feature

歴史や記憶に意識を向け、「HUMANITY」を深く考察する 『KYOTOGRAPHIE 2025』

NEWS

2025年5月22日

歴史や記憶に意識を向け、「HUMANITY」を深く考察する 『KYOTOGRAPHIE 2025』


2025年4月12日(土)~5月11日(日)の期間、京都にて『KYOTOGRAPHIE 2025』(KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025)が開催されました。

 

2013年の第1回から2025年の今年まで続く「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は、文化の発信地である京都が最も美しくなる春に開催される写真祭。歴史ある建物やモダンな建築の魅力を生かしながら、日本ではまだ紹介されていない作家や作品などを広く展覧する写真祭として注目されてきました。

 

そんなKYOTOGRAPHIEの2025年におけるテーマは「HUMANITY」。人間が持つ様々な力に注目しながら、日本と西欧諸国の文化的視点の相違を探り、人々の営みの複雑さを浮かび上がらせる内容です。以下、印象に残った展示をご紹介します。

 

土地の歴史とそこで生きる人々の姿を示す

 

京都駅ビル北側通路壁面と京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)& 1Fで開催されていたのは、フランス人アーティスト・JRの展示です。

 

パレスチナとイスラエルの間の壁に貼られた両国の同業者の写真作品など、政治や信条を超えた人間性を問いかけてきたJR。2011年の東日本大震災後に東北へ来訪して被災地の人々のポートレートを撮影、その写真は住民たちの手で東北各所に掲示されました。

 

JRは今回、京都市内の8カ所に仮設のスタジオを設営し、505名のポートレートを撮影しつつ彼らが語るストーリーを録音しました。舞妓や茶人、僧侶や職人、ドラァグクイーンといった人々が京都の様々な時代の建物を背景にコラージュされ、「JR クロニクル京都 2024」として京都駅ビルに集結しました。

 

JR「JR クロニクル京都 2024」京都駅ビル北側通路壁面

 

京都新聞を会場とした「Printing the Chronicles of Kyoto」では、他都市で制作された「クロニクル」シリーズの作品と京都で撮影したポートレートの切り抜きが新聞に登場。昔の印刷工場という場所を生かした作品は、時代を超えた京都の姿を示しているようでした。

 

JR「Printing the Chronicles of Kyoto」京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)& 1F

 

八竹庵(旧川崎家住宅)では、パレスチナ系アメリカ人であるアダム・ルハナの「The Logic of Truth」が展示されました。

 

アダム・ルハナ「The Logic of Truth」八竹庵(旧川崎家住宅)

 

撮影の舞台になっているのは、主に現代のパレスチナ。老人や子どもたちの集まり、家族の憩いなどと共に軍事占領下の現実が捉えられています。人々の生活は力強くて美しく、メディアなどで広く紹介されがちなイメージとは異なるパレスチナの日常を示していました。

 

アダム・ルハナ「The Logic of Truth」八竹庵(旧川崎家住宅)

 

既存の価値観や文化の記憶に意識を向ける

 

プシュパマラ・Nは、インドのバンガロール(現ベンガルール)を拠点に多様な分野で活動するアーティスト。彫刻家として活動を始め、次第に多様な役に扮して物語を作り上げるフォト・パフォーマンスやステージド・フォトの創作を行うようになりました。

 

プシュパマラ・N「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」 Presented by CHANEL Nexus Hall  京都文化博物館 別館

 

「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega~The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」展では、近年テート・モダンで展示された「The Arrival of Vasco da Gama」をはじめとする作品が紹介。作家自身が歴史や神話の登場人物に扮し、文化や国家が持つ記憶がどのように形成されたのかを物語る写真が、京都文化博物館 別館の歴史ある空間でダイナミックに展示されました。
なお、6月27日から8月17日まで、東京、銀座のシャネル・ネクサス・ホールで、同作家の初期の作品シリーズが紹介されます。

 

プシュパマラ・N「Dressing Up: Pushpamala N Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama」 Presented by CHANEL Nexus Hall 京都文化博物館 別館

 

コートジボワールで育ったレティシア・キイの展示「LOVE & JUSTICE」はカラフルで生命力に溢れ、とりわけ彫刻のように豊かな表現力を持つ髪が印象的です。

 

レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」 Supported by Cheerio ASPHODEL

 

作家はかつて、まっすぐな髪や明るい色の肌が望ましいとされる美意識に影響されていましたが、植民地支配以前のアフリカの女性たちの髪型の写真を目にし、その素晴らしさや意味の深さを知り、自らの髪で自己表現や文化的な歴史を表現するようになります。作品は祇園のASPHODELで展示されました。出町桝形商店街 DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Spaceでは、12月に京都で滞在制作した作品も展示されました。

