ボストン美術館の膨大な浮世絵コレクションから選りぬかれた170枚が、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムに
やってきた。
国芳と国貞は、幕末の江戸でたがいに火花を散らしあった歌川派の浮世絵師。
2人の作品を一枚一枚を見てまわるだけでもその魅力と技量を堪能できるが、とりわけおすすめの着目ポイントを
紹介したい。
その一、エンタメの世界に入り込む。
その二、国芳のドラマに心躍らせる。
その三、国貞の描くアイドルに見惚れる。
その四、ネコたちに癒される。
その五、国芳と国貞を対決させる。
雲上の高尚な芸術というよりは、市井の人々に訴求してやまない商品を作りつづけた2人。
江戸っ子になりきったかのごとく、気楽に浮世絵の粋に魅了されてしまえるのが、この展覧会の醍醐味ではない
だろうか。
【その一、エンタメの世界に入り込む】
歌舞伎の演目名になぞらえられて、全13章から成る今回の展覧会。
歌舞伎の演目にもこじゃれた当て字が多用されるが、それに勝るとも劣らないひょうきんなフリガナが、
章の題名にそれぞれ付けられている。
「三角関係世話物」 トライアングル・オブ・ラブ
「滑稽面白相」 ファニー・ピープル
「今様江戸女子姿」 エドガールズ・コレクション
……もしかしたら、今も昔も、人々が好むコンテンツはさほど違わないのかもしれない。
今日の消費社会でギャグ漫画やファッション雑誌が供給するエンターテイメントと、浮世絵の絵柄が重なって
見えはじめたら、きっと展覧会を楽しむ準備は十分だ。
【その二、国芳のドラマに心躍らせる】
歌川国芳と歌川国貞、一字違いの姓名はちょっと紛らわしいが、作品を見比べれば両者の違いは一目瞭然。
会場では、国芳の作品は黒色の額に、国貞の作品は茶色の額に入れられ、両者を比較しやすいよう配慮されている。
架空現実ないまぜに、格好よく面白おかしく、大胆に描くのが国芳。
歌舞伎役者や遊女たちを、際どくお洒落に、繊細な筆致で描くのが国貞。
展示の序盤では、国芳の描いた圧巻の物語世界から目が離せなくなる。
化け猫に巨大骸骨、ワニ鮫に鬼老婆……そのダイナミックな構図と力づよい輪郭は、今にも画面から飛び出してくる
かのよう。
しかし異世界の住人たちは、決しておどろおどろしいものではなく、どこか愛嬌があって憎めない。
これが、変わった言い回しのキャッチフレーズ、「俺たちの国芳」の所以だったのだ。
冒険心や正義感をくすぐる浮世絵が、下町の酒場の話題をかっさらって沸かせる様が目に浮かぶ。
【その三、国貞の描くアイドルに見惚れる】
一方の国貞は、実際に舞台などで大人気を博した時の人の特徴をとらえ、そのチャームポイントを前面に押しだした
絵をつくる。
例えば同じ『水滸伝』が題材でも、物語のキャラクターを描く国芳に対し、国貞はキャラクターに見立てた役者
その人を細やかに魅力的に描き出す。
展覧会の初っぱなに繰り広げられる『水滸伝』対決は、題材を同じくしていてもまったく異なる絵柄になるのが
大変興味深く必見だ。
また、有名な役者や遊女の似顔絵が発禁とされてからは、国貞は名もない町娘たちの日常を多く描くようになる。
感情の微妙なニュアンスがにじみ出るような顔つきと仕草に、緻密で美しい装いとアクセサリー。
気になるあの人からのLINEの返事に歯噛みするような表情に、胸の奥がきゅんと痛んでしまう人もいるかもしれ
ない……。
叶わない憧れとほろ苦い思い出とともにそっと大事に仕舞われるのが、「わたしの国貞」のようだ。
【その四、ネコたちに癒される】
昨今の猫ブームもなかなかだが、江戸時代の絵の中に登場する猫の多さにも驚かされる。
隅の方でそれとなく人々を見つめる猫、艶やかな娘にじゃれて華を添える猫、妖怪の出現を喜び迎えるように踊る
猫(よく見たら猫又だ)、果ては猫の形をした雪だるままである。
どの猫も確かに可愛らしいが、なんだか画面に溶け込みすぎていて人間くさい。
そしてなんと、猫は着物の柄にまで登場している。
国芳の描く片肌脱ぎになった任侠男の着物はドクロ柄だが、そのドクロはなんと大小の猫が仲良く寄せ集まって
できているのだ。
可愛らしいやら滑稽やらで、思わず笑みがこぼれてしまう。
【その五、国芳と国貞を対決させる】
国芳と国貞を正面切って対決させることができるのが、この展覧会の見逃せない最後のポイント。
誰かと一緒に訪れたなら、あれこれ語らって2人を競わせてみたら面白そうだ。
個人的には、国貞のお洒落な描きぶりにも惹かれたが、国芳のダイナミックさやユーモアに夢中になってしまった。
今日の東京に国芳がいれば、ハリーポッターからライトノベルまで、素晴らしい版画作品の題材にしてくれた
だろうか。
逆に私が幕末の江戸に生まれていれば、こんな魅力的な版画を二束三文で買えたのにと思うと、何だか口惜しい。
ミュージアムショップのグッズならお手頃な値段で手に入る。
様々なグッズが用意されていて目移りするが、とりわけ会場限定の猫又人形がなんとも憎らしい表情をしていて
連れて帰ってしまいたくなった。
手ぬぐいを被って踊る猫又のぬいぐるみなんて、本当にここでしか手に入らないだろう。
開催期間は2016年6月5日まで。この機会をお見逃しなく!
文:河野咲子 写真:新麻記子
【情報】
ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞
会期:2016/3/19(土)~6/5(日)※会期中無休
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
東京都渋谷区道玄坂2-24-1
開館時間:10:00~19:00(入館は18:30まで)
曜日:毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)
入館料:一般 1,500(1,300)円、大学・高校生 1,000(800)円、中学・小学生 700(500)円
※かっこ内は団体での価格※団体は20名以上。電話での予約。
※学生券の場合は、学生証の提示が必要。
※障害者手帳の提示で割引料金あり。
TEL:Bunkamura 03-5777-8600(ハローダイヤル)
文献:
* 松嶋雅人、2016、「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」(カタログ)、日本テレビ放送網
* © Nippon Television Network Corporation、「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞」