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野生のにおいに、視点が返る『ちゅうがえり』鴻池朋子

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2020年7月27日

野生のにおいに、視点が返る『ちゅうがえり』鴻池朋子


野生のにおいに、視点が返る 『ちゅうがえり』鴻池朋子

 

ブリヂストン美術館(1952年開館)が2020年1月に新たに『アーティゾン美術館』として生まれ変わった。これを記念して今後、⽯橋財団コレクションと現代美術家が共演する「ジャム・セッション」展を毎年1回開催すると発表。第1弾となる本展は、絵画からインスタレーション、彫刻と多様な表現で一貫して「いのち」を問うアーティスト・鴻池朋子。本稿では展覧会の様子をご紹介します。

 

 

展示室に入ると円形状大襖絵の新作や、大型のインスタレーションが多く展示されておりぐっと落ちた照明も相まって”夜の森に迷い込んだ”錯覚に陥る。アーティゾン美術館のコンセプト「創造の体感」を体現しているかのようだ。

 

《湖ジオラマ》2013/《山ジオラマ》2013/《振り子》2020

《襖絵インスタレーション》2020

 

中央の《襖絵インスタレーション》は、ぐるりと展示室内の作品を鑑賞しながらスロープを昇ると、滑り台があらわれる。ほかに道はなく、恐る恐る滑り降りると、モノクロの世界に放り出されるような形で着地した。

 

階段から滑り台までが暗い分、ライトアップされた襖絵はモノクロにもかかわらず眩しい。月面や竜巻のような絵が森羅万象を思わせ、まるで滑り台の産道から世界へと産み出されたようにも感じる。

作品ごとの解説は少なく、タイトルもシンプルな分より一層作家の意図を想像してしまう。言葉で細かく説明するよりも、余白を想像して楽しむのがアート鑑賞の醍醐味ではないだろうか。

 

《森の小径 インスタレーション》2020

 

展示室の四隅には区切られた空間があり、急に別の時空を超えて世界に出てしまったかのように感じる。熊や狼の毛皮、木、ビニール、毛糸などの素材がぶら下がる小径もその1つだ。

 

鴻池朋子は動物の毛皮をはじめ生き物の様々な素材を用いているが、はじめは人毛だったという。美容院で破棄される髪の毛を染めて束にして干し、コートの上にひとつずつ縫い付けていったことがあるそうだ。その後に手触りが素晴らしい狼の毛皮に出会い、この小径も天井に鼻からぶら下げられているのは”害獣”として殺処分されている。たちまち立ち込める獣のにおいと、触れずには通れないような展示方法に思わず”怖い”と感じてしまう程の迫力があったが、しばらくして見とれていることに気づいた。

 

人間は一匹の動物として一人一人全部違う感覚で世界をとらえ、各々の環世界を通して世界を眺めている。それは一つとして同じものがない。同じ言葉もない。

同じ光もない。芸術がそのことに腹をくくって誠実に取り組めば、小さな一匹にとって世界は官能に満ち、やがて新たな生態系が動きだす。

イリュージョンを言語にすり替えず、日々出会うものたちをしっかりと手探りし、遊び、粛々と自分の仕事をしていこう。」 

鴻池朋子

 

人間目線で”害がある”と線引きされた彼らはどう思いながら殺されたのだろうか。死んでもなお美しく、生々しい毛皮を見つめていると彼らの視点にならざるを得ない。

 

《ドリームハンティンググランド》2018

 

 

素材の触感が面白いものだけでなく、描く方法の違いをみて楽しめる作品もある。

昔ながらの手法であるカービングで描かれた大きな作品《ドリームハンディンググランド》だ。色を塗った板を削って描かれているので、線は木の白っぽい色になる。

今回はコロナウィルス感染症拡大防止のため、作品を触らない展示となっているが、本来は作品に指をなぞらえることで目を閉じていても”観ることができる”アート作品だ。

目で見ても、指で観ても線の一本一本力強く掘られた動物や、はたまたアザラシの毛という異素材で描かれたモチーフは力強く存在感を放っている。

 

《スナップ写真、ラフスケッチ等》2019-2020

 

