現代アートを起点に学ぶ、「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」展
森美術館開館20周年を記念する「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」が、9/24(日)まで東京・六本木の森美術館で開催中だ。
1990年代以降、グローバル化に伴い、現代アートは世界各地の複数の観点で、多面的に捉えられるようになってきた。また同時に、鑑賞者としても美術館に足を運べば、世界中の知らない地域の作品に触れる機会も増えた。現代アートは、もはや学校の授業で教えられる図画工作や美術の枠組みを遙かに越え、むしろ国語・算数・理科・社会など、あらゆる科目の根底を成す総合的な学問なのかもしれない。
各学問領域では、研究者が最先端の世界の「わからない」を探求し、歴史を掘り起こし、過去から未来に向けて新しい発見や発明を積み重ね、私たちの世界の認識をより豊かなものにしている。現代アーティストが私たちの固定観念をクリエイティブに越えようとする姿勢もまた、こうした「わからない」の探求に繋がっている。現代美術館はまさにそうした未知の世界に出会い、学ぶ「世界の教室」とも言える。
「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」展は、学校で習う教科を現代アートの入口とし、見たことのない、知らなかった世界に多様な観点から出会うという試みだ。展覧会のセクションは「国語」、「社会」、「哲学」、「算数」、「理科」、「音楽」、「体育」などに分かれているが、実際それぞれの作品は複数の科目や領域にまたがる。
出展作品の半数以上が森美術館のコレクションというのも特徴だ。森美術館はコレクションを持たない美術館として運営をスタートしたが、展覧会をきっかけに購入してきた約460点のコレクションを持つ。その中から約90点と新作を交え、50組を超えるアーティストによる学びの場「世界の教室」が美術館の中に創出されている。
AI技術の急速な発展により、中庸な答えが大量に生産されるようになっていく一方、複雑で困難な問題が色濃く残る現代社会では、従来の暗記型・詰込型の教育では対処できない。本展出展作家の1人、宮島達男がプレス説明会で「直感値から世界を捉えることが大切」 と語ったように、人間のクリエイティビティの価値は益々増している。展覧会を通じて、私たちの視野を広げる新たな知見に触れ、教育について考え直すきっかけにしてほしい。
国語
ワン・チンソン(王慶松)《Follow Me》2003年 所蔵:森美術館(東京)
「国語」のセクションでは、言葉や言語をテーマにした作品、文学や詩の要素を含む作品が並ぶ。「言語」は、文学や詩といった表現や、現代アートでもコンセプチュアル・アートの流れで頻繁に使われてきた。
コンセプチュアル・アートの提唱者のひとりであるジョセフ・コスースの《1つと3つのシャベル》(1965年)は、実物のシャベルが撮影された写真と辞書に記載された定義が並んで展示されている。この作品は、実物とその写真、言語による定義の間にある関係性の探求を通して、そもそも「シャベル」とは一体何なのか考えさせる。物質、イメージ、言語という3つの異なる方法で「われわれが考えるシャベルとは何か」を表象している。
本展のキービジュアルにもなっている、ワン・チンソン(王慶松)の《Follow Me》(2003年)は、黒板にナイキ、マクドナルド、メルセデス・ベンツといった欧米企業のロゴが描かれ、教壇の上にはコカ・コーラのボトルも置かれるなど、中国社会の急速な欧米化を読み取ることができる。2008年の北京オリンピック・パラリンピック開催が決定した翌年に制作され、また当時中国現代美術が世界各地で注目を集めた時期であったことなども背景に、国際社会での中国の躍進をポップかつ風刺的に表現している。
社会
森村泰昌《肖像(双子)(1989)》1989年、《モデルヌ・オランピア2018(2017-2018)》2017–2018年 所蔵:森美術館(東京)
本展で最も大きなボリュームを占める「社会」セクションでは、「社会彫刻」という概念を提唱したヨーゼフ・ボイスが来日した際に残した黒板から始まり、世界各地の歴史、政治、地理、経済、アイデンティティに関わる課題を取りあげている。
自らが美術史上の名画の一部となる作品群を手がけてきた森村泰昌の《肖像(双子)》(1989年)と、その約30年後に制作された《モデルヌ・オランピア2018》(2017–2018年)は、マネの代表作《オランピア》(1863年) を主題とした写真作品だ。マネは《オランピア》で、ヌードの女神を描くべきところに裸の媚婦を据えることで、芸術の名のもとに女性の身体を欲望の対象として客体化する男性の服差しを暴いた。森村はこれを人種間の問題へと転換するために、自らの「男性の体」を露にしたままベッドに居座り、西洋からしばしば女性的とみなされてきた東洋人男性の姿を象徴。黒人女性や白人男性もすべて森村本人が扮しており、白人と黒人の人種関係も内在させている。
「社会」の展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023 年
哲学
宮島達男《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》2018年 所蔵:森美術館(東京)
宮島達男《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》2018年 所蔵:森美術館(東京)
