名もなき技術への賛辞と芸術の実践「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」
グローバルなアートシーンで高い注目を集めるブラック・アートの旗手、シアスター・ゲイツの国内初の大規模個展が、六本木の森美術館で9/1(日)まで開催されている。スケール感あふれる本展は、陶芸と彫刻の融合作品、アーカイブ資料、絵画、音響・映像作品など、ゲイツの多彩な作品群が一堂に展示される貴重な機会となっている。
アメリカ・シカゴ出身のアーティストであるゲイツは、大学で彫刻と都市計画を学んだのち、2004年に愛知県常滑市で陶芸を学ぶために来日。以来、20年にわたり日本文化からも強い影響を受けてきた。アフリカ系アメリカ人としての経験と、日本での出会いや発見が、ゲイツの作品制作の重要な要素だ。
近年のブラック・ライブズ・マター(BLM)運動を含め、黒人文化は植民地主義への抵抗を体現する存在として、これまでになく高い関心を集めている。工芸、アート、音楽、ファッションなどを通して、何世紀にもわたる人種的暴力と差別に対し、アクティブかつクリエイティブに抗ってきた黒人の歴史が反映されている。本展は、ゲイツの作品群を通して、こうした黒人文化の今日的な意義に触れるきっかけを与えてくれる。
タイトルにある「アフロ民藝」は、ゲイツ独自の美学概念。黒人文化と日本文化を融合したこの造語は、公民権運動のスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」と、日本の「民藝運動」の哲学を掛け合わせたものだ。本展ではこの実験的な試み「アフロ民藝」を軸に、代表作に加え日本文化と関係の深い新作も数多く紹介している。
ゲイツにとっての神聖な空間
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
序盤のセクション「神聖な空間」は、ゲイツ自身の作品と、彼が尊敬するアーティストの作品も含めて構成されている。会場全体がひとつの大きな作品であり、ゲイツにとっての”美の神殿”をイメージした空間となっている。会場入り口付近には、日本の僧侶・木喰上人による《玉津嶋大明神》の木彫りが鎮座する。この作品は、民藝運動の中心人物・河井寛次郎が所有していたもので、本展の重要テーマである信仰心、詩歌、民藝を象徴したものだ。
その奥の大空間の床には、愛知県常滑市の水野製陶園ラボで制作された黒い煉瓦が敷き詰められている。常滑市の産業陶器製造の歴史と、アメリカで黒人奴隷が煉瓦職人として働いていた歴史を重ね合わせ、屋根にタールを塗る職人だった自身の父を含め、名もなき職人や労働者への敬意を表した作品だ。
また、壁には京都の香老舗である松栄堂の協力によって制作されたゲイツが陶芸を学んだ常滑の香りを再現したお香が配置され、展示室は微かな香りに包まれる。松栄堂は昔から、お寺でのお勤め、祈り、祭祀、修行や瞑想のためのお香を作ってきた企業であり、本空間を通して神聖な行為におけるお香の役割を感じ知ることができるだろう。
黒人アーティストのリチャード・ハントの彫刻とともに設置されている《ヘブンリー・コード》(2022年)は、7つのレスリースピーカーと1台のオルガン(ハモンドB-3)で構成された作品。7つのスピーカーはゲイツの7人の姉、そして黒人音楽がゲイツの現代アートの実践に与えた影響への敬意を表現している。会期中には、オルガンの演奏で空間を活気づけるパフォーマンスも行われる予定となっている。
ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
「神聖な空間」の奥には、壁一面を覆う大規模な”ブラック・ライブラリー”が出現。ここには黒人のアート、歴史、文化に関する約2万冊の書籍が収められ、自由に閲覧することができる。
ゲイツは長年にわたり、”蒐集”という手法を自身の表現活動に取り入れ、各地のコミュニティで重要な役割を果たしてきた個人や機関から遺された物品を収集し、保存・アーカイブ化。それらを作品の素材として活用したり、公開展示したりすることで、かつてその地域で活躍した人々の功績を称え、歴史や文化を継承していこうと試みてきた。ブラック・ライブラリーもその一部といえる。
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
続く”ブラック・スペース”では、ゲイツの代表的な建築プロジェクトや、2009年に立ち上げた財団”リビルド・ファウンデーション”の活動を資料で紹介。リビルド・ファウンデーションでは、シカゴ南部の長年にわたり差別的な扱いを受けてきた黒人コミュニティ地区にある、荒廃した40軒以上の建物をアートや文化の拠点に生まれ変わらせる活動を行なってきた。
