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いつもと違う視点から世の中をみる「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」

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2024年1月13日

いつもと違う視点から世の中をみる「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」


いつもと違う視点から世の中をみる「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」

 

豊嶋康子(1967-)は、1990年から現在に至るまで、日常のモノや社会のさまざまな制度やシステム、自動的に受け入れている思考、行動の枠組みや価値観といったものを、自身の違和感や関心を起点に再解釈し、さまざまな角度から光を当ててきた作家だ。そんな豊嶋のキャリアの集大成としての大規模個展「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」が、東京・清澄白河の東京都現代美術館で開催されている。この展覧会は、豊嶋の30年以上にわたる芸術活動の全貌を初めて大々的に紹介するもので、彼女の作品約500点が一堂に会するまたとない機会となっている。

 

本展のユニークな特徴の一つは、彼女の作品が制作年度にとらわれず、横断的かつ構造や性質を切り口にゆるやかにまとめて構成されていることだ。また、会場のマップ裏面には、「軸」、「歪み」、「枠内」、「余白」など、作家自身が抽出した、作品の特徴を示すいくつかのキーワードを記されており、これらは、豊嶋が人の思考と社会の成り立ちをどのように捉え、かたちにしているのか、その創造の回路に触れるヒントとなる。

作品解説と照らし合わせながら作品をみると、一見ばらばらな作品群のなかに、いくつもの共通点や問いかけの連関を見出すことができるだろう。

 

《サイコロ》(1993)

 

始めの展示室では、《パネル》(2013-)や《隠蔽工作》(2012)といった作品が並ぶ。これらの作品は、一見キャンバスの木枠のように見えるが、実際には鑑賞者の固定概念を揺さぶるような深い意味を持っている。《サイコロ》(1993)は、実際に展示室内でばらまかれたサイコロで、規則性とランダムさが共存する独特の存在感を示し、単なる遊びの道具としてではなく、サイコロそのものの意味を再考させられる。時間があれば、各目の確率が1/6に近しいのか確認してみたい。

 

《復元》(2003-06)

 

続いて、ブリッジに並ぶ器状の作品《復元》(2003-06)は、破片からもとの形を想像する試みだ。豊嶋の視点で破壊されたものから新たな形体を創造(想像)されている。

 

展示風景より、《エンドレス・ソロバン》(部分)(1990)

 

中盤では、1990年のデビュー作《マークシート》(1989-90)、《エンドレス・ソロバン》(1990)が、33年ぶりに全面修復された状態で公開されている。《エンドレス・ソロバン》は、一見普通のそろばんに見えるが、実際には末端と先端が接続し、無限に桁を繰り上げることができる特殊な構造を持っており、“いくら数字が大きくなっても、その根本的な構造は変わらない”ということを示唆している。

 

《マークシート》(1989-90)

 

また、〈マークシート〉は、試験を受ける教室の風景を連想させる作品で、マークするべき部分以外が逆にすべて塗りつぶされたマークシートが机の上に置かれている。この作品は、縦、横、斜めの鉛筆の動きを通じて、構造の中に異なる位相を作り出す豊嶋のアプローチの原点を示している。

 

《口座開設》(1966-)

 

1990年代後半からは、豊嶋はより広い「表現」の領域へと進出してきた。《口座開設》(1966-)や《ミニ投資》(1966-)のような作品では、銀行口座の開設や株式投資などの経済活動に、「私」の視点から介入することで社会システムの構造を捉え返そうと試みている。《口座開設》(1996-)は、銀行で1000円を入金して口座を開設しキャッシュカードの到着を待ち、カードが到着したら1000円を引き出し、別の銀行でその1000円で新たに口座を開設するという行為を繰り返した作品だ。展示ケースに並ぶ多種多様な銀行の通帳とカードのことを、豊嶋は「彫刻的」と表現する。

 

《色調補正1》(2005)

 

2005年の《色調補正1》では、一般的な色の体系を独自の視点で塗り替える試みを行っている。これらの作品は、既存の仕組みや枠組みに対し、一貫性を保ちながらも新たな解釈を加え、その意味をねじ曲げることで、認識と体験の「発生」を探求する。

