音楽キュレーターのアートなおしゃべり
vol.2 「唯美主義と乙女なオペラ~世紀末ロンドンシリーズ~」
三菱一号館美術館のプロデューサー恵良隆二さんにお会いする機会がありました。
三菱一号館は丸の内にある赤煉瓦の建物で、英国人建築家ジョサイア・コンドルが設計し、1894年に建設された銀行を復元したもの。現在は美術館になっています。
19世紀末と英国を愛する私が、東京で一番好きなアートスポットなのです。
私はもともと、美術館やコンサートホールなどの「箱」そのものに惹かれる癖があります。単に「顔(建築)が好み」なだけではなく、好みの箱はかならず独特の企画センスをもっているので「顔だけじゃなくて中身もステキ!」とうっとりすることが多い。
私が三菱一号館のファンなら、恵良さんはまさにその化身ですから、白髪も上品なダンディぶりに嬉しくなり、さっそく年明けの展覧会への期待を表明しました。
アルバート・ムーア《真夏》1887年
2014年1月から開催される「ザ・ビューティフル――英国の唯美主義 1860―1900」の噂をきいたのは、今年の春でした。美少年と連れ立った某広告代理店のおじさまが、うれしそうに教えてくれたのです。
「作家のオスカー・ワイルドって好きかい? 彼がつくったような展覧会をやるんだよ」
――もちろん、大好きに決まっています!
「唯美主義」展の舞台は19世紀半ばのロンドン。産業革命後の物質至上主義のなかで「芸術はただ美しくあるために存在すべきである」という信念のもとアートやデザインを生み出した芸術至上主義とデカダンスな世紀末芸術を、おもにロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の収蔵品で紹介するのだそう。まさに三菱一号館にふさわしい、胸が高鳴る企画です。英国生まれのコンドルが、唯美主義絶頂期のクイーン・アン様式を駆使して設計した建物に足を踏み入れたそのときから、そこは世紀末ロンドン――。
オーブリー・ビアズリー《クライマックス》1894年
恵良さんもいちおしだった注目作品が、ビアズリーの代表作《クライマックス》。その名のとおり、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』のクライマックスシーンの挿絵として描かれたものです。
『サロメ』はもともと、旧約聖書の名もなきプリンセスの物語。あらすじはこんなかんじ――地下牢に幽閉された預言者ヨカナーンに恋して手ひどく拒絶された王女サロメは、義理の父である王様のセクハラまがいの懇願に応じ、「七つのベールの踊り」を舞ってみせる。大喜びの王様が褒美を尋ねると、サロメが所望したのはなんとヨカナーンの首!
与えられた生首に口づけ、サロメはうっとりとつぶやきます。
「ああ! おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン、おまえの口にくちづけしたよ」
(西村孝次 訳、新潮文庫)
これがつまり《クライマックス》。このあと、あまりのおぞましさに恐怖した王によって、サロメは殺されてしまいます。
時代の寵児ワイルドが脚色した物語は世紀末の芸術家たちから愛され、ジャンルをまたいで多くの作品を生み出しました。
R. シュトラウス:歌劇「サロメ」(英語歌唱)
マッケラス指揮フィルハーモニア管弦楽団
Play music♪ http://ml.naxos.jp/album/chan3157-58
音楽におけるサロメは、なんといってもリヒャルト・シュトラウスのオペラ『サロメ』が決定版です。そもそもサロメは、地下牢にいる顔も知らないヨカナーンに恋をするのです。そのきっかけは「声」。声フェチだなんて、なんて乙女なスペックでしょう。オペラというのは、それ自体が「声」を愉しむスペクタクル。ヨカナーンがぞくぞくするようにセクシーなバリトンだったりすると、その歌声だけでサロメ気分が味わえます。
ビアズリーの絵だと魔女みたいなサロメですが、私は『ロミオとジュリエット』のジュリエットや浄瑠璃の『八百屋お七』に匹敵するくらいいとおしい、恋する乙女の暴走物語ととらえています。だってサロメは首だけでも手に入れたいくらい、ヨカナーンが好きだったんですもの……!
そんなふうにとらえるとこの絵もオペラも、とってもロマンティックに思えてくるのです。
というわけでコラムではしばらく、秋からの英国世紀末アートラッシュを追いながら、知られざるイギリスの音楽や世紀末の華やかなミュージック・シーンを紹介していきたいと考えています。個人的趣味全開のおしゃべり、しばしおつきあいくださいませ♪