ここにある家具は、1942年にアフリカ系アメリカ人実業家、ジョン・H・ジョンソン(John H.Johnson)によって設立され、公民権運動期の黒人のアイデンティティの確立において重要な役割を果たした「ジョンソン・パブリッシング・カンパニー」の社屋にあったものだ。
建築プロジェクトのひとつである「ストーニー・アイランド・アーツ・バンク」は、長年閉鎖されていたシカゴ市内の元銀行の建物を、ゲイツが1ドルで買い取り、地域の文化施設に生まれ変わらせたもの。同施設では美術展や映画上映会を開催してきたほか、バラク・オバマ元大統領の選挙資金集めイベントの会場としても使用されるなど、多目的な活用がなされてきた。施設内には、アメリカ黒人の歴史に関する書籍を収めたライブラリーも設置されており、地域コミュニティにおける歴史・文化の継承拠点としての役割を果たしている。
今回の”ブラック・ライブラリー”は、このストーニー・アイランド・アーツ・バンクのライブラリーを再現したものとなっている。英語書籍が中心だが、日本語の書籍も一部含まれている。
シアスター・ゲイツ 《黒い縫い目の黄色いタペストリー》 2024年 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
《黒い縫い目の黄色いタペストリー》(2024年)は、1960年代のアメリカ南部で行われた黒人の公民権運動を想起させる作品。当時、アラバマ州バーミングハムは人種隔離が最も厳しい町の一つと言われ、黒人にとって非常に危険な場所であった。南部キリスト教指導者会議(SCLC)は、黒人の大人が抗議デモに参加すると職を失う恐れがあったため、子どもたちをデモ隊として投入する作戦を実行。しかし、警察は子どもたちに対して消防ホースを使って放水し、多くの児童や生徒が負傷する事態に。
ゲイツはこの作品で、消防ホースという素材を使うことで公民権運動の歴史に言及し、人種差別と抑圧に立ち向かった勇敢な人々への敬意を表すとともに、現代社会に残る人種的不平等をはじめとした差別を批判するメッセージを込めた。
ブラックであるということ
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
ゲイツは長年にわたり様々な観点から陶芸作品の制作に取り組んできた。その初期の代表作に、架空の陶芸家「山口庄司」のプロジェクトがある。これは日本からミシシッピ州に渡った陶芸家が、黒人女性と結婚し、日本の陶芸とアフリカ系アメリカ人の表現を融合させた作品という設定でゲイツ自身が創作したものだ。他にも、アフリカの工芸や、奴隷の陶芸職人であったデヴィッド・ドレイク、アメリカ人陶芸家ピーター・ヴォーコス、そして日本の多様な陶芸史から影響を受けた作品群があり、ゲイツの”ハイブリッドな背景”が色濃く反映されている。
本展では、「ブラックネス」のセクションで、薪を燃やす”穴窯”を使った「ブラック・ベッセル(黒い器)」のシリーズが紹介されており、制作過程で生じた灰が器の表面に特別な表情を与えている。日本とアフリカの文化や伝統が混ざり合った作風は、まさに”アフロ民藝”の実践例と言える。
また、同章には、父親への思いが込められた「タール・ペインティング」シリーズも展示されている。ゲイツは15年前、父と共に制作開始。当初は父へのオマージュの意味合いが強く、幼い頃に父から教わった屋根修理の技法を、作品に取り入れた。なかでも、本展冒頭で展示されている《年老いた屋根職人による古い屋根》(2021年)では、父がタールを塗った実家の屋根を、ゲイツが修理した際に剥がし、その一部を素材として使用している。
シアスター・ゲイツ 《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》(2022-2023年)ほか 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田猛 画像提供:森美術館
シアスター・ゲイツ《7つの歌》2022年 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
アフロと民藝
《小出芳弘コレクション》(1941-2022年)ほか 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
改めて、本展のタイトル”アフロ民藝”の“アフロ”は、公民権運動で広まった黒人のヘアスタイルにちなみ”アフリカ系”を意味し、”民藝”は日本の民芸運動で無名の工人の手仕事による工芸品を指す造語。ゲイツは”アフロ民藝”を「日本文化とアフリカ系アメリカ人文化が融合した、まだ存在しない想像上の文化様式」と位置づけている。従来の美の概念にとらわれず、無名の工人が制作した生活用品の中に真の美を見出そうとする民藝の精神と、黒人がアイデンティティを確立したブラック・イズ・ビューティフル運動の精神を掛け合わせた新しい文化の創造を目指している。
