庭園美術館が問いかける現代「装飾は流転する 今と向きあう7つの方法」
目黒にある東京都庭園美術館で「装飾は流転する 今と向きあう7つの方法」展がスタートしました。4月から工事のため休館していた本美術館の待ちに待った新企画展です。
庭園美術館は、特殊な来歴を持つ建物を利用しています。1933年(昭和8年)にフランスに渡欧していた朝香宮夫妻がアール・デコ様式に惚れ込み、フランス人のデザイナーに特別に邸宅の内装を依頼、フランスから様々な部材や家具を輸入し、邸宅を建造しました。西洋に感銘を受け、日本独自の装飾と掛け合わせた日本でも随一のアール・デコ建築です。
館長・樋田豊次郎さんはリニューアル後、初めての企画展にあたり「東京都庭園美術館はどんな展覧会をするところなのか」を再考したと語りました。
今後は、一つの方向性としてしばしばファイン・アート(絵画、彫刻など純粋芸術と呼ばれるもの)と区別されがちなデコラティブ・アート(装飾美術)という分野を掘り下げる美術館を目指すそうです。
本展は装飾を「装飾とは、歴史と共に、新しい意味が加わり、変化をし、たえずに流れている、つかみどころのない存在」と定義し、それと対峙することは時代と向き合うことと同義と解釈しています。ジャンルの異なる現代の国内外7組のアーティストの作品を通し、装飾とは一体なにかを考え、それを通して現代を捉えるという趣向の展覧会です。
企画は、庭園美術館のキュレーター、八巻香澄さんと田中雅子さん。日本では初めて作品を展示するアーティストの作品もあり、どんな新しいアートと出会えるのか、鑑賞前から期待が高まりました。それでは、7組のアーティストをダイジェストでレポートします。(美術館推奨の順路とは異なります)
東京都庭園美術館 本館 正面外観 (画像提供 東京都庭園美術館)
正面玄関ホールで出迎えてくれたのは、黒地に白や黄色の花のモチーフが咲いたような、円型のコート。大きな白いリボンもついています。こちらは、writtenafterwards(リトゥンアフターワーズ)のデザイナー、山縣良和さんの作品《flowers II》。広島の原爆慰霊碑に、前アメリカ大統領・バラク・オバマ氏が献花したリースが題材となっています。現職の合衆国大統領が初めて広島に公式訪問したという、日米関係の歴史において重要な出来事を語っています。
山縣良和《writtenafterwards – flowers II》2017年秋冬コレクション
writtenafterwardsは「物語があって、ファッションが生まれ、またファッションの後に新しい物語が生まれるという世界観を描き出す」(展覧会作品リスト解説より引用)ことを一貫したテーマにしています。
この作品の隣には、朝香宮邸竣工当時から設置されている、ルネ・ラリック(アール・ヌーヴォーとアール・デコのデザイナーとして一世を風靡しました)によるガラスレリーフ扉があります。女性像は丸く翼を広げています。また、足元の床には天然石のモザイクで様々な文様が円状に広がっています。美術館に元からある装飾と山縣さんの作品は、円という共通項を持っています。展示作品と空間との対比・調和の面白さは、館内自体に装飾が溢れる庭園美術館ならでは。作品の前で足を止め、視界を広げながら、ゆっくりと鑑賞されることおすすめします。
ルネ・ラリック ガラスレリーフ扉
山縣さんの作品の世界は二階の部屋にも展開しています。浴室には美術学校・服飾専門学校での制作時に出る失敗作の廃材を使って作った作品を再制作した作品があります。
山縣良和《collection #04 graduate fashion show -0points-》 2009年秋冬コレクション
北の間には目を瞠る、大きな熊手にぬいぐるみ、造花、招き猫や達磨などの縁起物で飾られた《七服神》が三体。まさにデコラティブな作品です。日本の伝統、宗教、ポップカルチャーなど様々な要素がミックスされています。着飾るとはどういうことなのか、アイデンティティはファッションでどう表現されるのかを考えさせられました。
山縣良和《collection #07 THE SEVEN GODS – clothes from the chaos》2013年春夏コレクション
キュレーターの八巻香澄さんは「人は、何も手がかりがないことについては考え続けることはできないが、そこに装飾があることによって注意を払い、問い続けることができる。その力を山縣さんの作品から感じた」と解説しました。
