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田名網敬一、生前最後の展覧会「田名網敬一 記憶の冒険」

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2024年9月22日

田名網敬一、生前最後の展覧会「田名網敬一 記憶の冒険」


田名網敬一、生前最後の展覧会「田名網敬一 記憶の冒険」

 

田名網敬一、初の大規模回顧展「田名網敬一  記憶の冒険」が、東京・六本木の国立新美術館で11月11日(月)まで開催されている。田名網敬一の初の大規模回顧展であるとともに、遺作展ともなってしまった本展。新作含む約500点が展示され、圧倒的なパワーを感じることができる。

 

田名網敬一は1936年東京生まれ、武蔵野美術大学卒業。在学中にデザイナーとしてデビューし、75年には日本版月刊『PLAYBOY』の初代アートディレクターを務めるなど早くから雑誌や広告始め日本のアンダーグラウンドなアートシーンを牽引してきた。また60年代からはデザイナーとして培った経験を駆使し、絵画、コラージュ、立体作品、アニメーション、インスタレーションなどを制作。展覧会が始まって間も無い2024年8月9日に88歳で他界。

 

本展はアートディレクター、グラフィックデザイナー、映像作家など、幅広いジャンルを横断した創作活動を完全時系列ではなくテーマごとに展示室が分かれている構成となっている。入ってすぐのプロローグ『俗と聖の境界にある橋』では新作の≪百橋図≫(2024年)というタイトルの屏風とプロジェクションマッピングを使った太鼓橋が田名網ワールドに入る入り口のようで期待を高まらせる。

 

≪百橋図≫(2024年)「田名網敬一 記憶の冒険」国立新美術館 2024年 展示風景
撮影:山本倫子 ©Keiichi Tanaami / Courtesy of NANZUKA

 

田名網敬一の作品で度々扱われるモチーフのひとつである“太鼓橋”。幼少期に父と見たというタイトルも内容も忘れてしまった時代劇の中の一齣で太鼓橋の上に白目をむいたさらし首が置かれていたシーンが、モノクロだったはずにも関わらず鮮明に赤い血の印象と共に脳内に刻まれているという。また、その昔橋の下には「とにかく違った世界がある」という通説があったことから死との結びつきも強いアイテムだと考えている。この新作では北斎が描く異色の鳥瞰図の一枚、『諸国名橋一覧(百橋一覧)』(1823年)が制作のヒントになっている。

 

「田名網敬一  記憶の冒険」国立新美術館2024年<第1章NO MORE WAR>展示風景

 

第1章NO MORE WARは1960年代臭が強くする展示室である。幼少期に経験した第二次世界大戦が色濃く焼き付けた“死のイメージ”は現在に至るまで田名網作品に大きな影響を与え続けており、“NO MORE WAR”とストレートに描かれた作品シリーズも。しかし展示室全体は明るい印象で、子供時代にハリウッド映画やアメリカンコミックスなどのアメリカ文化や少年漫画に熱中し自らも高校時代から絵の才能を開花させていった田名網敬一がアンディ・ウォーホルのジャンル横断的な発想に影響を受け、複製されることで広がりを持つ印刷物という作品形式に興味を持ったことがよくわかる作品群が展示されている。

 

<第1章NO MORE WAR>展示風景

 

また、田名網敬一の重要なモチーフの一つである金魚が初めて登場した≪Gold Fish≫(1975年)も展示されている。

 

<第1章NO MORE WAR>展示風景、≪Gold Fish≫(1975年)は写真中央

 

続く第2章はフリーのグラフィックデザイナーとなり女性誌や音楽雑誌を手掛ける中で1969年には過度に情報があふれるようになった社会の行く末を予見したようなアーティストブック≪虚像未来図鑑≫を出版していることから本のタイトルがそのまま章のタイトルにもなっている。1975年には日本版月刊『PLAY BOY』の初代アートディレクターに就任し、テキスト、写真、イラストレーションの三位一体という方向性を提案した創刊号は即日完売するほどの成功を収める。また、グラフィックデザインの仕事に忙殺される傍らで1967年ごろから個人的な楽しみとしてコラージュ作品を制作していたようでその数は300点以上にのぼるという中から50点以上を本展で見ることができる。

 

≪Untitled≫(Collagebook9_ 18)(1973年頃)

 

第3章アニメーションには幼少期に田名網敬一が目黒の家の近くにある映画館に毎日通うほど映画に魅了され学んだという映像作品が上映されていた。座って鑑賞できるのでここで一息ついてから次の第4章人工の楽園に入ると今度はがらりと雰囲気が変わる。

 