 

《生涯設計》(2003-13)

 

《生涯設計》(2003-13)も興味深い作品だ。豊嶋自身が生命保険に加入し、その満了通知を展示したもの。10年間生存した場合とそうでない場合の保険金と保険料の計算を反映し、保険システムの奇妙さを浮き彫りにしている。10年のあいだに豊嶋が死亡すると、豊嶋の兄に展覧会の賞金の約7倍の保険金が入り、豊嶋が生き続けていたら展覧会の賞金の約3分の1の保険料を契約期間中に払うことになる保険設計となっている。結果的に10年間豊嶋は生存し、本作は完成した。

 

《定規》(1996-99)

 

他にも面白い作品が多く、《定規》(1996-99)は、直線定規や三角定規などをオーブントースターで加熱し変形させたもの。熱によって歪んだ定規は、目盛りが狂った状態で展示されており、観客に計測の本質と認識の仕方について考えさせられる。

《書体》(1999-)は、豊嶋康子宛ての郵便物の宛名、他人に書かれた彼女の名前を集めた作品で、同じ名前でも書き手によって異なる筆跡で表現されることから、文字認識と社会的共有のルールに関する認識を促している。

 

《書体》(1999-)

 

本展覧会は、高い造形性を持つ立体作品から、コンセプチュアルな生活行動の痕跡まで、豊嶋康子の多様な作品を幅広く堪能できる。これらは、社会制度への深い興味や、制度内での自由や逸脱の可能性を問う、美術の根幹に関わる問いかけを共通のテーマとしており、私たちを取り巻くシステムや「私」自身の存在、そして自由について考え直すきっかけを与えてくれるだろう。

 

 

写真=新井まる

文=鈴木隆一

 

 

【作家プロフィール】

豊嶋 康子(Yasuko Toyoshima)

1967年埼玉県生まれ。同地在住。

1993年東京藝術大学大学院美術研究科油画専攻修士課程修了。1990年田村画廊にて初個展。その後、秋山画廊(東京)、M画廊(足利市)、ガレリア フィナルテ(名古屋)、Maki Fine Arts(東京)などで継続的に個展を開催。

近年の個展に、「公開制作27 豊嶋康子『色調補正』」(2005年 府中市美術館)、「資本空間 スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャーの彼岸vol.1」(2015年 ギャラリーαM)ほか。

グループ展に「ART TODAY 1990」(1990年 高輪美術館)、「傾く小屋」(2002年 東京都現代美術館)、「第9回恵比寿映像祭 マルチプルな未来」(2017年 東京都写真美術館)、「アッセンブリッジ・ナゴヤ2017」(2017年 旧・名古屋税関港寮)、「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」(2019年 国立新美術館)ほか多数。東京造形大学教授。

 

【展示会概要】

「豊嶋康子 発生法──天地左右の裏表」

会期|2023年12月9日(土)〜2024年3月10日(日)

会場|東京都現代美術館 企画展示室 1F

住所|東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)

開館時間|10:00〜18:00(展示室入場は閉館30分前まで)

休館日|月曜日(1月8日(月・祝)、2月12日(月・祝)は開館)、12月28日(木)〜1月1日(月・祝)、1月9日(火)、2月13日(火)

観覧料|一般 1,400円、大学生・専門学校生・65歳以上 1,000円、中学・高校生 600円、小学生以下 無料

[シルバーデー] 毎月第3水曜日は、65歳以上の方は年齢を証明できるものを提示していただくと無料になります。

[学生無料デー Supported by Bloomberg] 2/24(土)、 25(日)の2日間、中高生・専門学校生・大学生はすべての展覧会が無料になります(チケットカウンターで学生証の提示が必要です)。

[Welcome Youth 2024] 3/1~4/7の期間、18歳以下(2005年4月2日以降生まれ)の方はすべての展覧会が無料です。(チケットカウンターで年齢証明の提示が必要です)。

問い合わせ先|TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/toyoshima_yasuko/

 

トップ画像:展示風景より、《パネル》(2013-)