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宇宙スケールの時空間遊泳「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」展

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2023年7月23日

宇宙スケールの時空間遊泳「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」展


宇宙スケールの時空間遊泳「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」展

 

独特の火薬絵画や屋外爆発プロジェクトなどで高く評価されている中国出身の現代美術家、蔡國強(ツァイ・グオチャン)の個展「蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」が東京・六本木の国立新美術館にて同館とサンローランの共催により開催中。国内で約8年ぶりとなる注目の展覧会だ。

 

蔡國強が約30年前(1991年)に開催した展覧会「原初火球」を彼の芸術における「ビッグバン」の原点と捉え、この“爆発”を引き起こしたものは何か、またその後今日まで何が起こったかを探求する内容となっている。

また、約8年前の横浜美術館での個展時に館長を務めた逢坂恵理子が、現・国立新美術館の館長として蔡國強展を再び企画していることも深い縁が感じられる。展示空間の構成は蔡本人が担当しており、彼の今までの歩みを辿ると同時に、展示室全体が一つのインスタレーションのように構成されている。

 

“原始火球”とは理論物理学でいうビックバン以前の宇宙の状態を意味し、宇宙の誕生の瞬間でもある。「原初火球」は、老子の『道徳経』にある「物あり混成し、天地に先だちて生ず」という宇宙起源論の蔡なりの解釈でもあり、芸術の世界への突入をめざす彼自身のメタファーとも言える。蔡は本展のカタログやインタビューで「私を魅了するのは花火そのものではなく、爆発時の制御しがたいエネルギーだ。」、「火薬は暴力や戦争にも使われるし、花火のように美しいものも作れる」と語っている。

 

展示は4章と「蔡國強といわき」で構成されている。宇宙と見えない世界との対話を軸に、蔡が作家として歩み始めた中国時代の作品が並ぶ第1章「〈原初火球〉以前:何がビックバンを生んだのか? 」、本人が芸術家としての最も重要な時期と語る日本時代を紹介する第2章「ビッグバン:〈原初火球 The Project for Projects〉1991年2月26日〜4月20日」、そしてアメリカや世界を舞台に活躍する現在までの創作活動と思考を遡る第3章「〈原初火球〉以後」と第4章「〈原初火球〉の精神はいまだ健在か?」へと緩やかな時系列に沿って、宇宙が膨張するかのごとく拡大してきた蔡の活動をたどることができる。

 

展示風景より、初期の作品群

 

国立新美術館の2,000㎡の無柱空間にダイナミックに展示されている主な作品は、先に紹介した蔡にとっての芸術における「ビッグバン」の原点で歴史的なインスタレーションとなった〈原初火球〉と、キネティック・ライト・インスタレーション《未知との遭遇》がある。〈原初火球〉は、爆発の瞬間に飛散する放射線のように配置された7点の屏風立ての火薬ドローイングを発表当時と同じ配置で再現(ガラスと鏡を用いた新作の火薬ドローイングも3点含む)、《未知との遭遇》はLEDを使った作品で、時に花火のように閃光を放ちながら回転している。

 

そのほか、宇宙からの視点で地球を考え、地上での爆発プロジェクト〈外星人のためのプロジェクト〉は、人類の宇宙への憧憬、優秀な異星文明の探究、人類が直面する危機の超克の一助として構想したもの。昼と夜が交叉するところ、目に見えるものと見えないものの間にあるであろう“時空模糊”の地点における爆発を追求している。2008年の北京オリンピック開会式で行われた《大脚印―ビッグフット》という着想に基づく壮大な花火プロジェクトの人間が定めたさまざまな境界や障壁を越えていく巨人の足跡というコンセプトをスケールさせていった幅33mの火薬ドローイングである《歴史の足跡》や、Netflixで同名のドキュメンタリーが配給されている《スカイラダー》の記録映像作品などがある。

 

また、蔡は近年、AIやAR、VRといった最先端技術を通して現代美術の可能性を探求し続けており、本展では、いくつかの新しいメディア作品が紹介されている。これら国公立国内美術館の所蔵作品と、日本初公開の新作を含む作家所有の作品約50件や貴重なアーカイブ資料、記録映像などが、作家本人による説明も添えられて展示されている。

 

