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記憶と歴史をたぐる旅 — フィオナ・タン まなざしの詩学

NEWS

2014年8月13日

記憶と歴史をたぐる旅 — フィオナ・タン まなざしの詩学


記憶と歴史をたぐる旅 — フィオナ・タン まなざしの詩学

 

 

改装休館を目前に控えた東京都写真美術館(東京・恵比寿)において開催中の、世界的な映像作家であるフィオナ・タンを迎えた『フィオナ・タン まなざしの詩学』展のプレス内覧会および記者発表会に行ってきました。本展は、東京において初のフィオナ・タンの大規模個展であり、本邦初公開となる代表作「ディスオリエント」(2009)をはじめ、近年の作品10点が一度に鑑賞できる貴重な機会となっています。

 

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『フィオナ・タン まなざしの詩学』は東京都写真美術館で開催中

 

 

フィオナ・タンは、既存の古い映像や写真などを題材とし、作品を通じて自身や社会的集団の記憶や記録をめぐる問題を考察し、写真や映像という記録メディアとは何なのかという根源的な問いを冷静に投げかけてきました。また、過去には、オーストラリア人の母と中国系の父の間にインドネシアで生まれ、オーストラリアで幼年時代を過ごした後にヨーロッパに移住するという自身の多様なバックグラウンドからの経験や故縁が反映された独自性の高い作品を発表し、高い評価を得ています。

 

 

展示会場は、同館2Fの展示スペースと1Fのホールでの長編作品上映で構成されており、映像作品をじっくり鑑賞できるように配慮されています。

 

 2008-08-14, Portret van Fiona Tan, Kunstenaar, fotograaf Marieke Wijntjes

フィオナ・タン ©Marieke Wijntjes

 

 

旅、まなざしから知るフィオナ・タンという人

 

フィオナがヴェネチア・ビエンナーレ(2009年)で、オランダ代表作家としてオランダ館で上映した作品「ディスオリエント」(2009)の、五感に響くスケールの大きな展示は圧巻です。向かい合わせの壁に互い違いに2つのスクリーンが配置され、観客は暗闇の中、その対角線上に配置されたビーズクッションにゆったりと体を沈めます。そして、それぞれのスクリーンに映し出される極彩色の風景や物事の画像を見ながら同時にマルコ・ポーロの「東方見聞録」から抜粋されたナレーション(日本語)を聞きながらポーロの旅を視覚的に共に辿る、というめくるめく体験ができます。

 

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〈ディスオリエント〉 HDヴィデオ・インスタレーション(2009)
Courtesy of the Frith Street Gallery, London; Wako Works of Art, Tokyo

 

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ヴェネツィア・ヴィエンナーレ2009オランダ館の展示より。
Courtesy of the Frith Street Gallery, London; Wako Works of Art, Tokyo

 

 

この鑑賞体験はまさに、作品のタイトルが意味する、非・東洋化と方向感覚を失っていくディスオリエント(Disorient)体験と言えるのではないでしょうか。フィオナ自身は、初めて東方見聞録を読んだ際、「IKEAのカタログから家具を選ぶように、旅のエピソードを並列化して経験を語るポーロの現代的な世界観に大変驚くとともに、この作品制作の着想の一端を得た」とのことでした。

 

 

もう一つの日本初公開作品となる「プロヴィナンス」(2008)は、伝統的なオランダ肖像絵画をお手本にしたような、モノクロ映像版の肖像画とも言える意欲作です。この作品を通じてフィオナは、「伝統的な肖像絵画では画家の身近な人々を題材として描いていたのに倣って、(私自身の)息子や義理の母といった近しい人々の肖像を絵画のように映像で日常的な生活風景と共に緻密な構図におさめました。絵画と同じ形式で展示することにより、時間を超越し、写真で絵画のような鑑賞体験を構築できるかを試したかったのです」としています。

 

 

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〈プロヴィナンス〉 ディジタル・インスタレーション(2008)

Courtesy of the Frith Street Gallery, London; Wako Works of Art, Tokyo

 

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〈プロヴィナンス〉 ディジタル・インスタレーション(2008) Photo by Per Kristiansen
Courtesy of the Frith Street Gallery, London; Wako Works of Art, Tokyo

 

 

フィオナを囲むアムステルダムの人々が投げかけるまなざしを、じっくりとベンチに腰かけて鑑賞していると、それぞれの人物がたどってきた人生や生活に想いを馳せ、これらの人物との繋がりを持つフィオナ自身の人物像が浮き彫りになってくるようです。ちなみに、作品資料によるとタイトルの「Provenance」という言葉は、美術作品の出所や由来を示す用語であり、アジア、オセアニアそしてヨーロッパの国々で暮らして来た彼女自身の「来歴」とも共鳴していると言えます。

