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「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」 レイアウトから読み解く、ジブリ作品の魅力

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2017年2月3日

「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」  レイアウトから読み解く、ジブリ作


「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」

 

レイアウトから読み解く、ジブリ作品の魅力
スタジオジブリが設立されてから、約30年。昨年は、ジブリ大博覧会(東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー内スカイギャラリー 2016/7/7~9/11)に始まり、ジブリ最新作『レッドタートル ある島の物語』の公開など、ジブリ関連のイベントが盛り沢山だ。現在、静岡市美術館で開催中の「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」もその一つである。

 

 

 

 

 

 

そもそも「レイアウト」という言葉を、耳にしたことはあったがハッキリと分かってはいなかった。当美術館の広報担当である青木さんは、「レイアウトは、アニメーションという完成品を作る前の、いわばアニメの『設計図』とも言われているもの。レイアウトには、背景の指示、あるいはコマ送りの秒数の指定、カメラワークの指示などがあります。」と話す

このレイアウトは、分業化が進みつつあるアニメ制作の現場で、監督やスタッフ全員がアニメのイメージや世界観を共有させるために、一枚一枚鉛筆で描かれるという。作品の統一感と同時に画面構成などで重要な役割を果たすそうだ。

 

レイアウトを鑑賞する際の一番のポイントは「読み解くこと」だと青木さんは言う。

 

レイアウト展の特徴でもあり、一般的な美術展の違いでもありますが、レイアウトにはアニメーション制作の指示などを記した「書き込み」が多数あります。

普通の展覧会ですと完成された絵を観に行くのですが、本展では我々が良く知っているアニメーションの記憶、例えばあの時ナウシカを観たという記憶と展示室内に飾られているレイアウトを観た時「あ、このシーンはこういう指示の下、作られたんだ」と、書き込んである文字を読むことで段々分かってきます。

それが、実はレイアウトの一番の醍醐味。自分の中にある完成作の思い出と比べて頂くと、とても面白く、入り込んで観て頂けます。

 

また「スタジオジブリ・レイアウト展」は、2008年の東京(東京都現代美術館)から始まり、その後も大阪(サントリーミュージアム天保山)や、徳島(徳島県文化の森総合公園 近代美術館・博物館・21世紀館)など国内14の都市巡回と、海外ではArt Ludique Le Musée(パリ)やHong Kong Heritage Museum(香港)での海外巡回を経て静岡にやってきた。

「静岡市美術館での、みどころ」は大きく二つ挙げられる。

一つ目は、初公開作品を含んだ最新版の「スタジオジブリ・レイアウト展」を観られることだ。東京で初めて開催された2008年には、未だ公開されていなかったジブリ映画である『借りぐらしのアリエッティ』(2010)、『コクリコ坂から』(2011)、『風立ちぬ』(2013)、『かぐや姫の物語』(2013)、『思い出のマーニー』(2014)、そして『レッドタートル』(2016)の計6タイトルのレイアウトも新たに追加された。

さらに、静岡市美術館の「スタジオジブリ・レイアウト展」のメインビジュアルとして使用された『風の谷のナウシカ』も含んだレイアウトが、松山展から新たに展示作品に加えられるなど、今まで巡回展を観た方でも新たな発見がある展示となっている。

 

 

「風の谷のナウシカ」©1984 Studio GhibliH

 

 

二つ目は、展示作品の数だ。当展示では、宮崎駿監督自らが描いたレイアウトを中心に『風の谷のナウシカ』から『思い出のマーニー』までが展示されている。さらに、最新作の『レッドタートル』が追加され、全34タイトルの約1300点もの作品を展示中だ。

また、日本で初めてレイアウトによる制作システムを定着させたと言われる高畑勲・宮崎駿が中心となった作品『アルプスの少女ハイジ』やその後『赤毛のアン』や『ルパン三世 カリオストロの城』など、スタジオジブリ以前の作品も観ることができる。

 

ここからは『千と千尋の神隠し』(2001)に注目しながら、「ジブリレイアウト展」のポイントを4つご紹介したい。

 

 ①描かれているのは、建物だけじゃない!人の動きも見えるレイアウト

ジブリ映画では、特徴的な建物が登場することも魅力の一つだ。例えば、『天空の城ラピュタ』では財宝と失われた技術が眠る伝説の城「ラピュタ」や、『耳をすませば』では主人公雫が猫の男爵バロンと出会う骨董屋「地球屋」、そして『千と千尋の神隠し』では八百万の神々が疲れを癒しに訪れる「湯屋」などが挙げられる。