 

レティシア・キイ「LOVE & JUSTICE」 Supported by Cheerio ASPHODEL

 

嶋臺(しまだい)ギャラリーでは、リー・シュルマン & オマー・ヴィクター・ディオプによる「The Anonymous Project presents Being There」が展示されました。

 

リー・シュルマン & オマー・ヴィクター・ディオプ「The Anonymous Project presents Being There」 Supported by agnès b. 嶋臺(しまだい)ギャラリー

 

一見親密に見えるスナップショットは、実は公民権運動真っ只中だった1950年代~1960年代の北米で撮影された写真に、本来は写っていない黒人の姿を紛れ込ませたもの。当時の様子を一部再現した会場で見る作品は、不穏でありながらどことなくユーモラスで、人種差別という根深い問題への深い問いと対話を促すようでした。

 

リー・シュルマン & オマー・ヴィクター・ディオプ「The Anonymous Project presents Being There」 Supported by agnès b. 嶋臺(しまだい)ギャラリー

 

自然を被写体にしつつ多様なアプローチを行う

 

Ruinart Japan Awardを受賞した𠮷田多麻希は、フランス・シャンパーニュ地方のルイナールのアーティスト・イン・レジデンスとして滞在、その土地に刻まれた記憶を探りました。

 

𠮷田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 Presented by Ruinart TIME’S

 

安藤忠雄の設計によるビル、TIME’Sで展覧された「土を継ぐ—Echoes from the Soil」は、記憶を継承する層である土に着目した「土の部屋」と、滞在地の森の奥で佇む鹿や空を舞う鳥などを捉えて自然由来の素材である和紙に封じ込めた「再生の部屋」で構成されます。
写真を記録としてのみならず、時の中で変化し続けるものとして捉えなおして制作された作品は、土や土が支える事物、そしてそこに流れる記憶が未来へと通じていくさまを示すようでした。

 

𠮷田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 Presented by Ruinart TIME’S

 

建仁寺の両足院で開催されたエリック・ポワトヴァンの「両忘—The Space Between」では、直立する植物や少年、果実や頭蓋骨を並べたヴァニタスなどをモチーフとする作品が展覧されました。

 

エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between」 Presented by Van Cleef & Arpels 両足院

 

タイトルになっている「両忘」とは禅語で、物事の二面性や対立を忘れること。日本建築の襖や壁、床などを利用して示された作品は、被写体を極めて緻密に捉えており、ゆったりとした時が流れる建物の庭や外界とは隔絶された、独自の美的な時空間をつくりだしました。

 

エリック・ポワトヴァン「両忘—The Space Between」 Presented by Van Cleef & Arpels 両足院

 

今回ご紹介した作家や作品の他にも、観光地に溢れる観光客をシニカルかつユーモラスに捉えたマーティン・パーの「Small World」、母の死を、母の手紙や布をまとって揺らめく像やアイルランドの哀歌を取り入れたサウンドなどで示すイーモン・ドイルの「K」など、多様な作品が展示されていました。

 

マーティン・パー「Small World」 In collaboration with Magnum Photos TIME’S

 

イーモン・ドイル「K」 With the support of the Government of Ireland 東本願寺 大玄関

 

会場と作品が強く結びつき、常に気づきと発見がある「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。来年以降も楽しみにしたいと思います。

 

 

文・写真=中野昭子

 

 

【展覧会概要】※終了しました

KYOTOGRAPHIE 京都国際芸術祭 2025

会期|2025年4月12日(土)〜2025年5月11日(日)

会場|京都文化博物館 別館、誉田屋源兵衛 竹院の間、京都新聞ビル地下1階(印刷工場跡)・1階、京都市美術館 別館、両足院、京都駅ビル北側通路壁面、くろちく万蔵ビル、ASPHODEL、八竹庵(旧川崎家住宅)、ギャラリー素形、出町桝形商店街、DELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space、嶋臺(しまだい)ギャラリー、TIME’S

料金|[Eパスポート]一般 5800円 / 学生 3000円、[単館チケット]一般 600〜1500円

https://www.kyotographie.jp/



Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

フリーランスのライター。

休日は美術館か映画館か図書館か書店にいることが多い。

アート・デザイン・ファッションといったクリエイティブや、それらを支えてくださる人・コト・モノを、伝わる言葉でより深くお届けしたいと思っている。