想いのこもった生音から人間のあり方を学ぶ
ーショスタコーヴィチ交響曲第7番 井上道義 復活公演—
ヒトラーがレニングラードを包囲し、水も食べ物も与えず餓死者が続出した1941年からの狂気の戦争時代。
1/17オーチャード定期で演奏された交響曲第7番は、その時代にロシアの偉大な作曲家ショスタコーヴィチが書いた曲で、別名戦争交響曲とも言われているそうです。
戦争がテーマの曲といっても、暗さのなかに何処と無く妙な明るさすらもある。天皇バンザイ!と叫んで命を落としていった太平洋戦争での日本兵のような狂気を感じて、演奏中背筋がゾクッとしました。
75分という最長で壮大な交響曲第7番。曲中に何度も同じリズムが繰り返され、人間の愚かさや強欲さが浮き彫りになっていく…。
指揮者の井上道義氏はこの曲を「狂ったボレロ」と表現しています。
目の前の景色がガラリと変わるような、第3楽章「祖国の大地」は何とも美しい世界が描かれていて、フルートのソロが響くところなどは桃源郷のよう。しかし、同時にそれはとても儚く、一時の夢に過ぎないと言っているようにも感じました。
そこから切れ目なく続く第4楽章。
終盤、バンダという金管特別チームが立ち上がって演奏するという演出が加えられており、軍隊が押し寄せてくるようなイメージを想起させます。「勝利」という副題のとおり、巨大なソビエト連邦の力を見せられているような気さえしました。
しかし、その力の誇示の背景に弦楽器の悲痛な叫びが聴こえるようで、聴いていて、とてつもなく悲しくなりました。
写真:サントリーホールでも同じ演目で演奏が行われた
実は、この公演にはもう一つ特別なエピソードがあります。
指揮者の井上道義氏は2014年7月にこの曲を演奏する予定でしたが咽頭癌により尾高氏に交代。
通常はそのままの演目を引き継ぐのですが、井上氏の熱意により約1年半の時を経て本公演に漕ぎ着けました。
写真:ゲネプロの様子
終演後は本公演の指揮者の井上氏から、この日客席にいた指揮者尾高忠明氏へ、演奏するこの日を迎えられたことに対する感謝の言葉が舞台上から投げかけられ、会場全体から拍手が沸き起こりました。
写真:コンサートマスターと握手をかわす井上道義
私にとっては、歴史の教科書や、世界情勢の報道よりもある意味鮮烈に心に響いた生音。
テロ事件が世界のあちこちで起こっている、今このタイミングで聴くことができた意味を、改めて考えさせられる演奏になりました。
写真:終演後、楽屋にて
<演奏会情報>
2016年1月17日 東京フィルハーモニー交響楽団 オーチャード定期演奏会
指揮:井上道義
曲目
- ハチャトゥリアン/バレエ音楽『ガイーヌ』第1組曲より
- ショスタコーヴィチ/交響曲第7番ハ長調『レニングラード』作品60
文:新井まる
写真:上野隆文
写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団