせているとのこと。

 

 

 

 

 

アートにまつわるメッセージ

 

 

 

gA:絵には何らかのメッセージを込めているのでしょうか。

 

H:僕自身に政治的な意志や意見はあるかもしれないけれど、だからといって嫌いな政治家を描くということはしない。嫌な相手を描くとむしろ彼らが注目されてしまうだろうし、時間の経過と共に自分の意見が変わっていくこともあるからね。あからさまなことはしたくないと思っている。

 

gA:最後に、girlsArtalkの読者に対してメッセージをお願いできますか。

 

H:読者はアート好きな人や、アートをやっている人だよね。アート好きな人には、僕の絵を買ってくれたら嬉しいな(笑)。アート活動をしている人に対しては、作品を作り続けることが大切だということと、「やめろ」という人の言葉には耳を貸すなと伝えたい。

 

gA:どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

質問に対してジョークを交えて語るHimbadは、軽やかで気さくな口調であると共に、真摯さと知的な雰囲気を醸していた。彼の絵には荒々しさと儚さが同居し、迫力がありながらも時に幻想的ですらある。世界中を旅しながら絵を描いているため、各国に友人がいて、別れるとホームシックのような感覚に陥るとのこと。グラフィティは恐らく、アーティストが経験する無数の出会いと別れ、消化しきれない生成と喪失を内含しており、他のジャンルにはない生きた魅力を持っているのだろう。

 

Himbadの発表の場はストリートだけではなく、ギャラリーで個展も開催されており、次回の個展はタイのバンコクだという。また、「SNSのフォローやDMしてくれたらつながることもできるよ」とのことなので、是非フォローいただきたい。

 

 

 

インタビュー/テキスト:中野 昭子
訳:Yuko M
写真:福田 典代

 

 

 

【プロフィール】

Himbad

 

 

神話やファンタジーの要素を含めたユーモラスな題材を現代風に表現したグラフィティを特徴とし、BBCドキュメンタリーの “History of Graffiti”にも取り上げられるなど、第一線で活躍している。 多くのアーティストとコラボレーションや友情でつながっており、世界で最も有名なグラフィティアーティストの一人であるBanksyは、彼について“Himbad is like a Shepard fairey that can actually draw ” と語り、グラフィティを描きながら自らギャラリーも経営するD*Faceは“I think Banksy wishes he could be Himbad “と述べた。 近年のキャリアとしては、2017年にロンドンでの個展に成功、テート・モダンのグループ展等にも参加している。2018年はイビザ島やドイツ、日本等で活動し、ニューヨークの3RD ETHOS Galleryで個展を開催。今後はタイのバンコクでの個展が決定している。

 

Instagram: https://www.instagram.com/himbad/
Twitter: https://twitter.com/himbad
Facebook: https://www.facebook.com/himbadunlimited/

 

 
【個展情報】
会期:2018年11月15日~※詳細未定
会場:Graffik Gallery Bangkok 
住所:83/5 Ekkamai Soi 21, Thonglor, Bangkok
ホームページ:https://graffikgallery.co.uk/
Instagram:https://www.instagram.com/graffikgallery/

 

 

 

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Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。