新作《山ルック》は、ところどころに焦げ目のついた布の山です。戦争で亡くなっていった一人一人の個人を彷彿させます。詩人の谷川俊太郎さんが、コレクションの為に新たに編んだ詩「十二の問いかけ」を印刷した《writtenafterwards あとがきの本》も置かれています。「どうして…」から始まる「十二の問いかけ」は山縣さんの作品と共に心を揺さぶります。
《山ルック》「After Wars」2018年春夏コレクション
プレスプレヴューの日の夜には、美術館の前で新作のショーも開催されました。
ショーのファーストルック
一階の大広間にはリモワ社製のトランクが3つ。普段見ているシンプルなデザインとは何だか異なります。近づいて見るとイスラム装飾が丹念に施されています。
ヴィム・デルヴォワ《リモワ・クラシックフライト・マルチウィール 971.73.00.4》《リモワ・トパーズ・キャビン・マルチウィール 920.56.00.4》《リモワ・クラシックフライト・アタシェケース 921.12.00.0》2015年
作者はWim Delvoye(ヴィム・デルヴォワ)、ベルギー出身のアーティストです。彼はカトリック信仰の根強いフランドル地方に生まれ、幼少の頃からゴシック様式の教会などの建物を見て育ちました。
労働や工業の象徴であるダンプカーやトレーラーに、聖なるものの為のゴシック装飾を施すなど、全く異なる二つのイメージを一つの作品に共存させています。どんな環境でも耐えうる屈強なマシーンに繊細かつ荘厳さも感じさせるディテールを持たせ、違和感よりも美しさが際立つ作品となっています。
ヴィム・デルヴォワ《低床トレーラー》2014年、《ダンプカー》2012年
拡大図
大食堂だった部屋に現れたのは、ポップなカラーのオブジェ。既視感を覚える不思議な形は、長崎の出島がモチーフとなっています。Nynke Koster(ニンケ・コスター)氏はオランダ出身。今回の初来日で、日本とオランダの通商の場であった出島のことを知り、新作《オランダのかけはし》を日本滞在中に制作しました。
円形部分には彼女が東京で出会った日本の伝統文様、開いた部分にはオランダの建築物の装飾が使われています。なんでも、ほとんどのオランダ人は出島の存在を知らないとか。大きな窓に面した食堂に作品は展示され、西洋への窓であった出島のイメージと展示空間が巧妙にマッチしています。
ニンケ・コスター《オランダのかけはし》2015年
「自分のアートの記憶の一部分になってほしい」というアーティストの思いから、鑑賞者は作品に座ることができます。こちらの《時のエレメント》のシリーズは、歴史的建造物をシリコンゴムで型取りして制作しています。直に壁や柱にシリコンを塗るため、建造物についた傷までも再現されています。脈々と時代を経て守られてきた建築の装飾が、モダンなインテリアとして蘇り、記録され、さらに座ることで身近な存在に感じられるのです。
ニンケ・コスター《時のエレメント》2015年
ニンケ・コスター《時のエレメント》2015年とアーティスト本人
姫宮居間には、一卵性双生児のアーティストユニット、高田安規子さん・政子さんによる、本展のために作り上げた可愛らしい世界に出会えます。
普段は閉められているクローゼットが開いており、洋服が掛けられています。これらのワードローブは、四季を表しています。リーフ柄からは枝が伸びて葉が加えられていたり、民族的な刺繍の糸の先には雪の結晶が繋がっていたりと古着に楽しい装飾が施されています。
高田安規子・政子《In The Wardrobe》2017年
暖炉として使われていたマントルピースには、じっくりと覗いてみたくなる小さな部屋が作られていました。
高田安規子・政子《Jewely Room》2017年
既存の空間に小さな驚きを加えるのが得意な二人は、他にも美術館内のいたるところに新作を含む作品を共同制作しています。
一階の手洗い盤の中には、小さなローマ古代遺跡がひっそりと息を潜めています。表面は遺跡のような年季を経た石材に見えるのですが、なんと軽石でできています。
私たちの身の回りにある素材を使いながらも、ファンタジーの世界への扉を開けてくれる作品。眺めながら、ふと美術館を舞台とした御伽話を想像しました。普段作品を展示しない場所にも作品が隠れていますので、館内を冒険するように探してみてください。
高田安規子・政子《凱旋門》2014年
山本麻紀子さんは、ロンドンで暮らしていた時、一般家庭の窓にカーテンがかかっていないことに気がつきました。ある時は、一糸纏わぬ男性から笑顔で手を振られたこともあるそうです。そこから、窓の先、つまりは家庭内でどんなことが起こっているのかを想像し、物語とドローイングを制作します。《Through The Windows》プロジェクトの始まりです。さらには、作品を持って住民を訪ね、物語を再現してもらえるように依頼。賛同を得た場合はドローイングを部屋に設置し、再現する様子を写真撮影しています。
