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洗練された笑いと毒 リューベン・オストルンド監督『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

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2018年4月4日

洗練された笑いと毒 リューベン・オストルンド監督『ザ・スクエア 思いやりの聖域』


 

洗練された笑いと毒 リューベン・オストルンド監督『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

 

 

 


©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が、2018年4月28日(土)からヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、立川シネマシティほか全国で順次公開されます。スウェーデンの映画監督、リューベン・オストルンドによる本作は、2017年に開催された第70回カンヌ映画祭にて最高の栄誉であるパルムドールを受賞したほか、ヨーロッパ映画賞6部門の制覇と第90回アカデミー賞外国語映画賞へのノミネートを果たしました。
また、2018年は日本とスウェーデンの国交樹立150年にあたる年であり、確かな実力とこの上ない幸運を持ち合わせた作品だと言えるでしょう。
数々の栄誉を得ていることに加え、とりわけ注目したいのは、この作品の主人公、クリスティアン(クレス・バング)が現代アートを扱う美術館のキュレーターであること。タイトル『ザ・スクエア 思いやりの聖域』は、彼がチーフキューレーターを担当する展示の名前であり、本作の象徴でもあります。以下、見どころをご紹介します。

 

 

 

 

 

 

アクシデントが思わぬ方向へ 次々に降りかかる受難

 

 

 

冒頭はクリスティアンが、利発で勝ち気な印象のインタビュアー、アン(エリザベス・モス)から質問を受けるシーンから始まります。話の内容や立ち居振る舞いから、彼が現代アートに携わっており、社会的に高い地位にあること、社交性に富み、自分を魅力的に見せる努力をしていることなどが判明します。

 

 

 

 
©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

クリスティアンは街中で助けを求められ、消極的な形で人助けに手を貸しますが、その際スマートフォンと財布を盗まれます。盗品を取り返すために部下の思いつきを実行に移しますが、思わぬ方向に発展し、かえって問題を増やすことに。
同時に彼は新しい展示「ザ・スクエア」の準備に着手。PR会社が画期的なプロモーションを提案しますが、クリスティアンの頭は盗難事件に端を発する出来事でいっぱいです。その時の対処が彼の人生に影響を及ぼしていきます。

 

 

 


©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

「ザ・スクエア」と『THE SQUARE』 アートの力とメディアの力

 

 

 

クリスティアンが担当する展示「ザ・スクエア」において、観客は最初に「人を信頼する」または「人を信頼しない」と書かれた二つの入り口のどちらかを選択します。
「人を信頼する」の方に入ると、携帯電話と財布を床に預けるよう指示されます。更に進むと四角く縁どられた正方形が。そこは「信頼と思いやりの聖域」であり、「この中では誰もが平等の権利と義務を持っている」とされています。

 

 

 


©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

作中の展示「ザ・スクエア」は、オストルンド監督と本作のプロデューサーであるカッレ・ボーマンが実際に企画した展示『THE SQUARE』に由来します。2015年にスウェーデンの美術館、Vandalorumで開催された同展は、街が中心部に自由地帯を持っていた場合に何が起こるかテストするための参加型アート。自由地帯では皆が等しい義務と権利を持ち、誰かが助けを求めている時には通りすがりの人でも助ける義務が課されました。『THE SQUARE』は、オストルンド監督とプロデューサーのボーマンの狙い通り、観客や他のアーティストの対話でアイディアが発展し、成功を収めたそうです。

 

映画の中の「ザ・スクエア」と現実の『THE SQUARE』は、共に平等の権利と義務を主張しますが、映画の中ではホームレスの人々は無視され、誰かが街中で助けを求めても、周囲の人は素知らぬ顔です。無関心の根底には、個人の行動や状況は自己責任に基づくという発想が感じられますが、一方で市井の人の冷淡さやエゴイズムも際立ちます。現実の『THE SQUARE』は、そうした社会的構造をアートの観点で浮き彫りにしたことでしょう。映画の「ザ・スクエア」も同様の効果が期待できるはずですが、作中では思わぬ方向から足を掬われます。

