ポーラ美術館が叶えた2人の”対話”「ピカソとシャガール~愛と平和の賛歌~」
箱根町にあるポーラ美術館で、3月18日よりポーラ美術館開館15周年記念展「ピカソとシャガール~愛と平和の賛歌~」が始まりました。
ピカソとシャガール…
誰もが聞いたことがある、説明不要の超有名アーティスト2人の競演。
ただ、アート好きの方なら少し違和感がありませんか?
広告には2人の仲が良さそうな写真が。
とても素敵な写真ですが、その後の2人の関係はご存知の方も多いはず。
「(作品を借りるために)ピカソとシャガールの対話のような展覧会をする予定だと説明したら”そんなこと実現できるはずない。ありえないわ!“と反対されてしまった。でも妄想することは自由です。二人の作品を観て妄想してみてください。」
という館長のお話を聞いて、とても面白いと思いました。
まさに“夢のような”競演を取材してきました!
公式HPには、みどころについて以下のように記載されています。
”ピカソは、絵画の革新に挑み続け、力強い線描により対象を激しくデフォルメする「破壊と想像の画家」として知られ、シャガールはあざやかな色彩により絵画を光で満たし、自身の人生の物語や故郷の風景を主題に生涯にわたり取り組んだ「物語の色彩の画家」として知られています。
本展覧会では絵画を中心とした約80点におよぶ二人の作品を通して、その創造の軌跡をご紹介します。”(ポーラ美術館HPより引用)
ピカソとシャガールはどちらも20世紀を代表する画家ですから、皆様も今までにそれぞれ作品を目にする機会はあったはず。しかしなんといっても今回は”競演”であるという点が世界初!
さっそく展示室に入ると”PICASSO”と”CHAGALL”と書かれた壁が、観客を中に吸い込むように対立しています。一体どのように二人を”対話”させているのでしょうか。
3つの観点でご紹介します。
Ⅰ展示方法は”対決壁”
展示中何回もある、ピカソとシャガールの作品を1作ずつ並べて展示している壁。
1対1のタイマンを思わせるこちらの展示方法を、学芸員の方々は”対決壁”と呼んでいました。
展示室風景
例えば
①『海辺の母子像』( ピカソ)と②『私と村』 ( シャガール)は、アプローチ方法は異なりますが、どちらも”故郷”を思う絵です。
①では、アールヌーボのような曲線で描かれた女性が、1輪のあざやかな色彩の花を持っています。背景にはピカソの故郷であるバルセロナの海辺。実はこのモデルは監獄にいた女性だそうで、ピカソは何度も面会に行き、その女性が故郷を想い祈っている姿を描きました。
②はシャガールが幼き日々の牧歌的な生活をたびたび思い出して描いた風景の1つです。
シャガールの作品は、”詩的”なものが多く、背景に物語が見えてきます。
この作品も生命のシンボルのような植物を持つ男性が描かれ、いつまでも故郷を想っているのが伝わってくる暖かい色彩の作品です。
このように、同じ時代の作品や同じテーマの作品を並べて展示することで、二人の特徴であったり、当時の想いを妄想していくのがとても面白いです。
Ⅱ”愛”について
”愛”というのは色々な種類があります。そして対象も様々です。
2人は”愛”をどのように考え、また作品で表していたのでしょうか。
ピカソは人への興味が強く、人物を多く描いた画家でもあります。
ただそれは、相手が女性なのか男性なのか、どのような内面なのか…ということは関係がなかったそうです。
ピカソは対象の”カタチ”を愛しました。特に印象的だった作品があります。
『裸婦』というタイトルの作品、一見すると裸の女性はどこにも見当たりません。
よくよく作品との距離をとって見返すと、うっすらと人のようなフォルムが見えてきます。この作品は、岩山を背景に女性の裸体を描いているというのです。人物を”形状”として捉えて描いていたからこそ、1つの対象を様々な角度から見て一枚のキャンパスに落とし込む”キュビズム”という手法が生まれたのも納得です。
このように人物なのかそうでないのかという境も超えて、愛を原動力に物の形を変容させていきました。
展示室風景
一方、シャガールはどうでしょうか。
私の好きな絵の1つに、シャガール自身が婚約者であるベラの誕生日を祝福し、身体を宙に浮かせることで幸福を表現している『誕生日』という作品があります。また本展ではその横に、続編のような形で、二人がそのまま喜びのあまり空に飛ぶ作品『ある町の上で、ウィテブスク』も並んで展示されています。このように、恋人や家族への愛を表現した作品以外にも、シャガールには”故郷愛””ユダヤの神への愛”を表現した作品が多くあります。
ユダヤ人であったシャガールは、第二次世界大戦中にナチス軍の支配から間一髪のところでアメリカに亡命しました。あの時代を生きたユダヤ人の方々の辛く苦しい思いは想像するに堪えません。そういった背景を胸に作品を観ると、色彩により敏感になるはずです。
Ⅲタピスリに込められた平和への想い
”第二次世界大戦下を生きた画家”たちは、やはり作品が戦争の影響を受けています。
ピカソが”退廃芸術”と言われてもあえてパリに残り制作を続けたのは、戦争への抵抗でもありました。
上にも触れたように、まさに迫害の対象であったユダヤ人のシャガールは、アメリカにて舞台芸術との協力でまたゼロからスタートします。
『青い顔の婚約者』という、第二次世界大戦直前の暗い時代に制作された絵画を戦後に明るい色彩を用いてかきかえた作品も展示されていました。その際ユダヤ教の聖職者は青い顔の花嫁に姿を変え、画家自身の顔が添えられたといいます。
ピカソもシャガールも、理由は少しずつ異なりますが、故郷に戻れなかった”故郷喪失者”であるという共通点があります。
本展最大の目玉と言っても過言ではない巨大なサイズのタピスリはそれぞれ、”戦争への憤り”や”平和”への想いを込めて生まれたものです。贅沢にも1つの部屋に並べて展示してあり、その迫力に圧倒されます。
ゲルニカ展示風景
話は少し変わりますが、2人の共通点としてもう1つ、自意識が強く自画像がとても多いことが挙げられます。
ゴッホなども自画像の印象が強いですが、彼が10年の活動期間で残しているのは約40点。二人はそれを凌駕する数があるといわれているそうです。
時には自分をなにか別の生き物に変身させて表現した作品も多いといわれていて、館長はピカソの『ゲルニカ』の牡牛は、画家本人ではないかとおっしゃっていました。そういった観点で作品を見直すのも面白いかもしれません。
ポーラ美術館15周年はやはり熱量が違います。
誰もが知る画家二人の作品をただ展示するだけではなく、他の美術館では試みることもできなかった方法で展示しています。
”歴史的な画家”とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、二人はまだ著作権が有効な画家、つまりは没後50年未満のアーティストなのです!
彼らの作品を一堂に自分の目で観ることができる貴重な展覧会をメインに、是非箱根旅行を企画してみてはいかがでしょうか。
文 :山口 智子
写真:新井 まる
◇開催概要◇
会 期:2017年3月18日(土)~9月24日(日)
※会期中無休、ただし展示替のため、5月12日(金)は一部閉室。6月21日(水)は休室(常設展示のみご覧いただけます。)
開館時間:9:00~17:00 (入館は16:30まで)
主 催:公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
特別協力:メレット・メイヤー、群馬県立近代美術館、AOKIホールディングス
後 援:フランス大使館
出品点数:絵画(油彩画、水彩画、版画他:約80点)、タペストリー(3点)、合計約80点