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ガブリエル・シャネルの創り出したファッション、生き方に触れる

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2022年8月5日

ガブリエル・シャネルの創り出したファッション、生き方に触れる


ガブリエル・シャネルの創り出したファッション、生き方に触れる

 

 

シャネル、といえば、世界的に有名なブランドの一つです。

その創業者ガブリエル・シャネルは、20世紀において、最も影響力のある女性デザイナーとして選ばれた人物であり、当時の女性たちにとってはアイコン的存在でもありました。

 

そんなシャネルの、日本では実に32年ぶりとなる回顧展が、三菱一号館美術館で開催中です。

今日はその内容と共に、何十年経とうと色褪せない彼女の世界の魅力をご紹介しましょう。

 

ガブリエル・シャネル ドレス 1966 年春夏 絹モスリン、グログラン パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon

 

 

①ジャージー・ドレスに籠められたシャネルのモットー

 

そのキャリアを通じて、ガブリエル・シャネルの作る服には、常に信念がありました。

それは、まず第一に「シンプルで、機能的であること」、そして、同時に「優雅(エレガント)であること」。

 

これら2つは、一見相反するようにも思えます。が、シャネルは、それらの概念を融け合わせ、「新しい美」を生み出し、提示したのです。

 

そんな彼女の信念を体現した、最初期の作例が、ジャージー素材のドレスです。

 

19世紀、女性のファッションは、コルセットで体をしめつけ、華やかに飾るのが主流でした。

が、シャネルは、そのような窮屈で動きにくい服に反発していました。

1916年、彼女は、ジャージー素材を使った初めてのドレスを発表、人々を驚かせます。

 

ジャージーは、それまでは、男性用の下着に使われるものでした。

しかし、柔らかく軽やかで、伸縮性もあり、体の動きにもそってくれる、そのような材質は、シャネルが求める「機能的で動きやすい服」に、ぴったりでした。

 

実際にドレスを見てみましょう。

 

ガブリエル・シャネル ドレスとジャケットのアンサンブル 1922-1928 年 絹ジャージー パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon

 

体のラインに沿って、流れ落ちるような自然なラインが印象的です。

ポケットがついている以外、装飾らしい装飾はありませんが、それ故に全体のシルエットの美しさが引き立ちます。

腕を上げても、歩いても、柔らかな生地は動きを阻害することはないでしょう。

 

ドレスが最初に発表されたのは、1914年に勃発した第一次世界大戦の真っ只中でした。

非常事態の中、物資は不足し、女性たちは動きやすい服を必要としていました。

安くて丈夫なジャージーのドレスは、このような時代のニーズとも合致し、瞬く間に流行します。

最初にジャージーに着目したシャネル自身も、「ジャージーの独裁者」と呼ばれるようになったのです。

 

 

②シャネル N°5

シャネルが作り出したのは、服だけではありません。

香水や、バッグ、靴など、彼女が手掛けた様々なファッションアイテムは、全て服と組み合わさり、総体的な「美」を作り出すパーツとして考えぬかれたものであり、一つ一つに彼女のこだわりが詰まっています。

その代表格として、香水「シャネル N°5」を見てみましょう。

 

ガブリエル・シャネル 香水「シャネル N°5」 1921 年 ガラス、木綿糸、封蝋、紙 パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon

 

これは、1921年、調香師エルネスト・ボーに作らせたもので、マリリン・モンローが愛用していたことでも知られています。

 

当時の香水は、花の香りなど、単一の香料を使い、具体的な香りを表現するのが、一般的でした。

それらは、例えばラリックの作品に見られるような、華やかで装飾的なデザインの瓶に入れられ、凝った名前がつけられていました。

 

しかし、「シャネル N°5」は、それらの「常識」を覆すものでした。

まず、原料として、バラやジャスミンなど80種以上の自然香料を用い、さらには大量の合成香料アルデヒドを組み合わせることで、持続性がもたらされます。

次に、容器として、シンプルで直線的な四角いボトルを採用。

さらに、パッケージも、白いボール製の箱に黒でラインを引いたミニマルなデザインを用いています。

華美に飾り立てることをよしとしない、シャネルの美学がここにも現れています。

そして、香水に付けられた名前「シャネル N°5」は、彼女自身のラッキーナンバーでした。

また、Cを2つ組み合わせた、シャネルのモノグラムが使われ始めたのも、この「シャネル N°5」からです。

 

「香水をつけない女に未来はない」

(高野てるみ、『女を磨くココ・シャネルの言葉』、マガジンハウス、2010年、p.24)

 

シャネルは、よくこのような言葉を口にしていました。

「シャネル N°5」は、そんな彼女が、「女性の香りのする、女性のための香水」として作らせた、いわば全ての女性たちへの贈り物と言って良いでしょう。

マリリン・モンローの発言によって一躍有名になり、1954年には、ボトルがニューヨーク近代美術館に展示、現在も永久保存されています。

「実用性」だけではなく、ある種の「芸術性」も備えた、まさにシャネルの「最高傑作」の一つと呼んでも過言ではありません。

 

