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表現の可能性を切り開くDIY精神、「テート美術館ーYBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が5/11まで開催中。

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2026年3月7日

表現の可能性を切り開くDIY精神、「テート美術館ーYBA & BEYOND  世界を変えた


表現の可能性を切り開くDIY精神、「テート美術館ーYBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が5/11まで開催中。

 

東京・六本木の国立新美術館にて、「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展が5月11日まで開催されている。英国を代表するテート美術館の所蔵品を中心に、約60名のアーティストによるおよそ100点の作品を集め、1990年代の英国アートのエネルギーと社会的影響を多角的に探る大型企画展となっている。

「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」とは、1990年代のサッチャー政権後の経済的・社会的な激動を背景に台頭した若手作家たちのこと。従来の美術の常識を覆す素材選び、見る者の度肝を抜く表現、そして自分たちの手で場をつくるにより、彼らは国際的なアートシーンに衝撃を与え、現代美術の流れを大きく変えてきた。

本展は、ダミアン・ハーストやトレイシー・エミン、ジュリアン・オピー、スティーヴ・マックイーン、ルベイナ・ヒミド、ヴォルフガング・ティルマンスといった著名作家の作品が一堂に会するもので、テーマはポップカルチャーや個人の記憶、社会構造の変容など幅広く、絵画・彫刻・写真・映像・インスタレーションと表現手法も多岐にわたる。

 

共同キュレーターのヘレン・リトルは、YBA世代が残した最も重要な遺産として「セルフ・キュレーション」の姿勢を挙げる。「既存の制度に許可を求めるのではなく、自分たちで場をつくり、可視化し、社会へと接続していった。そのスピード感は、いまソーシャルメディアを通じて世界とつながる感覚にとても近い」と語り、この姿勢が現在キャリアを築こうとする若い世代にも大きな示唆を与えるという。展覧会全体を貫いているのは「自分のやり方で、自分のスタイルを貫いていい」という肯定的なメッセージだ。以下、展示各章を簡単に取り上げていく。

 

展示風景より、手前はフランシス・ベーコン《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》(1988)、奥はギルバート&ジョージ《裸の目》(1994)

 

 

展覧会の幕開けを飾るのは、20世紀英国美術の巨匠フランシス・ベーコン(1909〜1992)の晩年作《1944年のトリプティク(三幅対)の第2ヴァージョン》(1988)。1944年に描いた《ある磔刑の基部にいる人物像のための三部作》を再解釈したこの作品は、むき出しの肉体を通じて暴力や恐怖、不安といった人間存在の暗部を容赦なく描き出している。不都合な真実から目をそらさないベーコンの姿勢は、芸術と社会の境界を揺さぶろうとする1990年代の若い作家たちにとって精神的な拠り所となった。来場者はまず、この生々しい表現と向き合うことになる。

 

展示風景より、ダミアン・ハースト《後天的な回避不能》(部分)(1991)

 

展示風景より、マーク・ウォリンジャーの《半兄弟の競走馬》(1994〜95)

 

第1章「ブロークン・イングリッシュ:ニュー・ジェネレーションの登場」では、サッチャー政権の新自由主義政策がもたらした格差と失業のなか、「英国らしさとは何か」という問いに挑んだ新世代の作家たちを取り上げている。

その中心人物がダミアン・ハーストだ。1988年、ロンドン東部の廃倉庫で彼が企画した「フリーズ」展は、YBAムーブメントの出発点として美術史に刻まれている。本展に出品された《後天的な回避不能》(1991)は、ベーコンの影響を色濃く受けた初期の代表作で、ガラスケースの中にオフィス空間を封じ込め、テーブルの上には煙草、灰皿、ライターが置かれている。日常の繰り返しから逃れられない人間の姿と、死の不可避性を静かに突きつける。

 

マーク・ウォリンジャーの《半兄弟の競走馬》(1994〜95)は、パントマイムで二人の演者が一頭の馬を演じる構造を模した作品。作品名には実在した名馬の名を冠しており、血統を重んじる競馬の世界を通じて、英国社会に根深く残る階級意識や優生学的価値観を皮肉たっぷりに批評している。

2026年ヴェネツィア・ビエンナーレの英国代表に選出されたルベイナ・ヒミドの《二人の間で私の心はバランスをとる》(1991)は、19世紀フランスの画家ティソの海景画を下敷きにしている。アフリカ調の衣装をまとった二人の女性が植民地時代の地図を引き裂いて海へ捨てる場面を描き、白人男性中心の歴史観を拒否し、黒人女性自身が歴史の語り手となる意志を力強く示している。

 

展示風景より、サイモン・パターソン《おおぐま座》(1992)の部分

 

