最高にワイルドな写真家は、とても優しい人だったー
『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』で、写真界のレジェンドの足取りを追う
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
これは、一人の写真家の物語だ。
森山大道。あなたは、その名を聞いたことがありますか?
この映画は、上述の、菅田将暉の語りかけによって始まります。
高校生の時、仲間内で、ある「かっこいい」写真集を回し読みしていた菅田将暉。やがて彼は役者になり、高校時代のことを忘れ、映画に出演することになりました。そしてスチールを担当したのが、かつて夢中になった写真集のフォトグラファー、森山大道だったのです。
このエピソードが示すように、「森山大道の写真」といってイメージするのは、強烈な「かっこよさ」でしょう。写真が好きな人であれば、誰しも一度はあのワイルドな世界に惹き込まれたことがあると思います。
©Daido Moriyama Photo Foundation
編集者と造本家が、今は絶版になっている森山の50年前のデビュー作『にっぽん劇場写真帖』を蘇らせ、世界最大の写真の祭典である「パリ・フォト」で発表しようと奮闘する、というのがこの映画の骨子です。森山が撮影したたくさんの写真の来歴を調査し、検証していくとともに、森山の中でかつての不安や迷い、会えなくなった仲間や大切な思い出などが蘇り、森山大道という一人の写真家の姿が明らかになっていくのです。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
黒い犬のように徘徊し、ハンターのように狙い撃つ
スナップショットの名手
森山は、スナップ撮影の際、彼の写真を代表するあの有名な黒い犬(通称『三沢の犬』)のようにワイルドな雰囲気を醸しています。ファインダーを覗きながら、自分の感覚と構図が一致した瞬間だけシャッターを押すさまは、まるで狙ったものを正確に捉えるハンターのようでした。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
©Daido Moriyama Photo Foundation
新宿や秋葉原、中野などの見慣れた街も、森山の撮影ルートを介すると、魅力的な被写体がたくさんあるように思えてきます。モチーフの選び方、背景を含めた切り取り方、撮影に最適な瞬間の掴み方などに一切のぶれがないので、熟練の職人の手わざを目の当たりにしているような感動を覚えました。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
映画の中で登場するデジタルカメラはニコンの「COOLPIX S7000」。森山大道のカメラといえばリコーのGRというイメージですが、作中のCOOLPIXは起動や反応が早く、この黒い小さなカメラを携えて街中スナップをしたくなります(もちろん、森山が使っているからかっこよく見える、ということなのですが)。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
唯一無二の大切な人
中平卓馬との思い出
映画の中で繰り返し語られるのは、写真家の中平卓馬との思い出です。森山と中平は逗子で出会い、雑誌や写真集を見ながら写真談義をしていたとのこと。憤懣ややるせなさを抱えた若い二人は深く語り合い、当時の森山は中平しか見えていなかったと言います。
そんな時、中平は森山に、ジャック・ケルアックの著作『路上』を渡したそうです。中平は森山が、生涯を通して路上でスナップし、道を切り開いていくであろうことを鋭く予感していたのでしょう。
中平がジャン=リュック・ゴダール、森山がフェデリコ・フェリーニを愛好していたというエピソードも、才気溢れる二人の写真家のそれぞれの個性を示しているように思います。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
中平の命日、森山は、かつて二人でよく訪れた青山通りをスナップします。フレームには雨の空が映り込み、まるでカメラも涙を流しているようでした。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
クールな作風と変わらぬ信念
写真家の優しさがにじみ出る映画
この映画には、写真集をつくるにあたって密接に関わってくる製紙工場や印刷所も登場するため、写真集が紙やインクなど、複数の物質の力で生まれるものであることが分かります。冒頭で菅田将暉が夢中になったという写真集のクールさ、かっこよさは、写真のフィルムやデータとともに、その他の物質的な要素と、携わるスタッフの力が合わさって成立していることが実感できるのです。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
作中、写真集づくりに携わっている人々は、森山の写真にだけではなく、人柄にも惹かれているように感じました。森山は、お客さんやスタッフに優しく丁寧に接し、端正なサインを書き、誠実な言葉で語ります。もはや写真界の生きた伝説であり、たくさんの熱狂的なファンがいるにも関わらず、誰に対しても変わらぬ態度で接し、写真に対する信念を静かに熱く語るのです。全体を通して森山の人柄がにじみ出るこの映画は、ファンをさらに増やすことでしょう。
© 『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
森山大道の昔と今、そして未来の姿も予感できる『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』は2021年4月30日(金)より新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイント他全国順次公開。是非この機会をお見逃しなく。
文=中野昭子
【作品概要】
映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』
出演 森山大道 神林豊 町口覚
監督・撮影・編集 岩間玄
音楽 三宅一徳
プロデューサー 杉田浩光 杉本友昭 飯田雅裕 行実良
制作・配給 テレビマンユニオン
配給協力・宣伝 プレイタイム
企画協力 森山大道写真財団ほか
印刷協力 東京印書館、誠晃印刷
助成 文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)
独立行政法人日本芸術文化振興会
2021年/日本/112分/5.1ch/スタンダード
©︎『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』フィルムパートナーズ
公式サイト:https://daido-documentary2020.com/