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職人の経験値と瑞々しい感性の融合 眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー Vol.2

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2018年12月3日

職人の経験値と瑞々しい感性の融合 眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー Vol.2


 

 

職人の経験値と瑞々しい感性の融合 眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー Vol.2

 

 

 

銀座メゾンエルメス フォーラムにて『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』 Vol.2が開催中だ。(アーティスト・レジデンシーの説明及びVol.1の様子はこちら)ミニマリズムやコンセプトを重視したVol.1と比較すると、Vol.2は日常的なものを通して表現するアーティストを扱っているのが特徴である。アーティストと職人の共通項は手の世界に宿ることから、本展は「眠らない手」と名づけられた。将来有望なアーティスト達と彼らの作品をご紹介したい。

 

 

 

シルクプリントに21世紀のエデンの園を表現した ビアンカ・アルギモン

 

 

 

 

 

 

自身をデッサンのアーティストと自負するアルギモンは、フランス、リヨンのホールディング・テキスタイル・エルメスに滞在が決まるや否や、柔らかく、触り心地がよく、光沢感があるシルクに対極するものとして、様々な「悪」を詰め込んだ21世紀のエデンの園を描き始めた。

 

 

 


エデンの西:ドローイング
Drawing of West of Eden
2017
紙にドローイング
Drawing on paper
145 x 90 cm

 

 

 


リンゴが実った木をあえてピクセル画で描き、沢山のアダムとイヴを登場させた。なすすべもなく彷徨う動物たちは変化してしまった自然や環境を表現しているという。もはや現実を見たくないダチョウたちは地面に頭を埋めこんだり、眼鏡(AR=拡張現実)をかけたりしている。

 

 

 


エデンの西
West of Eden
2017
シルク・モスリンの三部作
シルク・モスリンと装丁された本
Triptych in silk muslin including a bound book
151 x 92 cm, 87 x 51 cm, 34 x 34 cm

 

 

 

本型の作品はページごとに構成、破壊、分解など、デッサン再現までの段階を示している。

 

 




マテラッツィ
Materazzi
2017
木、釉掛けした陶器、金属
Wood, enamelled ceramics, metal
124 x 72 cm

 

 

 

アルギモンの作品を語る上で欠かせないのが「パラドックス」である。例えば、サッカーのテーブルゲームを模した作品『マテラッツィ』は遊具として遊ぶことは不可能だ。選手たちは怪我をした「ふり」をしゲームとして全く機能していないからである。

彼女は、常に社会の問題を捉え、我々の世界にある「パラドックス」を突き詰めている。一見すると優しい色合いのシルクプリントに潜むアルギモンなりのディストピアを、じっくり堪能して欲しい。

 

 

 

 

靴工房の職人たちのクラフトマンシップを作品に反映 アナスタシア・デュカ

 

 

 

 

 

 

イギリスのノーサンプトンにあるジョンロブの靴工房に滞在し、伝統的な靴作りのクラフトマンシップに触れたアナスタシア・ドゥカが制作したのは98足の「機能しない靴」だ。ジョンロブの職人の中からプロジェクトに同意を得た98名と長期にわたるコミュニケーションを経て、それぞれの靴を作り上げたのである。

靴のデザインはパターン部に考案してもらい、4つのブロックの色と素材を職人に提供した。一人一人の好みをヒアリングし、最終的には皮のみならず、プラスチックや石膏、木材を組み合わせるなど、豊富なバリエーションが生まれた。個性豊かな98足はそれぞれ職人のキャラクターが投影されており、鑑賞者はジョンロブの靴職人としての集団性、アイデンティティーを感じるであろう。

 

 

 


Installation view / 展示風景 ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 


タイツ 捨てられないものたち
Le Collant_The thing you can’t get rid of
2017
皮革、ゴム、パピエマシェ(紙張り子)
Leather, rubber, papier-mâché

 

 

 

 

道具の持つ寓意性に着目した イオ・ブルガール

 

 

 


Photo : Tadzio, 2016 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

会場に突如現れた巨大な皮革道具たちは、ブルガールの『波に身を任せ』という作品である。フランスのスロンクール皮革工房に滞在したブルガールを魅了したのは、皮革を扱うときに使用する「道具」であった。道具の持つ可能性・・・。自分たちの未来の手助けとなるような道具に寓意性を見出したのだ。

これらは、驚くことに一隻の船(ボート)に収納ができる。下の写真を用いて説明をすると、落花生のような凹凸を持った深いブラウンのオブジェが蓋で、艶感のあるホワイトの直立したオブジェが船底にあたる。このオブジェは樹脂を使用しているので、実際に水に浮かべることが可能だ。彼女は上質な皮革の持つ伸縮性といった特性や職人の持つ伝統的なステッチの技術を見事、自分の作品に昇華させた。

 

 

 


波に身をまかせ
Que vogue la galère
2016
皮革、樹脂、ガラス繊維、ステンレス、木材、コルク、磁石
Leather, resin, fibreglass, stainless steel, wood, cork, magnets
作品収納時 150 x 80 cm
150 x 80 cm closed

 

 

 


(左)流れる(か否か)の経験
Experience of flow or not
2018
木炭、グワッシュ
charcoal, gouache
サイズ可変
Dimensions Variable.