第2章「おおぐま座:都市のイメージをつなぐ」では、1990年代初頭のロンドンで急速に進んだ再開発やジェントリフィケーションを背景に、都市の風景や空間を独自の眼差しで読み解いたアーティストたちを紹介するセクションだ。

サイモン・パターソンの《おおぐま座》(1992)は、一見するとロンドン地下鉄の公式路線図そのものだが、よく目を凝らすと、駅名がすべて哲学者や俳優、政治家など著名人の名前にすり替えられている。地図や図表は正確だという私たちの無意識の思い込みを、遊び心をもって裏切る。

物体のあいだに生じる空白(ネガティブ・スペース)を型取りする独自の手法で知られるレイチェル・ホワイトリードは、社会的弱者を追い詰める政策への疑問から、団地の解体過程をカメラに収めた。本展で展示される写真シリーズ「破壊」は、経済の論理のもとで消えゆく場所と暮らしの記録であり、すでにそこにいない人々への鎮魂の意味も込められている。

 

展示風景より、ジュリアン・オピー《ゲイリー、ポップスター》(1998〜99)

 

展示風景より、ジェレミー・デラー《世界の歴史》(1997〜2004)

 

第3章「あの瞬間を共有する:音楽・サブカルチャー・ファッション」は、1990年代の英国で美術、音楽、ファッション、広告といった領域が新たなかたちで交差し、独自の文化的潮流を生み出した時代に焦点を当てている。ブリットポップやレイヴ・カルチャーの爆発的な広がり、『i-D』『ザ・フェイス』『デイズド&コンフューズド』といった雑誌が発信するストリート・ファッション、さらにヴィヴィアン・ウエストウッドやアレキサンダー・マックイーンによるオートクチュール――これらが互いに刺激し合いながら、ユース・カルチャーと大衆文化の概念そのものを塗り替えていった。

 

デジタル技術を駆使したシンプルな人物表現で知られるジュリアン・オピーは、ブリットポップを代表するバンド、ブラーのメンバー4人を描き、そのイメージはアルバム「ブラー:ザ・ベスト・オブ」のジャケットや世界各地のビルボードに展開された。本展で紹介されている《ゲイリー、ポップスター》(1998〜99)も同様に多彩なヴァリエーションで流通した作品で、アートと商業の境界を軽やかに溶かす。

会場の壁面に直接描かれた図表は、ジェレミー・デラーの《世界の歴史》(1997〜2004)。多様な文化的背景を持つコミュニティとの協働を活動の軸に据えるデラーは、この作品でテキストと図解を用いながら、英国が工業国からポスト工業国へと移行していく過程をひとつの歴史解釈として提示している。

ヴォルフガング・ティルマンスは、1990年代の大半をロンドン、ベルリン、ジャマイカのクラブシーンを行き来しながら過ごし、ストリート・カルチャーやテクノ・ミュージックと深く結びついた制作を展開した。平和運動や同性愛者の権利擁護、エイズ問題にも積極的に声を上げた作家であり、友人たちやクラブの光景、日常の静物をとらえた写真は『i-D』などの雑誌の見開き特集ページを飾った。本展では写真作品に加え、当時の雑誌誌面も閲覧できるコーナーが設けられている。

 

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景

 

 

「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s 英国アート」国立新美術館、2026年、展示風景

 

展示風景より、デレク・ジャーマン《運動失調―エイズは楽しい》(1993)

 

第4章「現代医学」は、医学や科学への関心を出発点に、人間の身体が持つ不気味さや脆さ、その根源に迫ろうとしたアーティストたちの作品を紹介している。

マーク・クインは、1997年のロイヤル・アカデミー「センセーション」展で、約5リットルの自身の血液を凍結させて作った頭部の自画像《セルフ》(1991)を発表し、大きな衝撃を与えた作家だ。本展に出品された《逃げる方法が見当たらないⅣ》(1996)も、身体の流動性と変容をテーマとする作品で、クイン自身の裸体をポリウレタン・ラバーで型取りして制作されている。作家はこれを「変容の究極の瞬間、暴力的な脱皮」と表現している。

映画監督であり同性愛者の権利擁護活動家でもあったデレク・ジャーマンの《運動失調—エイズは楽しい》(1993)は、自らの病状を皮肉とユーモアを込めて語りかける作品だ。タイトルの「運動失調」とは、中枢神経が侵されることで平衡感覚や筋肉の協調が失われる症状を指す。鮮やかな色彩が厚く塗り重ねられた画面は、視力の衰えたジャーマンが指で絵具を直接塗り広げた痕跡であり、身体の限界と表現への執念が同時に刻まれている。