生きることや世界の真理、普遍性を探究する哲学の分野は、古くから美術と非常に深い関係にあった。人間が生まれ、生き、そして死ぬということの全てに哲学は関係し、それは美術も同様。また、どちらも人生や世界の根本原理を解き明かそうとし、定まった答えのない問いに取り組み続けるという点も共通している。
本セクションでは、明滅するLEDのカウンターによって仏教的な死生観をあらわす宮島達男、ものの存在や周囲との関係性を追求してきた李禹煥(リ・ウファン)、奈良美智の祈りをささげているかのような少女を描いた絵画などを展示。
宮島達男《Innumerable Life/Buddha CCIƆƆ-01》(2018年)は、赤い平面の支持体の上に格子状に配列された1万個のLEDがそれぞれ異なったスピードで9から1へとカウントを繰り返しながら赤く光る。LED一つひとつは生命を象徴し、0(ゼロ)は表示されず暗転するが、これは死を意味し、生と死が繰り返されることを表現している。
李禹煥(リ・ウファン)展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年
算数
杉本博司展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年 撮影:古川裕也、画像提供:森美術館
算数あるいは数学は、極めてクリエイティブな領域だ。数字は多くのアーティストが扱ってきた普遍的なテーマである「時間」にも深く関係している。数学のセクションは、フィボナッチ級数をネオン管で表したマリオ・メルツの大型作品から、片山真妃、杉本博司、そして数学的な概念をパフォーマンスに投影した笹本晃の映像作品へと続く。美術の歴史を振り返ると、ルネサンス期には芸術だけでなく、数学、科学、解剖学、天文学などの領域を横断したレオナルド・ダ・ヴィンチや、数学者としても知られたアルブレヒト・デューラーのような存在もあり、黄金比は芸術とも深く関わっている。
杉本博司の幾何学模型群「Surfaces」全13点は、数式によって定義される曲面を三次元で可視化した幾何学模型群や産業革命時代の機構モデル群。杉本いわく「芸術的な野心を全く持たずに制作された」造形であり、こうした非芸術性のなかに芸術性を感じたことが着想のもとにあった。「Surfaces」で撮影された石高製の数理模型は19世紀末から20世紀にかけて製作されたもので、100年前の教室で代数機何学、微分幾何学などさまざまな数式が視覚化された物質を使って学ばれていたことを伝えてくれる。
理科
宮永愛子《Root of Steps》2023年 制作協力:信越化学工業株式会社
世界各地の生態系は、自ずとアーティストが作品に採用する素材に投影され、科学的な視点から見えてくる世界の法則や自然のすがたは、アーティストの創造性を刺激してきた。また、気候危機や環境問題も、アーティストたちが長らく警鐘を鳴らしてきたものである。
理科のセクションでは、さまざまな日用品が次々に連鎖反応を起こし、エネルギーを伝達してゆく様子を捉えたペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスや瀬戸桃子の映像作品、ブラックライトを使用した田島美加の作品などが展示されている。
ナフタリンを用いた宮永愛子の新作《Root of Steps》(2023年)は、美術館スタッフ、俳優、警備員、金融業関係者、アートコレクター、子どもなど、六本木ヒルズやその周辺で仕事や生活をしている人たちが履いていたものをモチーフにしている。
田島美加 展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年
音楽
ヨハンナ・ビリング《マジカル・ワールド》2005年 Courtesy: Hollybush Gardens(ロンドン)
音楽は、空気の振動という意味では理科や算数と並び、科学的な領域でもある。現代アートでは、音や音楽に関連する視覚的な要素を主題にする作品や、音や音響の意味や仕組みを考えさせるコンセプチュアル・アートがあり、実際に音を体験するもの、または音の不在を体感するものもある。
例えば、ジョン・ケージの《4分33秒》を流用するマノン・デ・ブールの映像作品は、ピアニストと観客の両方に焦点を当て、沈黙の時間を演出している。その他にも、アフガニスタンの夜景にイスラム教の詠唱が流れるアジズ・ハザラの詩的映像、旧ユーゴスラビアで内戦後に生まれた子供たちが「マジカル・ワールド」を歌うヨハンナ・ビリングの作品、黒人女性を想起させる手の動きやサウンドに焦点をあてたマルティーヌ・シムズの作品など多様な文脈の作品を上映している。
体育
クリスチャン・ヤンコフスキー《重量級の歴史》2013年 Courtesy: Lisson Galler
現代アートにおける身体的な運動や行動に着目した表現、身体そのものの作品化は、1960年代から「パフォーマンス」としてその位置づけを確立し、今日では映像作品の主題となることもある。
クリスチャン・ヤンコフスキーの《重量級の歴史》(2013年)は、ワルシャワで重量挙げ選手たちが、共産主義政権下に設置されたプロレタリアートの英雄銅像(1989年以降の民主化の波を経て撤去されたもの)などを持ち上げようとするさまが映し出されている。編集はTVのスポーツ番組のスタイルで、解説者による膨刻についての解説や選手へのインタビューが織り交ぜられる。歴史の重さが彫刻の物理的な重さにたとえられている一方で、この奇妙な任務に真剣に取り組む選手たちの態度は笑いを誘い、感心させられる。
また、クララ・リデンがバレエを通じて表現する規範と模倣などは、アーティストは自身の身体を用いて多様なテーマを表現している。本展ではさらに、競技が行われるスタジアムの建築的な特徴に注目したり、マスメディアで映し出されるスポーツにも焦点を当て、この科目がもつ社会への広がりも考察している。
