以前本誌に掲載した第28回東京国際映画祭の注目作品『下衆の愛』が、4月2日(土)からテアトル新宿で公開を迎えた。
主演は2015年には10本もの出演作が立て続けに公開され、今季フジテレビ系月9ドラマ『ラヴソング』出演の
渋川清彦さん。2月のロッテルダム映画祭での上映は来場者で溢れ、好評を博した。
これからイタリアや台湾など様々な海外の映画祭でも上映が決定されている本作について、内田英治監督と
渋川清彦さんにお話を伺った。
girls Artalk :
撮影時期と期間はどのくらいだったのでしょうか?
内田監督:
ちょうど1年ぐらい前でした、期間はスーパータイト…9日間です。
girls Artalk :
とても短い撮影期間ですが、どのような工夫をされましたか?
内田監督:
事前準備もそうですが照明や撮り方に工夫を凝らしました。
スタッフを少なくすると作品に粗が出ると言われているのですが、そこはロケハンの時点で明るいところを
おさえたり、照明器具に使われる配線を少なくしたりと、時間を短縮させる試みで少人数で挑みました。
girls Artalk :
かなり効率よく撮影が進められていたとお聞きしました。
「ワンテイクで無駄がない」とプロデューサーのアダム氏もおっしゃっていましたが、
現場はどのような雰囲気でしたか?
渋川清彦さん:
監督やプロデューサーがいい空気を作ってくれたので淡々と楽しむことができました。
girls Artalk :
どこまでがアドリブなんでしょうか?渋川さんのオリジナリティーが気になります(笑)
内田監督:
僕、アドリブ大好きだからね。
girls Artalk :
例えばテツオの妹と彼氏がいちゃついているところにテツオが出くわすシーンですが、コーヒーを
わざわざ高い位置から注ぎ込んですぐには立ち去らないあの様子、何度見ても笑ってしまいます。
渋川清彦さん:
「コーヒーを取りに行く」設定は脚本に書かれていますが、高い位置からコーヒーを注いだ演技は
役者のエゴですね…自分でもどうしてやったのかは分かりませんけど(笑)
内田監督:
コーヒーが床にだだ漏れで…その後、必死に制作部が拭いていました(笑)
girls Artalk :
ミナミが激昂するシーンもワンテイクでの撮影ですか?女性には印象に残るシーンのようにも思います。
内田監督:
あのシーンはそうですね…あの時の津田寛治さんは嬉しそうだったな(笑)
渋川清彦さん:
きっと、津田さんの中にそういう節があるんでしょうね(笑)
内田監督:
津田さんは汚れ役でも全然嫌そうじゃないんですよね。
むしろ、率先して演出に「足とかこういう風に舐めて…」と前向きに提案してくれたり。
渋川清彦さん:
相当ドMな気がします(笑)
©Third Window Filmes
girls Artalk :
渋川さんにはどのような演出をされましたか?
内田監督:
渋川さんは渋川清彦という”ブランド”が既に存在しているのですが、
その”ブランド”として撮るのではなく”超役者”として撮りたかったんです。
渋川清彦さん:
それ…今言われて思い出しました。
でも現場では何がどうと具体的なことを言われた訳ではないですが(笑)
girls Artalk :
スポーツ紙などには『業界の内情を描いた!』みたいに取り上げられていますが、デフォルメして茶化
しているようにも見受けられました。稽古風景のシーンも映像現場ではあまり見かけないものですよね。
内田監督:
あれは本当にあった稽古のやり方を聞いて脚本に組み込みました。どちらかというと舞台のような…
渋川清彦さん:
そのへんは組み合わせてますよね。…映画も撮っているんだけど芝居に近いような感じで
ユニットで活動している、みたいな設定で…そういうユニットあまりないですが。
内田監督:
少数ですけど、実際、俳優、スタッフ、プロデューサー、監督と、一体となって活動している
集団もインディーズではいますよ。
girls Artalk :
テツオが敬愛し、ポスターに向かって拝んでいる監督はジョン・カサヴェテスですよね?監督はお好きなんですか?
内田監督:
いいえ、全然好きではありません(笑)一応、インディーズ映画の父なんで。
渋川清彦さん:
俺、ジョン・カサヴェテスのボックス持っているんですけど…細かいところまで見れていない自分がいますね。
彼の作品で『アメリカの影』とかは好きです。
そう言えば、内田さんが「キャスティングした時点で演出の80%は終わった。」って言っていましたよね。
内田監督:
僕は自分の映画は脚本とキャスティングを手がけるのですが、キャスティング選びで演出の80%は
終わったと思っています。
その代わり時間をかけて慎重に選ぶんですけど…キャスティング権がない作品が続いたときに、
あまりにも脚本とイメージが違って撮っていても「あれ?!!」ってことが多かったんです。
昔、渋川清彦さんと初めて仕事した時は彼、警官役で…浮いちゃうんですよね(笑)
その経験から脚本と俳優のテイストの統一はしないといけないものだと学びました。
girls Artalk :
そうなんですね(笑)
本作の女優探しは結構大変だったのではないですか?
