不変に前衛的『特別展 ZERO IS INFINITY 「ゼロ」と草間彌生』
草間彌生美術館は2017年10月に開館して以来、草間彌生作品のコレクション展を年2回してきた。しかし今回は初めてのグループ展ということで、草間のアイコンで浮かばれる水玉も、カボチャもない。既に何度も訪れているファンに対してはサプライズな展示となっていた。
本記事ではこれまで紹介される機会が少なかった「ゼロ」の作品を中心にフォトレポートで紹介したいと思う。
(手前)クリスチャン・メーゲルト《12枚の鏡のモビール》1964/2020年
(奥)クリスチャン・メーゲルト《鏡の壁》1961/2020年
1.「ゼロ」とは
1958年、ハインツ・マックとオットー・ピーネによってデュッセルドルフに立ち上げられたグループ「ゼロ」。グループとして立ち上げられた「ゼロ」はやがてアーティスト・ネットワークへと展開していく。そして、戦後芸術をリセットすることを理念とし、大戦によって分断されてしまったヨーロッパの前衛アーティストたちの協働と連帯を強く促す原動力となった。
当時ニューヨークで活動していた草間も1960年代にこの「ゼロ」に関連する展覧会に複数回参加し、ヨーロッパのアートシーンでも注目を集めることになった。
本展では今まで国内で紹介されることの少なかった「ゼロ」のアーティストたちと、「インフィニティ(無限)」へと向かう草間作品あわせて29点の作品を通して見つめることができる。
いわゆる深刻な社会状況を表現した芸術動向のような、”戦後芸術”をイメージして足を運ぶと大きく裏切られることになる。”60年代のアート”であることを忘れ、新進気鋭のアートに触れた感覚の方が強く残ったのだ。
2.「ゼロ」としての草間作品
まずは、写真撮影が可能なことも嬉しい、2点の草間作品から紹介する。
草間彌生《ナルシスの庭》1966/2020年
ベネチア・ビエンナーレの会場でゲリラ的に行なったインスタレーションとパフォーマンスは、昨年公開された映画『草間彌生∞INFINITY – 映画』内でもそのエピソードが描かれていたためご存知の方も多いだろう。1500個のミラーボールを床に敷き詰めたこのエンヴァイラメンタルな作品は、2001年の横浜トリエンナーレでは海にミラーボールが浮かべられた。
本展では5階屋上に敷き詰められたミラーボールは、ミラーボール内で他のミラーボールを写し広がりを見せる。早稲田エリアを見下ろす大きな窓にも晴れた日には反射し、溢れるように映るのではないだろうか。
草間彌生《無限なる天国への憧れ》2020年
草間は、60年代初頭の「集積」シリーズ以降、鑑賞者を引き込むエンヴァイラメンタル・アートへの志向を強めていた。合わせ鏡の原理で無限に広がる空間を作り出すミラールームの手法は現代でも多くの作家たちに用いられるが、これを草間が初めて発表したのは65年のこと。本展では、同じく65年に企画されるも天候や経済的問題により実現しなかった大規模グループ展『海の上のゼロ』のために構想した六角形のミラールーム『愛はとこしえ』と同シリーズの2020年の最新作が世界初公開となる。覗き込み型のミラールームには明滅するカラフルな電球が施され、狭く暗い部屋にいることを忘れるほど眩くまさに”無限に”広がる空間に放り出されたような感覚に陥る。
“Basically, my idea and explorations on fashion have not changed; however, I believe I’m going state-of-the-art on fashion.”
