磯谷博史 「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」
新型コロナウイルスの感染拡大の状況を鑑み、会期が延期されていた磯谷博史の個展『「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」』が、六本木に今年オープンした新しいアートギャラリー「SCAI PIRAMIDE」で10/16(日)まで開催中。
iPhoneで撮影した気まぐれな実験や旅先の発見など、宛名のない手紙のように行き交う親密でパーソナルな写真の数々、マットレスとマットレスの写真による反復的なインスタレーション、壁に描かれた動かない時計。礒谷は特殊な方法を用いず、日常から拾い上げた素材で、鋭い状況の構成と知的パズルを創り出してきた。過去から未来へと一方向に進む時間軸のイメージに介入し、作品を通じて複数の視点を並べることで、私たちの現在の認識を揺さぶる。
セピア色の写真とペイントされた額
本展で展示される誰しもが持つ心の原風景のような、セピア色の写真の数々。額縁の一辺にペイントされた色は、花の色やコインを押し当てて充血した肌の色など、被写体本来の色をトレースしたもの。額の色を頼りに、見る者に脳内で色を重ね合わせる余白を与えてくれる。
新作の《活性》(2021年)は、約5,000年前の土器の破片を泥に戻し、バスケットボールほどの大きさの球体に焼き上げたもの。時間が凝縮された古代の遺物をツルッとした現代の人工物に再編成する本作は、作品が内包する時間と文脈を相互に更新し、知の再活性を促している。
《活性》(2021年)
オレンジ色の発光が周囲を包むインスタレーション《花と蜂、透過する履歴》(2018年)は、ミツバチが労働した結晶とも言える蜂蜜をトロけるようなガラス瓶に詰め込み、集魚灯(夜に魚を誘き寄せるライト)を落とし込んだ作品。琥珀色の液体は、時に比重の大きい蜂蜜が底の方から沈殿して固形化し、異なる糖度と状態の層を形成する。
《花と蜂、透過する履歴》(2018)
ホワイトキューブを赤く染める《同語反復と熱》(2021年)は、建築用のLED照明が光源となっており、本来月明かりほどの光量を頼りに飛ぶ蛾が、その習性ゆえにライトを打ちつける様子を、蛾の鱗粉を含んだ蜜蝋が塗られたチェーンで表現した作品。プログラムされたように組織化された昆虫の生態は、コロナ禍で見直される私たち人間社会の危うさを示しているかのようだ。
《同語反復と熱》(2021年)
ドイツの哲学者であるユクスキュルは、すべての生物は自分自身の持つ感覚によってのみ世界を理解している“環世界”を提唱したが、この作品を見ていると人間には分からない“蛾の世界”に少し触れられた気にさせてくれる。
T・S・エリオットによる長編詩《四つの四重奏》(1943年)の一節を参照する本展。「さあ、もう行きなさい」——エリオットの詩に現れる鳥は、笑いながら戯れる子供達を横目に諭し、深遠な謎を残して頭上を過ぎ去っていく。この鳥は過去から未来へと一方向に流れる時間の観念から逃れ、複層的に世界を捉える視点で私たちを見ているのかもしれない。
文=鈴木 隆一
【作家プロフィール】
磯谷 博史(Hirofumi Isoya)
1978年東京都生まれ。美術家。東京藝術大学建築科を卒業後、同大学大学院先端芸術表現科および、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ、アソシエイトリサーチプログラムで美術を学ぶ。近年の主な展覧会は『インタラクション:響きあうこころ』(富山市ガラス美術館、富山/2020)、『Together We Stand』(Bendana | Pinel、パリ/2020)、『シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート』(ポーラ美術館、神奈川/2019)、『六本木クロッシング2019 : つないでみる』(森美術館、東京/2019)、『Le spectre du surréalisme』ポンピドゥー・センター40周年記念展(Atelier des Forges、アルル/2017)など。
【展覧会情報】
磯谷博史 「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」
会 期 | 2021年9月9日(木)〜10月16日(土) 12:00-18:00 ※ 事前予約制
休廊日 | 日・月・火・水・祝日
会場 | SCAI PIRAMIDE (スカイピラミデ)
住所 | 106-0032 東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル3F
www.scaithebathhouse.com ご予約はこちらから