内田監督:
そうですね…最初に書いた脚本はもっとハードコアなものでした。
現場で裸が見えないように隠したり制限されるのは嫌なので、脱ぐか脱がないかの判断は
現場でするかもしれないから“最大限ができる人”というハードルを設けました。
女優からすると「私…何させられるんだろう…」と結構断られて大変でした。
こちらとしては無意味にエロや裸が欲しいわけではありません。
裸がなくても充分エロスは表現できますしね。内田慈ちゃんは表情だけで色気が出せる女優ですし。
©Third Window Filmes
girls Artalk :
今回、渋川さんは映画監督という役柄を演じられましたがどういう監督がお好きですか?
渋川清彦さん:
ジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキとか作品に自分の色がちゃんと出ている人が 好きですね。
girls Artalk :
また、渋川さんにとって内田監督はどのような監督でしょうか?
渋川清彦さん:
自分で企画を立ち上げる行動力があり、現場での判断も的確に出来る方だなって思います。
girls Artalk :
渋川さんは音楽をやられていて、もともと音楽もお好きなんですよね。
渋川清彦さん:
そうですね。
本作ではT字路sが主題歌とエンディングを歌ってくれたのが嬉しかったです。
もともと自分の知っているアーティストではあったんですが…内田さんに「何かカッコイイのない?」って
言われたことから…彼らのLIVEに内田さんを連れて行ったら反応してくれたんです。
内田監督:
そう、それがキッカケで本編に使用させていただきました。
渋川清彦さん:
もう最高ですよ!『下衆の愛』でいわゆる俺が好きな映画のイメージが実現できた!
冒頭のタイトルバックでぼーっとただタバコを吸うシーンにT字路sのカッコイイ音楽が流れて…
俺が憧れ、イメージしていた、”映画”という感じがそこで表現されているんです。
それを自分が体現できてとても嬉しかったです。
girls Artalk :
2015年には10本ほど出演作が公開されていますが、役づくりはどのようにされていますか?
渋川清彦さん:
あまり役づくりというアプローチはしません。
芝居をやっていて”台詞”を追っかけているうちに”その役”になっている気がします。
台詞に乗っかっていく感じで。
その”台詞”の言い回しを変えると自分っぽくなるし…表面的な肉体改造となれば話は別ですけどね。
girls Artalk :
現場を離れるとスルリと役が抜けるタイプでいらっしゃいますか?
役者の中には憑依型というか…現場が終わっても役を引きずって苦しむ方もいらっしゃいますが。
渋川清彦さん:
俺は終わって引きずることはあまりないかな…憑依型の人間ではなくても現場で追い込まれて役が
憑依することもありますし、監督も役者を見込んで、わざと追い込む場合もありますからね。
撮影の環境によるところも大きいようにも思います。内田さんの現場には今まで憑依型の役者はいました?
内田監督:
生まれ持った才能の部分もありますからね。
役柄になって帰ってこないという問題もありますから、憑依すればいいってものでもないですし…
もともとエチュードとか精神療法の一環だったりもするので危険ではあります。
昔の現場のエピソードですが…リハーサルで憑依して本番何もできないっていうのはありました。
あの時はすごくムカついたな…プロじゃないじゃん?!って(笑)
girls Artalk :
本番で発揮してくれないのはすごく困りますね(笑)
それでは内田さんに質問です。
ライターを経て脚本家を経ていきなり監督というご経歴ですが、どのように監督になられたのでしょうか?
内田監督:
詐欺ですね(笑)
girls Artalk :
えっ?!詐欺っ!!
内田監督:
最初の作品では村上龍さんの私物である16mmカメラを使って撮ったんですが…「監督、長回し好きですね。」とか
言われるんだけど、ただ単にカット割りの仕方が分からなかったんですよね。
初日のワンカット目にカメラマンから「カットやリテイクの理由を言ってくれないと回せない。」と言われ、
慌てて『映画監督技術』という本を購入し、その夜に読みました(笑)
それからは技術が必要だと感じて何でもやろう!と…お陰様で現場でスキルはつきましたが、
背中に十字架をたくさん背負っています(笑) 撮りたい作品をこれからもどんどん作っていきます。
本作を手がけた内田監督と主演をつとめた渋川さんに、現場での様子や作品の演出、キャストについて伺った。
インタビューは和やかな雰囲気で会話が弾み…オランダで開催されたロッテルダム映画祭の話題に及んだ。
girls Artalk :
2月のロッテルダム映画祭での様子や反応はいかがでしたか?