田名網が1980年に中国に旅行した際に見た自然に感動し、古代中国の不老不死を願う神仙思想やアジアの民衆文化に興味を持つようになったことや、その翌年多忙が祟って結核を患い4か月近く入院し生死をさまよう中で薬の強い副作用によりみた幻覚の影響で以前のポップ・アートの影響を強く受けた作風と一変したのだという。

 

≪第4章人工の楽園≫展示風景

 

80年代は亀や鶴、虎といったアジアの吉祥文様や奇妙な楽園的世界を絵画、版画、立体といった多様なメディアで表現する一方、幻覚の中で見たサルバドール・ダリの絵画のイメージを受けた作品が多く制作されていた。いわゆるダリらしい脚の長い像やぐにゃぐにゃとした木などのモチーフにも注目してみてほしい。

 

≪第4章人工の楽園≫展示風景

 

第5章の「記憶をたどる旅」は田名網氏が1990年頃からドローイングという手法で行っていた自身の過去作などの記憶を発掘し浮かび上がった記憶を定着させていく記憶の検証を行っていた時の作品が並ぶ。その時制作した作品を動かしてみたいという欲求からアニメーション作家である相原信洋(1944-2011)と共同制作していた映像などが展示されている第6章エクスペリメンタル・フィルムと続く。さらに第7章アルチンボルドの迷宮では幼少期の戦争下にいたころの不可思議な記憶などにも深く迷い込んでいく。この章には田名網氏のアトリエの一部を再現した小屋のインスタレーションが登場し、周りを取り囲む原画を眺めると脳の中を覗くような体験ができる。

 

≪第7章アルチンボルドの迷宮≫展示風景

 

流れが変わるのが第9章ピカソの悦楽である。コロナ禍というパンデミックにより予定していた仕事が白紙になり、かつてなく何もすることがない日々に≪ピカソ母子像の悦楽≫というピカソの模写のシリーズを制作したという。様々なサイズで制作がされたこのシリーズは作品数が700を超える。多くの著名なアーティストたちの影響を受けた作品を多く発表してきたが、ピカソのこのシリーズには“模写”としてピカソの制作過程すらも追体験している。

 

≪第9章ピカソの悦楽≫展示風景

 

そして第10章、貘の札では田名網敬一が手がけた曼荼羅ともいえる大画面作品がずらりと並ぶ。田名網の作品で繰り返し用いられるモチーフたちも含めて、得意とするコラージュのような構図で過去の記憶を自在に用いながら画面を制作している。まさに人生の総集編のようでありながら、その力強い色彩から溢れるパワーと制作意欲を強く感じた。

 

≪第10章貘の札≫展示風景

 

第11~12章はそれぞれ赤塚不二夫始め様々なジャンルのコラボレーション作品が展示され、自然な流れでブランドとのコラボ商品も並ぶショップへと続く。田名網敬一が世界に知られるきっかけとなったコラボレーション作品では元々社会人経験をスタートさせた広告代理店のグラフィックデザイナーという職業の経験が生きているようで、自身の色を強く出しつつコラボ先のモチーフを主役としており、それでいてデザインとして目を惹くものが多い。一方で本展ではその作品イメージは田名網の中のごく一部であり、因数分解すると様々な時代や人に影響を受けながら自身のスタイルを確立していく過程があることを理解できる回顧展となっていた。取材をしていても海外メディアの方がとにかく多く世界からの注目を感じた。

 

今回は、田名網敬一の制作活動を初期から晩年まで一堂に見ることができる貴重な展覧会で、パワーを放つ作品群に圧倒された。

実物を見るとより迫力を感じるインスタレーションや、田名網敬一の意思を感じる筆遣いが見えるドローイングなど、ぜひ実際に足を運んで感じて欲しい。

 

≪第6章エクスペリメンタル・フィルム≫展示風景

 

文:山口 智子

写真:新井 まる

 

【展覧会情報】

田名網敬一 記憶の冒険

会期:2024年8月7日~11月11日

会場:国立新美術館

住所:東京都港区六本木7-22-2

電話番号:050-5541-8600(ハローダイヤル) 

開館時間:10:00~18:00(金・土〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで

休館日:火

料金:一般 2000円 / 大学生 1400円 / 高校生 1000円 / 中学生以下無料

公式HP:https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/keiichitanaami/

展覧会公式Instagram:@tanaami2024



Writer

山口 智子

山口 智子 - Tomoko Yamaguchi -

皆さんは毎日、”わくわく”していますか?

幼いころから書道・生け花を始めとする伝統文化を学び、高校では美術を専攻。時間が許す限り様々な”アート”に触れてきました。

そして気づいたのは、”モノ”をつくることも大好きだけれど、それ以上に”好きなモノを伝える”ことにやりがいを感じるということ。

現在、外資系IT企業に勤めながらもアートとの接点は持ち続けたいと考えています。

仕事も趣味も“わくわくすること”全てに突き動かされて走り続けています。

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