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この春、美と生と死についての桜が咲き誇る「ダミアン・ハースト 桜」

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2022年3月19日

この春、美と生と死についての桜が咲き誇る「ダミアン・ハースト 桜」


この春、美と生と死についての桜が咲き誇る「ダミアン・ハースト 桜」

 

イギリスを代表する現代アーティストであり、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)のひとりでもあるダミアン・ハーストの日本初となる大規模個展「ダミアン・ハースト 桜」展が5/23まで東京・六本木の国立新美術館で開催中。

 

ハーストと言えば、ホルマリン漬けにされたサメや羊などの動物の死体を作品とした、生と死がテーマのインパクトのある作風を思い浮かべる方も多いはずだが、今回モチーフとしたのは日本の心とも言える“桜”。

桜を描こうと思ったきっかけは、2017年から制作に着手していたベール・ペインティングが庭や木々に見えたことと、幼い頃に母親が桜の絵を描いていたことだそう。ただし、ただ木を描いても面白くないと思ったハーストは、抽象的かつ具体的に描けたら両者の橋渡しができるのではと考え、今回の〈桜〉シリーズの着手に至った。

 

これまでも絵画に挑戦してきたハーストだが、以前は絵画に否定的であった。もともとはロスコやニューヨーク派といった1950〜60年代の抽象絵画に憧れていたものの、世の中に“今”のアートを見せるために、1990年代には薬棚をギャラリーとし、薬局を模した《Pharmacy》(ファーマシー)というインスタレーション作品などを発表。ハーストが当時を振り返ると、彼にとっての視覚言語は絵画じゃなかったと語っている。活気に満ち溢れていた現実世界に対しての、絵画のイリュージョンに耐えられなかったそうだ。

しかし、ソル・ルウィットやドナルド・ジャッドなどが描く抽象表現が、感情的で人の心を揺さぶることに気づいたことで、のちの彼の絵画作品「スポット・ペインティング」の制作へと繋がっていった。

 

この桜より大きな愛はない Greater Love Has No-One Than This Blossom (2019) 549cm×732cm

生命の桜  Sakura Life Blossom (2019) 三連画 各305cm×244cm「ダミアン・ハースト 桜」展示風景 2022年 国立新美術館

 Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022

 

 

 

ハーストが描く桜は、ドットで構成されていることからも分かるとおり、彼の作品シリーズ「スポット・ペインティング」の延長とも捉えられる。しかし、それだけではなくベーコンやポロックといった抽象表現における美術史の流れの中で、戦略的に描かれた作品とも位置付けられそうだ。ハーストは「ブルー・ペインティング」シリーズでも知られるように、これまでもベーコンを強く意識している。〈桜〉シリーズにあたっては、垂直に立てたキャンバスに絵具を飛ばし、しぶきを制御するベーコンの技法を体得し、ポロックの「アクション・ペインティング」のような自然で無意識的な作品に近づくように、“ルールを作っては壊す”といったプロセスにより制作されている。

 

また、当初は桜をピンクと白のみで描いていたが、街路樹の緑に赤や青の反射光がチラついていることに気づいたことをきっかけに、赤や黄色を足すようになったそう。色を増やしたことで、絵全体に命が宿ったとハーストは語る。

また、〈桜〉シリーズの面白さの1つは“チラ見”の要素にあると彼は言う。人は他者を見る時に顔や脚を断片的に見た上で、キュビズム的に脳内で他者を構築する。絵に必要なのは断片要素の集積。確かに今回の作品シリーズは、全体としては抽象表現だが、部分を見た時の絵具の色や積層、テクスチャーといった情報が集積していることに気づかされる。

 

 

「ダミアン・ハースト 桜」展示風景 2022年 国立新美術館

 Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022

儚い桜 Fragility Blossom (2018) 305cm×244cm

 

 

鑑賞者に没入感を与えるために実物に近い大きさで描かれた桜は、木を間近で見た時に視界いっぱいに広がる感じを目指したそうだ。刹那の儚い“桜”というモチーフを、生と死を一貫したテーマとして独自の死生観を表現してきたダミアン・ハーストが描いた本シリーズ。会場は作品数に対して十分な展示空間が確保されているため、お花見会場にしてはゆったりと観覧できるはず。日本の桜の季節にあわせて開催された本展で、ひと味違う花見を楽しんでみてはいかがだろうか。

 

母の桜(部分) Mother’s Blossom (detail) (2018) 

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

 

【作家プロフィール】

ダミアン・ハースト(Damien Hirst)

1965年、英国ブリストル生まれ。リーズで育ち、1984年からロンドン在住。

1988年、ゴールドスミス・カレッジ在学中に、学生と共に作品を展示した「フリーズ」展を主催。同展はハーストだけでなく、その他の新進アーティストのキャリアをスタートさせるきっかけになるとともに、「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)」の誕生を示すものとなった。1995年にはターナー賞受賞。彫刻、インスタレーション、絵画、ドローイングといった創作活動において、生と死、過剰さ、儚さといったテーマを探求する。

 

 

【展覧会情報】

「ダミアン・ハースト 桜」

 

会期:2022年3月2日〜5月23日

会場:国立新美術館 企画展示室2E

住所:東京都港区六本木7-22-2

電話番号:050-5541-8600 

開館時間:10:00〜18:00(毎週金土〜20:00) ※入場は閉館の30分前まで

休館日:火(ただし5月3日は開館)

料金:一般 1500円 / 大学生 1200円 / 高校生 600円 / 中学生以下無料

公式:https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/damienhirst/

 

 

「ダミアン・ハースト 桜」エントランス 

Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022

 



Writer

鈴木 隆一

鈴木 隆一 - Ryuichi Suzuki -

静岡県出身、一級建築士。

大学時代は海外の超高層建築を研究していたが、いまは高さの低い団地に関する仕事に従事…。

コンセプチュアル・アートや悠久の時を感じられる、脳汁が溢れる作品が好き。個人ブログも徒然なるままに更新中。

 

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