また、書斎のデスクのようにラフに並べられたスナップ写真とスケッチのコーナーも興味深かった。心だけではなく身体も当然ながら全く同じ人などこの世にはいなく、唯一無二だ。視覚や聴覚などに障害を持っていたりと、様々な特徴を持つ人たちの目線で、作文のような日記のような文章が並べられている。

 

一見統一性がないような展示の共通点が、”様々な目線、考え”であり、その都度に視点が”ちゅうがえり”させられていることにようやく気付いた。

 

ちなみに本展は”セッション”という企画だけあって、鴻池朋子の作品だけではなく、《皮トンビ》のそばには、ギュスターヴ・クールベの《雪の中を駆ける鹿》や、アルフレッド・シスレーの《森へ行く女たち》など時代を超えた名画が設置され、作家同士が対話をしているようだった。

 

ギュスターヴ・クールベ《雪の中を駆ける鹿》1856-57 年頃 石橋財団 アーティゾン美術館写真提供:アーティゾン美術館

 

匂いや肌で感じる”動物的”な匂いと、人間の”原型”を考えてしまうような展示内容。

どれをとっても実際に空間に没入してしまい、観終わったあとには充実した疲労感を感じた。

6階展示室だけでも満腹感はあると思うが、同時開催の第 58 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 「Cosmo-Eggs | 宇宙の卵」(5 階展示室)や、石橋財団コレクション選 (4 階展示室)も同料金で鑑賞できるので是非体力万全で臨んでほしい。

 

さらに、今回の展示はなんと学生の皆さんは無料(要予約)で鑑賞できるのも嬉しい。

Stay homeを頑張っていた方々に刺激と共に気づきを与えてくれる本展をお見逃しなく。

 

《影絵灯篭》2020

 

文:山口智子 写真:新井まる

 

 

【開催概要】

■展覧会名 : ジャム・セッション 石橋財団コレクション × 鴻池朋子 鴻池朋子 ちゅうがえり

■会 期 : 2020年6月23日[火] – 10月25日[日] ※会期変更

■開館時間 : 10:00 – 18:00( 祝日を除く毎週金曜日は20:00まで /当面の間、中止)

*入館は閉館の 30 分前まで

■休 館 日 : 月曜日 (8月10日、9月21日は開館)、8月11日、9月23日

■会 場 : アーティゾン美術館 6 階展示室

■主 催 : 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館

 

同時開催

第 58 回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展 「Cosmo-Eggs | 宇宙の卵」(5 階展示室)

石橋財団コレクション選 (4 階展示室)

特集コーナー展示|新収蔵作品特別展示:パウル・クレー

特集コーナー展示|印象派の女性画家たち

 

*注意事項 : 6階展示の一部で、毛皮等が肌に触れる可能性があります。

 

■入館料 (税込)

・一般 予約チケット:1,100円 当日チケット:1,500円

・大学生/専門学校生/高校生:無料 要予約

※入館時に学生証か生徒手帳をご提示ください

※ウェブ予約をされない場合は「当日チケット」(一般)をご購入ください

 

・障がい者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名:無料 要予約

(入館時に障がい者手帳をご提示ください。)

・中学生以下の方:無料 予約不要

 

*この料金で同時開催の展覧会を全てご覧いただけます

*ウェブ予約チケット:各入館時間枠の終了 10 分前まで販売

*当日チケット:ウェブ予約チケットが完売していない場合のみ販売

 



Writer

山口 智子

山口 智子 - Tomoko Yamaguchi -

皆さんは毎日、”わくわく”していますか?

幼いころから書道・生け花を始めとする伝統文化を学び、高校では美術を専攻。時間が許す限り様々な”アート”に触れてきました。

そして気づいたのは、”モノ”をつくることも大好きだけれど、それ以上に”好きなモノを伝える”ことにやりがいを感じるということ。

現在、外資系IT企業に勤めながらもアートとの接点は持ち続けたいと考えています。

仕事も趣味も“わくわくすること”全てに突き動かされて走り続けています。

instagram: https://www.instagram.com/yamatomo824/
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