国内と比較して意外な反応もあれば教えて下さい。
内田監督:
500-600人ほど入る会場で4回もの上映。どの回ともに満席で賑わっていました。
映画祭へはヨーロッパ中から純粋な映画好きが集まり、一週間で30万人の動員と言われています。
映画関係者の割合は少数で映画ファンの熱気がすごくて。作品に対しては、国内と笑うポイントが違いましたね。
girls Artalk :
例えば、どのようなシーンで違いがありましたか?
内田監督:
渋川清彦さん演じる映画監督・テツオが細田善彦さん演じるマモルのお金(1万円札)を何の悪気もなくくすねる
シーンですね。日本ではクスクス程度の笑いだったのですが、ロッテルダムだと大きな笑いが沸き起こりました。
それから、ラストシーンですね。
渋川清彦さん:
あと、日本だとしんみりしちゃうシーンがドカンと笑いの渦が巻き起こったり…。
内田監督:
そう、ドッカンドッカン。ヨーロッパの人たちはブラックジョークを好む傾向にあります。
その上、日本と真逆で作り上げていくメロドラマを嫌うんですよ。
アメリカだと吉本的な笑いを好むので、また反応が違うものになると思います。
girls Artalk :
女性からの反応はいかがでしたか?
内田監督:
ウーマンリヴのメッカなので非常に心配はしていたんですが大丈夫でした。
そこに対して意外に好意的で驚いたぐらいです(笑)
girls Artalk :
観客との交流は盛んでしたか?
内田監督:
はい。日本人はシャイなので東京国際映画祭もお客さんは大人しかったですが、
ロッテルダムではトイレでも握手を求めてきたり…その状況では握手したくないですけど(笑)
作品に対して「いい!」と思ってくれている人はジェスチャーでサインを送ってきてくれたり…
海外の人は何かしら僕らに意思表示して伝えようとしてくれます。
girls Artalk:
素敵ですね!映画祭での様子を聞き、こちらも胸が熱くなります。
それでは、最後に、20-30代の女性読者に向けて、見どころやメッセージをお願いいたします。
渋川清彦さん:
キャスティングがとても絶妙なので…みんな、癖があって引っかかるものが必ずあると思います。
綺麗や可愛いだけを追い求めるのではなく、その個性に注目して俳優の演技を見て欲しいです。
業界内の話ですけど…ファンタジーとして見て頂けると幸いです。
内田監督:
注目ポイントが2つあるんですけど…1つは女性にとってはパワハラ、セクハラ、
オンパレードなのでハードな内容だと思うんですがそこを描きたかったわけではなく(笑)
ミナミというヒロインがジャングルみたいな映画の世界で女優として這い上がっていく過程を描いているので…
その強い女性像を見てほしいです。
もう1つはキャスティングにこだわったので、役者、一人、一人に目を向けてほしいです。
例えば、渋川さんは雰囲気重視の俳優に見えますが、めちゃめちゃオールドタイプだったりします。
本を読み込み、色々なアイディアを持ってる、いわば昭和の役者のようで。
ひとりひとりの演技が光っているので見逃さずに捉えてほしいです。
「もう最高ですよ」と顔をほころばせ、本作の魅力と映画への積年の想いが結実した喜びを語ってくださった
渋川さんの笑顔が印象的だった。
欲望渦巻く映画界をユーモアたっぷりに描いた内田監督の素顔はいたって紳士でオープン、フレンドリーな方だ。
終始笑いの絶えないインタビューとなった。
期間中は豪華ゲストを招いてのトークショーも開催される。
劇場に赴いて下衆な人間たちのそれでもひたすら無垢な映画愛を確かめてほしい。
やむにやまれず何かに身を捧げる人間の姿はやっぱりいいものだ。厳しい局面に立たされた時、
真剣勝負で挑むそれぞれの登場人物の表情にも注目したい。
文:小川仁美 写真:新麻記子
【情報】
『下衆の愛』
4月2日公開
監督・脚本:内田英治
主演:渋川清彦
出演:岡野真也 でんでん 細野善彦 内田慈
配給:THIRD WINDOW FILMS
公式HP: http://www.gesunoai.com
【作品予告】
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【後編】傑作映画とともに振り返る!第28回東京国際映画祭レポート
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