展示風景より、《胎動II: 外星人のためのプロジェクト No. 9》(1991)東京都現代美術館蔵

 

展示風景より、《銀河で氷戯》(2020)

 

展示風景より、《歴史の足跡》のためのドローイング(2008)

 

本展の構想段階で、蔡はコロナ禍中の2020年にニュージャージーのアトリエで日本時代のスケッチブックを読み直したそうだ。日本にいた当時、妻と東京・板橋にある4畳半のアパートに住んでいた蔡は、近隣住民が就寝した深夜にわずか3畳の台所で火薬作品の制作を行っていた。その時に使用されていたのは、子供用の花火やマッチから削り出した火薬(これらのスケッチブックやマッチを用いた作品は会場でも展示されている)。「その頃の生活は貧しかったが、宇宙と時間についてよく考えていた。空の星々は、私の宇宙を照らしていた。今もその頃の心を持っているか、再考している。」と蔡は振り返る。

 

また、宇宙のスケールで物事を考える意義について、「世界はいま困難で複雑な事態を迎えている。コロナ禍が収束した後も、人間社会には大きな変化が起こっている。経済の悪化や戦争などの国家間の衝突、AIなどの技術進展は、これまでにない早さで人々の生活に影響を与えている。宇宙のスケールで議論することで、目に見えない世界と対話することができ、いまの社会にも大きな意味を与えられるだろう」と語っている。

 

展示風景より、日本時代のスケッチブック

 

展示風景より、蔡瑞欽(蔡國強の父親)《無題》(マッチ箱ドローイング)(制作年不詳)

 

蔡が長く暮らした「第二の故郷」ともいえる福島県のいわき市では、地元の人たちと強い絆で結ばれており、今も交流が続いている。本展に先立ち、いわき市の海岸では6月26日に関連イベントとしてサンローランからのコミッションワークである「白天花火《満天の桜が咲く日》」を開催。多くの地元の人たちが見守る中で、たくさんの花火が次々に披露され、歓声があがった。

 

破壊と創造の両義性を持つ火薬を素材に、創作初期から宇宙への憧憬や未知への好奇心をもとに実践し続けている蔡國強。少年のような遊び心のある創造力や前衛的な精神に満ちる数々の作品を通じ、蔡の深遠かつ軽やかな思考と実践の旅路、その芸術宇宙を本展で回遊していただきたい。

 

展示風景より、《満天の桜が咲く日》に関連した資料展示

 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

 

【作家プロフィール】

蔡國強(ツァイ・グオチャン)

1957年中国の福建省・泉州市生まれ。上海戯劇学院で舞台芸術を学んだ後、1986年末から1995年9月まで日本で活動。日本では筑波大学に在籍し、東京、取手、いわきなどで創作活動を展開。インスタレーション〈原初火球〉で、一躍注目を集める。1995年にニューヨークに拠点を移し、2006年のメトロポリタン美術館や2008年のグッゲンハイム美術館での回顧展など、さまざまな国や地域で重要な個展を開催。独特の火薬絵画や屋外爆発プロジェクトなどで高く評価される。2008年の北京五輪では、開閉会式視覚特効芸術と花火監督を務め、世界中の人々を魅了。Netflixでは、爆発プロジェクト「スカイラダー」の制作を追うドキュメンタリー『空のハシゴ: ツァイ・グオチャンの夜空のアート』が配信されている。

 

【展覧会概要】

蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる

会期|2023年6月29日~8月21日

会場|国立新美術館 企画展示室1E

住所|東京都港区六本木7-22-2

電話番号|050-5541-8600

開館時間|10:00〜18:00(金土〜20:00)※入場は閉館の30分前まで

休館日|火

料金|一般 1500円 / 大学生1000円 / 高校生、18歳未満無料

アクセス|東京メトロ千代田線 乃木坂駅 青山霊園方面改札6 出口(美術館直結)、東京メトロ日比谷線 六本木駅 4a 出口から徒歩約5分、都営地下鉄大江戸線 六本木駅 7 出口から徒歩約4 分

https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/cai/index.html

 

トップ画像:展示風景より、《未知との遭遇》(2023)



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

ブログ:暮らしのデザインレビュー
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Instagram:@mt.ryuichi
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“言葉と数字ですべてを語ることができるならアートは要らない”

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