 

やり手のPR会社が作成した「ザ・スクエア」用の宣伝動画は多くの人の反感を買い、YouTubeにアップされると物議を醸して炎上。クリスティアンは釈明を迫られますが、展示が何を伝えたかったのかはあまり着目されていないように思えます。鑑賞者は、メディアの影響力が恣意的で予測不可能であり、当事者の意図とは離れてしまうことを痛感させられるのです。

 

 

 

アートが示す可能性 問題提起の広さと豊かさ

 

 

 

話が進むにつれ、エレガントなインテリのエリートという仮面がはがれ、女性にだらしなく無責任であるなど、俗物ぶりが露呈していくクリスティアン。しかし多くの鑑賞者には恐らく、彼の短所のどれかに心当たりがあり、身につまされる瞬間があるはずです。

 

 

 


©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

美術館で開催されたパーティーでのパフォーマンス・アートにおいて、恐ろしいハプニングが起きるシーンは実に強烈です。上品で洗練された場に暗雲が漂い、周囲の負の感情が沸点に達すると、加害者・被害者・傍観者の立場が一気に転換するのです。本作においては、誰しも同じ立場ではいられませんし、理想の役割を演じることもできませんが、それは我々、鑑賞者が生きていく現実も同様と言えるでしょう。

 

 

 


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話の終盤、クリスティアンは、娘たちとの交流の一環として長女のチアリ―ディングの発表会を見学します。四角く区切られたコートで少女たちが見せるパフォーマンスは、自分の体を支えてくれる仲間との信頼関係がないと成立しないものです。一方でそれは四角い領域の中だけの関係性であり、観衆という部外者は中の人間と決して繋がることはできず、内と外という区分は容易に変換しうるという解釈も成り立ちます。チアリーディングのコートをアート展示「ザ・スクエア」または『THE SQUARE』に見立てるだけでも、アートが示す問題提起の広さを見て取ることができるのです。そして生産的な批判精神を刺激することは、オストルンド監督が目論んだ、豊かな対話を誘発することにも繋がるのです。

 

 

 


©2017 Plattform Prodtion AB / Societe Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 

 

 

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あるアクシデントが原因で全く別の問題が派生し、話が思わぬ方向へ発展していく手法は、オストルンド監督の過去の作品『フレンチアルプスで起きたこと』でも見受けられます。クールでシニカルな空気は、カンヌ映画祭の常連であるオーストリアの映画監督、ミヒャエル・ハネケを思わせますが、人間の偽善や矛盾を、ありふれた風景の中でブラックかつユーモラスに浮き立たせる点がオストルンド監督の特徴なのでしょう。次から次へと事件が起きて目が離せない本作ですが、雰囲気はどこか軽やかでコミカルなので、最後まで集中して見通すことができます。複雑な社会構造の中で人の本質とアートの力が浮き彫りになる『ザ・スクエア 思いやりの聖域』を是非お見逃しなく!

 

 

 

【概要】
映画『ザ・スクエア 思いやりの聖域』
監督・脚本:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング、エリザベス・モス「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」、ドミニク・ウェスト『シカゴ』、テリー・ノタリー『猿の惑星』
2017年/スウェーデン、ドイツ、フランス、デンマーク合作/英語、スウェーデン語/151分/DCP/カラー/ビスタ/5.1ch/原題:THE SQUARE/日本語字幕:石田泰子
配給:トランスフォーマー 後援:スウェーデン大使館 デンマーク大使館 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/thesquare/

 

 

 

テキスト:中野昭子

 

 

 

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Writer

中野 昭子

中野 昭子 - Akiko Nakano -

美術・ITライター兼エンジニア。

アートの中でも特に現代アート、写真、建築が好き。

休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。

面白そうなものをどんどん発信していく予定。