現在、全国で大ヒット公開中である横浜聡子監督7年ぶりの長編映画『俳優 亀岡拓次』。
全国での映画館の公開が続々と拡大している。
1月30日(土)に催されたテアトル新宿での初日舞台挨拶は満員御礼。新作を心待ちにしていたファンが押し寄せ、
立ち見が出るほどの盛況ぶりで、場内から拍手と笑いが沸き起こった。
過去に彼女が手掛けた『ジャーマン+雨』や『ウルトラミラクルラブストーリー』などの作風は、破天荒な
キャラクターと奇想天外なストーリー展開、現実と夢の境界線がない独特な世界観で異彩を放ち、見る者の度肝を
抜いてきた。自由かつエネルギッシュ、突き抜けた表現性とオリジナリティは横浜聡子が天才と称される所以である。
自由な発想や独創性はどこから沸き起こり、横浜聡子に流れる強固なものは何なのか。
実際の撮影現場での演出法や出演俳優の魅力などにも話は及んだが、まずは映画人生を振り返りながら彼女自身の
素顔に迫る。
girls Artalk(以下gA):
大学時代は映画とは無縁なんでしたっけ?
横浜さん:
後半は映画を見始めた時期でした。
gA:
スタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』に大いに刺激を受けているのですよね?
横浜さん:
そうですね。
gA:
横浜さんは一年OLを勤務していた後に、映画美学校に通われ映画制作をスタートされましたが・・・
映画に目覚めたきっかけはなんですか?
横浜さん:
目覚めたわけというより暇つぶしで映画見てはまってしまった・・・というだけなんでしょうけど。
それまでは、真剣に映画というジャンルに触れていなかったので。
自分にとってだいぶ真新しいものというか・・・ほんと世の中に色々な映画監督がいて、頭がきれる、
頭がおかしいというか。この人何考えているんだろうか、というのが・・・
gA:
ある意味横浜さんですね(笑)
では、具体的にはどのような作品ですか?
横浜さん:
いえいえもっと高いレベルの話です(笑)
今日見たマノエル・デ・オリヴェイラ監督の『階段通りの人々』が、監督が85歳くらいのときに
手掛けた映画作品です。どうしてこんなことが思いつくのか全然わからないですし、どうしてこのカットを
このシーンでこのカット割なのかっていうのも思いつきませんし、全て裏切られるというか・・・
そういうツワモノ監督が沢山いるじゃないですか。そういうものが刺激的に思えたのが大学生のときです。
例えば、当時はレオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』、アッバス・キアロスタミの
『友だちのうちはどこ』なんかもそうですね。
gA:
そうなんですね…昔の俳優さんで好きな人はどんな方ですか?
横浜さん:
山﨑努さんがすきです。40代の脂の乗った時のどうしようもない色っぽさが。
『スローなブギーにしてくれ』あたりの山﨑さんを毎晩寝る前に見るのが習慣だったことがあります。
学生時代のディープな映画体験からOLを経て映画制作を開始。
まもなく異例の劇場公開デビューを飾り「日本映画界を揺るがす新しい才能!」と評された。
そんな彼女の映画作りの発想は日常生活のどこに潜んでいるのかお聞きした・・・
gA:
映画を撮っていない時はどのように過ごされていますか?
横浜さん:
映画見てるとしかいいようがないですね(笑)
酒は普通に飲むけど、昼間から飲みませんから。夜から飲んでいます。
ひとり酒は週3。今作の亀岡が行くようなちょっと古びた庶民的な居酒屋か、ざわっとしたチェーン店。
行きつけはなくて、ふらっといく感じで映画を見た後によく行きます。見た映画を思い出したりほかのことも
いろいろと考えたり・・。ビール党。日本酒も好き。もったいないから日本酒は外では飲まないですけど。
gA:
お酒を飲んでる時にこういうシーンを撮りたいとか思いつきますか?
映画のシーンを思いつくのはどういう時なんでしょうか?