 

 

 

美術館で美術館を考える新たな試み

 

本展の濃密な鑑賞体験の最後を飾るのは、2F展示の最後に設置された、展示作品中の最新作となる「インベントリー」(2012)です。この作品は、長い壁一面に6つの大きさの異なるスクリーンが配置され、それぞれに古代ローマ時代を彷彿させるオブジェや彫刻、柱などを投影しています。今回の展示の中で、彼女の映像という手法を通してアート全体に対して大きな問いを投げかける真摯な姿勢、映像メディアに対する深い理解と技術、そして忍耐を一番深く感じさせる作品でした。

 

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〈インベントリー〉 HD&ヴィデオ・インスタレーション(2012)
Courtesy of the Frith Street Gallery, London; Wako Works of Art, Tokyo

 

この作品は、6つの異なる技術を使った6台のカメラを駆使し、自然光のみを利用して、ロンドンにあるサージョン・ソーンミュージアムの内部を撮影したものです。ジョン・ソーン卿は18世紀の英国新古典主義を代表する建築家で、骨董品や考古学資源の稀代の収集家であり、増築、改築マニアでもありました。自身の遺言により死後、美術館として公開されている邸宅は、Cabinets of curiosities*=驚異の部屋、を体現した建築家の意匠にあふれたとても個性的な美術館です。

 

 

フィオナは、ジョン・ソーン卿が集めたオブジェや建築物を、35ミリ、16ミリ、スーパー8、8ミリ、デジタルビデオ、ビデオ8という6種の異なるメディアを、振付師のように振付けて記録したと解説しています。この作品は、美術館という、収集したオブジェクトを鑑賞させる、比較的新しい公共性を帯びた場所、および収集、記録して展示をするという行為そのものをテーマとした作品です。ソーン卿が生前情熱を持って集めたオブジェクトはすべて命を持たないモノの集合体でありながら現在を生きる人間の眼差しに晒され、時には記録されます。この意義や歴史的な特殊性について考えさせられる作品です。

 

 

以前、このサージョン・ソーンミュージアムを訪れた際に、ありふれた貴族の邸宅のような内部が混沌としたオブジェに溢れているのに驚き、美術館という場所の黎明期を記録した美術館学的にも重要な建築であることを知りました。今回、この美術館に、フィオナの作品を通じて、思いがけず再会できたことに、感慨とともに、フィオナの選択眼の確かさに脱帽しました。

 

 

本展覧会は、何よりも研ぎ澄まされたフィオナの作品に対する覚悟や哲学がほどよい緊張感をもって会場全体から感じられます。また、作品それぞれに映し出されている対象の興味深さや目新しさもさることながら、映像作品を美術館で鑑賞するという行為や自分がスクリーンや画面に眼差しを向けるという行為自体が作品を補完させるということを常に意識させられる内容となって興味深いです。今の時代を共に生きるフィオナ・タンという表現の先駆者の軌跡をたどりつつ自身の来歴や記憶の記録ありようについて考えてみてはいかがでしょうか。

 

 

現在、東京では本展をはじめ、六本木のギャラリー、WAKO WORKS OF ART(ワコウ・ワークス・オブ・アート)において個展「Nellie」を開催中です。また、森美術館で開催中の「ゴー・ビトウィーンズ展」においてフィオナ・タンの作品が出展されています。さらに2015年に開催を予定しているIZU PHOTO MUSEUMでは、フィオナが企画している「富士山との上昇(Ascent with Fuji)」と題した新作の映像作品において、みなさんの富士山写真を求めています。富士山の写真を寄せ集めたプロジェクション作品となる予定です。

 

 

フィオナ・タン まなざしの詩学

東京都写真美術館

http://syabi.com/contents/exhibition/topic-2248.html

 

会期:2014年7月19日(土) – 9月23日(火祝) 月休(ただし祝日の場合は翌休)

時間:10:00 – 18:00(木金20:00まで)

入場料:一般900円、学生800円、中高生・65歳以上700円

 

Fiona Tan ”Nellie”

ワコウ・ワークス・オブ・アート

http://www.wako-art.jp/top.php

 

ゴー・ビトウィーンズ展

森美術館

http://www.mori.art.museum/contents/go_betweens/index.html

 

FIONA TAN MT. FUJI PROJECT

IZU PHOTO MUSEUM

http://www.izuphotoproject-fionatan.jp

 

*Cabinet of curiosities

http://ja.wikipedia.org/wiki/驚異の部屋

直訳「驚異の部屋」とは主に、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパで作られていた、世界中の珍品や貴重品を集めた博物陳列室および陳列棚のことです。現在の美術館や博物館の前身となったと言われています。 

 

 

執筆:ソウダミオ

記事監修:チバヒデトシ