あらすじ: トンネルの向こうに広がる不思議な町に迷い込んだ10歳の少女、千尋。豚となった両親を助けるために、経営者の湯婆婆と雇用契約を結んだ千尋は湯屋で働き始めていく。

シーン: 千尋とハクは、湯屋のお客である八百万の神様達にまぎれながら、橋を渡って湯屋の中に入ろうとする。

 

このレイアウトには、先ず左斜めから見た湯屋の全体図には、正面・二階玄関や客室付き大広間から、さらに湯屋にかかる橋や松の木、釜爺が働くボイラー室に続く外階段、そして「湯」と書かれた旗など、建物の細部から湯屋の周りまで描かれている。

また、建物左端には「従業員のとこ くらい」や、その上には「湯バーバの居住 照明明るい」と書き込まれている。ここから、千尋をはじめとする湯屋の従業員達は既に働き始め、誰も部屋に残っていないようだ。

一方、支配人である湯婆婆は上層階の御殿で、従業員の働きぶりを監視しているのだろうと、その時間帯の同じ建物にいる人の動きを推測することが出来る。

さらに、右の余白に書かれた「望遠風です」の指示は、「この建物の絵が望遠鏡をのぞいたときのように距離感をあまりかんじさせないように描きましょう」という意味だそうだ。

他にも、「カメラの位置は固定したまま、レンズを上下・左右に振って撮影」を指示する「PAN」などの書き込みも見られ、アニメーションについての描き込みはもちろん、カメラの動きまで監督のこだわりも見られる。

また、湯屋以外にも千尋と家族が迷い込む町並みには、人気のない沢山の外壁の文字である「骨」、「肉」、「自由市場」や目の形をした看板や、店と店にかかる提灯など、レイアウト一枚一枚に書きこまれた情報量の多さに圧倒される。

 

②人物の表情や変化に注目

ジブリアニメーションに登場する人物達の喜怒哀楽豊かな表情は、レイアウトから見ることができる。

 

 

「千と千尋の神隠し」©2001 Studio GhibliNDDTM

 

 

 

シーン:  湯婆婆に操られて、彼女の妹である銭婆から盗みを働いたハク。千尋は、彼の代わりに謝る為、水中電車に乗って銭婆の家を訪れる。

 

湯屋に残してきた傷付いたハクのことや、銭婆から許してもらえるのだろうか…そんな込み上げてくる不安に負けないように、気持ちをしゃんとさせる千尋。

一方、坊ネズミとハエドリ達は、電車から見える外の景色にはしゃいだ様子で、不安な様子の千尋とのギャップが際立つようだ。

また、映画冒頭では、父の仕事の都合で友達とお別れをすることになった千尋は、何だかけだるそうな表情を浮かべていた。引っ越し途中に両親から「あれが新しい学校だよ」と話しかけられても、彼女は起き上がることなく、そっぽを向いたままだった。そんな彼女が湯屋での仕事や、そこで出会う不思議な人達を通して自分を見つめ、自分から行動を起こしていく様子は、以前の千尋からは想像もかなかった。

そして、元気になったハクと千尋が再会するシーンでは、心の底から笑顔の千尋が見られる。一つの作品の中でも、変わりつつある登場人物の表情の変化もレイアウトで丁寧に描かれている。

 

③ジブリの世界へ誘う、巧みな空間演出

また、レイアウトの魅力を伝える展示の空間演出も印象的だ。

例えば、千と千尋の展示室の始まりは、「湯」ののれんと天井の高さに拡大された湯屋の建物のレイアウトだ。

 

 

 

 

 

映画の主題歌である「いつも何度でも」の音楽を聴きながら、のれんをくぐると、今度は湯屋の内部のレイアウトが登場!

 

 

 

作品を観る側も、レイアウトの湯屋の中に入ってしまう、何とも遊び心が溢れた演出だ。

また、展示会場に足を入れるとレイアウトの量に目を見張った。ここでは、畳一畳くらいの大きな額に何十枚もの千と千尋の神隠しのレイアウトが展示されているのだ。ここは「展示空間もレイアウトと一緒に楽しんで頂けたら」と青木さん。

 

 

 

 

 

 

最後に、『千と千尋の神隠し』の展示室を出て、次の展示室に向かう途中、伊万里風の壺が目に入った。この壺は、実は映画に関連する道具の一つだそう。湯婆婆の部屋に通じる無限回廊をイメージした空間だそうだ。