 

展示風景より、リチャード・ビリンガム《無題》(1994)

 

展示風景より、サラ・ルーカス《煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子II)》(1999)

 

 

第5章「家という個人的空間」では、家族や家庭、住まいにまつわる固定観念に挑んだアーティストたちを取り上げる。

注目すべきは、隣り合わせに展示されたリチャード・ビリンガムの《無題》(1994)とサラ・ジョーンズの《ダイニングルーム(フランシス・プレイス)》(1997)の対比だ。ビリンガムの作品は、公営住宅で暮らす作家自身の家族――アルコール依存症の父と刺青の入った母の激しい口論――を生々しくとらえている。一方ジョーンズは、裕福な家庭の室内でどこか孤立した10代の少女たちを静謐に写し出す。労働者階級と中流階級という異なる背景を映しながら、どちらの作品も英国の家庭が内側に抱える複雑さと緊張を浮かび上がらせている。

 

サラ・ルーカスの《煙草のおっぱい(理想化された喫煙者の椅子II)》(1999)は、日用品を大胆に転用してジェンダーやセクシュアリティの固定観念に揺さぶりをかける作品だ。安価で手に入りやすい椅子を身体の代わりに見立て、煙草で覆ったブラジャーで支えている。反抗の象徴であり自己を害するものでもある煙草を用いながら、当時の英国タブロイド文化に蔓延していたジェンダー・バイアスを、ユーモアと挑発を織り交ぜて批判している。

 

展示風景より、ダグラス・ゴードン《指示(ナンバー1)》(1992)の指示文

 

第6章「なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの」は、それまで芸術の素材とは見なされなかった安価な日用品を積極的に取り入れた作家たちに焦点を当てる。こうした姿勢は経済的な事情もあったが、現実の生活感覚から遠ざかっていると感じられた1980年代のミニマリズムやコンセプチュアル・アートへの反発でもあった。ダグラス・ゴードンの《指示(ナンバー1)》(1992)は、ローマの展覧会のために制作された作品で、キュレーターはそれに従い、毎日ある行為を実行する。その内容は、市内のカフェに電話をかけ、バーテンダーに近くの店内の客を呼び出してもらい、その客に「君は君の愛を永遠に隠しておくことはできない」というメッセージを伝えて電話を切る、というものであった。

 

 

最後に、本展の各章に加えて設けられた「スポットライト」コーナーも取り上げる。これらのコーナーでは、没入感あふれるインスタレーションを通じて、90年代英国アートの多層的な魅力が浮かび上がらせている。

個人的な経験の赤裸々な告白を制作の核に据えるトレイシー・エミンの《なぜ私はダンサーにならなかったのか》(1995)は、作家が育った海辺の町マーゲイトの風景を背景に、10代の頃の苦しみや男性との関係を語るヴィデオ作品だ。後半、エミンが突然踊り始める場面は、過去の痛みを乗り越えようとする意志そのものとして立ち現れる。

コーネリア・パーカーの《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》(1991)は、北アイルランド紛争が終結へ向かう一方、IRA(アイルランド共和軍)による爆破事件が英国内で相次いでいた時代に制作されたもの。パーカーは英国陸軍に依頼して実際に庭の物置小屋を爆破し、その破片を一つひとつ拾い集め、天井から紐で吊り下げ、中心に裸電球を一つ灯す。小屋の断片が暗闇の中に浮遊するさまは、爆発の瞬間そのものを凍結させたかのようであり、破壊と創造が同居する強烈なイメージを生み出している。

 

本展は、1990年代の英国アートを過去ものとしてではなく、いまを生きるための思考と実践のヒントとして提示する試みだ。各章のテーマは、現在の私たちが直面する不安定な現実とも深く響き合っている。

大胆に行動し、自ら場をつくり、限られた条件の中で表現を切り開いていく――その姿勢は時代や世代を超えて、なお私たちに問いを投げかけ続けている。

 

タイトル画像:展示風景より、コーネリア・パーカー《コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ》(1991)

 

文=鈴木隆一

写真=新井まる

作品はすべてテート美術館蔵

 

【展示会概要】

テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート

会期|2026年2月11日~5月11日

開館時間|10:00~18:00(会期中の金土は〜20:00)※入場は閉館30分前まで

休館日|火(ただし5月5日は開館)

料金|一般 2300円 / 大学生 1500円 / 高校生 900円 / 中学生以下、障害者手帳をご持参の方(付添の方1名含む)無料 ※3月25日~3月27日は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)

 

京都展

会期|2026年6月3日〜9月6日

会場|京都市京セラ美術館(京都府京都市左京区岡崎円勝寺町124)