最終セクションである「アフロ民藝」では、愛知県常滑市の陶芸家・小出芳弘さんが遺した約2万点の作品コレクションが展示されている。ゲイツはこのコレクションの保存・管理を請け負い、今後シカゴでの陶芸研究や参考資料として活用していく予定。彼は、常滑焼が長年にわたり実践し受け継がれてきた伝統技術の重要性を広く知ってもらいたいと願っている。
同空間に展示された彫刻作品《ハウスバーグ》(2018年/2024年)は、ミラーボールと氷山を組み合わせたもの。ハウスミュージックのクラブで光る鏡玉のようにまわりながら輝き、同時に地球温暖化による氷河の消失を想起させる。ゲイツは音楽と一緒に楽しむ前提で制作しており、踊りたくなるような心地よい雰囲気と、環境問題を静かに考えさせる両面の意図が込められている。
またその傍らには、”貧乏徳利”と呼ばれる酒瓶が1,000本以上並べられている。これは再利用可能な陶磁器の酒瓶で、ゲイツがその伝統的な技術に感銘を受けたことから、作品化されたもの。貧乏徳利は江戸後期から昭和初期まで用いられた再利用可能な陶磁器の酒瓶。彼はその伝統的な技術に感銘を受け蒐集し、今回自身のプロジェクト名である「門インダストリー」のロゴを印字、インスタレーションとして生まれ変わらせた。
ゲイツはこの酒造文化への賛辞を込めつつ、常滑の澤田酒造とオリジナルデザインの日本酒「門 からから」も造っている。米の旨みのいきた濃醇本格辛口のお酒だそうだ。ミュージアムショップでは、その他にも京都の宇治茶堀井七茗園とコラボした日本茶や香老舗の松栄堂とコラボしたお香スティック、常滑にルーツを持つ陶芸作家8名の陶器など充実したプロダクトが販売されている。
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
シアスター・ゲイツ《みんなで酒を飲もう》(部分)2024年 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
ゲイツは今回の展覧会を、自身が影響を受けてきたさまざまな文化や技術へのオマージュであり、それらに関わってきた人々への賛辞だと位置づけている。シアスター・ゲイツの領域横断的な活動を余すところなく紹介する本展は、ブラック・アートの重要性を示すとともに、”アフロ民藝”の異文化融合の可能性と創造性の無限の広がりを感じさせてくれる。黒人文化と日本文化の出会いから生まれた実践的な空間を体験してみてほしい。
文=鈴木隆一
【展示会概要】
「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」
会期|2024年4月24日〜9月1日
会場|森美術館
住所|東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
電話番号|050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間|10:00〜22:00(火〜17:00、ただし4月30日、8月13日は〜22:00) ※入館は閉館時間の30分前まで
休館日|会期中無休
料金|[平日]一般 2000円 / 学生(高校・大学生) 1400円 / シニア(65歳以上) 1700円 / 子供(中学生以下)無料
[土・日・休日]一般 2200円 / 学生(高校・大学生) 1500円 / シニア(65歳以上) 1900円 / 子供(中学生以下)無料
【関連情報】 展覧会場でのパフォーマンス
本展で展示する《ヘブンリー・コード》(2022年)は、1台のハモンドオルガンと7台のレスリースピーカーから構成されるインスタレーション作品です。ハモンドオルガンB-3は1930年代にシカゴで発明され、黒人居住地区の教会では、高価なパイプオルガンに代わりレスリースピーカーとともに広く使われてきた楽器です。本展会期中の毎週日曜日には、オルガン奏者が本作品のオルガンを演奏するパフォーマンスを行います。ゲイツが作品を通じて探求してきた音と、音楽の原点を体感できるこの機会をお見逃しなく。
シアスター・ゲイツ《ヘブンリー・コード》2022年 展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京)2024年 撮影:来田 猛 画像提供:森美術館
日時|5月以降の毎週日曜日、14:00-17:00(途中、演奏者の休憩含む)
※日時は予告なく変更になる場合があります。※場合により17:00 以前に終了する可能性があります。
場所|森美術館展示室内(ギャラリー1)
演奏者|土田晴信、西川直人
料金|無料(ただし、当日有効の本展覧会チケットが必要です)
お申し込み|不要(当日有効の本展チケットを購入のうえ、直接展示室へお越しください。)
トップ画像:シアスター・ゲイツ 撮影:田山達之 画像提供:森美術館