アーティストと一般の方との直接的なコミュニケーションが装飾という行為を介して行われているところに面白みがあります。ロンドンでのプロジェクトに加え、本展のために庭園美術館の近隣の住民と作り上げた新作も展示されています。
山本麻紀子《窓(ロンドン・ラングドンパーク)》2011年
解説する山本麻紀子さん
本館と打って変わって現代的なホワイトキューブの新館へ移動すると、白い壁にカラフルな絵画がずらり。縁取りの中に様々な図柄が舞っていますが、絨毯のように見えます。モチーフはエジプト古代文明、ギリシャの兵士に浮世絵の遊女まで、一枚に世界中のイメージが混在しています。
Kour Pour(コア・ポア)氏はイギリス人の母とイラン人の父を持つアーティスト。両親はイギリスでペルシア絨毯店を営んでいました。ロサンゼルスに移住後、ヒップホップ音楽に影響を受け、元ある曲をサンプリングして新たな曲を作るように、ペルシア絨毯のように構成した画面に、インターネットで選んだ様々なモチーフをミックスした作品を制作しています。
手描きのみではなくシルクスクリーンを用いて、伝統的なペルシア絨毯特有の制作工程や、摩耗した生地の質感を表現しています。かすれたように見える箇所は、音のノイズのようにも感じられます。
国境も時代も越えて同じ画面に現れたイメージは、あらゆる画像がワンクリックで手に入る現代のスピード感と、それを混合する自由さを感じさせます。一方で、絨毯のように手間と時間をかける制作工程は、職人が技術と時間をかけて作りあげる工芸的な要素を示しています。二つの異なる魅力を合わせ持ったアーティストです。
コア・ポア《浮世》2015-2017年とアーティスト本人
新館のカーテンで仕切られた部屋ではAraya Rasdjarmrearnsook (アラヤー・ラートチャムルーンスック)氏の作品が上映されています。タイ出身で、ドクメンタやイスタンブール・ビエンナーレなど多くの国際展で活躍しているアーティストです。アジア人、女性、アーティストという自身のアイデンティティに関する作品を制作しています。
今回、紹介されている映像作品《タイ・メドレー》シリーズでは、身元不明の故人たちにタイ古典文学を歌い聴かせる女性が登場します。女性は花柄の布に身を包み、亡き故人の身体にも花模様の布がかけられています。これら装飾は死者へ花を手向ける意味が隠されているようで、愛の歌と共に鎮魂というテーマが暗示されています。人の生活のすぐそばにある装飾は、死という場においても切り離すことはできないのです。(展示室でも注意書きがありますが、この作品にはご遺体が映りますので、鑑賞されるかどうかは来館者の方の意思に委ねられています)
アラヤー・ラートチャムルーンスック《タイ・メドレーⅡ》 2002年
庭園美術館敷地内の日本庭園周辺は、紅葉の時期。散策にもぴったりです。11月17日の取材時には茶室前の木々も色づき始め、趣(おもむき)のある景色が広がっていました。昼間と夜で館内の表情が違うので、両方見られる午後に行くのがおすすめです。(通常入館は17時半まで、18時閉館)
本展覧会は展示作品の撮影も可能ですので、ご自身の好きなアングルを見つけるのも楽しいですね。(館内の歴史ある調度品にぶつからないように気をつけて!)
必見のアール・デコ様式の本館の歴史や各部屋の装飾について詳しく知りたい方は、スマートフォン用公式ガイドアプリを無料でダウンロードできます。テキスト、音声共に他言語対応なので外国の方を案内する際にも便利です。
充実した関連プログラムも美術館ホームページでご確認ください。
新たなアートとの良き出会いがありますように。
画像提供・東京都庭園美術館
写真・新井まる、Ryoco Foujii
文・Ryoco Foujii
【展覧会概要】
装飾は流転する―「今」と向きあう7つの方法
会期:2017年11月18日(土)~2018年2月25日(日)86日間
会場:東京都庭園美術館
住所:東京都港区白金台5-21-9
開館時間:10:00~18:00(入館は閉館30分前まで)
休館日:第2・第4水曜日および年末年始(2017年12月27日(水)~2018年1月4日(木))
観覧料:一般 1,100(880)円
大学生(専修・各種専門学校含む)880(700)円
中・高校生・65歳以上:550(440)円 ※()内は前売りおよび20名以上の団体料金
公式サイト: http://www.teien-art-museum.ne.jp
【東京都庭園美術館の展示の記事は、こちらからどうぞ】