それは写真か、それとも絵画か。「写真と絵画―セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」
アーティストと学芸員が共同して、石橋財団所蔵の特定の作品からインスパイアされた新作や、所蔵作品とのセッションによって生み出される新たな視点による展覧会、“ジャム・セッション”。
その第3回目にあたる「写真と絵画―セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策」展が、アーディソン美術館で開催中だ。
19世紀初頭に写真が発明された頃、記録としての絵画はその役目を終えようとしていた反面、新たな絵画表現として台頭したもののひとつに印象派がある。他方で写真は、同時期に美術作品として絵画的な表現が意識され、現代に至るまで続いている。人がものをどう見て、どう考え、どう表現するかという点において、写真と絵画は共通する。今回のジャム・セッションは、柴田敏雄と鈴木理策がその活動の初期より関心を寄せ続けていた印象派の画家ポール・セザンヌの作品を起点に、現代の写真作品と絵画の関係を問う試みだ。 2019年からおよそ3年間、コロナ禍で両作家と美術館の3者が議論を続け、今回の開催に至った。
本展では、セザンヌのみならず、柴田は藤島武二やアンリ・マティス、ピート・モンドリアン、ヴァシリー・カンディンスキーや円空、鈴木はギュスターヴ・クールベやクロード・モネ、ピエール・ボナールやアルベルト・ジャコメッティといった顔ぶれとセッションを繰り広げる。
展示は6つのセクションで構成され、うち4つのセクションは新作を含めた両作家の作品と石橋財団のコレクションを同じ空間に配置したセッションを展開。ポール・セザンヌのセクション、雪舟のセクションでは、3者の作品の共演が行われている。
両作家の新作・未発表作品約130点を含む約240点と、石橋財団コレクションより約40点、計280点を超える見応えのある内容となっている。
<セクションの構成>
セクションⅠ:柴田敏雄―サンプリシテとアブストラクション
セクションⅡ:鈴木理策―見ることの現在/生まれ続ける世界
セクションⅢ:ポール・セザンヌ
セクションⅣ:柴田敏雄―ディメンション、フォルムとイマジネーション
セクションⅤ:鈴木理策―絵画を生きたものにすること/交わらない視線
セクションⅥ:雪舟
セクションの構成を見ても分かるとおり、本展ではセクションごとに2人の作家を行き来しながら鑑賞する空間構成となっている。写真と絵画という一貫したテーマの中で、両者の作品と石橋財団コレクションをセクションごとに非連続的に鑑賞することで、同じ作家でも各セクションとのつながりやイメージを思い出しながら楽しむこともできるだろう。本展にあたり、美術館側がセザンヌと雪舟のセクションを別で設けることを条件にした采配も効いている。
会場風景(セクションⅤ)
本展の起点となるセザンヌは静物画での実験において、キュビスムへの影響を与えた多視点での絵画表現や色彩による遠近感を生み出した。1つの画面の中に複数の視点からの形が混在し、見る角度によって見え方が補正されることを前提とした一点透視(パース)によらない奥行きの表現だ。レンズに映る光景をありのままに等価に捉えるカメラに対して、人の意識が介入した絵画ならではの表現といえる。
「写真と絵画の違いを考える時に私が最も気になるのは、画面における作者の意識です。機械によって表現される写真では、意識が及ばなかったものまで再現されてしまいますが、絵画では、対象を見ることと、対象から受け取ったものを画布に表すことが、いずれも肉眼を通して行われ、意識の持続があります。」 ―鈴木理策
鈴木は2020年に、セザンヌの言葉をタイトルとした「知覚の感光板」という写真集を出している。
「芸術は自然に照応するひとつの調和であり、そこに芸術家個人の表現意図を持ち込むべきではない。自分の中にある先入観を忘れ、ただモチーフを見よ。そうすれば、知覚の感光板にすべての風景が刻印されるだろう。」と、セザンヌは語っている。鈴木はカメラの機械的な視覚、表現意図を持たずただ純粋に対象を捉えることにあらがうように、写真技法を用いつつもイメージを求めすぎずに作品の出来をフィルムカメラに委ねている部分が大きい。現像してから気づく意識や記憶の痕跡といった、絵画とは異なる表現を模索している。
鈴木理策 《知覚の感光板 18, PS-434》 (2018)