かつての草間の発言を思い出す。
確かにこの2つの作品『ナルシスの庭』も、最新作の『無限なる天国への憧れ』も、どちらも草間らしい作品であり、彼女はブレずに自己と向き合いながら作品を制作しているわけだが、それがいつ観ても新しいのだ。
約60年も前から新しいことをやり続けた草間は、真に時代の最先端をいく作家だと改めて感じた。
3.「ゼロ」と草間の相違点
本展では草間作品だけではなく、13名の「ゼロ」の作家たちの作品をみることができる。モノクロームの追求、幾何学形やグリッドの反復、ステンレス、鏡、電気などの新素材の探求など、各作家に共通点を多く見出せる一方、「ゼロ」と草間氏の間には明確な質的相違が認められる。
『特別展 ZERO IS INFINITY「ゼロ」と草間彌生』 展示風景 2020年
「ゼロ」の作家たちの関心は、純粋な視覚的要素や物質性、客観性の追求であった。
展示作品の多くが正面からの視点だけではその素材を正確に把握することが難しく、好奇心を刺激されるものであった。
実際に作品たちを目の前にし、よく観察しなければ、使用されている素材が何であるか、またどのように制作されたのかを判断することが難しいものが多い。
エンリコ・カステラーニ《Surface》1962年 © Fondazione Enrico Castellani BSN 新潟放送所蔵(新潟市美術館寄託)Courtesy of Niigata City Art Museum
例えば、エンリコ・カステラーニによりカンヴァス表裏に釘を打ち込んだ三次元の作品は、陰影で表情を変えるため”光の絵画”と呼ばれている。
”私の作品は、何かを訴える必要はない”と言い放ち、主観性を排除した規則的な凹凸の表現スタイルを約半世紀にわたり続けていた作家だ。
一目見たときにその素材が何かを把握するのが困難であり、自身の心理状況によってレザーのように伸縮性があるものにも感じることもあれば、冷たく硬い銅のように感じる方もいるのではないか。
実際に使用されている素材はキャンバスと金属で、注意深く近づくと丁寧に彩色された作品であることを知り驚いた。
一方、同室に展示されている草間の作品はどうだろう。
いずれも草間彌生作品(左から)
《ファリック・ガール》1967年
《マカロニ・スーツケース》1965年
《無限の網(1)》1958年
向かって左側には、布に綿を詰めた男根状の突起物を日用品に無数に貼り付けたソフト・スカルプチュア。その隣はかばんの表面にマカロニを貼り付け彩色した立体作品がある。これら「集積」シリーズは幼児から体験してきた幻覚や性、大量生産された食物などに対する強迫観念を作品化し、あえて増殖させることで恐怖感や嫌悪感を克服することを意図している。右手側の壁に展示されているのは、永遠に網目が続く『無限の網』シリーズだ。
”客観性の追求”をする「ゼロ」の作家たちと、自身を支配する幻覚ヴィジョンから逃れるための内発的で”主観的な制作原理”から制作を行っている草間の作品が同じ空間に展示されている違和感と、色彩や物質性の共通項から抱く一体感の共存は非常に興味深く、本展の見どころといえるのではないだろうか。
ハインツ・マック《空間の光格子》1961-1969年
「ゼロ」のアーティストたちの壮大な実験は約10年間で幕を閉じた。
しかしながら「インフィニティ(無限)」へと向かうひとつのモチーフの反復やモノクロームの追求は、多くの現代アーティスト達にも影響を与えていると感じる。今観てもなお、時代の最先端をいく本展をお見逃しなく。
文: 山口 智子
写真: 新井 まる
【開催概要】
特別展 ZERO IS INFINITY
「ゼロ」と草間彌生
会期 |
2020年3月5日(木)〜2020年5月31日(日) ※草間彌生美術館は3月9日(月)~ 5月6日(水)まで臨時休館 |
会場 |
草間彌生美術館Google Map |
住所 |
東京都新宿区弁天町107 |
時間 |
11:00〜17:30
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休館日 |
月曜日 火曜日 水曜日 ※国民の祝日は開館 ※展示替え期間や館内メンテナンス期間、年末年始などは休館となりますので、事前にカレンダーで最新情報をご確認ください。 ※臨時休館のお知らせ草間彌生美術館は3月9日(月)~ 5月6日(水)まで休館致します。 |
観覧料 |
※オンラインチケットをお持ちの方のみの入館 一般 1,100円(税込) 小中高生 600円(税込)
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URL |
◆ 参加作家
エンリコ・カステラーニ、ルーチョ・フォンタナ、イヴ・クライン、草間彌生、アドルフ・ルター、ハインツ・マック、ピエロ・マンゾーニ、クリスチャン・メーゲルト、ヘスス・ラファエル・ソト、ヘンク・ペーテルス、オットー・ピーネ、ヤン・スホーンホーフェン、フェルディナント・シュピンデル、ギュンター・ユッカー