「ブダペスト国立工芸美術館名品展」ヨーロッパが解釈した“日本”がすべての始まり
東京・汐留のパナソニック汐留美術館では〜12月19日(日)まで、「ブダペスト国立工芸美術館名品展」が開催中です。
ドナウの真珠とも呼ばれる、ハンガリー・ブダペスト。それほどまでに美しい都市に位置する美術館の展覧会と聞くと、すごく敷居の高いものに思えますが、ご安心を。というのも実はこの展覧会では、19世紀後半にヨーロッパで興隆した、あのジャポニスムを基軸に工芸品を読み解くことができるんです。会場の随所に和の美意識が散りばめられており外国人がつくったものでありながらも、その美しさはすんなりと受け入れられてしまうから不思議。西欧生まれでありながらもどこか親しみを感じる作品が並びます。
今でこそ日本のアニメやゲーム文化への世界的な注目は当たり前となりましたが、その系譜を巡ると、約150年前に遡ります。
鎖国が解かれるやいなや、日本の美しく大胆な芸術作品はたちまちヨーロッパの人々の中で話題を呼びました。そんな東洋の異国への憧憬はジャポニスムブームという1つの芸術運動を生み出し、やがてその精神はアール・ヌーヴォーへと引き継がれ、近代の美術史を大きく変えていくこととなります。
前半の第1章と第2章では、ジャポニスムがいかに西欧の人々の常識を揺るがし、芸術の解放へと導いていったのか、その影響について見ることができます。
平面的に描かれた鳥や虫などの生き物や、着物や日本画などでよく見られるレイアウトなど、序盤からなじみ深いデザインのものが並びます。日本人作と言われても違和感がないくらい、かなり日本の影響が覗えるのが興味深いです。第1章で展示されているこれらジャポニスム初期の作品は、日本的なモチーフがそっくりそのまま継承されているのが特徴。しかしこれらはあくまで異国趣味の一種であり、日本美術の影響は表面的部分に留まります。
一方、ジャポニスムがさらに成熟した第2章では、偶然発生的なものに作品の美しさを委ねるような、東洋特有の美的感覚の影響が見られるように。火加減や釉薬によって生まれる唯一無二の色の濃淡や斑紋を楽しめる作品が並びます。
陶芸の流し掛けの技術を取り入れたとされる作品もありました。表面を流れていく色と色が混ざり合い、独特の表情をあらわします。
第3章から第6章では、ジャポニスムの精神が引き継がれ花開いたアール・ヌーヴォー(アール・デコ)の時代に突入します。
アール・ヌーヴォーに代表される植物や花などの有機物がモチーフの作品や、優雅な曲線美を描く作品など、エレガントで生き生きとした雰囲気に包まれます。
ミステリアスで、艶めかしい雰囲気を醸し出す、玉虫色の輝き。その正体はラスター彩、エオシン彩、ヘリオシン彩、ファブリルガラスと呼ばれるものです。エオシン彩は、ハンガリーのジョルナイ陶磁器製造所によって発明された釉薬です。
エオシン彩が大胆な輝きを放っているのに対し、ファブリルガラスは少しおとなしい印象を受けます。こちらは、ティファニーランプでおなじみのルイス・カンフォート・ティファニーが特許を取得した技術です。
光の当たり方や陶磁器のフォルムによって独特のリズムを織りなしているのが、これら技法の面白いところ。実はこれも、日本からヨーロッパへと渡った、漆器を装飾する蒔絵がインスピレーションになっているのだそう。日本の職人によって生み出された技術が、はるか遠い国でこのような形で発展を遂げていったのだと思うと、その運命的なつながりに感銘を受けます。ましてや飛行機もインターネットもない時代であることを鑑みれば、よりその重みが感じられることでしょう。
生き物をテーマとしたこの一角は、とりわけ生命力に満ちた、活気ある空間。
《蜻蛉文花器》 エミール・ガレ 1890 年頃 ブダペスト国立工芸美術館蔵
エミール・ガレの作品は、幼いころから昆虫を観察していた彼ならではの精緻な洞察力で描かれたトンボが今にも動き出しそう。昆虫図鑑のようなリアルさがありますが、どこか品のある佇まいです。
《孔雀文花器》 ルイス・カンフォート・ティファニー 1898 年以前 ブダペスト国立工芸美術館蔵
ルイス・カンフォート・ティファニーの「孔雀文花器」。吸い込まれるような青と気品のある凛とした姿は、息を呑むほどの美しさ。羽を描く繊細な1本1本の線が、孔雀の高貴で優雅な出で立ちを表現しています。光の透け具合が角度によって異なるのがとっても味わい深いので、是非目線を変えて鑑賞してみてください。
会場では他にも、1900年のパリ万国博覧会のパビリオンの装飾陶板から、日本美術の影響を読み解いてみたり、ドイツで盛んだったもう1つのアール・ヌーヴォー「ユーゲントシュティール」の作品で、植物と幾何学模様が共存し編み出された見事なバランス感覚を楽しんでみたりと、ジャポニスムを源流とする近代の芸術運動の歩みを追うことができます。
単なるモチーフだけでなく、日本芸術の精神論そのものを解釈しようとした、西欧の名だたるアーティスト達。彼らのアウトプットに起こされた煌びやかさの中に眠る上品さを通して、生まれながらに根付いた日本人的感覚が呼び覚まされるような展覧会となっています。
文=荒幡温子
写真=新井まる
【展覧会情報】
ブダペスト国立工芸美術館名品展 ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ
会 期 : 2021年10月9日(土)〜2021年12月19日(日)
会 場 : パナソニック汐留美術館
東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
休館日 :水曜日 ※ただし11月3日は開館
開館時間 :10:00〜18:00 (最終入場時間 17:30)※11月5日(金)、12月3日(金)は夜間開館20:00まで(最終入場時間 19:30)
観覧料:一般 1,000円
65歳以上 900円
大学生 700円
中・高校生 500円
小学生以下 無料
※障がい者手帳を提示の方、および付添者1名まで無料で入館できます
公式サイト :https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/21/211009/index.html
お問い合わせ:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
※開催内容は、都合により変更になる場合がございます。予めご了承ください。
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため日時指定予約にご協力をお願いします。