 

(右)合意の壁
Wall of consensus
2017
紙に油彩、石膏
Oil on paper, plaster
78 x 65 cm
Courtesy of Galerie Maïa Muller, Paris, France

 

 

 

オブジェ(三次元から)、壁画(二次元)へ、そして額縁が三次元に手を伸ばすような一連の流れにも是非、着目して欲しい。

 

 

 

 

童話「赤ずきん」を独自に解釈した ジェニファー・ヴィネガー・エイヴリー

 

 

 

 

 

 

滞在先のフランス、リヨンのホールディング・テキスタイル・エルメスの職人たちを、独自の解釈により童話「赤ずきん」の世界のキャラクターへと変身させたのは、ジェニファー・ヴィネガー・エイヴリーだ。職人と共にシルクやテキスタイルの端切れ、時にはコピー用紙やリサイクル品といった「ゴミ」を組み合わせ一つの「店」とも言える、大規模な作品を制作した。

フェミニスト的な思考を持つ一方で、女性的な役割である裁縫をあえて制作方法として選ぶのがエイヴリーの作品の特徴の一つだ。彼女のアイデンティティーには母、祖母ともに人形の収集家であったこと、娼婦であったことが深く関連している。

 

 

 


さなぎ、ゴミ箱、野獣
Pupa, Waste bins and the Beasts
2014
布、ミクストメディア、パフォーマンス
Textile, mixed media, performance
サイズ可変
Dimensions variable

 

 

 


人形たち
Pookas
2015
パピエマシェ(紙張り子)、アクリル絵の具、髪
Papier-mâché, acrylic paint, hairs
サイズ可変
Dimensions variable Collection of James Swainbank, Winsted, USA

 

 

 

会期中は月曜日以外、エイヴリーとエイヴリーの夫が「赤ずきん」をモチーフにしたパフォーマンスを開催予定。色々なアイデンティティの在り方をパッチワークをするように表現するという。(曜日により開催時間が異なるので、詳細はホームページをチェックして欲しい→http://www.maisonhermes.jp/ginza/news/829696/

 

 

 

 

皮革に生命の円環を見出だした ルーシー・ピカンデ

 

 

 


私の身体のように大切なもの
Qui me soit chair
2014
革象談(マルケトリ)
Leather marquetry

 

 

 

『私の身体のように大切なもの』は、フランス、パリ&パンタンの皮革工房でピカンデが制作したものだ。200あまりの革のピースから成り立ち、小さなものは5ミリメートル、大きなものは1メートルを超える。

ピカンデは皮革を皮膚と捉え、肌が死を越えた存在として会場に固定されるよう考えた描かれているのはクロコダイルと女神で、エジプトの神話「ウロボロス」から着想を得ている。

 

 

 

ネクサス 1
Nexus 1
紙に水彩
Watercolour on paper
150 x 200 cm
Private collection, France
Courtesy of Galerie G-P & N Vallois, Paris, France

 

 

 


ネクサス 3
Nexus 3
紙に水彩
Watercolour on paper
150 x 200 cm
Private collection, France
Courtesy of Galerie G-P & N Vallois, Paris, France

 

 

 

上の水彩画の連作は『私の身体のように大切なもの』と全く異なるように見えるが、補足的な作品である。床にキャンバスを置いて、色彩で染みを作るような感覚で制作をした。中央に見えるのが色の水溜りで、色を外側に流し、壁に掛けて全体のバランスを取っていったという。ピカンデは神経細胞の結合をイメージした。本展覧会の中でも最もプリミティブで感情をダイレクトに揺さぶる印象的な作品だ。

 

 

 

 


 

 

 

エルメスの工房の職人たちが大切に繋いできた伝統技術と若きアーティストたちの瑞々しい感性が生んだ『眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展』は 2019年1月13日(日)までとなっている。沢山の「眠らない手」に会いに行って欲しい。

 

 

 

 

【展覧会概要】
眠らない手:エルメスのアーティスト・レジデンシー展
会期:開催中~ 2019年1月13日(日)
月~土曜 11:00~20:00(最終入場19:30)
日曜 11:00~19:00(最終入場18:30)
休館日:不定休(エルメス銀座店の営業時間に準ずる)
入場料: 無料
会場: 銀座メゾンエルメス フォーラム(東京都中央区銀座5‐4‐1 8階 TEL03-3569-3300)
主催: エルメス財団
後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
キュレーター: ガエル・シャルボー
アーティスト:
Vol. 2:ビアンカ・アルギモン、ジェニファー・ヴィネガー・エイヴリー、イオ・ブルガール、アナスタシア・ドゥカ、ルーシー・ピカンデ
ホームページ:http://www.maisonhermes.jp/ginza/le-forum/archives/761518/

 

 

 

 

テキスト:鈴木佳恵
写真:新井まる

 

 

 

 

バナー画像は
Photo : Tadzio, 2015 © Fondation d’entreprise Hermès

 

 

 

 



Writer

鈴木 佳恵

鈴木 佳恵 - Yoshie Suzuki -

フリーランスの編集者。
広告代理店に勤務後、フリーランスに。
得意分野は映画と純文学。
タルコフスキーとベルイマンを敬愛し
谷崎潤一郎と駆け落ちすることが夢。

 

暇があれば名画座をハシゴしています。