総合
ヤン・ヘギュ 展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」森美術館(東京)2023年
最後のセクション「総合」では、ひとつの科目に収まらず、より幅広い領域を横断するような作品やプロジェクトを紹介している。現在、世界で最も注目を集めるアーティストのひとりであるヤン・ヘギュと、デンマークを中心に世界的に活躍するヤコブ・キルケゴールの本展のために制作された新作を見ることができる。
また、演劇に基づいた方法論をもとに、東京の日常的な景色を私たち自身の意識によって変容させてゆく、高山明/PortBのプロジェクトを紹介すると共に、会期中は”マクドナルドラジオ大学”をマクドナルド六本木ヒルズ店で上演予定。ちなみに、本展のチケット半券をもっていくと、マックポテトSがもらえるというプチ特典もあるそうだ。
文=鈴木隆一
写真=新井まる
【展覧会概要】
ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会
会期|2023年4月19日~9月24日
会場|森美術館
住所|東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
電話|050-5541-8600
開館時間|10:00~22:00(5月2日、8月15日をのぞく火~17:00) ※入館は閉館の30分前まで
休館日|会期中無休
観覧料|[平日]一般 2000円(1,800円) / 65歳以上 1700円(1500円) / 大学・高校生 1400円(1300円) / 中学生〜4歳 800円(700円)
[土・日・休日]一般 2200円(2000円) / 65歳以上 1900円 (1700円) 大学・高校生1500円(1400円) / 中学生〜4歳 900円(800円)
※専用サイトで購入の場合( )の料金が適用される
アクセス|日比谷線六本木駅1C出口よりコンコースにて直結
URL|http://www.mori.art.museum
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/classroom/index.html
【出展アーティスト】
アイ・ウェイウェイ(艾未未)、青山 悟、ヨーゼフ・ボイス、サム・フォールズ、藤井 光、シルパ・グプタ、畠山直哉、スーザン・ヒラー、ジャカルタ・ウェイステッド・アーティスト、風間サチコ、菊地智子、ヤコブ・キルケゴール、ジョセフ・コスース、ディン・Q・レ、李禹煥(リ・ウファン)、パーク・マッカーサー、ミヤギフトシ、宮島達男、宮永愛子、森村泰昌、奈良美智、パンクロック・スゥラップ、ソピアップ・ピッチ、アラヤー・ラートチャムルンスック、ヴァンディー・ラッタナ、ハラーイル・サルキシアン、笹本 晃、瀬戸桃子、杉本博司、田島美加、ロデル・タパヤ、ツァイ・チャウエイ(蔡佳葳)、梅津庸一、ワン・チンソン(王慶松)、ヤン・ヘギュ、イー・イラン、米田知子、ほか
【「音楽」「体育」の上映作品】
当プログラムは前期・後期に分かれています。
■前期:2023年4月19日(水)~7月4日(火)
上映時間約45分
<音楽>
マノン・デ・ブール《二度の4分33秒》2008年 12分36秒
ツェ・スーメイ《エコー》2003年 4分55秒
アジズ・ハザラ《タクビール》(神への祈り)2022年 9分58秒
<体育>
クララ・リデン《ウォームアップ:エルミタージュ劇場》2014年 4分20秒
ユ・チェンタ(余政達)《形容詞 ダンス》2010年 5分11秒
エリカ・ベックマン《テンション・ビルディング》2017年 8分16秒
以下の時間より上映を開始。
10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00、18:00、19:00、20:00、21:00
(祝日を除く火曜日は17:00閉館です。最終上映回は16:00です。)
■後期:2023年7月5日(水)~9月24日(日)
上映時間約56分
<音楽>
ヨハンナ・ビリング《マジカル・ワールド》2005年 6分12秒
ジェームス・リチャーズ《夜のラジオ(エクステンデッド・バージョン)》2015年 13分39秒
マルティーヌ・シムズ《身振りについての注釈》2015年 10分30秒
<体育>
クリスチャン・ヤンコフスキー《重量級の歴史》2013年 25分46秒
以下の時間より上映を開始。
10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00、18:00、19:00、20:00、21:00
(祝日を除く火曜日は17:00閉館です。最終上映回は16:00)
ラーニング・プログラム等実施のため、以下の日時は作品をご覧いただけません。あらかじめご了承ください。
※日時が追加される場合もあります。ご留意ください。
(タイムスケジュール)
- 5月14日(日)10:00~18:00
- 6月4日(日)10:00~18:00
- 6月7日(水)13:00~17:00
- 6月11日(日)10:00~18:00
- 6月14日(水)13:00~17:00
- 6月21日(水)13:00~17:00
- 6月25日(日)10:00~18:00
- 6月28日(水)13:00~17:00
- 7月28日(金)15:00~19:00
アイコン画像:「理科」の展示風景:「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」 森美術館(東京)2023 年