横浜さん:
酔っ払ってるのでお酒飲んでる時は思いつかないですね(笑)
やっぱり人の映画を見た時に思いつきます。「あーこれやりたい、こういう歌の使い方いいな。」とか、
映画見てる時が一番多いです。すぐに忘れちゃいますけど…家に帰って頭の中に残ったシーンを書き留めます。
今回はシナリオを書きながら、「このシーンはあの映画のあのシーンみたいにしたいな」というのは随所に
思い浮かべていました。例えば、今作で、亀岡がスタジオでおもむろに舞台の稽古を始めるシーンは、
ジャック・リヴェットの『彼女たちの舞台』という映画を思い浮かべていました。あと亀岡が喫茶店でひとりで
飲んでるシーンは、成瀬巳喜男の『女の中にいる他人』に触発されています。殺人を犯した小林桂樹さんが窓際で
ひとりビールを飲んでるところに、ガラス越しににゅっと三橋達也さんが現れるシーンです。
gA:
実際どんなふうに作っていらっしゃるのでしょうか?他の映画から得たインスピレーションは
どのように作品に生かしていきますか?
横浜さん:
ロケハンの時に皆に相談しますね。イメージの映画をDVDで見せたり。
人数も少ないので突っ込んだ話しができます。
gA:
これまでもそのように作ってきたのでしょうか?
オリジナル台本を監督していたこれまでと原作がある本作とは作り方にどのような違いがありますか?
横浜さん:
今までの作品は、自分の頭の中のイメージだけで撮ってきました。
今回は既存の映画からイメージを引っ張り出して作中に繋げることが多かったです。
それがちゃんと出来てたかどうかはまた別の問題ですけど(笑)。
gA:
横浜さんはブレない印象があります。生前、原田芳雄さんが褒めてらっしゃいましたよね?
「保険なんてかけずにこう撮ると決めたら『ここからのこのカットしか撮らない』という
潔さがある!」と。
横浜さん:
「マルチで撮らない。引きの画で通しで撮って寄りの画でさらに撮る、みたいなことをしない」という
意味だと思います。
gA:
確信を持って演出をしてるんですかね?それとも無意識に?
横浜さん:
撮影中は「寄りはいらない」って思うけど編集の時に「やっぱり寄り撮ればよかった」と思うことがある。
距離感がまだ曖昧かもしれません。
gA:
(笑)それはどのように乗り越えてるんですか?
横浜さん:
あるものでやるしかない。再撮はできないんで。
カットを数多く撮った方が良い場合もあるんだなと今は思います。
gA:
誰もやったことのないような思い切った発想が横浜さんの映画にはあるなといつも感じます。
そこに踏み込んでいくのは時に勇気が必要ではないかと思うのですがそこに対する恐れはないのでしょうか?
横浜さん:
わかんないです。どうなんでしょう。
他の人が何をやってるかわかってないというのもありますけど(笑)
他者にどう思われるか御構いなしに、夢中でただやりたい表現を追求する姿勢には、自らの表現への不安や迷いは
ないように感じた。作り手としての強靭な意志が様々な世代の映画人から支持を得ているのであろう。
そして、実際の過去の作品の創作方法についておたずねした・・・
gA:
自身の過去作品である『ウルトラミラクルラブストーリー』の主人公の設定も奇抜でしたよね。
エキセントリックというか、片思い中のヒロインに好かれるために農薬をじゃぶじゃぶかぶる行動には
度肝抜かれました。
横浜さん:
確かにあり得ない行動かもしれないですけど、本人としては理に適った行動なわけで、人と比べて
どうのこうのというわけじゃないですからね(笑)
gA:
(笑)
登場人物が強烈なエネルギーを撒き散らしながら奇想天外に行動していく、あの感じはどうやって生まれてるんです
かね?
横浜さん:
主人公が存在し、モチーフのお話テーマがあり、次どういう行動をするかな?と…農薬かぶる!というふうに
書き上げていく。主人公にはちゃんと行動原理があります。きちんと理由があるけど、他の人には突飛にみえる、
という違いがあるだけなのだと思います。
gA:
自分を投影しているわけでないですよね?
横浜さん:
してないです(笑)
gA:
それはそうですよね(笑)
書いてる脳と演出してる脳はやっぱり違うものですか?
横浜さん:
必要な脳が違います。別の次元ですね。どちらも方法論がそれぞれにあるから。
脚本は自己流の方法論で今までやってきました。
演出に関しては俳優さんにもよるけどその人の一番いいところを引き出す方法論というのは瞬間的に
判断しないといけない。経験を積んだ監督でないと難しいと改めて感じます。
gA:
映画を世に出すときはどんな気持ちですか?どう受け止められるか考えますか?