「モネは睡蓮の作品において、異なるレイヤーを描き分け、それらをキャンバスという面の上で統合している。その点は写真に近いものがあると思います。モネの睡蓮を見る時、視線は画面の中を移動し続け、見ている時間が感じられます。私が作品のプリントサイズを大きくしたり、ピントを浅くすることでフォーカスの存在を意識させたりするのも、見ることに手間取らせたい、見るための時間を立ち上がらせたい、と考えているからです。」―鈴木理策
今回展示されている作品の中には、作家としての表現のみならず、鑑賞者にそれをいかに意識し捉えてもらえるかということも意図した展示となっている。ぜひ絵画と写真を見比べながら、楽しんでいただきたい。
鈴木理策《サンサシオン 09, C-58》(2009)(広報用画像)
柴田がセザンヌを意識したのは、高校2年生の時。書店で手に入れた小さな画集の中の《赤いチョッキの少年(1888-90年頃ピュールレ・コレクション)》の表現に驚愕し美術を志すきっかけになったそうだ。印象派の手法に従い、豊穣で破綻のない見たままの自然の色調を伝えるために純色のみで描く方法は、セザンヌが晩年に多く描いた「サント=ヴィクトワール山」によく表れている。また、セザンヌは「自然を球体、円筒、円錐として扱うこと」という言葉にあるとおり、自然を幾何学化することにより、対象の立体感や、存在感、空間を強調することを試みていた。
柴田の《高知県土佐郡大川村》(2007)、鈴木の《サンサシオン 09, C-58》(2009)も現代の写真技法により、それぞれの手法でこれを実現している。
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-1906年頃(広報用画像)
柴田敏雄 《高知県土佐郡大川村》 (2007) 101.6×127cm
柴田はセクションⅢで、円空の木彫の仏像を2体選出している。円空は江戸時代の修験僧で仏師。生涯で12万体の仏像をつくることを発願したと伝えられ、現存としては5千体以上あるといわれている。柴田は円空の木彫のような立体的なフォルムを平面に落とし込むことに興味があったという。柴田は自然風景の中に画面を整える中心となるフォルムを抽出し、二次元上で再構成している。画面上で押したり引いたりし合うような視覚的効果を生み出し、見る者のイマジネーションを刺激する。このセクションの展示は壁面が蛇腹にカッティングされ、より立体を意識させるような空間になっているところも芸が細かくて面白い。
会場風景(セクションⅣ)
会場風景(セクションⅤ)
文=鈴木隆一
写真=新井まる
【アーティスト プロフィール】
柴田敏雄(Toshio Shibata)
1949年東京生まれ。東京藝術大学大学院油画専攻修了後、ベルギーのゲント市王立アカデミー写真科に入り、写真を本格的に始める。日本各地のダムやコンクリート擁壁などの構造物のある風景を大型カメラで撮影、精緻なモノクロプリントで発表、2000年代よりカラーの作品にも取り組み始め、その表現の領域を広げる。国内外多数の美術館に作品が収蔵されている。
鈴木理策(Risaku Suzuki)
1963年和歌山県新宮市生まれ。東京綜合写真専門学校研究科卒業。地理的移動と時間的推移の可視化を主題にシークエンスで構成した第一写真集『KUMANO』を1998年に刊行。一貫して「見ること」への問題意識に基づき、熊野、サント=ヴィクトワール山、桜、雪、花、ポートレート、水面等のテーマで撮影を続け、展覧会や写真集により作品発表を重ねている。
【展覧会情報】
展覧会名: ジャム・セッション 石橋財団コレクション×柴田敏雄×鈴木理策
会場: アーティゾン美術館 6階展示室、4階展示室内ガラスケース
会期: 2022年4月29日(金・祝) 〜 7月10日(日)
開館時間: 10:00 〜 18:00 (4月 29日を除く金曜日は20:00まで)
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/539
*入館は閉館の 30分前まで 休館日: 月曜日
入館料(税込): 日時指定予約制(2022 年3月1日[火]よりウェブ予約開始)
ウェブ予約チケット 1,200円、当日チケット(窓口販売)1,500円、学生無料(要ウェブ予約)
*この料金で同時開催の展覧会もご覧いただけます。
*ウェブ予約チケットが完売していない場合のみ、美術館窓口でも当日チケットを販売します。
*中学生以下の方はウェブ予約不要です。
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