 しかし、壺が出てきたシーンの記憶が曖昧だったため、展示室に戻って探してみると、確かに、湯婆の御殿のエレベーターホールの左右や湯婆の部屋に続く長い廊下や、そして湯婆婆と千尋が契約を交わす書斎の至る所に伊万里風の瀬戸物の壺が見られた。さらに、壺に近づいてみると、壺と自分が何重にも続いていく・・・。

 

 

 

 

④レイアウトから見えてくる、映画界の巨匠、高畑勲と宮崎駿

二人のレイアウトを比べていくと、ロジカルな思考構築する高畑監督と、それに対してパッションが溢れる宮崎監督との対象的な姿が見られた。最後の展示室では、映画界の巨匠である高畑勲監督と宮崎駿監督、両作品のレイアウトが展示されている。

 

 

 

 

向かって右側、青の壁面のレイアウトは、宮崎駿監督作品の『風立ちぬ』だ。この作品は、実在した零戦設計士の堀越二郎と、同時代の作家堀辰夫をベースに生み出された「二郎」を主人公に、関東大震災や太平洋戦争など激動の時代を生き抜く姿が描かれている。

『風立ちぬ』のレイアウトは、画面いっぱいに描き手の情熱が溢れているようだ。特に、飛行機産業に大きな影響を与え、二郎の夢である零戦設計士を後押しするカプローニのレイアウトは必見だ。鉛筆で描かれたとは思えない、細かく正確な線で人物や飛行機の細部まで描き込まれている。宮崎監督をはじめ、アニメーター達の飛行機や二郎を導くカプローニへの敬愛がこの一枚からは見てとれる。

 一方、左側、ピンクの壁面には、高畑勲監督作品の『かぐや姫』が展示されている。

 

 

「かぐや姫の物語」©2013 畑事務所・Studio GhibliNDHDMTK

 

 

日本最古の物語である『竹取物語』をテーマにしたこの作品は、企画から完成まで8年もの歳月をかけられたそうだ。宮崎監督に比べると、高畑監督のレイアウトはかぐや姫をはじめ、人物や竹林や御殿などの背景がシンプルな線と指示で描かれていた。

 彼らは同じジブリ映画でも扱う時代・テーマなどが異なっているので、レイアウトのスタイルも異なるのはごく自然なことなのかもしれない。そのような対象的ともいえる、二人が中心となって作成されたアニメーションこそ『アルプスの少女ハイジ』である。この『アルプスの少女ハイジ』では、高畑勲の演出の下、全話・全カットのレイアウトを宮崎駿が一人で作成したそうで、これをきっかけに日本のアニメーションにレイアウトシステムが定着していったともいわれる。

 

 本展では、徹底的な描き込みがなされたレイアウトを間近で観ることができる。キャラクターはもちろん、ストーリー展開のキーポイントして空や光にまつわる具体的な設定や、メインとなる建物だけでなく建物周辺まで描くなど、レイアウトに込められた情報量に圧倒される。

 アニメーター達は、レイアウトをもとに、限られた時間の中で完成作を描き上げなくてはならなかったそうだ。レイアウトはアニメーター達にとって「設計図」の役割を果たす一方、我々にとってはまるで一枚一枚が「作品」のように観る者を魅了する。

 

 

文・写真: かしまはるか

 

◆Information

会期: 11/19(土)-2/5(日)

開館時間: 10:00~19:00

展示室への入場は閉館30分前まで

毎週月曜日 

観覧料: 一般1300円 大高校生・70歳以上900円 中学生以下 無料

 

◆news!

毎週木・土曜日は、作品を鑑賞しながらお話OKな「トークフリーデー」。

「トトロケーション」や「ポニョロケーション」、「まっくろくろすけコーナー」など、

撮影スポットも充実。

 

◆参考

静岡市美術館ホームページ, プレスリリース「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」

http://shizubi.jp/press/index.php(2016.12.01)

静岡市美術館ホームページ, 開催中の展覧会「スタジオジブリ・レイアウト展」

http://shizubi.jp/exhibition/future_161119.php(2016.12.01)

インターネットミュージアム, 全国巡回展情報「スタジオジブリ・レイアウト展」

http://www.museum.or.jp/modules/jyunkai/index.php?page=article&storyid=346(2016.12.01)

ジブリの大博覧会~ナウシカから最新作「レッドタートル」まで~/公式ホームページ

http://www.roppongihills.com/tcv/jp/ghibli-expo/(2016.12.01)

 

◆参考文献

「高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。スタジオジブリ・レイアウト展」図録 株式会社スタジオジブリ, 2008

「風の谷のナウシカ」p.52-53 「千と千尋の神隠し」p.206-289 「風立ちぬ」p.422-437 「かぐや姫」p.438-453