 

③集大成ーーーシャネルのスーツ

 

1939年、第二次世界大戦が勃発。ドイツ軍がパリに侵攻してくると、シャネルはクチュール・ハウスを閉めます。

そして、彼女の沈黙は、1944年にパリが解放された後も続き、15年にも及びました。

その間にファッション界では、変化が起きていました。

クリスチャン・ディオールによって、絞ったウエストなど、女性らしいシルエットへの回帰を目指す「ニュー・ルック」が始まり、流行するようになります。

 

この風潮に反発したのが、シャネルです。

彼女はデザイナーとしての復帰を決意、1954年に新しいコレクションを発表します。

このコレクションの目玉が、シャネルのスーツでした。

スーツを構成するパーツの一つ一つ、細部にまで彼女のこだわりと技がつまっています。

 

ガブリエル・シャネル テーラードのジャケット、スカート、ブラウスとベルト 1965 年春夏 ウールツイードと絹シェニール、手彩色のガラリット、絹ガーゼ パリ、ガリエラ宮©Julien T. Hamon

 

例えば、柔らかくて軽く、カーディガンのように羽織れるジャケット。

スカートは、ウエストを締め付けず、腰の出っ張りに引っ掛かるようになっており、長さも長すぎず、快適で完全に自由な動きを保証してくれます。

そして、随所に施されたブレードは、しなやかさを保ちながらも、全体のシルエットを際立たせ、美しさ、気品をいや増してくれています。

また、ポケットの存在も無視できません。ポケットは、もともとは男性用スーツに欠かせないものでしたが、シャネルは、これを取り入れることで、全体にアクセントを加え、カジュアルな雰囲気をも付与しています。

 

快適さ、機能性、そして優美さーーーシャネルが初期から大切にしてきた「規範」が、ここにも息づいています。

 

シャネルは、次のように発言しています。

「この2着で、わたしはいつもちゃんとした格好をしていられる。これがシャネルというものなのよ」

(高野てるみ、『続・女を磨くココ・シャネルの言葉』、マガジンハウス、2010年、p.114)

 

まさにシャネルの集大成といってよい一品です。

 

「ファッション(流行)は移り変わるが、スタイルは永遠」

シャネルの残した言葉の一つです。

 

彼女が作ったのは、誰よりもまず自分が「着たい」と思う服でした。

が、服作りを通して、彼女は一つの「生き方(スタイル)」を提示してみせました。

 

自分が何を求めているのか。

自分がどうありたいのか。

そのために必要なものは何か。

そして、どうしても許容しがたいもの、譲れないものとは何なのか。

 

それらに対する答えは、シャネルの中で、常に明確だったでしょう。

 

だからこそ、彼女の服は、発表から何十年経とうと、古びることなく、人を惹き付け、訴えかける力を持っているのではないでしょうか。

 

ここに紹介したのは、展示のごく一部にすぎません。

ぜひ、ご自身で美術館に足を運び、シャネルのメッセージを体感してみてください。

 

文=verde

 

【展覧会情報】

ガブリエル・シャネル展  
Manifeste de mode

会期:2022年6月18日(土)〜2022年9月25日(日)

会場:三菱一号館美術館

          東京都千代田区丸の内2-6-2

時間:10:00〜18:00 (最終入館時間 17:30)

※祝日を除く金曜と会期最終週平日、第2水曜日は21:00まで(最終入館時間 20:30)

休館日:月曜日 

(但し、祝日の場合、7月25日※8月15日、8月29日※は開館)※トークフリーデー

入館料:一般 2,300円、高校・大学生 1,200円、小・中学生 無料

TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

URL:https://mimt.jp/gc2022/

 

トップ画像:

ガブリエル・シャネル 香水「シャネル N°5」 1921 年 ガラス、木綿糸、封蝋、紙 パリ、パトリモアンヌ・シャネル ©Julien T. Hamon

 



Writer

verde

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美術ライター。
東京都出身。
慶応義塾大学大学院文学研究科美学美術史学専攻修了。専攻は16~17世紀のイタリア美術。
大学在学中にヴェネツィア大学に一年間留学していた経験あり。

小学生時代に家族旅行で行ったイタリアで、ティツィアーノの<聖母被昇天>、ボッティチェリの<ヴィーナスの誕生>に出会い、感銘を受けたのが、美術との関わりの原点。
2015年から自分のブログや、ニュースサイト『ウェブ版美術手帖』で、美術についてのコラム記事を書いている。
イタリア美術を中心に、西洋のオールドマスター系が得意だが、最近は日本美術についても関心を持ち、フィールドを広げられるよう常に努めている。
好きな画家はフィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、カラヴァッジョ、エル・グレコなど。日本人では長谷川等伯が好き。

「『巨匠』と呼ばれる人たちも、私たちと同じように、笑ったり悩んだり、恋もすれば喧嘩もする。そんな一人の人間としての彼らの姿、内面に触れられる」記事、ゆくゆくは小説を書くことが目標。

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