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特別な年の特別な展覧会「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」

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2024年3月24日

特別な年の特別な展覧会「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」


特別な年の特別な展覧会「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」

 

今年は、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが1924年に「シュルレアリスム宣言」を発表してからちょうど100年となる年だ。

そんな記念すべき年ならではの展覧会「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」が、板橋区立美術館で開かれている。10年以上前から2024年を狙って構想を練っていたという、板橋区立美術館入魂の展覧会をご紹介する。

 

会場風景1

 

「シュルレアリスム」と聞いて、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるだろうか?恐らく、サルバドール・ダリの溶けた時計(《記憶の固執》)のように、どこか奇抜な、ヨーロッパの絵画の印象が強いのではないだろうか?

では、日本でのシュルレアリスムについてはどうだろう?

20世紀最大の芸術運動と呼ばれるシュルレアリスムは、激動の時代にあった大正末期から昭和初期の日本でも、ヨーロッパと同様に活発な活動を生み、後世まで続く大きな影響を与えていった。しかし、意外なことに、その全体像を紹介する展覧会はこれまでほとんど無かった。

日本で展開したシュルレアリスムの動きをまとめて紹介するこの展覧会は、日本人ならではのシュルレアリスムの表現を知れると共に、当時の作家たちのエネルギーや苦悩までをも感じられる、貴重な機会となっている。

 

 

90人の120作品 驚きの規模で知る日本のシュルレアリスムの全体像

会場風景2

 

今回集められた作家と作品の数は、なんと約90人の約120作品。

ほとんどの作家が1人1点という原則で紹介されており、正に日本のシュルレアリスムの全体像を広く知ることができる。担当学芸員が、近年の研究成果を生かし、「日本の重要な作品を一同に集めた」と胸を張るのも納得の、充実の内容だ。

 

 

日本ならではのシュルレアリスムとは?

東郷青児《超現実派の散歩》1929、SOMPO美術館

 

日本のシュルレアリスムの歴史の中で興味深いのは、師弟関係や画塾、美術学校などの教育を通してその影響が美術界に波及していく中で、日本ならではの表現が生まれていった点だ。

東郷青児や福沢一郎といった、第二次世界大戦以前にシュルレアリスムの表現を取り入れた先駆者の影響は若い作家へと波及し、戦中、戦後の表現を変えていった。

靉光の代表作であると共に、日本のシュルレアリスムを代表する作品でもある《眼のある風景》などからは、当時の作家たちが最早ダリのようなヨーロッパの画家の模倣ではなく、日本独自のシュルレアリスムを展開していた様を知ることができる。

 

靉光《眼のある風景》1938、東京国立近代美術館

 

また、東京だけではなく、日本各地で独自の動きが生まれた点も大変興味深い。

展示は、名古屋や大阪、福岡といった東京以外の地域の動きも幅広く紹介している。例えば、京都の北脇昇や大阪の吉原治良らは、活動した地域でのシュルレアリスムの展開に大きな影響を与えた作家たちだ。彼らのような著名な作家の作品を、シュルレアリスムの歴史という文脈の中で改めて見直す貴重な機会ともなるだろう。

 

 

時代に翻弄される作家たち

《吉井忠 日記》1936-37年、個人蔵

 

第二次世界大戦の戦前から戦後にかけて大きな動きを見せたシュルレアリスムは、やはり政治の動きとも無縁ではいられなかった。

開戦の機運が高まり治安維持法の下での取り締まりが強化される中で、シュルレアリスムも危険思想と見なされ、作家の表現も翻弄されていく。当時のシュルレアリスムを代表する画家の一人である吉井忠の日記は、弾圧を恐れる当時の作家の心情を生々しく伝える。

 

浅原清隆《多感な地上》1939、東京国立近代美術館

 

一方、暗く重く、当時の作家たちの沈んだ内面を表すかのような作品もある中で、明るく、希望が湧くような表現を見せた浅原清隆の作品は、特にオススメの見どころだ。

いつ戦争で命を落とすか分からない時代に、どうしてこのような軽やかな絵を描けたのだろうか?