横浜さん:
ついに世に出るんだなという感じで、淡々と。
世の中の人がどう思うかは妄想程度には考えますけど、真剣に神経質にはなりません。
新作『俳優 亀岡拓次』に関しては宣伝の時から皆が同じ方向を見て進んでいたように思います。
プロデューサーも、宣伝の方も、今作の主演・安田さんも。
それは雰囲気なんですよ。安田さんが体をはって宣伝活動されてる姿に皆が引っ張られたというのは勿論ありますが、
「この現場はうまくいってるな。なんかみんなが同じ方向向いているな。」というのは映画を撮ってる時もじわーと
感覚的にわかるもので、宣伝でもその瞬間がありました。それは自分の映画では初めての感覚でした。
gA:
だからなんですね。舞台挨拶のあの温かな雰囲気と結束は。
ところで、作品の受け止められ方には神経質にはならないとおっしゃっていましたが、元々横浜さんご自身は人の目を
気にしないほうですか?
横浜さん:
日常生活は気にしないです。ただ、電車でものを食べるのは20代でやめました(笑)
gA:
表現においても気にしないですか?
例えば、現場でスタッフと意見割れた時とか、ブレずに行ってるイメージがありますけど?
横浜さん:
ブレてますよ。そこはみんな戦いなんで。
gA:
どうやって勝つんですか?
横浜さん:
勝ったり負けたりです。
gA:
折れたり折れなかったり?
横浜さん:
そうですね。でもやっぱり自分が好きな事をやらないと後悔するっていうのはありますよね。
わがままをいうとかそう意味ではないけど、「自分がやりたいと思ったことをやらないと本当に後々エライ目に
あうぞ」ってことは皆さんに伝えて欲しいなと・・・
gA:
え!?それは何かの経験上ですか?
横浜さん:
折れるなとか、人の意見をきくなということではないですけど(笑)
「嘘ついてまで人の意見を聞くことない」とは映画を作っていて毎回思うことなんです。作った人が死んじゃっても
映画は世に残ってしまうので、そこで自分が折れちゃったことが残ってしまうということは嫌なことじゃないですか?
自分が折れてやりたかったことじゃないことが残っちゃうって最悪なことなので。
実際問題、撮影現場だったら時間の制約もありますし、それぞれの性格や相性もありますから、それはその都度
みんなやり方は違うだろうとは思います。
でも・・・自分を貫くというわけじゃないけど戦うべきでないかと、最後の最後まで。
「『自分がやりたいと思ったことをやらないと本当に後々エライ目にあうぞ』ってことは皆さんに伝えて欲しい」・・・
これまでの創作人生でどんな壮絶な出来事があったのか?!と思わせるような、突如飛び出した熱のこもった
メッセージには、一筋縄ではいかないものづくりでのハードな一面が垣間見えた。
だからこそ、作品が完成し、日の目をみて飛び立っていくのは幸福な瞬間なのだろう。
撮影現場から宣伝に至るまでのチームワークの良さは映画愛に溢れた本作『俳優 亀岡拓次』を象徴しているかのようで
ある。
インタビュー後編では、新作『俳優 亀岡拓次』の実際の演出方法や豪華出演陣の魅力など詳細にわたって
たっぷりとお届けする。
取材・文:小川仁美 / 写真:小瀧万梨子
◆ 横浜聡子 プロフィール
1978年、青森県生まれ。横浜の大学を卒業後、東京で1年程OLをし、2002年に映画美学校で学ぶ。
卒業制作の短編『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』が2006年CO2オープンコンペ部門最優秀賞受賞。
長編1作目となる『ジャーマン+雨』を自主制作。翌2007年、CO2シネアスト大阪市長賞を受賞。
自主制作映画としては異例の全国劇場公開となる。2007年度日本映画監督協会新人賞を受賞。
2008年『ウルトラミラクルラブストーリー』(出演:松山ケンイチ、麻生久美子)を監督、トロント国際映画祭他、
多くの海外映画祭にて上映された。松山ケンイチが第64回毎日映画コンクール男優主演賞など受賞、
作品がTAMA CINEMA FORUM最優秀作品賞を受賞、多くの評価を集めた。
2011年『真夜中からとびうつれ』(出演:多部未華子、宇野祥平) &『おばあちゃん女の子』(出演:野嵜好美、
宇野祥平)。2013年は『りんごのうかの少女』(出演:とき[りんご娘]、工藤夕貴、永瀬正敏)が、
第21回レインダンス映画祭の横浜聡子特集上映で上映された。