是非、作品を前に想像力を広げてみて欲しい。

 

 

さらに羽ばたく表現方法

植田正治《コンポジション》1937、東京都写真美術館

 

展示では、絵画だけでなく写真も紹介されている点も見逃せない。

日本を代表する写真家・植田正治や、福岡の前衛美術家集団「ソシエテ・イルフ」のメンバー・久野久らの作品を通して、シュルレアリスムが写真家たちに与えた影響を感じることができる。

 

岡本太郎《憂鬱》1947、一般財団法人草月会(東京都現代美術館寄託)

 

戦後、弾圧や命の危険から解放された作家たちの表現は、より一層自由で独特な展開を見せていく。

鶴岡政男や岡本太郎のような戦後にかけて活躍を見せる画家の作品は、鮮烈な色彩であったり、歪んだ人体であったり、戦前・戦中とは一線を画す強烈な個性を放っている。

 

ヨーロッパに学ぶことから始まった日本のシュルレアリスムは、単なる模倣を超えて時代と共に変化し、発展し、やがて日本だからこそ生まれた表現へと至った。

そんな日本のシュルレアリスムを、今見る意味とはなんだろう?

社会が大きく変わり、戦争の不安が広っていった大正末から昭和初期。その様子は、テクノロジーの発展と国際情勢の不安を目の当たりにしている今と、どこか通ずるものがあるのではないだろうか?

当時を生きた作家たちの表現は、今を生きる私たちに何かきっと大事なメッセージを伝えてくれることだろう。

是非、会場でこの貴重な機会を体験してみて欲しい。

 

 

ARTalk的見どころ

とにかく多彩な作家たち

約90人という多くの作家が紹介されており、時代の変化や、同じ時代の作家ごとの違いなどを感じることができる。

日本のシュルレアリスムに限らず、同じテーマでこれだけ幅広くその展開を見渡すことができる展覧会は珍しく、アート好きにはたまらない機会だ。

 

豊富な資料で感じる歴史と熱

展示では、作品だけでなく当時の本や展覧会の案内などの資料も数多く紹介されている。

作品と併せて資料も見ることで、日本のシュルレアリスムの歴史をより深く知ることができると共に、当時の盛り上がりの熱量を感じることができる。

 

充実の図録

これまで、日本のシュルレアリスムについての書籍はあまりなかったことから、今回の図録は資料として使えることを目指して作られたそうだ。

作品の紹介はもちろんのこと、幅広い執筆者の文章で、より深く日本のシュルレアリスムについて学ぶことができる充実の内容となっている。また、出品作家の杉全直の孫にあたるイラストレーターの杉全美帆子さんが描かれたミニガイドも会場と板橋区立美術館の公式サイトで見ることができる。

展示をさらに分かりやすくしてくれるサポート役として、是非ご覧になってみて欲しい。

 

 

文=山下港

写真=新井まる

 

 

【展覧会概要】

『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本

会期|2024年3月2日(土曜日)〜4月14日(日曜日)

前期:3月2日(土曜日)~ 3月 24日(日曜日)

後期:3月26日(火曜日)~4月14日(日曜日)

※前後期で一部展示替えあり。

開館時間|午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日|月曜日(ただし月曜が祝日のときは翌日)

会場|板橋区立美術館

住所|〒175-0092 東京都板橋区赤塚5-34-27

電話番号|電話:03-3979-3251 ファクス:03-3979-3252

料金|一般650円、高校・大学生450円、小・中学生200円

※土曜日は小中高校生は無料で観覧可能。

※65歳以上・障がい者割引あり(要証明書)

※お支払いは全て現金のみとなります。

主催|板橋区立美術館・東京新聞

協力|京都府京都文化博物館、三重県立美術館

助成|公益財団法人ポーラ美術振興財団

展覧会特設サイト|https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001737/4001747.html

 

 

トップ画像:会場風景1